33話
「『詐欺集団』?」
何の話かわからない、というように5番の男は首を振る。
そんな様子の男に向けてルシオは「説明せねばわからんか」と口にしつつ腕を組み、壁に寄りかかった。
「商品を買い占めていた貴様ら――5番、6番、12番、18番、25番は、全員オークション運営側の偽客だ。このオークションは5席で一列の計25席。要は一列に一席ずつ偽客がいることになる。
そして各々が鏡のカラクリを使い、担当する列の中で最も高い入札額を記載する。
そうなれば、商品は必ず偽客五人の誰かが競り落とす形となるわけだ。
こうして偽客により買い占められた商品は運営側に戻り、忘れられた頃に使い回す」
シャックスの話によると、『ホーキンズの冒険』の初版本は、半年前に一度オークションで出たことがあるとのこと。つまりこの初版本は、半年前の商品の使い回しだと考えてほぼ間違い無いだろう。
「もしかしたら、宝石や貴金属類は、使い捨ててもいい安価な偽物かもしれんな」
そう考えると、シャックスの本命が宝石や貴金属類でなくて良かった。――まあ宝石や貴金属類も欲しがって入札していたので、手放しに喜べるかどうかは謎であるが。
「いずれにせよ、これで商品の仕入れに金を使わなくとも商品を用意できる。その上、仕入れ額が売上を上回るような損失を恐れる必要もない」
「そ、そこまでして支出を作らないよう画策するくらいならば、お客さんから出品してもらい、普通に商売すればいいではありませんか!」
5番の男が反論した。
確かに、オークションではそのように客から出品された商品を取り扱うことも多い。
だが、とルシオは指摘する。
「このオークションは貴族向けだ。それ相応の品揃えを維持する必要があろう。単なる安物のフリーマーケットになってはならんのだ。ならば運営側が品物を揃えるに越したことはない――という方針なのだろう」
「しかし何も売らないということは、運営にもお金は入りませんよ? 誰も得をしないじゃないですか」
「得ならする。入札時に払う手数料だ」
このオークションは入札手数料オークションという顔も持っている。入札時に手数料を支払う必要がある。
今回は手数料として1万モンドずつ徴収していた。
「客には商品を売らず、手数料だけを頂戴する。品数がそれなりに多いのは、手数を増やすためだろう。こうして運営側は、『支出はないが金は入ってくる』という構図を作れるのだ」
5番の男は「ですが」と口を挟んだ。
「入札手数料で稼ぐ方法は、この封印オークション形式では不利ですよ! やるなら、普通のオークション形式でやっています!」
封印オークションは、一つの商品につき、一人一度までしか入札できない。つまり手数料を徴収できるのも、一商品につき一度だけだ。
対し通常の公開オークションであれば、入札額を更新する度に手数料が発生することになる。一つの商品につき、一人から何度でも手数料を徴収することができるのだ。
「だが」
とルシオは否定した。
「このオークションの客層は貴族が中心。それも、とんでもない金持ちだ。
通常のオークション形式では、どんなに高い金額を提示しても、際限なく上を提示されてしまうだろう」
もしシャックスが通常の競り落としに参加したら――とルシオは想像した。
きっと『俺はもっと出せる!』と、毎度毎度入札額を塗り替えてしまうことだろう。これでは永遠に競りが終わらない。
「通常のオークション形式よりも封印オークションにした方が、一回の競りが短時間で終わるのだ」
それと、もうひとつ。
「そして封印オークションは、ギャンブル性が高く中毒になりやすい」
このオークションに来る客は、もはや依存症になっている。シャックスがいい例だ。
「このオークションのターゲットは裕福な貴族。彼らにとって1万モンドは痛くも痒くもない、賭け事をするように、何度でも手数料を出すだろう」
一番高い金額を予想して書く、という行為は、くじの番号を自ら決めるようなものだ。
今まで落札できなかったとしても、『今度こそは落札できるかも』と足繁く通ってしまうのだ。
「貴様ら運営は、犬に寄生して血を吸うノミのように、そうやって金を稼いできたのだ」
「……ッ」
5番の男は何かを言いかけた。反論しようとしたのだろう。だが、異議を唱える材料はなく、しまいにはこう言った。
「証拠はあるのですか!?
我々運営会社が悪どい手を使っていたと証明する証拠は!」
「『証拠はあるのか』――か。犯人がよく言う台詞だな。まあある意味当然だ、そう言う犯人は証拠を残さぬようにするものだから。
そういうわけで証拠らしきものは、貴様『個人』の不正に関する貴様自身の証言と、それを裏付ける鏡くらいしかない」
つまり、5番の男たち偽客個人の単独犯を証明するならばともかく、運営の犯行を、となると大した証拠はないということだ。
「だが、オークション会場に不正を可能にする不備があったと告発した時点で、営業に違法性がなかったかどうか、運営会社へ調査が入るだろう。
証拠などなくとも問題ない」
「そんな!」
「俺はこの件を告発して、運営会社に責任を負わせることにする」
ルシオはオークション会場から出ようと、扉の引手に手をかけた。
それを目にした5番の男は慌てた。
「お待ち下さい!」
「被害を被っている者がいるのだ。この件を見て見ぬふりをしろとでも?」
「で、ですが……!
これは私一人の単独によるもので……!」
「もうおやめなさい」
この埒があかないやりとりに終止符を打ったのは、ルシオでも5番の男でもなかった。
会場の出入口の扉が開いた。入室してきたのは、真っ赤なスーツに身を包んだ恰幅の良い男。
オークションの司会者だった。
「ここまで知られてしまっては、誤魔化せるものではないでしょう」
司会者は会場に入ると、扉を閉めてからルシオの方に向き直った。
「こんばんは、お客様。司会者、兼主催者のオーガネス・カネイです」
カネイはうやうやしく頭を下げた。
ルシオは、なるほど司会者本人が主催者だったのか、と思った。
――カネイ。ルシオも耳にしたことがある家門だ。男爵の爵位を持つ、裕福な一族だったと記憶している。
だが世襲制である貴族制度において、爵位を継げるのは長男のみ。この男は次男以降で、爵位を継がず上流階級としてこうして商売をしているのだろう。
カネイは懐に手を突っ込み――札束を取り出した。
「もし他言しないでいただけましたら……お貴族様にはほんの端金ではございましょうが、前金で30万モンド、後日70万モンド。計100万モンド差し上げましょう。お望みであれば、もっとご用意します」
ルシオはカネイが出した札束を一瞥した。
「そうだな。金は欲しい」
カイヤナイト家は別に貧乏ではない。むしろ金はある方だ。
とはいえ金はいくらでも欲しい。
本来の『今後起こる事件を阻止し、被害者を救う』という目的のためには、ある程度まとまった資金があった方が良いのは事実なのだ。
「だが被害者から搾り取った不浄の金など、一銭たりとも欲しくはない」
救うべき被害者から得た金を手にするなど、道義に反している。
ルシオの険しい目を見たカネイは、脂肪の塊のようなその身を恐怖で震わせた。
「では、訴えるおつもりですか?」
ルシオはふん、と息をついた。
「訴えないでほしいか?」
「はい! なんでもしますのでッ!」
ルシオはしてやったり、と笑った。
ルシオは正義のために動く善人ではある。しかし聖人と言うには、あまりにも狡猾すぎる男だった。
ルシオの表情に、哀れなカネイは「ヒッ」と小さく悲鳴を上げてガクガクと震え出した。言葉選びを間違えたことに気付いたが、もう撤回はできまい。
「『なんでもする』。貴様は確かにそう言ったな?」




