第十話:あの夢と、その結果
前回のあらすじ
マージュを登校させる案を、シオネーはロメテスに伝える。その後、彼はまたシオネーの手によって眠りについた。
『お前って、変な目してるよな!』
『色が白過ぎて、オバケみたい!』
容姿の話なんて、もはやそよ風。誰かと違うことなんて、当たり前なんだから。
『休み時間に図書室に毎日通って本ばっかり読んで。キモイんですけど』
『イイ子ちゃんアピールうざい』
住む世界が違うんだから、気にする必要なんてない。悪ガキの相手をするだけ時間の無駄だ。
『お前、いっつも本を読んでるのに俺よりテストの点悪いじゃん! 笑える』
すぐに逆転してやるよ、一夜漬け。あと、校外模試はこっちの圧勝だってこと忘れんなよ。
『お前まだ受験勉強してるの? 可哀そー! 俺たち毎日遊びたい放題なのに!』
黙れ私立単願。スケジュールは動かしようがないんだから邪魔するな。
『今回の定期テストの総合得点と順位を返します』
......あれ? テストって、かなり難しかったよね? いや、確かに点の良い人は見かけたけど。
『火坂。お前は体育祭で出たい競技とかないよな? 自由に決めていい?』
まあ、ないからどうぞ。僕は君達みたいに天から文武両道を授かってませんし。所詮モブです。
『火坂、この成績だとヤマト大は受験しない方が良いぞ。国立だから数学が足を引っ張りまくってるし、そもそも各科目のムラが大きい。二次での安定感が見込めないから早めにマツノ大の勉強に切り替えた方が良い』
え、先生。まだセンターまで9か月あるんですよ! もう少し勉強させて下さい。
『いや、お前は思ったよりも偏差値が伸びないタイプだ。だから、ここらで諦めを付けることも受験だぞ』
そんな。どうして......
『何故なら、お前の中に受験の熱を感じられられないからだ』
だって、それは。......
◇◇◇
「......この夢、シオネーさんの仕業ですか?」
いつのまにやら、私の上下にベッドと毛布。既に差し込む朝の陽ざし。そして、何も動じずに隣でお茶を飲んでいる家主の教え子。
重なり合う摩訶不思議な現象に、謎めいた彼女の言動。私の問いは随分と飛躍した内容ですが、それも以上の理由なのです。
「おはようございます、先生。どうやら、自分の中に眠る記憶を引きずり出し同情を誘えるようになったみたいですね」
「お、おはようございますシオネーさん。あと、先ほどの質問は肯定と受け取りますね」
不思議な方ですね。私に協力してくれる以外は何も分かりません。そして、時間のせいか再び空腹です。
「はい、先生。今朝は学校に行く前に作業がありますので、食べやすい朝食です。そのまま口開けて食べちゃってください」
「へ? は、はいむぐううううう」
ロマンスの欠片は異世界の彼方。私の中にジャムパンが押し込まれます。
「......むぐmg。あ、美味しいですね」
押し込まれる形ではあったものの、ジャムは丁寧にパンに塗ってありますしサイズ感もバッチリ。加えて、ジャムの甘さが程よく満腹感を満たします。
「やはり、貴方は料理上手なんですね」
「私は、貴方のその分析力が人間の物か疑いたくなりますけどね」
まあ、食事はここ最近の楽しみだったので感覚が研ぎ澄まされているかもしれませんね。
「じゃあ、行きましょうか。マージュさんのお宅へ」
ベッドからスルリと抜け出し、彼女と軽く目配せ。恐らく、人生の中で初の挑戦となります。
「ええ、行きましょう。大丈夫です、先生ならうまくいきますから」
微笑むシオネーさん。将来は、住み込みの秘書やメイド長などに向きそうですね。
さて、教師生活(事実上)二日目開始です!
