30話
もうこれで何度目になるだろうか。
シャックスは幾度となく目玉が飛び出るような入札額を記載しては、最後の最後に他の者に越されていた。
「5番! 350万ーッ!」
「また駄目かー!?」
そしてその度に悲鳴を上げているのだった。
イヅナがルシオに耳打ちした。
「妙ですね」
ルシオは頷いた。
「ああ。また5番だ」
そう、毎度5番テーブルの者が商品を落札しているのだ。
「ここまで来ると、偶然ではないな」
ルシオの言葉に、イヅナは首を傾げた。
「あの人は、この会場の最高入札額を把握している――ということですよね。ですがどうやって」
「いや、『この会場』と判断するにはまだ早い。現時点でわかるのは、あくまでも『シャックスの』入札額を把握している、ということだ。何せ、5番を除けば最高入札額は毎度こいつだからな」
と修正しつつ、ルシオはそのカラクリについて考えた。
「用紙は、記載を終えたら糊付けする。開封する時点まで盗み見ることは不可能だ」
「では、記入中に盗み見られていたのでしょうか?」
「いや、周囲に人はいなかったはずだ」
ルシオはそう口にしてから周囲を見渡し、壁を見て、天井を見て――眉を寄せた。
ギラギラした装飾が目につく。
(……まさか)
「おい」
ルシオはシャックスに声を掛けた。
「貴様は前にもここに来たことがあるのだろう?」
シャックスが肯定した。
「ああ。何回かな」
「一度でも落札したことは?」
「ない!」
弾けるような笑顔で言い切ったシャックスに、ルシオは呆れて目を細めた。
「……だというのにオークションには参加するのだな」
「いつかは落札できる気がしてな」
「懲りない奴だ」
ルシオの言葉に、シャックスは声を立てて笑った。
「だから今度こそ、って思ってな」
ルシオは呆れつつも、今はシャックスのことなどどうでもいい、と考えを頭の端に追いやった。
記入する度に何故か把握される、こちらの入札額。
ぎらぎらとした派手な部屋の装飾。
そして、絶対に落札できない商品。
――カラクリの一部は予想がついた。
だが、そのなんのために。
ルシオは思考の海に沈んでいった。
□□□
「お、次が始まるぞ!」
シャックスがステージの方へと向き直ったと同時に、次の商品が運ばれてきた。
金色の奇妙――いや、前衛的な彫刻だった。何か文字のような、くねった人間のような、あるいは染色体のような。そんな粘土をこねくり回したような、珍妙な形のオブジェである。
「お次は、純金の彫刻!」
論理的思考の持ち主たるルシオには、直感に訴えかける芸術という分野をいまいち理解できない。特に型から外れた芸術に関しては、その良さが全くわからなかった。
とはいえ、中にはこれぞ芸術、と絶賛する者もいるかもしれない。
だが少なくとも、隣の男がその類いではないことは一目瞭然だった。
「お! おまえの髪に似ているな」
「似ていてたまるかッ」
シャックスがルシオの髪を見ながら楽しそうに声を上げたので、ルシオは不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。その横でイヅナが「そうですよ」とフォローした。
「あの変ちくりんな彫刻を、ルシオ様と一緒にしないでいただきたい」
「……貴様は思っていることをそのまま言うな。芸術家に失礼だ」
そんなことを言い合っている間に、シャックスが用紙を取って記入を始めた。
「よし、5000万でどうだ!」
ルシオは慌てて「落ち着け」と用紙を取り上げた。
「いいかシャックス、貴様はまた落札者になれない。だがしっかりと手数料は搾り取られるんだぞ」
そう口にして、ルシオは自分の言葉に引っ掛かった。
「……手数料?」
そうだ、これは封印オークションであると同時に、入札手数料オークションだ。入札時に、手数料を支払う仕組みなのだ。
一度の手数料は1万モンド。使用人出身のルシオとしてはそこそこ大きい額と感じるが、しかし金持ちの貴族にとっては痛くも痒くもない額であろう。
そしてそれは、オークション主催側もまた同じ。1万モンド程度の手数料を手にしても、利益としては微々たるものだろう。
だが、これが入札のたびに、入札したテーブル分だけ手に入るのだ。
開始から今だけでも、20以上の商品が紹介されている。そしてどの商品にも、10以上のテーブルから入札がある。つまり、現時点で最低でも200万モンド以上の手数料が主催者側の懐に収まったというわけだ。
そして、商品はまだまだあることだろう。何せ、シャックスの本命である『ホーキンズの冒険』の初版本がまだ紹介されていないのだから。
つまり最終的には、運営側に入る手数料は莫大な金額になるというわけだ。
司会者が回収した紙を読み上げた。
「2500万、6番で2500万ーー!」
ルシオは、おや、と思った。
「5番の奴、今回は落札しなかった」
今までずっと5番のテーブルの者が落札してきたというのに。
――そしてそれは、今回だけではなかった。
次の商品も、その次の商品も。
シャックスが入札の意思を示さなくなってからというもの、5番は落札しなくなった。何度かは、入札すらしないときもあった。
そして、代わりに落札しているのは。
「6番、12番、18番、25番……か」
ルシオはふと周囲を見渡した。会場にはテーブル5個で1列、それが5列の計25個のテーブルが並んでいる。
「テーブル番号は、1列につき5番ずつ並んでいるだろうな」
前から、1から5番、6から10番、11から15番、16から20番、21番から25番というように並んでいることだろう。
ルシオの言葉にイヅナはふと眉を寄せた。いまのところの落札者は、6番、12番、18番、25番――。
「落札者は各列ごとに一人ずついる?」
「その通りだ」
入札手数料オークション。各列に一人ずついる落札者。
その情報を追加して考えたとき、ルシオの脳裏に前世で読んだ小説の一節が浮かんだ。
『そのオークションでは、詐欺が横行していた。
しかし、それに気付く者はいなかった。
被害者は騙されたことにすら気付かず、ただ金を持っていかれるばかりだった。』
(思い出した)
この、推理小説の物語を。




