動揺
中国が謎の勢力から攻撃を受けたというニュース速報を聞いて動揺する主人公達。一方その頃総理は、この様な前代未聞な事態を前にしても平然と対応し、御前会議を開催するが…
6月23日 水曜日 午後12時半 総理官邸
総理官邸二階にある総理執務室でふかふかの椅子に深く座って平然とした面持ちで机の上にある報告書を眺めているのは、この国の脳である第32代内閣総理大臣、幣原徳仁その人である。
そして、その目の前にいたのは総理の女房役である内閣官房長官、松本弘成であった。
幣原がこの国の脳ならば彼はこの国の中枢神経である。だが、この二人だけの空間には重苦しい報告書の内容とは違い異様に軽い空気が流れている。
「総理。こちらが今回の中国における事象の現地諜報員からの報告書です。遂にこのときが来てしまいましたね。」
「あぁ。後は地を這う蟻のように泥臭く最後まで足掻くだけさ。」
「官房長官。第32代内閣総理大臣として御前会議の開催を要求する。直ぐに大臣達を集め給え。」
「ご安心を。総理。もう既に関係省庁には今回の中国における事象に対する会議を開くために招集をかけております。すぐにでも会議を開けます。」
「流石歴代内閣を裏から支え「名小太刀」と言われるだけはある。ならばあの場所へ急ごう。事態は一刻を争う。」
幣原は立ち上がり、松本は黒いアタッシュケースを持って共に地下2階へ向かった。
幣原と松本は、昨年導入されたばかりのエレベーターを使って二階に降り、柔らかい赤い絨毯以外なにもない簡素な長い廊下を通って緊急時臨時司令室の前に立った。
緊急時臨時司令室とは、大規模災害や諸外国からの奇襲又は同時多発的軍事侵攻に備えて5年前にくられた作戦会議室である。
幣原と松本は順番に扉の横に備え付けられた機械に手をかざす。
すると、「ピコン」という機械音の後に扉から「ガチャン」と鍵が開く音がする。
実はさっきの機械は、対象の手から魔力周波検知。(指紋みたいなもの)
その周波が事前に登録されている周波と一致したら、扉の鍵を開く装置だったのだ。
尚、登録されているのは各種大臣達と官房長官、そして偉大なる大元帥閣下のみである。
幣原はドアノブに手をかける。
(この扉を開けた瞬間から私は地獄の扉を自らの手で開けなければならない。)その思いに囚われ扉を開けるのを一瞬躊躇する。その姿は迷える子羊そのものであった。
ポン。
松本が背中を優しく叩き、こう続けた。
「総理。あなたは一人ではありません。今までいくつもの難局を二人で乗り越えてきたじゃありませんか。私は地獄までお供しますよ。」まるで幼子をあやす母親の様に松本は幣原を励ましてきた。
「あぁ!そうだな!」
(そうだ!何を揺るいでいるんだ俺は!俺はあの日誓ったはずじゃないか!日本民族と天皇家を守る為ならどんな悪魔にでも成り下がると!これからは誰も経験した事が無い様な厄災と対峙しなければならない。その時、私が怯んでしまっては勝てる戦も勝てない。もはや私は、ルビゴン川を渡ってしまったのだ。)
幣原は目を閉じ「ふぅ~」と深呼吸をした後、目を開け扉を開く。
中には既に大臣達がすし詰めになって揃っていた。大臣達は素早く立ち上がり、幣原達に目線を集める。
彼らの目線の先には迷える子羊は既におらず、只々己の守り抜きたい者の為ならば全てを喰らい尽くす事も厭わない。そう思わせる程の気迫をまとった虎の目をした男がいた。
〜〜〜〜〜御前会議参加者〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
内閣総理大臣 幣原徳仁
内閣官房長官 松本弘成
外務大臣 伊藤英俊
陸軍大臣 斎藤利伸
参謀総長 矢田康太郎
参謀次長 安西秀幸
海軍大臣 玉井省三
軍令部総長 牧野勝
軍令部次長 佐野孝
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
日本の運命を決める会議が今始まった。
