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14話

 中庭に一人取り残されたルシオに声を掛けたのは、追いかけてきたイヅナだった。


「ルシオ様。よろしかったんですか」


 出し抜けにそう言われれば、ルシオは眉間に皺を寄せる他なかった。


「何がだ?」


「ヴィネア嬢の誤解をそのままにされたことです」


 イヅナには先のヴィネアの『問題児』という言葉が聞こえていたのだろう。

 ルシオが『問題児』扱いされる原因を作ってしまったイヅナとしては、気が気ではないらしい。


「ルシオ様の汚名は、私を救って下さったときに教師により理不尽に負わされたものです。

 ですがヴィネア嬢はこのことをご存知ありません。ルシオ様の心象が悪くなってしまいます。必要あらば私が……」


 だが、ルシオは首を横に振った。


「構わん」


 ルシオはむしろ、この悪名は婚約を解消するための良い材料になると思っていた。

 感情一つで契約がどうにかなるわけではないが、ヴィネアがルシオと縁を切りたいという意志を固めれば、話が円滑に進むかもしれないという考えだった。


「なぜです?」


 イヅナの疑問にルシオは言い淀んだ。

 今回この件にイヅナは関係がない。そんな彼に、ヴィネアとの婚約解消の手立てを思案中であると話すべきか否か。

 彼を巻き込むメリットは、あるといえばある。動かせる人材を確保できていた方が、取れる選択肢は多くなるためだ。

 それに以前解決したとある事件では、イヅナが口にする意見や疑問のお陰で考察が捗った。今回もまた期待できるかもしれない。


 それから強いて言うならば、忠臣として傍に置くと決めたイヅナへの期待のようなものがあるのかもしれない。


「ヴィネア・オパールとの婚約を解消するつもりだからだ」


 単刀直入に言った。


「だから貴様も、ヴィネアに余計なことは言わんでいい」


 イヅナは何かを言い掛けたが、それを遮るようにルシオは続けた。


「わかっていると思うが、これは政略結婚だ」


 ヴィネア・オパールの生家、オパール伯爵家は由緒正しき名家である。

 しかし、名家の貴族は必ずしも裕福であるとは限らない。


「以前ブーリーの事件の際にも言ったが、貴族というのは金がかかる。使用人の雇用や、社交界などでだ。だから貴族ながらに貧乏というのは多い。オパール伯爵家も例に漏れずその一つだ。

 一方で、カイヤナイト男爵家には財力があった」


 男爵の中には個人所有の領地を持たぬ者もいるが、カイヤナイトは立派な領地を持っており、地主としてかなりの収入があるのだ。

 ――口には出さなかったが、実際には悪政で領民から金を巻き上げている、というのが正確な表現だ。

 このままでは、カイヤナイト家の存続は危ぶまれるだろう。これは次期領主であるルシオが解決せねばならぬ課題だ。が、今は関係がないため置いておくことにする。


 カイヤナイト男爵家は金はあっても、しかし名家とは言い難い。領地発展のために名のある商人や職人と関わりたくとも、人脈を広げるには限界があった。


「俺は跡継ぎだから、名家に婿入りという選択肢は取れん。だが嫁を受け入れることは可能だった」


 オパール伯爵家は長男がいるため、娘を嫁に出しても跡継ぎの心配はなかった。

 そういうわけで裕福なカイヤナイト男爵家は、貧乏だが名家のオパール伯爵家の娘を嫁に迎えることにしたのだ。

 そうすることでオパール伯爵家は金が手に入り、カイヤナイト男爵家は名家の人脈を欲しいままにできる。利害関係が一致したのだ。


「悪い言い方をすれば、ヴィネア・オパールはカイヤナイト家に『買われた』のだ」


 言葉にすると本当に残酷だ。婚約と言えば聞こえはいいが、やっていることは人身売買も同義だ。


「別にラブ・ロマンス・イデオロギーを謳うつもりは更々無いが、政略結婚は時代遅れだという考えには同意だ。本人の望んでいない結婚を強制するつもりは、少なくとも俺には無い」


 イヅナは聞き慣れない単語に首を傾げた。


「ラブ・ロマンス・なんちゃらとは」


「『ラブ・ロマンス・イデオロギー』。近年出てきた、結婚に関する考え方のことだ。早い話が、政略結婚よりも恋愛結婚が良い、という意見だ」


 ルシオが婚約解消の理由をこのような理由にしたのは、単に『本来の物語ではヴィネアが不幸になるから』と説明できないためだけではない。

 平民であるイヅナの共感を得るためだ。

 平民は貴族と違い、基本的に恋愛結婚が主だ。だから、結婚相手は他人により見繕われるものではなく、自分で決めるもの、という価値観があるのだ。


 これでイヅナの目には、ヴィネアが望まぬ結婚を押し付けられた哀れな立場にあると映ったことだろう。


 イヅナはひとまずは「なるほど」と頷いた。


「しかし利害関係が一致していたということは、婚約を解消すれば、お互い失うものがあるのでは?」


 オパール伯爵家は金のため、カイヤナイト男爵家は人脈のためにこの婚約を結んだ。

 カイヤナイト家は既に、オパール家の人脈を頼りに、複数の商人や職人と契約を結ぶことができている。カイヤナイト家はもう目的が達成されているため、婚約が解消されたとて困らない。

 問題はオパール家の貧困問題の方だ。


「オパール伯爵家には、我がカイヤナイト家から定期的に支援金を送っている。それが断たれれば、オパール家の力は低下――俗に言う『没落貴族』というものに成り下がる」


「つまり婚約解消にあたり解決すべきは、オパール伯爵家の財力の立て直しというわけですね」


「そのとおりだ」


 オパール伯爵家は、娘ヴィネアを担保に金を得ているような状態だ。その担保を一方的に戻され支援を止められたら、たちまち崩れるだろう。

 だから、支援金がなくとも自立できるよう、土台を整えてやる必要がある。


「そもそも支援金は一時凌ぎの対策に過ぎなかった。長期的に見れば、支援がなくとも自立できるに越したことはない」


「具体的な策は決まっているのですか?」


 ルシオはしばし思案し、言葉を選ぶように口にした。


「まず現状を知らねば、策の取りようが無い。カイヤナイト家経由で、オパール家の財政状況を訊くのがいいだろう。オパール家も、支援を貰っているカイヤナイト家からの要望は無下にはできんだろう」


 支出額はどうなのか。使用用途はどうなのか。収入はあるのか。そういったことを把握しなければ、策は立てられない。


 ルシオは端正な口元に笑みを浮かべた。

 やはりイヅナは、ルシオが見込んだ通りの働きを見せてくれた。適切な疑問を投げ掛け、意見を挟み、そして最終的な方向性を見出せるよう誘導してくれた。


「イヅナ。放課後、街に電報を出しに行くが。一緒に来るか?」


 ルシオがそう問うと、イヅナは頭を下げた。


「もちろんです。ご一緒させていただきます」


 ルシオは良い忠臣を手に入れた、と内心ほくそ笑んだ。

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