1章 2回目の人生
ガタン...ゴトン...ガタン...ゴトン...ガタンッ!
座席の底から鉄槌の様な物がリズミカルに打ち付ける音と小さな衝撃に、心地よさを感じながら眠り入りかけるも。たまに来るやや強い衝撃に意識を無理やり繋ぎ止められる。
ガタン...ゴトン...ガタン...ゴトン...
しかし再び同じ様に繰り返される音は、再び意識をゆっくりと現実から引き剥がしてくれる。
ガタン...
ゴトン...
...
...
ギィィィィッ!
金属と金属が互いに強い摩擦を起こし、脳に直接響くほどの甲高い音を上げ、同時に顔が自分の意思とは関係なく前の座席にめり込む。
「ぬおっ!」
低く嗄れた声を出し、反射で両手が前に出る。
ドクンドクンドクン...
心臓が破裂しそうな程に高鳴り、息が荒くなる。
「はぁ...はぁ...」
『只今他の線区にて、危険を知らせる信号を受信しまして、列車をやむなく急停車した事をお詫びいたします』
「なんだ....違うのか....はぁ」
流れた車内アナウンスを聞き安心し、荒くなった息を整える。
(よかった...しかしよりによって今日に思い出すとは)
「まぁ、遅かれ早かれ思い出す事だ」
その後、列車は再び運行を開始し、目的地で降りる。
プシューッ!
「ふぅ...ようやく着いた」
久しぶりに見る改札を出て、坂道をゆっくりと下り、見慣れた景色を懐かしみ、変わってしまった景色を楽しみながら、寂しく思い出に浸りながら歩く事数分...
「ここは何一つ変わってない...」
細い路地を通り抜けた先の小さい丘に設けられた墓地を目にし、僅かに痛み始める胸に手を添えて、傾斜を上がって行くと、大きな団体墓が設けられていた。
丘の1番高く立地の良い場所に建てられた団体墓にも関わらず、埃や草、鳥の糞に空っぽの瓶。誰の目から見ても全く手入れをされていない程に汚れていた。
手を合わせた後、墓石の汚れを軽く手で掃いて、その場に座り込む。
「お前達が死んだあの日から、俺の時間は止まったままだ、歳だけ取ってしまって今ではもう皺々の爺さんだ、お前らが生きていたら俺の様に皺々になってたんだろうな、毎日何の為に生きているのかも結局見出せなかった...ズゥッ....すまん..みんなの分まで生きるなんて都合の良い様にすぐ立ち直れなくて..グスッ....ごめん...数年前に父と母も亡くなって、とうとう俺1人になってな...この歳になって漸く気持ちに区切りがつけられた...60年経ってしまったよ..みんな本当にごめん」
長らく考えない様にしていた数十年前の事故。思い出す度にあの日の悲惨な光景、声にならない程の叫び声が心臓を抉りつける。今まで生きてきたこの数十年は何もしてこず、何も成し遂げず、只々寿命を終えるのを待っていた為、何も覚える必要もなかった為か、あの事故だけは鮮明に覚えている。
墓場の前で泣くだけ泣き、悲しみに打ちひしがれながら、懺悔を繰り返す。
墓石に刻まれた生徒の名前を1人ずつ見ていきながら、ある1人の生徒の名前が目に留まる。
『叶原栞里 享年17』
その名前を見た後、胸の痛みが更に激しく襲った。
「...グス...しおり.....しおり.....何十年ぶりに口にしたよ、今ではもう君の名前を呼ぶ資格すら俺にはないよ...」
それから再び記憶を振り返る、主に彼女といた頃の記憶。
そして墓石の前で懺悔する事数時間、ゆっくりと立ち上がる。
「なんで俺だけ生き残ったのか...」
口にしてはいけないと、ましてや亡くなったみんなの前、言ってはいけないと分かっていても、自然と息を吐く様にでた言葉を最後に、男は墓地から離れていった。
『司郎さん..誠にお伝えし難い内容なのですが...検査の結果、ステージ4の肺癌だと言う事が分かりました...抗がん剤治療を行ったとしても、恐らく完治は難しいと思われます...もって3ヶ月程かと...』
