表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/66

第十二話:孫子を学びますよお!

前回のあらすじ

面談を始めたロメテス。最初の面談者カリオンは、前に渡した魔法陣やナンプレを完全に解き切っていた。そこで、「フェルマーの最終定理」を持ち出したロメテスであった。

そして、次の面談者はポロン。彼女も気合は十分なので、ロメテスは期待に応えにかかる。

 さて、少々の疲れと両手一杯の本を抱えて予備教室に戻ったのはおよそ七分後でした。


「さあ、お待たせ致しました。大体二か月分の書物です」


 ドドスンと聞こえる、鈍くもリズミカルな八重奏。これらを、一週間当たり一冊のペースで講義するつもりでした。


「......良いじゃないですか。面白いです」


 対峙したポロンさん、目が血走ってます。いや、そこまで獣みたいに学ぶジャンルでもないんですけどねえ。


「さて、最初に全体でご紹介した論語の続きを話しても良いですし、他の本でも構いません。どのような本をお望みですか?」


 彼女は、全体的に知識が豊富です。ならば、私が教えるべきなのは教養だと思い用意した古今東西の名書の数々。彼女の興味は、何処でしょうねえ。


「では、『勝ち』に拘った本をご紹介してくれませんか? 私の家は傭兵なので、今後も戦いとは避けて通れないと思いますし」


 なるほど。傭兵としての本能にも似た見通しでしょうか。ならば、この本です。


「それでは、故郷で何千年も読まれてきた最強の兵法書である『孫子の兵法』をご紹介しましょう」


 八冊の中で一番左端の本を手に取り、私は笑顔になります。


「まず、ポロンさん。戦いにおいて勝ち続ける為に重要なことは何だと思いますか?」


 他七冊の本を一旦横の椅子に置き、彼女と向かい合います。


「個々の武力・全体の兵力・将軍の指揮能力の三つですか?」


 即答したポロンさん。親御さんから再三聞かされていたのでしょうか?


「意訳としては、概ね正解です。では、その三つの能力についてより細かな考え方や行動スタンスについて学んでいきましょう」


 これは、細かな部分を繋ぎ合わせながらになりますね。ただ、自主性が高くて何よりです。


「お願いします!」


 こうして、約二時間に渡る孫子講座が幕を上げるのでした。


◇◇◇


「......とこの様に、指揮官は戦で指揮を執ることは勿論その前の準備にも余念がありません。戦いは、開戦する前から始まっているのです」


「ふむ。かなり理を問い詰めた準備ですね。確かに、情報は大いに越したことはないですし」


 やっぱり、ポロンさんは物分かりが良い。これなら、応用編に入れます。


「では、ここで少々意地悪な課題を出しましょう」


 私はスッと彼女の目の前に、この世界の言葉に訳された一枚の紙を渡します。


「これは、私の故郷で起きた戦いの勢力図面です。さて、どちらが勝利したと思いますか?」


 黒の図形たちは平地に陣を構え、もう一方の白の図形たちはそれを囲むように二つの山と平地で陣を取っております。

 ジッと紙を見つめるポロンさん。


「白、だと思います。各図形の横に書かれている数字は、兵数ですよね? 兵数もこっちの方が上ですし、包囲している所が強いです。まあ、情報が少ない範囲での話ですけど」


 まあ、情報が少ないのは自覚あります。しかし、そこに気が付いて貰えて僥倖です。


「そうですよね。では、もう少し情報を追加しましょう。各将達の国力と年齢、そして大まかな能力値を記述した図面をお渡し致します」


「ふむふむ。......あれ? この将が大将なんですよね?」


 早速、彼女は違和感に気が付いた様子。結構、分かりやすかったでしょうか?


「ええ、彼は基本的に文官ですが今回は事実上の大将として参戦しております」


「え、ええ......」


 そ、そうなりますよねえ。しかし、その上でどう結論を出すのかが気になる訳ですが。


「えーーと、黒が勝つでしょうか? 色々と経験値や適性に差が出ています。あと、どうしてもアッチの白が寄せ集め集団に見えて来まして。裏切りとか出るのかなあと」


 おや。おやおやおや。


「大正解です、ポロンさん! この戦いでは、白陣営の一部が黒陣営に寝返ったこともあり黒が勝利しております!」


「......本当にそうなったんですか?」


 ポロンさん、半分呆れてますか? まあ、意地悪と言いつつも裏がなかった気がしますが。


「ええ、これが歴史なんですよね。では、何処が裏切ったかは予想できますか?」


「そうですね......」


 さて、彼女はどう答えますかね? 存外、大将の側近が裏切って暗殺したというセリフも言いそうではありますが。


「この軍隊じゃないんですか? 年齢が圧倒的に若いから流されやすそうですし。他の部隊が前を陣取っていて警戒もされてそうなので」


「ええ、正解です。......」


「あ、そうなんですね......」


「......」


 微妙な間。いや、この状況で大いに騒ぐ方が問題な気がしますが。


「シオネーさん、個別面談中ですよ。何故、入って来てるのですか?」


 本当に、何でですか!? 何で音もなくやって来て私の隣から話しかけて来てるんですか!?


「そろそろ、お昼なので呼びに来ました。先生、今日もお昼を抜いたらまた倒れますよ」


「......はい」


「し、シオネー。先生も気まずそうにしてるから勘弁してあげて? 何があったかは良く知らないけど、脅しちゃダメだからね」


 ポロンさんに気を使われてますね、これ。まあ、弱みも愛嬌と考えればこのくらい......


「分かってる。先生の体はちゃんと守るから。ポロンちゃんも心配しないで、一緒にお昼食べよ」


「そ、そうだね」


 ......あれ? もしかして私、完全にお世話対象?


