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第十八話:卵サンド! ......シオネーさん?

前回のあらすじ

マージュと買い物に行ったロメテス。そこでは伝統衣装のドレスについて教わった。

それに対し、他の教え子ポロン・ピラが意味深な行動を......

「......ふう」


 こうして、今度こそ別棟に戻って大体一時間半。明日の面談用教材と自習用数学課題の用意が出来ました。久しぶりに一人で集中できて、何か大きな達成感を覚えます。


「お疲れ様です。それじゃあ、帰りましょうか先生」


「!!?」


 作業時間の終わりは、一人の時間の終わりでした。タイミングを見計らってシオネーさんが後ろから声をかけてきます。


「で、ですから。心臓に悪いので......」


「これでも、大分自重したんですよ。教材に関して幾つか改善点ありましたが、そこは後でまとめて言おうと思い静かにメモしてたんですから」


「そ、それはありがとうございます」


 この人、いつから私の後ろに? おかしいのは、慣れない私の方なのですかね。


「じゃあ、帰りましょ。今日は、明るい内に帰った方が良いと思いますので」


「え、ええ」


 そうですよね。比較的大通りから外れた道を歩くわけですからね。

 教材をまとめ、そのまま彼女と共に職員室を後にします。時間に多少ゆとりがあったので、今回は鍵をかけました。


「先生、少しはこの生活に慣れたようで良かったです」


 帰り際、シオネーさんは呟くようにこう言いました。


「ええ、貴方のお陰ですよ。ありがとうございます、シオネーさん」


 お礼はしっかり。


「......本当、気楽な人ですね」


 そう、私には聞こえました。しかし、それに返事をしてはいけない気がしたので黙りました。何故なら、この瞬間だけ彼女の背中に影がかかった気がしたからです。


◇◇◇

「......これ、卵サンドですか?」


 帰宅すると、そこには金色の具材を香ばしいパンで挟んだ至極の逸品が目の前に広がっています。


「ええ。時間ありましたので作ってみました。先生が、喜んでくれると嬉しいのですが......」


 期待と不安の入り混じったシオネーさんの表情。常に余裕で満ちていた彼女にもこんな顔があると知り、私は妙な安心感を覚えます。


「とっても、嬉しいですよ! 早速食べて良いですか?」


「それは、良いですよ」


「はい! いただきます!!」


 少年のような足取りで椅子に座り、速攻でサンドイッチを頬張ります。口の中で広がるまろやかな卵の味。これは......なかなか上級な一品です。


「おいひいでふよ、ひほねえさん!」


「......ふふ、そんなに慌てなくて良いですよ。おかわり、用意してますからゆっくり食べて下さいね」


 これでは、完全に小学生と母ですね。まあ、大好物の前くらい童心に戻っても問題ないですね。

 しばらく、この至高の食を堪能すると致しましょう。


「......」


 そんな私を、シオネーさんは微笑ましく見ていました。


「おかわり、お願いします!」


「はあい、どうぞ」


 こうして、物凄く平凡に夜が更けるのでした。そう、物凄く平凡に。

 唐突に眠らされもせず、平凡に「おやすみなさい」と挨拶をして寝たのです。

 それを不思議に思ったのは、まどろんだ夢の中だった気もします。だから、うろ覚えなんですよね。どうやって、寝たのか......


◇◇◇


「おはようございます。良い朝ですね」


 そして、今日も一日が始まりました。昨日の卵サンドの味が、忘れられないです。


「おはようございます、シオネーさん。今日も一日精進致します」


 しかし、切り替えなければいけませんね。今日も、学生の為に頑張らなければ。


「そうそう、先生」


「はい、何でしょう」


 ベッドから出ようとする私に、シオネーさんは覆いかぶさるかの如く近づきます。


「先生は、もう十分に下準備を完了させました。そろそろ、次の段階に進むべきですよ」


「次の、段階? まだ面談も全員分終わってませんし、数学以外は碌に授業していませんよ」


 まだ、今の段階でもやるべきことは残っています。急いで次の段階に進むのは、焦りを覚えて学生のパフォーマンスを落としては元も子もないです。


「そこを一気に終わらせるために、次の段階に進むんです」


 彼女の手が、私の頬に触れます。まずい! サンドイッチのせいで忘れてましたが、彼女を信頼すると同時にいつ変なことされるか警戒をしなきゃ......


「さあ、残りを本能に任せてください。気が付いたら、定期考査で結果を残していますよ」


「いやいやいや、待ってくだ」


◇◇◇


「お疲れさまでした。絶対に明日までにこの課題終わらせてきます! 絶対、ギャフンって言わせてやりますからね!」


 ......!!! エピテス、さん? 確か、彼は最後に面談をするスケジュールだったはずです。


「......」


 と、とりあえず教室に戻りましょう。下手すると、意識のないまま数日間過ごしたのでしょうか。


「......はい、皆さんお疲れ様です」


 いつも通りの口調で教室に入ります。雰囲気は、受験生みたいですね。


「......面談は、一通り終了致しました。ここからは、質問の時間とします。何かありましたら、前の教壇までいらしてください」


 自分が意識ない時の言動のせいで、今の自分が縛られる。摩訶不思議でもありますが、ある意味深層心理の皮肉な気もします。


「先生、質問が3つあります! 私達の世界には、コンサルタントと呼ばれる職業は宮廷魔術師くらいしか存在しません。なので......」


「先生、フェルマーの最終定理のタニヤマーシムラ予想って実際は......」


「先生、フェルメールって......」


「先生、一勝負お願いします」


 あ、一気に来てしまう。これは、これはあ......