突如宣告された余命、しかしなんの感情も湧く事はなく、冷静を保っていた。何も考えずに道を歩いていて、気が付くと駅の前に立っていた。
あの事故に遭ってから電車など見たくもない筈なのに、そこに立っていた自分に対しショックで変な気を起こしたのかと思った物の、次の瞬間には改札口を通っていた。
電車が来ても乗る事はなく、只々ホームで電車が過ぎて行くのを見る。そして突然、導かれる様に一本の電車へと乗り、今に至る。
寿命を宣告され、とうとうこの呪縛から解放されると思うと、気がかなり楽になる。かと言って残りの寿命を楽しもうとも思わない。ただゆっくりとその時が来るのを待つ。1日3食のご飯を食べる。処方された薬は帰ってきてからは手を付けていない。抵抗はしない。自然に死ねば向こうに行っても、誰も自分を咎めはしないだろうと考えていた。
咳、発熱、胸痛、息苦しさ、血痰の混じった咳、倦怠感と様々な症状が襲いかかり、苦しくても、みんなが過ごしたくても、過ごせなかった人生を無駄に過ごした自分に対する罰だと考えれば、まだ軽い。
数日後、呼吸すらままならなく、胸痛と咳も激しくなる。痛い。苦しい。早くその時が来て欲しい。毎晩そう願いながら眠りにつく。しかし体がそれを許さず、眠りにすらつけず痛みと苦しみが永遠に続く。そして突然その時が来た。呼吸が全く出来ず、酸素が足り無くなり、意識がゆっくりと遠のいてゆく、痛みと苦しみもゆっくりと引いていき、解放された様な感覚になる。
こうして6畳半の狭いアパートにて男は孤独死したのであった。
享年74 星宮司郎
...
.......
..........
ガタン...
小さな衝撃が尻を打ち付けたのを感じる。
(まだ...死んでいなかったのか...)
ゴトン...
再び尻を打ち付けられたのを感じ、それが一定のリズムを刻んでいるのが分かった。
(救急車か?...頼む...このままほっといてくれ)
ガタン...ゴトン...ガタン...
バンッ!!
突如肩に打ち付けられた衝撃に驚き、目を見開く。
「うぉっ!」
低く嗄れた声ではなく、若く張りのある響きの声が口から漏れる。
*「アッハハ、ちょっとビックリし過ぎだよ司郎〜!」
「...はぇ?」
木製のレトロ調の対面シート、正面に座る女性を見て、思わず情け無い声が出る。
*「寝ぼけてんでしょ〜?いくら楽しい修学旅行の前日に寝れてなかったからって、流石に寝ボケ過ぎでしょ?」
「し..おり?」
綺麗な薄い桜色のミディアムボブヘアーに、童顔なのに化粧をしなくとも目鼻立ちのキリッとした美しい顔で、時々仕草の中にでる大人な雰囲気に、懐かしさを感じ、名前を聞いてしまう。
「しおりじゃなかったら誰に見えるのよ?牧瀬シエミ?」
眉を顰めて、当時自分が1番好きだった芸能人の名前を出し、頬を膨らませたのを見て、咄嗟の判断で誤解を解こうとする。
「ち、違うって...なんだか..え?...その...夢?無茶苦茶リアルで長い夢を見てた気がして、そこで栞里は亡くなっていて...」
*「おいおい、いよいよおかしくなっただろお前?こんなに可愛い彼女が、誰がどう見ても不機嫌になってんだから慰めろよっ!このっ!」
そう言って見かねた様子で会話に入ってくるなり、腕を首に回して頭をグリグリしてきたのは、当時1番の親友のだった司馬恭平。端正な顔立ちをしていて、サッカー部のエースという、スクールカーストでは栞里と並んで最上位に位置し、文武両道で他学校の女の子からもモテまくって学校中の男の敵だ。
「痛い痛い痛い!」
「あぁ〜ん?まだ足りねぇよこの野郎ぉ」
「ふふっ、私が死んだなんて、どんな夢見てんのよ」
「ちょっとごめん、トイレに行ってくる」
なんとか恭平の腕を解き、その場から逃げる様にトイレへと向かう。
ジャーーッ
「ぶはぁっ!、、はぁ、、はぁ、、」
(何が起きてるんだ!?)
