22話
銘々軽く準備を整え、街へ出るために門へと向かったヴィネアたちは、落胆することとなった。
「門が閉まってますわ」
付近には警官も複数配備されている。さながら監獄の看守だ。
「警備も沢山います」
アズリエルは、やれやれと首を振った。
「当然だよ。学校の敷地内で事件があった上に、犯人も捕まってないんだから」
誘拐事件があった夕方以降、生徒は学校の敷地外に出ることを禁じられた。許可は出ないだろう。そして、これだけの警備では抜け出すことも困難だ。
隠れている建物の影から僅かに身を乗り出したイヅナは、警備が手薄になっているところはないか、と見回した。――駄目そうだ。
「どうするんですか?」
アズリエルに問い掛ければ、彼は着ているコートのポケットをがさごそと探った。
「どうもこうもないよ。正面突破」
アズリエルはポケットから小さなボールのようなものを取り出した。球からは糸が飛び出ている。まるで導火線だ。
アズリエルはイヅナに「持ってて」とその球を押しつけた。
アズリエルはマッチに火をつけ、その導火線らしい糸に点火した。
「じゃあ、庭の中央あたりに投げて」
イヅナは言われた通りに、チリチリと火がついているその爆弾のような球を投げた。
その物体が地面に着地したのを見届けたイヅナは、あれは何なのだろうと首を傾げた。
「まるで爆弾ですね」
「でしょ」
アズリエルは飄々と笑った。その瞬間。
ドカン! と激しい音を立てて、球が破裂した。一瞬周囲が明るくなり、イヅナとヴィネアは呆気に取られた。
「だってあれ、爆弾だから」
「……はい?」
「良い火薬が手に入ってさぁ。簡易的だけど作ってみたんだよね。もしかしたら必要になるかもと思って持ってきた」
というアズリエルの声は、集まってくる警官らの騒音に掻き消された。
これにはヴィネアも慌てた。
「あの、余計に人が集まってますわ」
「でも、門から注意は逸れたでしょ」
確かに、皆が爆発があった庭の方に注視したために門は人がおらず、また注意を払う警備の者も皆無だった。
「じゃあ今のうちに……走れ!」
アズリエルが合図と言えるかもわからぬ微妙な声掛けをしたので、ヴィネアとイヅナは慌てて走り出した。
「あ、おい君たち!」
気付いた警備員が追ってきた。それも一人や二人じゃない、この爆弾騒ぎで集まっていた警官十数人だ。
「気付かれたか! 早く!」
アズリエルに発破を掛けられ、三人は門に向けて走った。
「門の錠を開けます!」
いち早く門まで辿り着いたイヅナが錠を弄った。中からは鍵がなくとも開けられるため、操作をすればいいだけだ。だがその僅かな数秒が命取りになり得た。
「早くして!」
追いついたヴィネアが切迫詰まったようにイヅナを急かす。
やがてガシャン、という音がした。門を押し開け、イヅナとヴィネアは外に滑り出た。だが。
「待ちなさい!」
警官が手を伸ばし、最後尾のアズリエルが肩を掴まれた。
「アズリエル様!」
「アズリエルさん!」
イヅナとヴィネアの声が重なる。
「ッ……、面倒だなぁッ」
アズリエルは警官に捕まれたまま。
警官の腕を掴んだ。そして。
ぐいっ、と相手の体を持ち上げて。
背負い投げをした。
「うわあッ!」
空中で一回転させられ、ドシンと地面に叩きつけられた警官。それを尻目に、アズリエルは門から外に出た。それから門を閉める。だが、外から門を閉める手立てがない。
アズリエルは手で門が開かないよう押さえつつ叫んだ。
「イヅナくん! その荷物、刀だよね」
「どうしてお気付きで――」
「そこの木を斬れるかい!?」
アズリエルは顎で門のすぐ横に生えている木を示した。
イヅナは言われるがまま、背負っていた鞄に括り付けていた袋を解き、刀を出した。それからすらりと鞘を抜くと。
ドッ、と勢いを付けて、幹に刃をぶつけた。幹に切り込みが入った。
(父上だったら、一刀両断できるだろうに)
ドッ、ドッ、と。
力任せに、何度も刀をぶつけた。
