表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/66

24話

 電報局付近。

 治安が悪くない場所。

 不動産登記があるのに、一度も入居者の募集が掛けられていない、小さめの共同住宅フラット


「ここか」


 アズリエルは馬車から降りる。イヅナとヴィネアも後に続いた。

 一見、なんてことはない共同住宅だ。


 建物の塗装が一部剥がれ、植えられている植え込みは形が歪で崩れている。手入れは最低限といったところか。少なくとも、庭師や使用人を雇っているようには見えない。

 それもここが『ダミー会社』の本拠地であることの裏付けになる。


 塀に身を隠し、窓から様子を伺う。植え込みが目隠しになっていて邪魔だ。だがなんとなく雰囲気は察せる。

 人がいた。住人だろうか、と目を凝らす。

 アズリエルは、住人にしては不自然だ、と思った。同じ場所にただ突っ立っているからだ。

 と、中から会話が聞こえてきた。


「ふわぁー……ッ」


「おい、気ィ緩めるな。万一警察が来たら、知らせなきゃなんねェんだから」


「貴族の子を攫ってきちゃったからだろ?」


 ――決定打だった。


「貴族の子……ルシオくんのことか」


 彼らの推理は机上の空論ではあったものの、当たっていたらしい。


 ともかく、確実にここにルシオがいることは確認できた。ならば、ここに警察を呼んでくるのが最も確実だ。

 アズリエルはヴィネアに耳打ちした。


「ヴィネアちゃん。馬車に乗って、近くの交番に行って、ルシオくんのことを伝えてきて……」


「おい、そこにいるのは誰だ!」


 アズリエルの言葉が終わらないうちに、警備係らしい男の声が聞こえた。


「まずい、気付かれた!」


 アズリエルはヴィネアの背を軽く叩いた。


「ヴィネアちゃん! 早く!」


 ヴィネアは急いで馬車へ向けて駆け出し、馬車に乗り込んだ。すぐに馬車が動き出す。


「おい、いるなら出てこい!」


 さらに男の声が響く。

 それから、会話が聞こえる。


「見間違いじゃねェのか?」


「いや、いた気がしたんだ。それに近くに馬車が止まったから……もう行っちまったが」


「だったら間違って止まっただけだろ」


「いや、念のため場所を変えた方がいいかもしんねェ」


 これには、アズリエルは少なからず焦りを覚えた。

 最悪なパターンは、警察が来る前に『ダミー会社』の連中がルシオを連れてここを去ること。

 そうなれば、ルシオの居場所を見つけ出すのは困難になる。それだけは避けねばなるまい。


「ルシオくんを連れて逃げられたら厄介だ。僕は突入する。きみはどうする」


 イヅナに向けて短く問い掛ける。自分が守ってやれるとも限らないので、自己責任の意味を込めて疑問系の形を取るが、答えはわかりきっている。


「勿論、私も行きます」


 イヅナは刀を抜いた。先の木を切り倒した件で、刃こぼれが酷い。だが何も無いよりは遥かに良いだろう。


「アズリエル様。戦えるのですか」


「多少の格闘くらいはできるよ」


 そういえば、とイヅナは思い出した。学校の門で警官に捕まりかけたアズリエルは、背負い投げをして引き剥がしていた。あれはイヅナの父の故郷である、東の国に伝わる柔術によく似ている。

 アズリエルはポケットからナックルを出して装着した。


 準備は、整った。


「くれぐれも無理は禁物だ。目標は犯人を捕らえることじゃない、ルシオくんを保護することだ」


 もう隠れていても意味はない。

 アズリエルとイヅナは塀の陰から飛び出した。


「行くよ!」


 スパン、と。

 イヅナが、窓を塞いでいた生垣に一閃。刃こぼれをしていても、細い枝くらいは斬れる。

 戦いの火蓋が切られた。


 ガシャン!

 アズリエルは足で窓を割る。できた穴から手を突っ込み、窓の鍵を開錠して、大きく窓を開け放つ。

 そこからアズリエルは中に飛び込んだ。続けてイヅナが滑り込んでくる。


 窓が割れる音で、異変に気付いたらしい。何人もの警備担当らしき男たちが廊下に出てきていて、一室の扉を守るように立ち塞がっていた。

 ガードがやたらと固いところを見るに。


「ルシオくんはそこで間違いなさそうだね!」


 アズリエルは拳を握りしめた。


「敵襲だ!」


 その合図と同時に、戦闘が開始した。


「それッ!」


 ストレート、ジャブ、とワンツーパンチ。それからアッパーを一発。

 アズリエルに顎を打たれ脳震盪を起こした男は、その場にダウンした。


「行かせねェよ!」


 ヒュン、と。襲いかかってきた男の拳を、スウェイバックで躱す。

 すぐにアズリエルはボディフックをお見舞いする。脇腹をやられた男はその場に倒れた。


 アズリエルが好戦している一方で、イヅナは冷静に構えていた。

 一人の銃を持った男がいる。イヅナはその男に真っ直ぐ駆け寄り、袈裟斬りをする。銃が叩き落とされた。

 刃こぼれが酷く斬れない刀でも、この程度ならば容易い。

 そのまま刀を向ければ、男は「ヒッ」と悲鳴を上げてその場に腰を抜かした。


「背中がガラ空きだッ!」


 イヅナの背後で、男がナイフを振り上げた。イヅナはすぐに背後を振り返る――ことはなく、見向きもせずに刀の柄、その頭部分で男の腹を突いた。

 男は呻きながらその場に倒れた。

 完全に我流だが、倒せればなんでもいい。


「やるねぇ」


 イヅナの戦いぶりを尻目に、アズリエルは男の襟を引っ掴んで前に倒し、足を払って蹴倒した。――払腰はらいごしである。


「ボクシングに柔術ですか。多才ですね」


 剣を振りながら訊ねてくるイヅナに、アズリエルは「余裕そうだね」と返した。


「これはバーティツだよ」


「バリツ?」


「バーティツ。ボクシングに柔術、ステッキ術……そういうものを全部詰め込んだ武術マーシャルアーツさ」


 一人、また一人、と倒していく。

 そして。

 全部で十人程度だっただろうか。アズリエルとイヅナは、警備係が全員倒れたのを確認した。

 それから息をつく間も無く、すぐにルシオがいると思われる扉を開けようとした。しかし。


「鍵が掛かってる」


 アズリエルはイヅナに短く指示を飛ばす。


「せーので破るよ」


「了解」


 アズリエルとイヅナは助走をつけた。

 そして、思いっきり。


「せーのッ!」


 体当たりを。


 ――しようとしたところ、突然ドアが開いて、二人は折り重なるように倒れ込むこととなった。

 ドアを開けたのは。


「ルシオくん!」


「ルシオ様!」


 穏やかに微笑んでいる、ルシオだった。

 アズリエルとイヅナは困惑した。


「……ルシオくん、その後ろの、なに?」


 アズリエルは、ルシオの背後にいる男を指差した。イヅナはその顔に見覚えがある。


「シンドル商団の社長さんではありませんか。どうして……」


 イヅナは少し躊躇うようにしながらも、しかし見たままを口にした。


「……縛られているんです?」


 そう、二人が目の当たりにしたのは。

 犯人と人質の立ち位置が完全に逆になっている、理解を超えた状況だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