突然目を覚まして、広がった目の前の出来事に、脈打つ音が普通に聞こえるくらい激しく高鳴る心臓。
これまで自信が送ってきた無駄な人生は全部夢だったのかと思い返すも、余りにもリアル過ぎるし、夢では片付けられない程濃密な体験だった。死ぬ間際に感じた苦しみと痛みに関しては特にそうだった。
「あれが全部偽物なんて訳が無い、、夢と現実の区別ぐらいちゃんと分かる、今もそうだ、、これも夢じゃない、痛みは感じるし、じゃあ何だ?、、何が起こっているんだ?死ぬ間際に脳が見せる記憶の追体験か?、、何がどうなってんのか、、」
(取り敢えずもしこれが現実なら、、待てよ、そう言えば栞里は今日修学旅行だって、、まさか!)
急いで身体中をまさぐると、ズボンの右ポッケで何かにあたり取り出してみると、スマートフォンだった。日付と曜日を見ると【2032年 8月19日(火)】と表示されていた。
途中携帯の中にあったいくつか懐かしいゲームアプリのセーブデーターを開きたい気持ちを抑え、急いでトイレから出て、緊急停止ボタンを探しに向かう司郎。
「司郎〜、なに慌ててどうしたんだ〜?早く席に着いてカードゲームしようぜ〜」
「司郎?」
(あった!)
カチッ!
ビィィィィィィィッ!!
車両の連結部分に設置された赤い緊急停止ボタンを強く押し込むと、虻の羽音の様な機械音が車両内に鳴り響いた。
「ちょっ!司郎!何してんだよ!」
すぐに恭平が司郎に向かって走り出し、栞里も後に続いた。
*「司郎くん!?あなた何をやってるのよ!?」
連結部分に1番近い席で、パソコンをいじっていた担任の先生が音に気が付き、2人より早く司郎に近づき、説教をしようとするも、司郎は人差し指を立てて、唇につけて3人を制した。
「先生、車両の速度が速くなってきてのが分かりませんか?緊急停止ボタンを押しても止まりません」
「いきなり何をっ!」
グィンッ!
突如一気にスピードが上がった列車に、司郎を含めて立っていた4人がバランスを崩し、こっちに走ってきた栞里と恭平は倒れ、倒れかかった先生の手を掴んで助ける司郎。
「この列車、暴走してます、、」
静かに、力強く担任の目を見て、話す司郎。それから列車のスピードは更に上がっていき、司郎は栞里と恭平の元に駆け寄り、脳をフル回転させて、記憶を遡ろうとするも、栞里と恭平に目が行き、2人を説得するのが先だと感じる司郎。
確かあの時、自分が事故を起こした時に自分が最後にいた位置。そこに偶然いた事で、乗客の中で自身が唯一の生き残りとなったのだ。揺れる車内でバランスを保ちながら、栞里と恭平に近づく。
「落ち着いて聞いてくれる2人とも、信じられない話だと思うけど、さっき寝ぼけてたのは予知夢を見ていたからだ」
「はぁ?」
「いきなり何言ってるのよ司郎」
怪訝な表情で司郎の事を見る2人。
「分かっている、でも頼むから信じてくれ、、いいか?さっき俺は夢でこの列車が暴走して俺以外の全員が死ぬ夢を見たんだ、全員を助けられはしないけど、1番好きなお前たち2人なら、何とか助けられるかもしれないから、今は黙って信じて俺について来い、いいな?」