あまり時間は掛けられない。
段々と刃こぼれができ、切れ味が悪くなってくる。刃が折れなかったのは幸いだった。
三分の二以上切り込みが入ったところで。
「アズリエル様! どいてください!」
イヅナは思い切り、木に体当たりした。
その衝撃に負け、木がゆっくりと倒れ、門を押さえる形で倒れた。
門は木がつっかえとなったことにより、押し開くことができなくなった。
ひとまずの足止めは完了だ。だが油断は禁物。
「走れ!」
アズリエルが、ヴィネアとイヅナを追い立てる。
「まだ足を止めるなよ! 駅の方まで行くぞ!」
アズリエルは後方を振り返りながら二人を促した。
□□□
ニュージェイド学校前駅で辻馬車を拾った一行は、ロンデールの街中を走行していた。
「この時間でも辻馬車って拾えるんですのね」
と、ヴィネアはすっかりと陽が落ちた外を眺めた。
アズリエルは、そうだね、と返して足を組んだ。
「拾えなかったらどうしようかと思ったよ。まずはロンデール不動産に向かうように御者に言ったんだ。じきに着くよ」
そこで、電報局付近で、治安が悪くない場所にある、不動産登記があるのに一度も入居者の募集が掛けられていない、小さめの共同住宅を探すつもりだ。
ヴィネアは懸念があった。
「過去の物件情報なんて、教えてくださるでしょうか」
「問題ないよ」
アズリエルはポケットからバッジを取り出した。――ロンデール警察の所属であることを示すバッジだった。
「警官バッジ……!?」
ヴィネアはぽかんと口を開けた。なぜそんなものを、と訊こうとしたが、その前にアズリエルが答えた。
「色々と役に立つと思って、前に警察署に行ったときに一つ失敬してきたんだよね」
立派な犯罪行為である。
「これで、警察の捜査ですー、って言ってみるよ」
やはり、犯罪行為である。
とはいえルシオを救うためなので致し方なし、とヴィネアは割り切ることにした。
しばらくは会話もなく――いや、アズリエルが話すロンデール橋のウンチクやら、時計塔の鐘のメロディの歴史やら、そんなさして重要でない話を背景音楽に、馬車はただただ走り続けていた。
が、溜まりかねたのか、やがてイヅナが「ところで」と口を切った。
「アズリエル様。なぜ私が刀を持っていると?」
アズリエルは、ああ、とイヅナの手を取って開かせた。手には、剣を握った跡らしい傷がある。
「きみ、剣術をやってるでしょ? 手を見ればわかる」
それから、とイヅナがジャケットの下に着用しているシャツを指差した。
「スポーツ用のシャツだよね。綿の、汗をよく吸い取る、スポーツブランドの『カーネリアン』が出している商品だ。
たぶん、最初は制服の下に着てたんじゃないかな。このゴタゴタがなければ、きみは稽古をするつもりだったんだろうと思ってね」
そして、イヅナが持っていた鞄に括り付けられていた長い袋を指差した。
「それで長い荷物を持っていた。もう刀以外には考えられない。だから持っていると思ったのさ」
イヅナは納得しつつも、ほんの少し眉間に皺を寄せて自身の手を見下ろした。
「この手、そんなに目立ちますか。いえ、別に気にしているわけではないのですが……」
「わたくしは言われるまで気付きませんでしたわ」
ヴィネアがフォローした。と、アズリエルがなんとなく思ったことを口にする。
「ルシオくんは気付いていただろうなぁ。あの子、色々とよく気付く子だから」
――ルシオ。
ヴィネアはふとあのときのルシオとの会話を思い出して、苦々しい思いになった。
「……他人の気持ちには、気付かないみたいですけどね」
「そんなこと……!」
イヅナが言い掛けたそのとき、馬車が止まった。
「着きました。ロンデール不動産です」
アズリエルは、車内が物々しい雰囲気であることを察した。
これは、二人だけで話したほうがいいかもしれない。そう判断して、一人立ち上がった。
「……じゃあ、僕は該当する建物がないか調べてもらってくるから。君たちはちょっと待っててね」




