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34話

 一週間後。

 ルシオとイヅナはシャックスに連れられ、再びオークション会場に来ていた。


 建物に入るなり、受付にて主催者ことカネイと目が合った。カネイはルシオに気付くと顔を青ざめさた。

 それを見たシャックスは首を傾げる。


「あれっ、司会者じゃねェか。なんか顔色悪いけど、どうかしたのかな」


 ルシオは目を細めて心底愉快そうな笑みを浮かべた。


「さあな。胃もたれでも起こしたのではないか」


「悪いもん食ったのかなァ」


 ルシオたちが案内されたテーブルは、一番前の端。何の因果か、5番のテーブルだった。

 上を見ると、天井に貼られていた装飾の鏡は取り外されていた。もう他のテーブルを見る術はない。

 シャックスはきょとんとして周囲を見渡した。


「なんか、前よりギラギラ度が下がっているような?」


「部屋の装飾を変えたんだろう」


 あっけらかんと言ってのけるルシオに、イヅナはおやと目を向けた。

 ルシオから、悪戯をした後の子供のような、どことなく楽しげな雰囲気を感じる。


(ルシオ様、さては何かされたな?)


 先週オークションが終わるなり、ルシオはイヅナとシャックスに外で待つよう言い、自身は会場へと戻っていった。そのときに何かがあったのだろう。

 ルシオのやり方を見たことがあるイヅナには、彼が何をしたのかおおよそ予想がつく。


 ルシオが、このオークションが抱えている問題を解決したのだろう。


 しかし、イヅナもイヅナで個人的にカラクリについて推理――というより想像していたというのに、答えがわからずじまいだ。それはあとで教えてもらうとして。


(……なんだ、この疎外感は)


 自身もルシオに同行し一部始終を見たかった、と一人で物寂しくなっていたイヅナだった。


 さて、時間になり、ステージに司会者が登壇した。――カネイではなかった。

 シャックスは目を丸くした。


「ん? 初めて見る司会者だな」


 しかしルシオはその顔に見覚えがあった。先日オークション会場にいた、テーブル番号5番の男である。


「皆様、こんばんは。本日は私が進行させていただきます」


 いつも偽客サクラとして進行を見ていたからか、5番の男は滞りなくオークションを開場させた。

 その様子を見て、ルシオは口の端を僅かに上げた。


(ふむ。思ったより悪くない)


 5番の男こと司会者は、大きく声を張り上げた。


「現在、お得なキャンペーンを実施中です。その名も『還元祭』!」


 このオークションで施策を打ち出すこと珍しいらしいようで、観客席が俄に騒がしくなった。


「過去のオークションで、一度でもご入札された方が対象です!

 オークション終了時に、今回ご入札いただいた回数分1万モンドをキャッシュバックさせていただきます! 上限は、過去にお支払いいただいた手数料総額分!」


 入金時に手数料1万モンドを支払うシステム自体は残っているため、実質的には、客にとってはプラスマイナスゼロという感覚にはなる。

 だが『キャッシュバック』と言うと聞こえがいい。――裕福な貴族にとってはどうかわからないが。


 ルシオはソファの背もたれに寄り掛かり脚を組んだ。


(これで、これまで『架空の詐欺オークション』に付き合わせていた客に、そうとは悟らさず被害額相当を返すことができるな)


「『還元祭』は1年間開催予定です。お受け取りしきれなかった分は、キャンペーン終了後にまとめて振り込みさせていただきます!」


(期間中に受け取りきれなかった客だけでなく、来店しなかった客への救済措置だ。多少無理があるが、まあ悪くはないだろう)


 一度に返金せず、まどろっこしい方法を取ったことには理由がある。

 いくらこの詐欺オークションが稼いでいるとはいえ、被害額は相当に上るだろう。そのため一度に返金することはできない。故に、負担を軽減するために複数回に支払いを分ける『リボ払い』にしたかったのだ。

 即ちオークション運営側は赤字になる心配なく、手数料還元キャンペーンという名目で少しずつ客に返金ができるというわけだ。


 1年後には、この『還元祭』により対応できた金額が差し引かれ、返金せねばならない金額は減っているだろう。

 ただ、このときに負担とならないよう1年で売上を安定させなければならないのが課題だ。


「それと、お知らせです!

 新たな試みとして、今後オークションでは商品の出品を常時受け付けます! 手数料として売上の10パーセントをお支払いいただければ、どなたでも出品可能!」


 商品をオークション運営側が用意するのではなく、客側に用意してもらう。

 これは少々リスキーな策だった。


 ルシオは以前5番の男に、『単なる安物のフリーマーケットになってはならん』と言った。品揃えの品質を担保するのは難しいのだ。

 もし商品の質が落ちるようなことがあれば、今までのような貴族向けのブランドを維持することが困難になるかもしれない。

 その場合は手数料の調整などをして、顧客のターゲット層を変更する、という手段を取ることになるやもしれない。

 だが、例えそうなったとしても。


(使い回しの品や安価な偽物を使って詐欺をするよりも、売上の利益が入る分、儲かるというものだ)


 ついでに詐欺行為から脱却することもできるわけで、一石二鳥だ。

 これで一年後には、クリーンなオークションになっていることだろう。


 オークションが始まった。

 小ぶりではあるものの、青く美しい宝石のついた、品があるブローチ。

 あれはきっと、本物だろう。


「あれ、おまえの目みてェだな」


 ジャックスがルシオの目を覗き込みつつそう言って、用紙に『50万』と書き始めた。

 オークションの仕組みは色々と変わったものの、封印オークションのギャンブル性は健在らしい。

 ルシオはふっと目を細めて、その様子を見守った。


「程々にしておけよ」


 ほんの少し、客たちのたちの射幸心を煽りつつ、真っ当なオークションに生まれ変わる。


 打ち出した施策に無理矢理感は否めないが、『問題を表面化させずに解決する』にはこの方法がベストだ、とルシオは考えていた。

 もっともこの判断に至ったのにはいくつか理由があったが――それはまた後ほど語るとしよう。


 いずれにせよ、多くの客に必要とされ賑わうこのオークションは、ひとまずこれで安泰だろう。

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