第十三話:社会の勉強は、様々な角度から国を見る所からですね
前回のあらすじ
マージュの面談で、孫子について一通り授業したロメテス。
気が付くと、側にいるシオネー。
考えるべきことは、まだあるのか......
あれから、私は軽い急ぎ足である場所に向かいました。朝は忙しくて時間がなくて出来ませんでしたが、今日はやっておかないといけないことです。
「ごめん下さい。私、中央教壇教師の火坂ロメテスです。先日お世話になったロディーテ様にお礼とご相談があって参りました。何とか取り合って頂けないでしょうか?」
「......少々、お待ちください」
数日前にもご挨拶した門番さんがいて、助かりました。私の身分確認等をせずに、そのままロディーテ様に繋いでくれそうです。
さてと、折角ですし待ってる間じっと門の観察をば。石造りでありながら、何とも温かみの感じる色合いですね。『灰色』よりも『ネズミ色』と呼ぶ方が似合いそうな、何とも動物的な石造りです。それにしても、改めて見たら今にも動き出しそうな雰囲気です。今まで西洋風の石造りを見たことなかったのですが、実際見ると随分印象が違うものですね。
「......お待たせしました、食堂にて伯爵様がお会いになるそうです」
おっと、結構早かったですね。食堂ってことは、彼はディナーと一緒に私の話を聞いてくださるのでしょうか? まあ、期待しないでおきましょう。
「やあ、待っていたよロメテス君」
想像以上! 彼の横には二人分の食事が揃ったテーブルが。しかも、料理の見た目から考えて以前私が頂いていたのより豪華!
「......お、お世話になっておりますロディーテ伯爵様」
ぎこちなく一礼。
「まあ、座り給え。君とまたこうして食事が出来て嬉しいんだから」
「は、はい!」
素早く着席。
「それで、君がお礼を言う為だけにボクの屋敷に来るはずがない。何かしら、報告か相談があるのだろう?」
「ええ。実は......」
と私は成り行きで教え子のシオネーさん宅に居候することが決まったことを話します。
「という訳で、大変お手数ですが教員寮に話を付けておいて頂きたいのです。如何せん、ここは私にとって異国の地。どうしても、敷居が高く感じてしまいまして」
ロディーテ様は、にこやかに話を聞いています。
「ふむふむ。そのくらいはすぐに済む話だね。構わないよ」
良かった。笑顔のまま、彼は引き受けて下さいました。
「しかし、君にとっては重大な相談事でもボクとしては少々物足りない。何せ、食事時間はまだある訳だからね」
確かにそうですね。うん、これはムニエルでしょうか。少々味が濃いですが、これがまたクセになる味付けですね。
「......では、一つお伺いします。中央教壇で、社会や国語の授業内容についてご説明してくださいませんか? この国に来て日も浅く、教養の基礎的部分すらも分からないんです」
やはり、数学以外の授業についても視野に入れなければいけませんからね。準備は、早いに越したことはないです。あ、このスープは玉ねぎの旨味が良く出ていてすごく美味しい!
「ふむ。確かにその通りだったね。じゃあ、直接的ではないがこの問題を解決する術を教えよう」
おっと、ロディーテ様の笑顔具合が増しましたよ。これは、イタズラ小僧の味がしますね。
「......よし! このメモを、シオネー君に渡したまえ。何か君に不信感を持ったら、遠慮なくボクの名前を使って欲しい」
指ざわりの良い紙に万年筆で書かれた崩し文字。これが、貴族のメモ用紙!