「....あぁ」
「よく分からないけど、わかった」
司郎の説明する時のあまりの迫力ある表情と、今現在置かれている状況に、司郎の言葉を受け入れるしか無いと判断した2人は、司郎に従うと決める。
「よし、集中するからここでじっとしててくれ」
そう言って立ち上がり、車内を見渡す。
僅か2両しか無い車両。列車の進行方向の1両目には一般の乗客がいて、2両目は自分達クラスメイトが貸し切っている状態。
当時は列車が暴走したと聞いた途端、慌てるクラスメイトによって栞里と逸れてしまい、事故の後に死体として見つかった。
同じ事は繰り返さないと決心し、2人の手を取り真っ先に2両目の1番最後の座席へと座らせた。
「予知夢ではここにいた結果、俺は無事だった、強い衝撃が来るから何が何でもしがみつけ、俺が2人の外側に居てやる、絶対に死なせないから安心しろ」
そして1両目の乗客がパニックになり、列車が暴走したと大声で叫び出した途端、車内は一気に混沌と化した。
「無事生きれたら、3人で映画でも観に行こうか、俺の奢りで、ポップコーンも1番大きいやつ頼んでいいし、チュロスも付けてやる」
座席の下に隠れる2人が混乱する車内の叫び声と泣き声に立たされた状況を理解したのか、突如震える体を感じて、自然と言葉が出る。安心させようとして発した言葉だが、安心させられる内容かと言われたら怪しい。現に2人の震えは止まってはいない。それから司郎は座席の下に2人を隠した後、自身は2人のそとがわq外側に移動した。
そして遂にその時がやってきた。
グシャアンッ!!
「しがみつけぇ!!目を開けるなよ絶対に!!しがみつく事だけ考えろ!!」
ガシャンべゴォン!!ベチャッ、ゴォンッ!!
金属がぶつかり合う音、叫び声が一瞬奇怪な音に変わり途切れ、泣き声も突然鳴り止み、何かは想像したくない潰れる音、砕かれる音。日常では聞かない様な非日常的な音が、耳を打ち破り、トラウマとして脳に無理矢理植え付けられる。
上を向いているのか、下を向いているのか、逆さまなのか、北を向いているのか。南なのか、方向感覚を掴む隙など与えない速度で、車両が転がっているという事だけが分かる。
そして僅か数秒間の出来事はようやく収まった。
「ぐぅっ!」
シュゥゥゥ
何とか意識を保つ様にしていると、電源が落ちる音が聞こえ、ゆっくりと目を開け、暗くなっている周りを見渡すも、何も見えず、頭を上げた位置に窓の隙間があり、小さな光が顔の左半分を照らしている。
ズキッ
足に突如痛みが走り、動かそうとするがびくとも動かない。目線を足にやると僅かな光で血が流れているのと、座席がのしかかっていた事が確認できた。
「栞里!恭平!」
思い出した様に、2人の名前を叫ぶも2人の返事はないが、目の前に2人の体がある事を手で触り確認する。
(取り敢えず2人はここにいる、、これだと救助隊の人間が来るまで動けないな、、)
そして救助隊が来るまで動かない様に、ただ時間が流れていくのを感じる。
...
......
