29話
ロンデール、オークション会場。
場内には悪趣味なほど煌びやかな照明器具や調度品が設置されている。
壁は金銀の装飾が施された壁紙が貼られ、天井は照明の光を反射させるためなのか鏡張りになっていた。真っ赤な絨毯が敷かれた床には、鏡から反射した光の破片がきらきらと散っている。
受付で係員が束ねた用紙を渡してきた。慣れているのか、シャックスは流れるように用紙を受け取った。
「3番のテーブルになります」
一行は案内されるままに自分たちの席に着いた。最もステージに近い席だった。
テーブルを囲むようにソファが設えてある。シャックスが腰を下ろした。続けてルシオは斜向かいのソファに腰を下ろし、イヅナもそちらに座った。
そんな形で落ち着いたところで、シャックスはルシオとイヅナに説明した。
「このオークションには番号札がないんだよ」
説明は不要かもしれないが、オークションとは商品に対して買い手側に値段をつけさせて、最も高い金額を提示した者に商品を販売する商売方法だ。
シャックスの説明を受けて、イヅナは口を開いた。
「オークションでは、大抵自分の番号札を上げて入札額を宣言するらしいですね」
その入札額より高い金額を払える者は、札を上げて宣言し入札額を更新する。
そして最終的に、最高入札額を提示した者が商品を落札できるというわけだ。
なおこれを公開オークションという。
「札がないのでしたら、入札額はどうやって宣言するんです?」
「代わりにこいつを使う」
シャックスは先程受付で渡された用紙を一枚取り、翳してみせた。
と、ステージに司会者が登壇した。シャックスが懐中時計を見れば、間も無く八時になろうとしていた。
「始まるらしいな。まあ、まずは見た方が早いだろう」
ルシオは首を横向けて――ルシオの座るソファが、ステージに対し垂直になっているためだ――ステージを見た。
シャックスの座るソファであればステージを正面で見られたな、とルシオは少し後悔した。
最初の商品は、小さな宝石のついたカフスボタンだった。
シャックスは用紙をテーブルに置き、備え付けの太いサインペンを取った。
「適当に5万モンドくらいでいいかな。いや、10万くらいでいっとくか」
シャックスは用紙に大きく「10万」と記載した。
「いいか、文字はデカくはっきりと書くんだ。落札できたら、司会者が掲げるからな」
「掲げる?」
「まあ見てろって」
記載を終えると用紙を折って、これまた備え付けられた糊で封をした。
しばらくして職員が用紙を回収しに来た。シャックスは用紙と、それから1万モンドの紙幣を渡した。
「手数料なんだ」
職員が会場内を回り全ての用紙を回収し終えると、司会者のもとに届けられた。
司会者は受け取った糊付けされた用紙をペーパーナイフで切って開封する。それから記載されている金額を読み上げた。
「3万、2万5千、4万……10万! 10万が出ました! これ以上は現れるでしょうか!?」
10万というのは言わずもがな、シャックスが書いた入札額である。シャックスはソファの上で楽しそうに「どうだ、どうだ!?」と騒いでいた。
司会者は最後の書類を開封した。
「15万モンド! 5番のお客様で、15万です!」
司会者が「15万」と書かれた紙を掲げると、拍手が巻き起こった。惜しくも敗れたシャックスは「あーあ」とソファにうなだれた。
「まあ、こういう感じだ。他の客がいくらで競り落とそうとしているかわかんねェから、それを予想して、上回る金額を書かなきゃいけない。いくら金持ちでも、確実に競り落とせるわけじゃねェんだ」
その仕組みを理解したルシオはなるほど、と頷いた。
「封印オークションか」
封印オークション。
不動産などで使われることがある手法だ。
他の買い手がつけた価格がわかる公開オークションは、その時点の最高入札額よりも高い金額を提示すれば、確実に商品を競り落とせる。
対しこの封印オークションは、他の買い手がつけた価格がわからないため、商品を確実に競り落とせるわけではないのだ。
ルシオは用紙を一瞥してからシャックスの方を横目で見た。
「それで、貴様の本命はなんだ?」
シャックスは待ってました、とばかりに話し出した。
「『ホーキンズの冒険』の初版本だ!」
「あの少年向けの小説か? 貴様が本を読めるとは驚きだ」
「挿絵が多くて、本を読むのが苦手な俺でも読みやすいんだよ」
「……前言は撤回する」
司会者が次の商品を取り出してきた。加工前の宝石だった。
「ウェーズ地方から取り寄せた、大粒のエメラルドです!」
シャックスは「俺の目に似てる」というよくわからない理由で入札を決め、500万と記載したためにルシオは目を剥いた。
が、宝石の値打ちはルシオもよくわかっていない。もしかしたら妥当かもしれないので、口は挟まなかった。
用紙の回収が終わり、集計結果が発表される。
「50万、80万、150万……ご、500万が出ました!」
シャックスの入札額が大差をつけた。
「この時間が楽しいんだよなァ。買えるかも! って緊張するっていうか」
ルシオは、ああなるほどな、と思った。
くじを買って当選するかもと期待するような。あるいは競馬で当てられるのではと見守るような。そんなギャンブル的な感覚なのだろう。
シャックスの得意げな顔を横目で見つつ、これはもう確定だろう、とルシオは思っていた。だが。
「600万! 5番のお客様で、600万ッ!!」
これが最終的な額となった。
シャックスの入札額は他の買い手より大幅に上回っていた。
だが5番の客はそれを予想したかのように、それをも上回ってきた。
「……なるほど」
ルシオは呟いた。
「シャックス。貴様が言っていた『落札できない』というのはこういうことか」
「そうなんだよ。何でだろうな?」
「さあな」
釈然としない思いを抱えながら、ルシオは以降の動向を見守った。




