三姉妹と真実の愛
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三姉妹と真実の愛
「アリシアお姉さま、今度王宮で王太子殿下の誕生日舞踏会が開かれるそうですわよ」
「そうなの? 今まで一度も無かったのにどうしてかしら?」
長女のアリシアは金色の巻き毛を揺らしながら、ティーポットに入れるお湯を運んでくる。
「それが、なんでも王太子殿下が呪われてしまったからだそうですわ。その呪いを解くには真実の愛が必要なのですって」
三女のマイアはアリシアからケトルを受け取りながらカップを用意する。
「真実の愛? まぁ、魔女も粋なことをするわね」
「エリザお姉さま、真実の愛を見つけないと永遠の眠りについてしまうらしいですよ」
「それは可哀想ね。でも、魔女はどうしてそんな呪いをかけたの?」
次女のエリザはクッキーをお皿に並べている。亜麻色の長い髪は邪魔にならないように一つに括られている。
「なんでも、その魔女が王太子殿下に一目惚れして結婚を迫ったそうなのですが、断られた腹いせに呪いをかけたそうですわ」
マイアは金色の髪を耳にかけながら、ティーポットへ紅茶の葉を入れお湯を注ぎ入れる。
こぢんまりとしたサロンには午後の明るい日差しが届いている。
「酷い話ね。ところでマイアはどこからその話を聞いてきたのかしら?」
「町のパン屋のおかみさんからですわ」
「ああ、あの噂好きのパン屋のおかみさんね」
「もう町中の噂になっていますわ」
マイアは蒸らし終わった紅茶をカップへ注いでいく。
「そう。でも、我が男爵家には関係ないわね」
「それが、全ての年頃の女性に招待状が送られるそうですわ」
「王太子殿下は確か今十七歳よね?」
エリザはマイアからカップを受け取りながら聞く。
「はい、アリシアお姉さまと同じ歳ですわ」
「年頃って何歳かしら?」
「十五歳から十七歳までですわ」
「ピンポイントで絞ってきたわね。では私達三姉妹にも招待状が届くということね」
「そうですわ」
「それは困るわね」
「困るわ」
「困りますわね」
マイアはアリシアの前にカップを置きながらため息を漏らす。
「旅費や衣装を用意する余裕はとてもないわね」
「断れないものなのかしら?」
「どうしても行けない理由があれば断れるのではないでしょうか?」
「どうしても、……例えばどんなことかしら?」
「例えば、病気になったとか」
エリザが人差し指を立てて提案する。
「それでいきましょう」
「でも三人とも病気というのは怪しまれそうですわ」
「そうね。……では親戚の結婚式というのはどう?」
「調べられたらすぐに嘘だと分かりそうですわ」
「ではお葬式」
「それも同じですわ」
「もう文句ばかり言って。マイアも考えて」
マイアが今度は拳を握りしめて提案する。
「こういうのはどうでしょう? 王都へ向かう馬車に乗ったが途中で事故に遭い引き返したというのは」
「それでいきましょう」
「こんな辺境の領地で事故に遭う?」
「遭わないとも言えませんわ」
「そうね。そうしましょう」
「お父様とお母様がお帰りになられましたわ。ではお二人にもお話しておきますわね」
マイアはそういうとサロンを急足で出て行った。
――
「アリシアお姉さま、王太子殿下の誕生日舞踏会は無事に終わったそうですわ」
「良かったわね。それで真実の愛は見つかったのかしら?」
「それがまだみたいなのです」
今日も三姉妹はサロンで午後のティータイムを楽しんでいる。掃除や洗濯、買い出しなどが終わり一息つける時間だ。
「見つからなかったの?」
「ええ、エリザお姉さま。全ての女性と王太子殿下が話されたそうですが、見つからなかったそうですわ」
「そもそも真実の愛って、そんなに簡単に分かるものなのかしら?」
「呪いの効果で会えば分かるそうですわ」
「それは誰の情報なの?」
今日のお菓子のチョコレートを摘みながらエリザが聞く。
「パン屋のおかみさんですわ」
「パン屋のおかみさん凄すぎるでしょう」
「それで、王太子殿下はどうするのかしら?」