「はい、分かりました。胸を借りるつもりで、やってみます」
詳細は分かりませんが、恐らくシオネーさんにメモを見せれば何とかなるでしょう。
「ふふふ。ついでに、君にはこれもプレゼントしておこう。この屋敷への入場証だ」
そして、精密に石を削られた首飾りを貰います。あら、見た目によらず軽いですね。
「これを首から下げておけば、国内で交渉するのが少しばかり楽になるだろう。何せ、『伯爵家ゆかりの者』の証明となって一定以上の身分が保証されるわけだからね」
「......良いんですか? こんな貴重な物?」
「なあに、ボクは多くの協力者に配っているから問題ない。石の裏面に56と書かれているだろう? つまり、君以外にも55人がこの首飾りをぶら下げているんだ。特別ではあるが、別に貴重ではないのだよ」
そ、そうなんですね。
「では、有難く頂戴致します」
この方は、本当に良い方だ。あくまで私視線ではあるけれど、自分の能力や権力を上手に使って国に貢献している気がします。
「ははは、君は既に学生と良い関係を築けているみたいだし、そのご褒美だよ」
「きょ、恐縮です」
和やかに、その後の食事は進みました。
◇◇◇
さて、所用をすませご褒美も貰った私は安堵しておりました。日は沈み、人の賑わいもその種類が変化する頃合い、電灯灯る繁華街を通ってシオネーさんの家へ帰ります。
「あの、君、ある?」
「?」
と突然、後ろから肩をツンツンと叩かれます。振り向くと、そこにはスカーフを巻いた若い人間の女性が立っておりました。
「あれ、あれ」
指さす先には、通り沿いの食べ物屋さん。見たところ、フランスパンのようなものが売られております。売り子さんですかね?
「ああ、あいにくですが既に私は夕飯を済ませてます。また機会があれば頂きますね」
申し訳ないですが、ただでさえ多くない所持金(シオネーさんから、副業のお礼として貰いました)なので外食は控えないとです。
「違う、食べたい。それ、食べたい」
「?」
「それ、食べたい」
「???」
食べたい? なら、食べればよいのではないですか? 誰かと一緒に食べずとも、食事は美味しくて楽しいひと時ですよ。
「食べたい、金、出して」
「!?」
服の袖を摘まみ、彼女は思いがけない言葉を投げかけます。え? 今金出してって言いました?
「いや、他人に奢るほどの金は持ち合わせていなくて......」
「伯爵! 伯爵! それ、伯爵の飾り! 金あるでしょ!」
え、いや、金はないですよ。てか、そもそも体一つで異世界に飛ばされた私に物乞いしないでくださいよ! 色々とねだる相手間違ってますって! そもそも、物乞いの対処法とか学校でも本でも習っていないんですけど!?
「金くれ! パンくれ!」
「いやいやいやいや、ちょっと待て......」
いや、お願いどころか恐喝して来たよこの人。てか、これって少額でも何かあげてこの場を切り抜けるのが有効なのでは?
「わ、分かりましたから落ち着いて。えーと、パン一切れって15ミニマムでしたっけ? ポケットには10ミドルあるから1ミドルを崩す形に......」
わわわ。えーと、これですね。流されるまま、私はフランスパンを購入。女性へとプレゼントします。
「えーと、どうぞ」
「うん!」
そして、パンを受け取るや否や物凄い勢いで走り去ってしまいました。
「え、ええ......」
せめて、お礼の一つくらい言って欲しかったな。何か、自分のしたことが馬鹿馬鹿しくなるじゃないですか。けど、それも環境のせいだったりするんですかね。戦争で家を失ったとかなどの事情があるでしょうし、このくらいは多めに見ても......
「先生、ここに居たんですね」
「あ、ええ。教員寮の件でロディーテ様のところに行ってまして」
と、そこに現れたのはシオネーさん。この子、GPS並みの精度で私を探し当てますね。
「あと、何か疲れた顔もしてますがどうしました?」
「えーと、ちょっとパンを......」
しどろもどろに、今会ったことを説明します。案の定、彼女の顔はみるみる曇って行きます。
「先生、あんな物乞いなんて関わっても無駄なんですよ。あんな現状になったのは、あいつらに責任があるんですから」
「そう、なんですか? 色々と本人だけで決められない環境とかもあったのでは?」
「そこを踏まえて、この国では貧困層向けの仕事斡旋や集団住宅が用意されて最低限の生活が保障されてます。それでも物乞いするのは、あいつら自身に非がある以外ないと思いますよ」
......え? それ、元の世界並みにしっかりしてるじゃないですか。それで、あの態度だったんですか? え???