「うぅっ、、」
突如栞里が小さな呻き声を出し、何とも言えない気持ちになる司郎。
「栞里!!生きてんのか!?」
「...いた..い....うぅ」
泣きそうになる栞里の頭に手を置き、優しく撫でながら、涙ぐむ司郎。
「よかったぁ...グスッ.....本当によかった...」
「し..ろう....私..生きてるの?」
「あぁ..よく頑張った...後は救助隊が来るまで耐えるだけだ、もう少しだ」
「...ふふっ....映画..奢ってよね...」
「うん...3人で絶対に助かるぞ」
「...恭ちゃんは?」
「栞里と同じで気絶してると思う」
「..そっか...これでみんな寝坊助だね」
「ハハッ..そうだな」
それから栞里の意識がしっかりと戻り、外で野次馬の様な声が聞こえ始める。
よく聞くと、埋もれている生存者がいないか、その場で何人かが窓ガラスを叩き割って、声を掛けている。
そして次第に割れるガラスの音が近づいて来て、頭上のガラスが割られた。
*「おい!誰か生存者はいるか!?」
「助けて下さい!」
腹に力を入れると、痛みが走るも、グッと堪えて最大の声で助けを叫ぶ司郎。
*「おい!!!こっちだ!!生存者がいたぞ!」
それから必死に何人かの大人達が必死に窓ガラスの下にある座席をどかすと、司郎の姿を確認した。
*「よく耐えたな!今助けてやるから安心しろ!」
「足元にある座席を退かす時に注意してください、僕の足から血が出ているので、金属片が刺さっているかと思います、それと僕の腹部と胸部あたりにもう2人生存者がいます、1人は意識はありますが、もう1人は気絶しています、まずは彼女達から救出をお願いします」
*「分かった、ちょっと目を瞑ってろよ、、よし、引っ張ってくれみんな!」
司郎の体にのしかかった座席にロープを絡ませて外にいる何人かが同時にロープを引っ張り、目の前の男性がロープの位置を調整しながえあ、見事体にのしかかっていた座席を取り除いた。
「っ!」
座席を引っ張り上げた途端、胸部辺りにいた恭平の頭部が、変形していたのが見え、異変に気が付いた栞里が恭平を見ようするが、すぐに手で栞里の目を塞ぐ。
「絶対に見上げるな栞里...絶対に...」
悔しさに涙がこみ上がり、それを見た男性が何も言わずに脱力して変わり果てた恭平の死体を運び出した。
それから順調に栞里を救出し、司郎も救出され、即座に救急車に乗って近くの病院へと運ばれ応急処置を施された。
病院の中で恭平の事が忘れられず、悲しみに打ちひしがれる司郎。
結局その日は眠れなく、病室から1組の松葉杖を使い出て行く。
(また友達を亡くした...なんて無力なんだよ俺は...)
自責の念に駆られながら、気が付くと自動販売機の前に立っていた。
暗い院内の中、唯一の光源を暫く無意識に見つめ続ける。
「司郎も眠れないの?」
ビクッ!
「っ!」
突然聞こえた声に、一瞬幽霊かと思い肩を震わせる司郎。
「ご、ごめん、驚かせるつもりはなかったの」
「あ、うん...怪我とかなかったか?」
「うん...軽い擦り傷ぐらいだった..明日は色んな人達が事故の事について聞きにくるみたい」
「そうか...よかった...」
司郎の考えている事がわかっている栞里は、話を逸らそうと試みるも、無事だと知って、それだけで会話が終わり静寂が続く。
「ちょっと話さない?眠れないの」
「うん」
自動販売機の横にある長椅子に2人で腰掛ける。
何を話そうか色々考えても咄嗟には出ない栞里は、やむなく司郎が落ち込んでいる原因について口を開いた。
「恭ちゃん...助からなかったね」
「...うん」
グスッ
名前を出した瞬間、僅かに震え始める司郎の膝に手を当てる。
「司郎の所為じゃないよ...絶対に...」
「...でも俺、予知夢を見たのに...あの列車で唯一あの事故が起こるって..他のクラスメイトも見捨てたし、もしかしたらもっといい方法もあったのに」
立て続けに自分を責め、今にも小さくなって消滅しそうになる司郎を見て、優しく両腕で司郎を抱きしめる栞里。
「こんな事言ったら悪いかもしれないけど、司郎は漫画やアニメに出てくるヒーローなんかじゃないよ、普通の高校生なんだもん、全員は助けられなかったとしても、予知夢では何も出来なくて死んだ私を、今回では助けたでしょ?予知夢が本当かどうかは置いといて、司郎は私達が助かる為に出来る事を精一杯してくれたもん、誰にも文句は言わせない。失った物は確か大きいし掛けがいないのない人達だったけど、1人で背負わないで、私にも一緒に背負わせて」
「うぅ...ごめん栞里ぃ...情けない彼氏で...」
そのまま一晩中栞里の腕の中で泣くだけ泣き、泣き疲れていつの間にか寝てしまった司郎と栞里。
...
......