「また舞踏会を開くなんて言わないでしょうね」
「それが、今度は王太子殿下が各家を訪問するそうですわ」
「全ての家を?」
「ええ、念のため、舞踏会に来ていた女性も含めて全てですって」
「一年くらいかかりそうね」
「王太子殿下から来てくれるならお金もかからないし良かったわね」
アリシアはゆっくり紅茶を飲みながら微笑む。
「我が家にたどり着くまでには見つかるでしょう」
「そうね。こんな辺境なんて最後の最後ね」
「呪いの発動はいつなのかしら?」
「一年後ですわ」
「ギリギリね」
「すぐに見つかるかもしれませんわ」
「きっとそうね」
三人はうららかな日差しの中、ゆっくり紅茶を飲んだ。
――
「エリザお姉さま。王太子殿下が隣の子爵領に着いたそうですわ」
「え? まだ見つかっていなかったの?」
「ええ、もうかれこれ一年が経とうとしてますわね」
今日も三姉妹はサロンに集まり、紅茶を飲みながらお菓子を摘む。
「そうなの、気の毒ね。でも、ここまで来るともう子爵家の娘か私達くらいしか残っていないのではないかしら?」
「アリシアお姉さま、そうですわ。いよいよ次は我が家ですわよ」
「まぁ、そうすると私達のうちの誰かかもしれないの?」
「そうですわ。私達の内の誰かが未来の王妃かもしれないのですわ」
「私は王妃なんてとても無理だわ」
「私も王妃なんて柄じゃないわ」
「私だってとても務まりませんわ」
三人はお互い顔を見合わせる。
「でもまだ子爵家の娘が残っているわ」
「そうね、きっと彼女よ」
「きっとそうですわ。私達のはずがありませんわ」
「なんだか玄関が騒がしくない?」
「そうですわね。見てきますわ」
マイアは足早にサロンを出ていく。
「なんだか嫌な予感がするわ」
「そういう予感は当たるから決して言葉に出してはダメよ」
「もう言ってしまったけれど」
「お姉さま! 大変ですわ! 王太子殿下が来られているみたいですわ」
マイアがまた早足でサロンへ戻ってくる。
「ほら、当たったわ」
「私のせいなの?」
「お姉さま、どうしましょう?」
「待って。その真実の愛って、もしかするとこの国の女性ではないのかもしれないわ」
「そうね、外国の女性なのかもしれないわね」
「いいえ、この国の女性だそうですわ」
「それは誰からの情報なの?」
「パン屋のおかみさんですわ」
「パン屋のおかみさんはスパイになれるわね」
エリザはしきりに感心している。
「執事が応対してますが、私達を呼んでいるようですわ」
「じゃあ、ジャンケンで順番に行きましょう」
「くじ引きにしてちょうだい。私はジャンケンが弱いのよ」
「私はくじ運が悪いのでアミダがいいですわ」
「ではアミダを作るわね」
「あ、何か玄関で叫び声が。見てきますわ」
またマイアは駆け足で廊下へと走って行く。
「どうしたのかしら?」
「また嫌な予感が、あ、また言ってしまったわ」
「お姉さま! 大変です! 王太子殿下が永遠の眠りにつかれてしまったそうですわ」
またマイアは駆け足で戻ってくる。
「また当たったわね」
「また私のせいなの?」
「お姉さま、どうしましょう」
「呪いが発動しては私達にはどうすることもできないわね」
「これで良かったのかもしれないわ」
「どうして?」
「私達が真実の愛だったのかもしれないのよ。それを回避できたわ」
「でも、王太子殿下が寝たきりではこの国の先行きがどうなるのかしら?」
「そうですわ。王太子殿下は兄弟もおられないですし」
「なるほどね、そういうことなのね」
エリザは腕を組み、したり顔で頷く。
「どうしたの?」
「真実の愛は呪いをかけた魔女だったのよ」
「どういうこと?」
「魔女が呪いを解いて真実の愛を見つけるのよ、きっと」
「なるほどね。今魔女はどこにいるのかしら?」
「姿を消したまま現れないそうですわ」
「そう。それは困ったわね」
「玄関に王太子殿下を寝かせておくわけにはいきませんから、客間へ移すそうですわ」
マイアは扉から外を覗いている。
「そうなの。どうしたらいいのかしら?」