「皆さん、順番です。質問が多い為、一人あたり五分ずつ回答していきます。あと、ミネヴァさん。チェスの実践は放課後で!」


 ため込まれた水が溢れ出すかのように押し寄せる質問の数々。想定以上ではありますが、順番に対応していくしか手はありませんね。

 ......と、ここから約3時間に渡る質問対応が始まりました。

 私も、学生それぞれに渡した書物・教材の内容を完全には把握してませんからね。対応にはとてもとても苦労しましたよ。

 いや、ほんと。教室に学生が9人しかいないことに気が付かなかったレベルですからね。


◇◇◇


「......そういえば、シオネーさんって今日は何故欠席でしたっけ?」


 ようやく質問が終わり、そろそろ放課後の時間。私は手元の出席簿を見ながらうろ覚え風の疑問を出します。


「先生も知らないって言ってたヨ。ここ最近、朝から何処にもいないッテ」


 マージュさんの回答。私の隣に椅子を置き、ファッション誌を真剣に読んでおります。


「......本当、不思議な人ですねえ」


 私は、こう言わざるを得ませんでした。絶対、何か企んでますよね。


「まあ、先生も色々と不思議な人だけどネ」


 それは、ごもっとも。私は、「変な人」と呼ばれるのが一番多かったですからね。


「......そろそろ、終わりにしますかね」


 読んでいた本をしまい。私は授業を終わらせます。その後、ミネヴァさんとチェスの勝負をし、マージュさんの数学の面倒を見ました。


「先生、一つ相談があります」


 そして、ポロンさんからの相談を受けます。何か、体が順応していますね。ここ数日の恒例行事だったのでしょうか。だとしても、この拭えない不信感。理由は、明らかですね。


「......シオネーさん! 帰ってますか?」


 その不信感を除去するべく、ポロンさんの相談が終わった私は速攻で帰宅します。


「......」


 静かな屋内。仕方がないので、奥に進みます。リビング、私のベッド、洗面所。中には使った記憶のない場所もありますが、ともかく彼女はいません。


「ーーー使ってない部屋、ありましたよね」


 私の知っている情報は、凄く少ないです。それでも、今までの状況から推察するに有効な手はこれだと思います。

 いつもの生活スペースより奥に行き、薄暗い階段を上ります。音、匂い、変化なし。段々と、周囲の光が少しずつ消えていきますね。


「......ふう」


 しかし、一歩一歩と階段を上がる度に息が苦しくなっていきます。単純に密閉された空間だから空気が薄いのか、それとも何かしら魔法が放たれているのでしょうか。


「......!」


 おっと。魔法はないようですが、手掛かりは残っていたようです。


「......これ、恐らく何かの呪文の書かれたメモですよね。彼女が私に施した術に関しては概ね検討がついていますが、少しばかり調べさせて貰っても良いでしょう」


 メモをポッケにしまい、辺りを見渡します。どこかに、魔術文字の解読所はないでしょうか?


「......もしや、いや」


 まっさらな部屋に背を向け、少し急ぎながら階段を下ります。そこから、更に駆け足でベッドまで移動。息を整えます。


「......まあ、手掛かりないからね。しょうがないね」


 一旦腕輪を外してテーブルの上へ。宝石の乗せたベッドに向けて両腕を向け体内の力を集約。


「......はああああ!!!」


 呪文もポーズもそっちのけ。直感を信じ迅速に「本の召喚スキル」を使用します。


「......う、ふぉ」


 変な声を出し、私はベッドに倒れ込む訳にはいきませんでした。


「思ったより、大きい」


 しかし、成功しましたね。宮廷魔術師が私と同じく異世界出身だった時点で、もしやとは思いました。日本語とアルシア語? の対応表を貰った時点である程度は予想ついてましたがね。

 そう、この国には「日本語と魔術語の翻訳辞典」が存在するのです。それを、私のスキルを使って取り寄せました。いや、多分コピーだと思いますけど。


「......お、魔術のコツとかまで書かれている。魔術師さん、結構マメな人だな」


 あたりを引きましたね。ここで読めないレベルの走り書きの紙きれを引き当てていては先に進めなかったでしょう。


「さてと。念のため腕輪を戻して」


 召喚した本は、一旦ベッドの下の......奥で良いですかね。カムフラージュ用に何かあれば良かったですが、そんなものありませんし。


「あとは......打って出ますか」


 キッチンから、パンを三つほど貰って包装紙で包みます。では、出発です!


 ......そういえば、この家は鍵をかけなくて良いのですかね? 今まで、シオネーさんが欠けたところも見たことがないですけど。

卵サンドは、私も大好物です。


里見レイ

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