「皆様本日は緊急の招集に応じて頂き有難うございます。」松本が社交辞令の挨拶をしていると、陸軍大臣が挙手をした。
「斎藤陸軍大臣なにか?」
「官房長官!御託はいいから中国における事象の說明をしたまえ。もし英霊20万を犠牲にして手に入れた権益を失うような事があれば貴様どう責任を取るんだ!」
斎藤は、粗い鼻息で語尾を強めながら松本を糾弾した。中国での権益を失いたくない焦りからか、斎藤の悲しい頭部からはヤカンの様に蒸気が出ている。
「陸軍大臣。その件につきましては現地諜報員からの報告を元に資料を作成しており、今お手元に配布いたします。」
各大臣の元に資料が渡される
「それと、中国権益を守る事は大変重要な事であるのは私も重々承知しております。しかし、ここは御前会議の場ですので発言は厳に慎むようにお願いしたい。」
「陸さんは、自分たちの仕事の責任を他人に押し付けるのですかなぁ?」
後ろから聞こえてくるこのヤジは物であった。
怒りで体をプルプル震わせてる斎藤を見て矢田が蚊の鳴くような声で耳打ちをする。
「大臣。こらえてください」
「だ、だが…」
「ここで悪目立ちをなされると今後の予算に影響するおそれが…」
「う、うむ。わかった。」
「官房長官。申し訳なかった。」
その謝罪はまるで紙のように薄っぺらかったが気にしてたらきりがないので松本は気にしない事にした。
「海軍も発言を気を付けるように。」と嗜めると、安西の上司である牧野が謝罪した。
松本はこんな時にも衝突し合う軍部に失望しながら中国における事象の説明を始めた。
「今回の中国における事象の原因ですが…」
「政府としては「地球外に存在する知的生命体からの軍事的攻撃」と考えております。」
司令室が水を打ったように静まり返る。暫しの沈黙を破ったのは玉井であった。
「官房長官!冗談はよしてください!!今は我が国の権益が損なわれるかも知れない事態なのですぞ!」
それに続くように
「そんなおとぎ話あるわけ無いだろ!」
「そうだと言うなら証拠を出し給え!証拠を!」
との声が上がる。
「証拠ならあります。」そう言い終えると松本は黒いアタッシュケースからフィルムを取り出し魔動映写機にそれを取り付け、映像を映し出した。
それは細長い胴体から六本の足と4本の触手が生えた巨大な鉄の塊の大群が大地を踏み荒らし、その上空を我々が持っている飛行機の何倍もある鉄の塊が跋扈している映像だった
「現地諜報員からの映像です」
松本の説明が大臣達に届くことはなかった。
中国の街が、自然が、そして人が…鉄の塊に只々蹂躙されている映像が強烈で他の全ての情報がシャットアウトされてしまったのだ。
映像の場面は、中国軍が宇宙人と戦闘をしているシーンに変わった。
正にその映像は悲惨その物であった!
未知の敵を眼の前にしても懸命に抵抗する機関銃陣地や逃げ惑う歩兵をなんら躊躇なく踏み潰す巨大な鉄の塊。
中国軍が大砲を用いて攻撃をするが、まるで何事も無いかの様に鉄の塊は進み続ける。
その時!中国空軍のハインケルが一瞬のスキを突き一体に爆撃を成功させた!一体は爆撃を喰らい崩れ落ちる。
映像の中で中国人達の「万岁」が響くのと同時にこちらからも思わず「おぉ!」と歓声が上がる。
しかしその後に見えたのは絶望であった。
噴煙でよく見えなかったが、噴煙が晴れた今ならよく見える。コチラに押し寄せる鉄の津波が…
そして、間近にやって来た奴等の一体がカメラの方を向き職種をコチラに向けた。触手の先は明るく光っており、「キュイーン」とかん高い音と共にその光度を上げていき、「チュン」という音の後に爆発音が響いて映像は途切れた。
「それでは皆さん。会議を始めましょう。」
松本の発言に異議を唱える者は居なかった。
その場にいた全員が理解したのだ。これは何ら冗談ではなく今現実に起こっている事だという事を。そして、自分たちが歴史の転換点に居て日本人の命運を決めることになる事を。
日本人の未来を決める会議が今始まる。
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