17話
翌週の休日。
ルシオとイヅナの姿は、ニュージェイド学校前駅近くの広場にあった。
以前とある政治家がここで演説をしていたことがあるのだが、今日は催し事はなく穏やかだ。
だがルシオの表情は穏やかではなかった。
「オパール伯爵は、なぜ待ち合わせ場所にここを指定してきたのだ?」
オパール伯爵領からここロンデールまでは遠い。娘ヴィネアに何か用があって、ついでに来るつもりなのだろうか。
その答えはすぐにわかった。
結論から言うと、待ち合わせ場所に来たのはオパール伯爵ではなく、ヴィネアだったのだ。
ヴィネアはこちらに気がつくと、パニエでふわりと広がったスカートを靡かせながらつかつかと歩み寄ってきた。
「伯爵は?」
ルシオがヴィネアにそう問い掛ければ、ヴィネアはつんとそっぽを向きながら返答した。
「わたくしが引き継ぎましたのよ」
ルシオとイヅナがオパール伯爵邸に訪れたとき、伯爵は『子供だけで来るなど不安だ』と言いたげな、訝しげな表情をしていたものだ。
これについては予想の範囲内とはいえ、ルシオは少々反抗心のようなものを覚えていたのだが、今では伯爵の気持ちがよくわかる。
「どう思う?」
ルシオが隣のイヅナに耳打ちをすれば、イヅナもまた訝しげな様子で返した。
「まあ……ルシオ様がしっかりされていらっしゃるから大丈夫でしょう。伯爵もそのつもりでお任せしたのだと思いますし」
「聞こえていますわよ」
ヴィネアが二人にぴしゃりと言い放った。
ヴィネアはベンチの端、ルシオの隣に腰掛けると、鞄から書類を取り出した。
「本題に入りましょう。わが伯爵家が出資していたシンドル商団と取引があった会社を調べましたわ」
ヴィネアが差し出した書類には、いくつかの会社の名前が書いてあった。
うち一つ、『フラドレン商会』には見覚えがある。シンドル商団の『ダミー社員』として登録されていた女性グリーンが出資したという会社だ。
「取引があったのは、フラドレン商会の他、スキャン商会、コン商会でした。
それぞれの会社に所属する社員からランダムに三名ずつ選出し、連絡を取ってお話を伺ったところ、いずれも会社に所属している自覚がありませんでした」
グリーンと同じように、彼らもまたそれぞれの会社の『ダミー社員』ということで間違いなかろう。
「言質を取るために一筆書いていただき、サインもいただきましたわ。こちらです」
ヴィネアからその書類を受け取ったルシオは、ぱらぱらと捲った。書類に不備はなさそうだ。
「シンドル商団と同様の、社員の水増しという不正をしている以上、四社は同系列と考えて間違いないだろう」
「なお、シンドル商団、フラドレン商会、スキャン商会、コン商会の四社は、他の会社との取引歴はありませんでしたわ」
「すべて身内同士の取引か。つまり四社は実質的な事業実績がなく、データ上のみあるように見せかけていたと考えるのが筋だ」
整理するとこうだ。
まず四社は、正式に会社を立ち上げる。これで会社情報を登記に載せられる。
その後で他人の個人情報を得る。グリーンが良い例だろう。
それから四社は、個人情報を得られた人物を自社の社員に仕立て上げる。これで身元が確かな『ダミー社員』を得られる。
そして、事業実績を作るために四社間で取引をする。
こうして『会社として登記され』『身元が確かな社員がおり』『事業実績がある』、どう調べられても不審な点がない会社となる。
最終的にオパール伯爵のようなターゲットに近付き、出資と称して金を騙し取ったというわけだ。
ヴィネアはルシオが手にしている資料を指し示した。
「ここまで調べられれば、不正を訴えるには充分ですわ。証拠もあります」
ヴィネアの言う通りだった。
刑事事件として、この悪徳な四社を取り潰すことができる。主犯たちを詐欺罪で起訴し、これ以上の被害者が出ぬよう豚箱に放り込むことができる。
また民事事件として、失った被害額を補填してもらうよう要求することだって可能だ。
だがルシオは首を振った。
「そうしようと思っていたのだがな。面白いことを考えたのだ」
「面白いこと?」
「ヴィネア・オパール。提案がある」
ルシオは考えていた。
ただ彼らの罪を追及しても、オパール伯爵家の財力が回復するわけではない。
だから、もっと伯爵家が得になる方向に持っていきたい。
「詐欺師に、詐欺を仕掛けてみるつもりはないか?」
□□□
「成功すればリターンは大きいが、失敗すれば危険だ」
一通りの話を終えたルシオは、ヴィネアに告げた。
法律に抵触しているわけではない。
だが――詐欺師に『詐欺』を仕掛けていると気付かれるかもわからない。そうなれば、どうなるだろうか。あまり考えたくはない。
「どうする? 一度持ち帰って、伯爵に相談してもいい」
だが。
迷う必要などなかった。
ヴィネアはきっぱりと、言い切った。
「この件はわたくしに一任されていますもの。そのご提案、お受けしましょう」
「きっとそう答えると思っていた」
ルシオはベンチから立ち上がり、着用している赤色のコートの皺をパンパンと叩いて直した。
「では行くぞ」
ルシオに続いて、ヴィネアとイヅナも立ち上がった。
「行くって、どこへ?」
「シンドル商団の本社だ」
□□□
ロンデール、ストル街。
伯爵から教えてもらっていた本社に行くと建物があった。小さいながらも小綺麗で、いかにも善良な商団といった様相である。
ここが、シンドル商団本社。
イヅナは地図を取り出し、メモされた住所と照らし合わせつつ周囲を見渡した。
「オパール伯爵から教えていただいた住所は、ここで間違いないようですね」
ヴィネアはシンドル商団の本社に視線をやった。ここが詐欺師のいる悪徳会社であると思うと、気を引き締めねばと緊張する。
「ここが悪の会社の本拠地ですのね」
「いや、違う」
「え?」
即座に否定したルシオに、ヴィネアは瞠目した。
ルシオはつい、とヴィネアを指差した。
「例えば貴様が悪の会社の親玉だったら」
(貴様……)
一応ルシオよりヴィネアの方が『伯爵家』であるため格上になるのだが、とヴィネアは半目になり掛けるが、意に介さずルシオは続けた。
「誰でも調べられる会社情報に、証拠となるものがたくさんある根城の住所を書くか?」
そういえば、そうだ。
ここの住所はシンドル商団の本社として登記されている。有事があった際に、真っ先に調べられるのはここだろう。
「! いえ、書かないわ」
「そう。だから本拠地はここではない。だがアポイントを取ったらここを指定された。ここが会社の表玄関ということで間違いはないだろう」
アポイント、という言葉にイヅナはおや、とルシオの方を見た。
「アポイントを取られていたのですか?」
「ああ。オパール伯爵の名でな」
これにはヴィネアが「ちょっと?」と口を挟んだ。ルシオは渋々ながら弁明する。
「……ちゃんと伯爵には許可をもらっている」
イヅナはああ、あれか、と思った。
オパール伯爵邸からの去り際、ルシオは『オパール伯爵の名を貸してほしい』と伯爵に頼んでいた。それをここで使ったということだろう。
「伯爵から蝋印鑑を預かっている。ヴィネア、後日返しておいてくれ」
それから、とルシオは鞄から封筒を取り出すと、ヴィネアに押しつけた。
「中に入ったら、連中にこれを渡せ。あとは手筈通りに」
作戦決行だ。