*「こら司郎君!!」
「うおあっ!」
突然の尖り声で驚きながら目を覚ます司郎。
*「病室を抜け出してこんな所で寝てたらダメでしょ!」
怒りを含んだ声に栞里も目を覚まし、平謝りする司郎。
「す、すいません、ちょっと昨日寝れなくて、その」
*「風邪引いたら大変でしょ?彼女さんとここで寝るならせめて毛布くらい持ってきなさい」
「ごめんなさい」
「ふふっ、落ち着きないし、ビビリで、頼りないいつもの司郎だ」
昨晩の号泣と栞里の言葉で、吹っ切れた司郎を見て微笑む栞里。
「栞里のおかげだよ、ありがとう、マジで愛してる、本当に、絶対結婚しような」
突然栞里に息ができない程力強く抱擁して、栞里は司郎の言葉に耳と頬を紅潮させる。
「ちょっとぉ、苦しいよ司郎ぅ」
「どれだけこうしてたかったか、改めて本当に好きだ」
「うぅ...」
ゴッ
「うっ!」
恥ずかしさが頂点に達した栞里は、司郎の横腹の傷を小突き、抱擁を無理やり解く。
「ちょ、調子に乗りすぎよ?いつまでも甘えてないで、早くその情け無い性格治して!」
「うぅ...すみません」
それから少しすると、大勢の乱れた足音が院内に鳴り響き、それが司郎達のいる所まで近づいて来たのが分かった。
*「司郎!!!無事だったのね!!」
*「司郎!」
父と母が涙ぐみながら、司郎の名前を震えた声で叫びながら、力強く抱きしめた。ここまでは前世と夢と同じ展開だが、司郎の両親の後ろに司郎の母と同じ年齢の女性と、小さい子供が見えた。
*「栞里!」
*「おねぇちゃああああん!!」
「お母さん!陸!」
彼方も同じように栞里の姿を見つけた途端、名前を叫び、弟の方は号泣しながら栞里の胸に飛び込み、母親の方はそんな2人に腕を回して抱き締めた。
それから色々と質問をされ、全部答えて少しすると、栞里が自分の母親に司郎を説明した。
「あ、そう、言い忘れてたけどこの人が私の言ってたボーイフレンド」
「え!?、あ、あの!」
古臭い呼び方で司郎を紹介し、キョトンとする司郎の親と栞里の母親。しかし次の栞里の一言が静寂を消しとばした。
「司郎が私を安全な所に引っ張ってくれて、助けてくれたの、生き残れたのは司郎のおかげなの」
「そうなの!?」
先程の栞里の紹介で慌てふためき、一見頼りなさそうな司郎を見る目が、その一言で一瞬で変わる。
「この度は娘の命を救って頂き誠に有難う御座います!命の恩人になんと御礼をしたらいいのか、後日改めて礼の方を改めてさせて頂けませんでしょうか?」
「あ、いえいえ!出来る限りの事をしたまでですので、頭をお上げください!」
司郎の足元に両膝を着き、頭を下げて感謝し始める栞里の母親を見て、すぐに同じ位置まで自分も頭を下げながら、頭を上げる様に頼む。
それをみた栞里の母親も、頭を上げ、もう一度司郎に礼を言った。
そんなやりとりがあり数分後、スーツに身を纏った男2人が、廊下でこちらの方を見て、確認をとる様に指を刺しながら、看護師の人と喋っていた。
*「再開の所申し訳ありません、私こう言う者ですが...昨日の現場に2人だけの生存者がいるとお聞きしまして、少しだけお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
そう言いながら、胸のポケットから取り出した警察手帳を司郎に見せ、それを見た司郎は、心の中でドラマで観たことある奴だと一瞬関係ない事が頭に過ったが、すぐに頭を横に振り、どう答えようかと迷っていたら、父が自分の背後から警察との間に入った。
「事故が起きて、直ぐなのでちゃんとした質疑応答に答えられるか分からない状態です。思い出すにはかなりショックな事も伴います。まずは治療に専念して、医師の判断があってからにして貰えないでしょうか?」
この言葉に警察の人達も、何も言えず日にちを改めようと、警察官同士でアイコンタクトを取って、引き上げようとしたら...