「先生、お昼食べに行きますよ」


「は、はい。分かりました。あ、ポロンさん。孫子の重要点をまとめた資料を渡しておきますね」


 こうして、私の午前の面談は二人で終わってしまいました。今週の内に全員終わらせる予定なので問題はないですが、若干の不安が残りますね。まあ、午後はまた切り替えて全体授業ですからね。気合入れなければ。


◇◇◇


 さて、別棟であるこの最下位クラスには当然食堂がありません。学生の皆さんは各々食べ物を持ち寄ってバラバラに食べていることを、私は一昨日理解しました。

 そして、理解しているにもかかわらず何も用意をしておりませんでした。


「先生、本当に自己管理が甘いですね。はい、今日のお昼はサンドイッチですからね」


「ありがとうございます、シオネーさん。いただきます」


 こうして、(一応)同居人である彼女に食事は丸投げしてしまったのです。そして、ポロンさんと合わせて三人で昼食です。


「......シオネー、先生といつの間に仲良くなったんだ」


「色々あって、一緒に暮らすことになったんだ。この人、私がいなければ今頃餓死していたかもしれないし」


「......で、ですねえ」


 何か、その、凄く、気まずい。己の不手際が、何かここまで言いふらされるのは気まずい。これ以上、私の私生活が彼女に支配されないことを祈るばかりです。


「そうそう、先生。先生は今後も色々な失敗をしますので、恥ずかしい話はどんどん増えていくことは覚悟した方が良いですからね」


「......え」


 いや、その話をここで言う必要はないのではないですか?


「ですが、ポロンちゃんもマージュちゃんも味方です」


 そう言うと、彼女はまた私の頬に手を伸ばします。


「あのう、流石に外でこう言った行動はむぎゅ!」


 サンドイッチを、押し込まれました。何とも、家庭的な口封じですね。


「私が先生の味方な事、隠さない方が良いと思いますよ。こういうのって、相手に戦う気を失わせることが最善なんですよね?」


「......戦わずして、勝つ。ですか?」


 この人、空き教室に盗聴器仕掛けてるんじゃないでしょうね。私の思考や戦術を逆手に取られている気がしてなりません。


「ええ。だから、『みんなで』成績を上げて行きましょ」


 頬に触れた彼女の手は、少し冷たかったです。


「......先生、お疲れ様です」


 そして、この光景を目の当たりにしたポロンの目は何かもう呆れかえっていました。


◇◇◇


 こうして昼食はプラスチック製の針の筵に寝ていた感覚で終了。午後は教室で別個の質問対応になります。とは言っても、数学が苦手な学生さんの質問は概ね一致しているので実質講義となりました。


「~~~って訳なので、ここでは下手に公式を使うより図を書いた方が分かりやすいんです。公式はあくまで問題を解く為の手助けで合って、公式を使う義務はありませんからね」


 やはり、最後の問題なだけあって難しかったですかね。学生たちの不満に満ちた目が私の指先に集中放火されてます。


「という訳で、これで一通り解説は終わりましたね。時間が少々余っていますが、今日の授業はここまでとします。ゆっくり休んで、明日に向けて英気を養ってくださいね」


 そして、諸々あって解散としました。ええ、決してこれ以上数学の講義で痛い視線を浴びたくないからではないですからね。ええ。宿題? もういらないのでは......


「先生、話良いでスカ?」


「......ええ、構いませんよ。職員室で、お茶をご用意しますね」


 おっと、時間の都合を言い訳に面談を避けていたマージュさんじゃないですか。いや、まあ。覚悟決めてお話した方が良いですよね。今避けたら、ここまでの努力が水泡に帰す訳ですから。


「ハアイ!」


「......」


 若干の急ぎ足で私は職員室へ直行。ドアを開けてすぐに紅茶の準備を始めます。


「して、マージュさん。お話って何でしょうか?」


 準備をしながらなら、自然と話を進められるはず。私は、話を切り出します。


「えーーと、先生の過去が思ったより凄かったから、聞きたくて」


「な、何をです?」


「どうやって、こんな苦しい状況から元気な先生になったのかなあって」


 ......


「先生は、今慣れない土地で懸命に生きてます。それも、一切辛い様子を見せずに。だから、先生は過去を基に辛いことを乗り越える心を持ってるんだなって思ったんデス!」


 ......


「まあ、時間が解決する気もしますが。恐らく、そういう意味ではないですよね」


 ......


「多分ですけど、ずっと前を向いて理想を描き続けることですかね?」


 言葉が、ようやく出て来ました。マージュさんは、静かに聞いています。


「辛いことは、逃げても耐えても構いません。しかし、その行動には自分なりに明確な理由を付けて下さい。そして、その時間を当事者意識を持って過ごして下さい。いつか、この嫌な状況を人差し指一本で粉々に出来る力を持つまで」


 私の中に、眠っていたんだと思います。無意識に、言葉が口から飛び出しました。


「......先生って、シオネーちゃんのこと好き?」


「......い、いえ。いや、普通に感謝はしてますよ」


 話の脈絡ーーーーー


「じゃあ、アタイが先生のこと愛してるって言ったらどうする?」


「......えーと、どうすると言われましても」


 待てまて。話が見えない。


「じゃあ、毎日愛してるって言う。答え待ってるから。先生、また明日」


「あ、ちょっとマージュさん!?」


 ......不思議な、放課後ですね。理解が色々、追いつかなかったです。

 まあ、まあ。まあ......

シオネー、ポロン、ミネヴァ、マージュの四名の女子生徒。そして、エピテス、カリオンの二人の男子生徒。

この計6人が、主な学生になりそうですね。ロメテスの教え子はあと四人いて、また随時出るとは思いますがメインはこの六人を覚えて頂ければ幸いです。


里見レイ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