◇◇◇
「しかし、シオネーさん。こんなに朝早く自宅訪問して迷惑にならないでしょうか? 彼女に通学の意思がないなら、そもそも未だに寝ている可能性がありませんか?」
まだ静かな町中を歩き、二日ぶりにマージュさんのお家に到着。シオネーさんが完全に道順を把握していたおかげで時間にも余裕があります。
「大丈夫です。マージュちゃんは、この時間ですでに起きてますから」
そう言うと、彼女は家の庭を指さします。すると、そこには紺色のつなぎを着たマージュさんがいました。
「......」
「......っ!」
そして、黙々と果樹園で水やりをはじめとした農作業を行っております。この前見た気だるげな顔ではなく、真剣な面持ち。思わず息を吞みます。
「先生、声掛けますよ」
おっと、目的忘れてました。こうなると、少々路線変更致しましょう。
「いえ、手伝いましょう。おはようございます、マージュさん! 良ければ、その果樹園での農作業をお手伝いして宜しいでしょうか?」
笑顔を忘れず、私は堂々と声を掛けます。正直、内心ヒヤヒヤですけどね。
「......来るのが遅いですヨ。もう終わります」
早朝の北風よりも冷たい目。まあ、自分の大事な時間を邪魔された訳ですから無理もないです。
「そ、そうですか。えーと......」
思ったよりも塩対応で、次の言葉が出せません。
「マージュちゃん、仕事終わったら少し昔話しない? よく一緒に食べたレモンパイも持ってきたから、一緒に食べよ」
すかさず、シオネーさんが話題を進めます。おや、レモンパイが彼女の好物だったんですね。
「......しょうがないネ。久しぶりだから、ちょっとだけだヨ」
お、手ごたえあり。おかげで、何とか舞台に上がれそうですね。
「良かった。じゃあ、家で話すのもあれだから歩きながら話そうか。この時間なら、公園も人気がないと思うから」
「......良いヨ。ここで反対しても、どうせ無理やり連れてかれるから」
わあ。自分の舞台に引きずり出してますね。ってか、シオネーさん結構強引です。そして、過去にそう言った経験もありそうです。
「ありがと。それじゃ、行こうか。先生も、行きますよ」
「ええ。そうですね」
取り合えず、今は彼女に任せましょう。私は、出番が出た時に前に出るのが良さそうです。
「先生、過去をしっかりと思い出してくださいね」
耳元でかすかに聞こえるシオネーさんの声。......本当、彼女は何処まで知っているのでしょうかね。試練の前に、そっちの方が怖いですよ全く。
◇◇◇
「ねえ、マージュちゃん。教壇に来ない? 火坂先生となら、結構楽しくやれると思うんだよね」
公園(と言っても、ただの並木道とベンチがあるタイプですが)を歩き始めてすぐ、シオネーさんは本題を切り出します。自然なのか強引なのか分かりませんが、強引に物事を進める力は強いみたいですね。
「......嫌。この先生、結構先を一人で走ってる気がして付いて行けなさそうだし」
まあ、そう言われますか。教師としては学生の隣を走る感覚も重要視したいですが、些か難しい印象なのかもしれないね。
「そうでもないよ。彼、結構マージュちゃん並に色々あった人だし、話せば親近感湧くはず」
ニコニコしながら、シオネーさんはえげつない内容を仰りますねえ。そして、この言葉は私に「話して」と合図している訳ですし。
「先生、先生の過去を話せるだけ話せますか? 特に、学校生活をどのように送っていたのか詳しく話して欲しいです。何に、苦しんでしたか。何が欲しかったのですか? 教えて下さい」
マージュさんの存在はお構いなしで、シオネーさんは私に迫ってきます。......え、このパターンだと私の意識はまた途絶えてしまいません?
「さあ、先生。貴方が学生時代にどんな仕打ちを受けていましたか? 教えて下さい。全部、教えて下さい......」
あ、これはまずいで
◇◇◇
「......っ!」
体が妙な空虚感から解放されるかのようにビクンと跳ねます。案の定、私は意識を失っていたみたいですね。
「......先生」
「は......はい、マージュさん!」
しまった! これ、完全にドン引きされたでしょう。目の前の男が白目向いて? 立往生していた訳ですから。ちゃんと、お話するはずだったのにい!
「......今から家に、帰ります」
「ええ!?」
やっちまった! てか、僕が何もしない間にシオネーさんだけが頑張って負担が大きくてその結果上手くいかずに......