「こういう時にこそ聞ける人がいるじゃないの」
「誰ですか?」
「パン屋のおかみさんよ!」
「なるほど! 私、聞いて参りますわ」
「頼んだわね」
マイアはまた駆け足でサロンを出て行った。
――
「パン屋のおかみさんの話では、呪いを解くのは真実の愛の口づけだけだそうですわ」
「どこかで聞いたような話ね」
マイアが戻り、三姉妹はサロンで顔を突き合わせて相談している。
「しかし困ったわね。誰から口づけをするのかしら?」
「待って。真実の愛でないのなら口づけをしても損するだけだわ」
「損得の問題ではないですわ」
「ではマイアからしてみたら?」
「やはりアミダがいいですわ」
「待って。もしかすると真実の愛は貴族ではないのかもしれないわ」
「いいえ、貴族の令嬢だそうですわ」
「おかみさん情報ね」
「はい」
「困ったわね」
「こうなったらアミダで順番を決めるしかないわね」
「そうですわね。では紙を用意いたしますわね」
マイアは紙とペンを持ってくる。
「当たりはこのドクロマークですわ」
「仮にも王太子殿下に失礼ではないかしら?」
「ではハートマークで囲みますわね」
「……誰から選ぶのかしら?」
「ここは年長者からがいいですわ」
「こういう時だけ年長者を出すのはどうなのかしら?」
「ではジャンケンで」
「分かったわ。私はここにするわ」
「私はここ」
「では私はここにしますわ」
「待って。一人一本ずつ線を足しましょう」
「そうですわね」
エリザが線を書き足すと二人も線を書き足していく。
「書けたわ」
「ではドクロマークから辿りますわね」
「待って、これでは二番目が誰になるの?」
「それはまた二人でアミダをすればいいのではないですか?」
「そうね。なんだか緊張するわね」
「ええ。因みに二人はファーストキスはもうしたのかしら?」
「「……」」
アリシアが聞くと途端にエリザとマイアは黙り込む。
「まだなのね」
「そういうアリシアお姉さまはもうされたのですか?」
「……私もまだよ」
「これは切実な問題よ。最悪三人のファーストキスが王太子殿下に奪われることになるわ」
「王太子殿下は寝ているだけですけれどもね」
「王太子殿下ってどんな方なのかしら?」
「そういえば今まで全く興味がなかったわね」
「確か、品行方正で容姿は美しく、文武両道な方らしいですわ」
「おかみさん情報ね?」
「はい」
「そんな方ならファーストキスも捧げられるわね」
「そうですわね」
「そう、ね」
「ではアミダを開きますわね」
マイアがアミダを辿り、姉達もその線をじっと見つめる。
「あ、マイアだわ」
「私、ですわね」
「マイア覚悟はよくて?」
「はい。では客間へ参りましょう」
三姉妹は二階の客間へと入る。
「執事と護衛には下がってもらったわ」
「口づけを見られるわけにはいかないものね」
「なんだかこの方、見たことがありませんか?」
マイアは王太子殿下を見て首を傾げる。
「あら? 本当ね。この方はヘンリーではなくて?」
「ええ、子供の時に病気療養で我が家に滞在していたヘンリーに間違いないわ」
「ヘンリーが王太子殿下だったのかしら?」
「そういえば、お母様の妹は王妃様でしたわね」
「全然お会いすることがなかったから忘れていたわ」
「お母様は侯爵のお祖父様の反対を押し切って、お父様と駆け落ち同然で結婚したのでしたわね」
改めて寝ている王太子殿下を三人で見つめる。
「知り合いだと思うと口づけしにくいわね」
「そうね。全然知らない方の方が良かったわね」
「アリシアお姉さまはヘンリー様のことをどう思っておいでなのですか?」
「そうね。とても賢く聡明な方だったと記憶しているわ。よく花冠を作って頭に乗せてあげたわね」
「エリザお姉さまは?」
「虫を怖がっていたから、よく頭に乗せていたわね。不敬だったかしら?」
「マイアはいつもヘンリーの後を追いかけていたわね。あなたはどう思っていたのかしら?」
「私は、ヘンリー様をお慕いしてましたわ。でも病気が治ると王都に戻られて全然会えなくなってしまって。時折手紙をやりとりするだけです」