「あの!...覚えている範囲でしたら今答えます、記憶力には自信がないので...その」
「捜査に協力してくれるのは確かに有り難いが、お父さんの言った事の方が一理どころか百理ある」
「そうだぞ司郎、医師の判断が下るまでは安静に」
そう父が話し終わる前に遮る司郎。
「本当に忘れてしまうから今のうちにやっておきたいんだ、ほら足以外全然ピンピンしてるし!」
「はは、、それじゃあどうしましょうか、お父さんに判断をお任せいたします」
警察官もそれを見て、苦笑いしながら、父に判断を委ねる事にする。それを聞いた司郎は何も言わずに、父を力強く見つめた。
「分かった分かった、好きにしなさい、全く、頭を打って警察の質問に答えたがる息子になってしまったのか?」
「それは流石にないって父さん、、」
それから司郎は自分の病室に警察官2人と入り質問が開始された。
「それじゃあ覚えている範囲で、事故について話してくれるかな?」
「はい、えぇっと、まずは...」
それから司郎は事件の始まりから、終わりまでを事細かく説明した。
「そんで列車が加速しているのに気が付いたから、咄嗟の判断で、車両の1番後ろの座席の下に隠れたんです」
「なるほど」
1人の警察官がメモをとりながら、質問をしてきた警察官が司郎の答えた言葉を小声で復唱し伝える。
「取り敢えず事故の一連は分かった、それじゃあ事故が起こる前の話を聞かせてもらえないかな」
「事故が起こる前ですか...」
「例えば、自分達と別の車両におかしな服装をした人とか、挙動のおかしい人とかいなかった?」
「えぇーっとそれは...多分いなかったですねぇ...みんな大人しく座席に座っていたかと思います」
「ふんふん..それじゃあ次で最後の質問をするね、えぇっと、他の車両に乗っていた人達の中で、覚えている人の外見を教えてくれないかな」
「外見?」
一瞬それは重要な事なのかと疑問の思ったが、取り敢えず覚えている範囲で答えていく。
「えぇー、確かー、、年寄りの人とー、後2人のカップルかな?、、あとー」
必死にトイレから出た時に一瞬覗いた隣の車両の座席に座っていた人達を思い出す。
「あ、そうそう、会社員の人もいました、スーツの、確かそうだ!カッコいい形のアタッシュケースを持っていたから、ちょっと覚えていたんですよね」
「スーツを着た会社員で、アタッシュケースを持っていたと、、形とか色は覚えている?」
「黒色でした、銀色の様な文字がケースの真ん中に書かれていたんですけど、そこまでは覚えていません」
「そうか、ありがとう、、大体聞きたい事は聞けたしもう大丈夫、ありがとうね!」
「あ、はい」
突然テンションが上がった様に見え、椅子から立ち上がって、そのまま2人の警察官は司郎の病室から出て行った。
それから入れ替わる様に両親が入ってきて、司郎の身の回りを片付けた。
「何か欲しいものがあったら連絡してね、母さん達ちょっとご飯を食べてくるから」
思った以上に自分の息子が平気そうだったので、両親は一旦外で外食をしに出掛け、暇なのでスマートフォンを弄る司郎。
「うわ、懐かしこのゲーム!!、、いや、ちょっと待てよ、、、、え、、」
突然暇になり落ち着いた瞬間、自分が予知夢なのか、はたまたタイムスリップしたのを思い出し、この現象についてはまだ何も解明されていない事に気がつく司郎。
「もし俺が見たあれが全部現実だったら、、一旦テレビを付けて見よう!」
テレビを付けると昨日巻き込まれた列車事故が放送されていた。それを見た瞬間、再びナイーブになり、テンションが下がるも、携帯のSNSで今の世界状況を調べる。
「アメリカの大統領がオリバー・ガブリエルで、、日本の首相は河原秀明、、2032年8月20日(水)、、じゃあまだあの大事件は起きていないのか!、、いやどうする!?俺これから起きる事有名な奴殆ど知ってるけど!誰が死ぬとか、新しい技術がいつ発表されるとか、ゲームの発売日まで知ってるぞ!?」
急激にテンションが爆あがりし、無敵に感じ始めた司郎はこんがらがる頭の中のアイデアを一旦落ち着かせる。
「待て待て、一旦確証を得てからだ早まるのは、まずは列車事故に関しては、合っていただろ?そうだな後2つ合っている物があれば確定にしよう、俺はタイムスリップしてきたって」
「まずはこの時期何があった?2032年は、、そうだ!大統領選だ!オリバー・ガブリエルの次は初の女性大統領のエリザベス・ミラーだ。出馬表明は...されているな、後は投票日。てかまず俺が前の世界でこの時期に絶対知らなかったこの人の名前をこのタイミングで知っている事でもう確定に近いんだけどな」
それから数分後...