「え、あの人お礼も何も言わなかったですよ? 生まれ育った環境が悪かっただけなのでは?」
必死で生きていくには理由があるはず。戦争難民とか、災害難民とか。
「......先生、難民キャンプで集団行動できないクズがこの路頭で物乞いするんですよ。世の中、先生みたいに教育を受けたから真人間になる訳でもないんです。例えば、ああいった連中のボスとして威張り散らしているのは不正を行い宮廷を追放された元下級役人とかですし」
......
「ま、まさか。人は教育を通して礼儀や世の中の常識を身に着けるのでしょう? この国は、地方でも教育を行うってロディーテ様が」
「その教育がハリボテだったりするんですよ。あと、難民キャンプでも小さなことで争いを引き起こす問題児は大勢います。物乞い=不幸な人というのはほぼ成り立ちませんよ。成り立つのは難民の方なんですから」
へ、偏見は良くないですよね。物乞いの方の中にも礼節を弁えている方もいるはずですし。そうだ、日本だって路上生活から社会復帰された方が多くいる。誰もがみんな礼儀知らずの乞食な訳ないですよ。
「......金。くれ」
「!!?」
私の頭がグニャグニャしてると、今度は髪の長い男の人がやって来ました。おや、彼もお腹がすいているのでしょうか?
「お困りのことろ申し訳ありません。私、生憎パンを他の方にあげたばかりで持ち合わせが......」
「金! 金! 入れて!」
右手に抱えた木製のコップを突き出す彼。え、いやねえ。
「すみませんが、他の方を......」
「金欲しい! 金くれ!」
ーーーーーーーーーーブチ
「黙れ、不心得者め」
「!?」
「せ、先生?」
気が付けば、私はこの乞食の腹部に蹴りを入れていました。
「少しでも、お前らに同情した俺が馬鹿だったよ。お前らは確かに環境的不運があった。それは認めよう。しかし、社会制度の救済にも入らなかったのは単にお前らが救うに値しなかった悪人だという事に相違ない」
目に、冷気を感じます。眼下のろくでなしは、凄く驚いてますね。
「どうせ、難民キャンプで配られた食料に飽き足らず他者の分まで強奪したんだろ? はたまた、そこにすら入れなかった情弱か。どちらにせよ、お前は人にものを頼む態度がなっていない。普通に暮らしている我々に対し、その強奪同然の物乞いは家畜以下だ。このまま野垂れ死にするが良い」
無駄な時間だった。帰るか。
そう思い、僕がシオネーさんの方に振り返った瞬間。
「......したな」
「?」
「暴力、したなーーーー!!!」
「え、いやちょっと待て。そもそもお前が恐喝したのが始まりで合って......」
「蹴ったな! 蹴ったな! お前は悪だ!!!」
奴が、俺を思いっきり地面に叩きつけ一心不乱に殴り掛かってきます。え、何で怒ってんの? いや、自分の思い通りに行かないからってそんな派手な事したら......
「先生、今助けます!」
直後、シオネーさんが何か唱えました。すると、奴の体が通りの隅にまで吹き飛ばされます。
「先生は早めに帰ってて下さい。ここは、私が何とかしますので!」
バトル漫画みたいなセリフですが、こんな場面でしたっけ?
「はい!」
しかし、こんな状況なら逃げるが勝ちですね。下手に警察沙汰になるのもご免です。
そして、この通りには三か月以上立ち寄ることはないでしょうね!
この大陸では絶賛戦争中ですし、階級のある貴族社会なのでこういったこともあるのかなって思って書きました。
社会構造に関しては「こんな感じなんだなあ」みたいな感じで頭の片隅に入れて頂ければ幸いです。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。評価・感想お待ちしております。
里見レイ