「それならちょうどよかったわ。口づけで彼を目覚めさせてあげればいいわ」
「でも私ではないかもしれませんわ」
「もしマイアでなくても目覚めた時にマイアだと言い張れば分からないわ、きっと」
「そうね、そうしましょう」
「……では、口づけをいたしますね」
「ええ、マイア頑張って」
マイアがヘンリーに口づけを落とすと、途端にヘンリーの体が光り出す。
「ま、眩しい! 呪いが解けたようね」
「マイアが真実の愛だったのね」
「う、」
ヘンリーの瞼が動き、ゆっくり目が開けられる。
「ヘンリー様、大丈夫ですか?」
「ああ、マイア。やっと君に会えた」
ヘンリーは起き上がると、マイアに優しく微笑む。
「ヘンリー様、私を覚えていてくださったのですか?」
「ああ、もちろんだ。君と結婚したくて魔女に頼んで呪いをかけてもらったのだから」
「そうだったのですか?」
「でも君は舞踏会に来ていなかった。家々を回るにもここが最後になってしまい、呪いが発動してしまったんだ」
「始めから舞踏会に行っていればよかったのね」
「思いっきり避けてしまったわね」
ヘンリーはマイアの手を包み込む。
「マイア、僕と結婚してほしい」
「はい、ヘンリー様」
「二人とも、おめでとう!」
「おめでとうございます!」
マイアとヘンリーは満面の笑顔で、二人の姉に祝福された。
――
「アリシアお姉さま、マイアはヘンリー様と王都へ行ってしまったわね」
「そうね、エリザ。二人では少し寂しいわね。マイアは元気にしているかしら?」
二人はいつものサロンで紅茶を飲んでいる。
「王太子妃教育を頑張っているはずよ」
「そうね、マイアはしっかりしているから大丈夫ね」
「それより一番驚いたのは、パン屋のおかみさんよ」
「そうね、彼女が魔女だったなんて」
「詳しいはずよね。自分で呪いをかけたのだから」
「ヘンリー様とはここで知り合ったらしいわね」
「私達は何も知らなかったわね」
「私達には本当の事を教えてくれてもよかったのじゃないかしら?」
「感動の再会にしたかったのじゃない?」
アリシアは紅茶をティーポットから継ぎ足す。
「ところで、そろそろこの男爵家の後継も考えないといけないでしょう。そこで考えたんだけど、私達も呪いをかけてもらうのはどうかしら?」
「呪いを?」
「そう。そうすれば真実の愛が見つかるでしょう?」
「もし見つけられなければ永遠の眠りにつくのよ?」
「それは困るわね」
アリシアはゆっくりと紅茶を飲みながら眉尻を下げる。エリザはそれを見ながらポンと手を打つ。
「それより、お父様がお母様の実家の侯爵家を継ぐ話が出ているらしいの」
「どうしてかしら?」
「今はまだお祖父様が侯爵家を差配されているでしょう。でももうお年だし、子供はお母様と妹の王妃様だけ。それに、マイアが王太子妃になるのに実家が男爵家では身分が低いということで、お母様の勘当を解いてお父様が侯爵になるみたいなの」
エリザは本日のお菓子のビスケットを摘む。
「そうなの。ではこの男爵家はどうなるのかしら?」
「この家は叔父様が継ぐそうよ」
「叔父様?」
「そう。お父様の弟が職人になるって家を出て勘当されていたらしいのだけれど、戻って後を継ぐそうよ」
「叔父様がいたのね」
「そう。その方がパン屋のおやじさんだったの」
「パン屋の? ではパン屋のおかみさんは?」
「私達の叔母様だったのよ」
「まぁ、世間は狭いわね」
「本当よね」
二人は同時に紅茶を飲む。
「ではパン屋はどうなるのかしら?」
「男爵家の切り盛りをしながらパン屋もするそうよ」
「男爵がパン屋をしてもいいのかしら?」
「いいんじゃないの?」
「そうね。あら? そうすると私達は侯爵令嬢になるのかしら?」
「そうなるわね。そして多分王都に移り住むことになると思うわ」
「まぁ、それじゃまたマイアと三人で紅茶を飲みながらお話ができるわね」
「そうね、とても楽しみね」
暖かい日差しがサロンに差している。
また二人は同時に紅茶を飲み、ホッと息をついた。
完