15話
数日後。
早速オパール伯爵から手紙にて返信があった。数日後の休日、オパール領を訪れ、面会することとなった。
ルシオから出した手紙なので、宛名は勿論『ルシオ・カイヤナイト様』となっているが、連名で『サディアス・カイヤナイト』とルシオの父の名が書かれている。
オパール伯爵は恐らく、ルシオが父に指示されて、後継者教育の一環か何かで手紙を書いたのだと思っているだろう。そしてきっと、カイヤナイト男爵も一緒に来るものと考えているに違いない。
「生憎カイヤナイト男爵は、後継者教育だの、領地経営だの、そういうことがてんで駄目な人間だ」
むしろちゃんと後継者教育をしていれば、本来の『ルシオ』は、ああは育たなかったはずだ。
そして以前にも言及したが、カイヤナイト家がいま潤っているのは、領民から高い税を巻き上げているためだ。そう遠くない将来、じきに限界が来る。カイヤナイト男爵は領地経営も向いていないと言わざるを得ない。
ともかく、行くのはルシオだけ。あとはイヅナが同行したがっていたため、連れて行くくらいである。
当日。
子供二人だけで訪れれば、案の定オパール伯爵には大層驚かれた。
「ルシオ君。実に久しぶりだな、5年ぶりくらいか? 財産状況の確認というから、カイヤナイト男爵も同伴するのかと思っていたのだが……」
談話室に入ってきたオパール伯爵は、困ったような笑みを浮かべた。中肉中背で柔和な表情のオパール伯爵は、人が良さそうだ。と同時に頼りなさを覚える。
伯爵は暗に『不安だ』と言いたげな様子だった。来たのが子供だけなのだから、当然といえば当然だろう。しかしカイヤナイト家から支援金を受け取っている以上、無碍にはできまい。
ルシオは心配ない、というように穏やかに笑んでみせた。
「カイヤナイト家の跡取りとして、力不足にならぬよう日々鍛錬しておりますので。ご心配は無用です」
流石に爵位持ちの貴族相手なので、失礼にならないよう不遜な物言いは封印し、敬語を使っておく。
実のところルシオ自身は使用人として生きてきたため、敬語の方が遥かに使い慣れていたりする。……イヅナが物珍しげにこちらを見ているのは、まあ無視しよう。
怪訝そうながらも、オパール伯爵はここ三年分の出納帳を持ってきてくれた。ルシオはそれを開き、目を走らせた。
「……赤字続きか」
そう呟けば、オパール伯爵は「面目ない」と頭を掻いた。
ルシオはオパール伯爵家に訪れてすぐ、その財政状況を窺い知ることができた。
名家であるために邸自体の面積は広いが、にもかかわらず使用人の数は最低限。
そのためか、邸内の掃除も行き届いていない。――職業病で、ルシオはつい目線が行ってしまっていた。
そして昨今の庭園ブームに乗る余裕が無いらしく、庭園は荒れていた。
ルシオは伯爵に、端的に今回の来訪の目的を伝えた。
「オパール伯爵家には、財力の立て直しをしていただきます」
「立て直しか。恥ずかしながら支出ばかりで、なかなか収入がなく……」
オパール伯爵は難しい顔をした。
収入、という言葉に、今まで沈黙し話に耳を傾けていたイヅナがふと口を挟んだ。
「そういえば以前ルシオ様は、貴族は仕事をすることが稀だと仰っておりましたね。では、貴族の方はどうやって収入を得るのですか?」
「基本的には地代だな。俗に言う『領地経営』といったところか」
ルシオが説明した。
「土地を持っているのは貴族だ。貴族はその土地を領民に貸す。そして領民は土代として、一定の金を税金として貴族に納める。それが貴族の収入というわけだ」
要は地主が借地人から地代を貰っている、ということだ。
「しかし、それだけではどうしても足りんでな」
オパール伯爵が、開かれた出納帳の一項目を、指でとんとん、と示した。
「金銭問題を解決するために、ある商団に出資をしていたのだ」
ルシオは『シンドル商団』と書かれているその項目の日付を見て眉を寄せた。
(王国歴1871年? 3年前ではないか)
ルシオはその後の記録もぱらぱらと捲って確認した。何度か同商団への出資が見られる。だが支出ばかりで収入が一切ない。
「大幅な赤字になっているようですが、配当金などは?」
「もうすぐ利益が出て、もらえるはずだ」
伯爵の、もらえる『はず』という曖昧な言い方に、ルシオは不信感を抱いた。
「そのシンドル商団ですが、信用できるところなのですか?」
「ああ。私も調べたが、ちゃんと登記されている会社だ。事業実績だってある。
伯爵の権限で社長や社員も確認したが、いずれも戸籍がある実在する人間だった」
つまり、記録上はちゃんとした会社であるということだ。
だが出資から3年も経ったというのに、一銭も返ってきていないのは事実。
単に経営が上手くいっていない会社だというのならば――それはそれで問題ではあるが――まだ良いのだが、ルシオはそれ以上に嫌なことを想像していた。
「その社員だという方に、連絡を取ることは可能ですか? できれば商団を通してではなく、個人的に。話を聞きたいのです」
ルシオの頼みに、オパール伯爵はぱちぱちと目を瞬いた。
「社長ではなく?」
「はい」
「……よくわからないが、わかった」
なんとも頼りない返答をしたオパール伯爵は、卓上の呼び鈴を手に取り、チリン、と鳴らした。
程なくして「失礼します」と現れた執事に、伯爵は告げた。
「以前調べたシンドル商団の社員に、うちの領民がいただろう。彼女の住所を調べてくれ。これから伺うのでな」
□□□
数時間後。
オパール伯爵に連れられて民家に向かえば、そこには一人の女性がいた。
「急に押し掛けて申し訳ない。話を聞きたくてな」
「いえ、構いません」
癖のある黒髪を持ったその中年の女性は、ぺこり、と頭を下げた。
「ナイーバ・グリーンと申します」
グリーンは一行に茶を用意し、それが終わると椅子に腰を下ろした。
彼女が着席したのを見計らい、ルシオはさっそく口を開いた。
「グリーンさん。シンドル商団について教えてはもらえまいか」
しかしグリーンは意味が飲み込みきれず、ルシオの言葉を復唱した。
「シンドル商団?」
「そうだ。会社の実態を知りたい」
「そう仰られましても……」
グリーンは言葉を選ぼうと考え込むが、どうにも纏めきれなかったようで口を閉じ。
それから、おずおずと口を開いた。
「そんな会社――聞いたこともありません」