「教壇に行く、準備するカラ。少しだけ、先生の授業を受けても良いヨ」
「......ええ!!!?」
良いんですか??? 一昨日は、あんなに嫌がっていたのに。
「先生の過去、重かったから。一緒に頑張れそうな気がしたノ。ただの勉強オタクでもないって感じたし、アタイと同じくらいの孤独もあった。だから、一緒に進みタイ」
「え、ええ。歓迎、しますよマージュさん」
理由は分かりませんが、私が意識を失っている間に話が大きく前進したみたいですね。下手なことは、今言うべきではないでしょう。
「それじゃ、先生。また後でね」
「はい。お気をつけて来てくださいね!」
笑顔でマージュさんを見送ります。駆け足気味ですが、流石ハーフエルフ。かなり身軽な動きであっという間に見えなくなってしまいました。
となれば、次の行動は一択ですね。私は足取り軽く後ろを向き、教壇へ向かわずにシオネーさんの両肩を掴みます。
「シオネーさん。あなたが私に何をしてマージュさんに何を話させたのか、一部主従教えて下さい。貴方に夕食を頂いてから、私は突発的に意識を失ってしまうのです。そして、起きたら全て進んでいるんです」
優しく、しかし目に力は込めて質問をします。この娘は、ある程度強く言わないと真実を話してくれなさそうですからね。
「先生の思った通りだと思いますよ。ただ、少し違う部分もあると思いますけど」
「まあ、貴方のしたこと全てはあまり分かっていませんからね。具体的に教えて頂けると幸いです。その過程と言うよりは、わあつぃが意識のない時間の出来事を説明して頂ければと思います」
言い方に気を付けながら、しかしある程度舐められないように。追及を続けます。
このままだと、恐らく私は彼女の操り人形になりかねませんからね。
「......そうですね。色々と教えても問題ないんですが、それだと面白くないんですよね」
うう。この子は本当に悪魔のような女性ですね。何と言うか、全て手の内が読まれているという感じがします。
「......あなたの欲しいものを一つ、差し上げましょう。今すぐと行かないなら、その時に改めて取引するという事で構いませんし。そもそも、色々と貴方に助けられたのにその企業秘密を聞くのも何か不条理な気もしますからね。あ、でもやっぱり被験者の私にも説明される権利があるというか何と言うか......」
捲くし立てるような早口。私の中に複数ある不安定な感情のフルコースです。まとまっていないのは百も承知ですが、そうでもしないと彼女が私から離れて行く、はたまた私にとって絶対に逆らえない存在になりそうだったからです。
つまり、私の隣で話せるうちに決めておきたかったと言いましょうか。そんな感じです。
「ふふふ、先生ってば。これじゃあ、まるでプロポーズですね」
シオネーさん、ここに来て今までで一番の笑顔。この内側から溢れ出す、色気とも違う妖しさ。
「それじゃあ、次の考査で明確な実績を出してください。出来れば、誰か一人を学年で最上位の成績を一教科で出してください。そしたら、私は貴方の補佐官として明確な学業成績を残して見せましょう。それまでは、ただ私を信じて授業を勧めて下さいませ」
私の両手をすり抜けて、シオネーさんは静かに私の間合に入り込みます。
「大丈夫。貴方は名教師になれます。そして、それ以上の存在にも」
「ど、どうでしょうか。なれるように精進しますが、まだ先になりそうですけど」
何となくですけれど、彼女の不意打ちに慣れてきた自分がいますね。まだ返事が覚束ない気もしますが、メンタルの反応の問題です。
「いいえ。貴方は国を動かす人になれます」
この人、何処を見ているんですかね。私は、一週間前までただの学生だったんですよ。
「半年後には、貴方も自覚することでしょう。貴方に秘められた力と、この世界の仕組みを。その時、私は貴方の側で支えますし、全てをお教えいたしますよ」
......その言葉、正直怖いです。しかし、回答は一択でしょう。
「分かりました。貴方に認められる教師となれるよう、更に精進致しましょう。
朝日が、昇り切ろうとしています。スタートラインは、踏み越えたみたいですね。
とにもかくにも、いっぱい書きたいものですね。
評価・感想があればお願いします。
里見レイ