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36話

「それにしても」


 イヅナは刀を鞘に収めながら、ルシオの方を見た。


「ルシオ様。なぜ運営会社の不正を隠蔽してまで、オークションのオーナーなどになられたんです?」


 ルシオからこの件のあらましを聞くことはできたものの、イヅナにはルシオの考えをはかりかねていた。ルシオの行動が正直、『らしくない』と思わざるを得なかったためだ。

 カネイを懲らしめたはいいとして、普段のルシオであれば迷わず彼を豚箱送りにするであろう。それに運営会社の不正だって、世間に漏らさぬ方向で方針を固めた理由が皆目見当がつかなかった。

 ルシオは恒星のような目をふっ、と細め飄々と言い放った。


「カネイのやり方が気に入らなかったからだ。俺ならもっと上手くできると思ってな」


「答えになっていませんよ」


 もはやルシオの口癖になりつつある『気に入らない』という言葉。そうやって紡がれる言葉が本当の理由ではないということを、イヅナは知っている。

 多くを語らぬのはルシオらしいが、イヅナはそれが歯痒くて仕方がない。


「……私には話せない内容なのですか」


 ルシオは、――ああこいつは困惑しているらしいな、と思った。

 イヅナは無表情だ。だがよく見れば、思いのほか感情が豊かな類なのだとわかる。

 別に隠すこともないので、ルシオは言うことにした。


「従業員のためだ」


「従業員ですか?」


「ああ」


 すべてが解決されたと思われるこの件において、しかしルシオにはひとつ不可解な疑問が残っていた。


 5番の男に不正を問い詰めたとき、彼が『偶然、見えることに気付いてしまいまして』『出来心だったのです』と、カネイや会社を庇ってまで単独犯になろうとしていたことだ。


 最初は自己犠牲を選ぶほどにカネイや会社に対し忠誠心でもあるのかと思っていた。だが、違った。


「脅されていたのだよ、カネイにな」


 ルシオがオークション運営会社を乗っ取った後。

 5番の男に、訳を聞いた。

 そうしたら、彼はこう言ったのだ。


『もしお客様にバレるようなことがあれば、単独犯として責任を取るように言われておりまして』


 なぜ逆らわなかった、と問えば。


『私には妻子がおります。もし会社やカネイ社長に迷惑が掛かるようなことがあれば、家族に危害を加えると。……カネイ社長に』


 そう、返ってきた。

 この発言で、5番の男の行動は腑に落ちた。


「他の偽客も似たような状況だったのだろう」


 彼らは別に、金に目が眩んで不正をしていたわけではない。

 カネイに脅され、止むを得ず悪事に加担していたに過ぎないのだ。そうしなければ、自身や家族の身に危険が及ぶから。


「だが。この会社を相手取って訴えでもすれば、哀れな社員たちは全員『犯罪者』として裁きを受けることになる」


 ルシオは今まで、法で裁けない人間を罪人に仕立て上げるようなことをしてきた。

 だが、今回はその逆だった。


「俺は、彼らを罪人にはしたくない」


 だから会社を訴えず、かつ会社の悪行が世に知られないように、その元凶たる社長カネイを追い払う必要があったのだ。


「そのためには、『会社そのものを自分の手に収める』という方法が最善だったのだ」


 ルシオの考えに、イヅナは納得した。


 イヅナも以前、父親が『貴族不敬罪』という名目で理不尽に逮捕された経験があった。


 悪者であるはずなのに、世間的には罪人とはならぬ人間。

 それとは逆に、悪人ではないにもかかわらず、しかし罪人と判別される人間。


 そこまで考えてイヅナは、ふと思うことがあった。


「オークションの不祥事を揉み消すということは、社長のカネイは罪人にはなりませんね」


「奴が罪人として報いを受けないというのが気に入らんか?」


「はい」


 素直に頷けば、ルシオは笑った。


「いや。報いはこれから受けるのだよ。監獄ではなく、お天道様の下でな」


 ルシオは、いまは鏡の装飾が取り外されすっかりと物寂しくなった天井を仰いだ。


「奴は俺に弱みを握られ、いつ告発されるやもわからんと、いつ牢に入れられるやもわからんと。そう気に揉み、まともに眠れん日々を送ることになる。

 牢にぶち込まれ、罪を償う機会を与えられる以上に、精神が擦り減るだろうな」


 ルシオの笑顔を見ながら。


 罪とは、そして裁きとは、いったい何であろうか。


 と、イヅナは答えの出ない疑問に突き当たったのだった。

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