「どうしよ、掲示板に書いてやろうか?タイムスリップ系の奴で、まぁ最初は信じて貰えないと思うけど、取り敢えず書いとけばいつか誰かが発掘するだろうな」
そう言って司郎は掲示板に自分がタイムスリッパーだと書いて、大統領選の結果を書いた。
「あ!それだけだったら足りないし、そうだ!これ当てたらみんな信じるだろうな!」
司郎は大統領選の結果の下にこう書いた。
『エリザベス・ミラー 1979-2033』
数字の後ろにはハートのアイコンと雷のアイコンを付け加える。それが意味するのは2033年に心筋梗塞によって息を引きとったエリザベスを意味する。
「この人は惜しくも、就任した次の月に亡くなったんだよなぁ、あ、これも追加しておくか」
それから後任についた人物の名前と自身のSNSアカウントも入れて、投稿した。
それから夜、両親が帰宅した後、大好きだったバラエティ番組を見ていると、ある人物に目がいく。
「うおっ!この人テレビに出てるじゃん!週刊誌に撮られた不倫でもう未来ではテレビに出てないのになぁ、ていうかもしかして俺が予言を的中させまくってたら、テレビとかに出れたりするのかな?そしたら有名人とかに出会えて、それから仲良くなっちゃって?それがもし牧瀬シエミだったら、、うおぉぉぉ!いやでも俺には栞里がいるんだ。深呼吸だ俺」
これからの人生、起きる事を予め知っている事によって、イージーモードだと理解した司郎は、長く感じなかった希望を感じていた。
「後はそうだな...恭平がいたら何もかもが完璧だったのに...あぁダメだ、忘れてはダメだけど、ネガティブな事は考えるな俺、折角2度目のチャンスを貰ったんだ、絶対に悔いのない人生を過ごして、栞里を幸せにするぞ」
それから数日後、司郎は退院して、それからすぐに学校へと登校する事となった。
タイムスリップ前では学校に復帰するも、1人だけ他のクラスに入れられて、それも新しいクラスメイトはみんな気さくに話しかけてくれて、良い人だが、まるで自分を腫れ物扱いする様に当時感じていた司郎、次の日から不登校になった。
しかし今回は栞里もいるおかげで、徐々の昔の様には行かないが、学園生活を終えた。
ある日突然自分のSNSアカウントのフォロワーが急激に増えている事に驚いていると、事故の次の日に投稿した予言が当たっていたのを思い出し、そこから都市伝説界隈では一躍有名になった。
しかし栞里と過ごしたこの数年間で、入院していた時期に考えていた、有名人になりたいと思っていた考えは無くなっており、ただただ幸せに栞里と過ごす事だけを考えていた。
それからまた時は経ち、司郎と栞里は結婚した。中学生の頃から、プロポーズをするならウユニ塩湖が良いと考えていた司郎は、その通りに実行し、ハネムーンは豪華客船に乗って世界一周をした。
お金に関しては、タイムスリップする前に、高騰し過ぎて有名になった仮想通貨を大学の時にまだ無名の時に爆買いし、一気にお金持ちになり。その資金で将来頭角を表す有名企業に投資をし、更に莫大な資金を儲け、一生遊んで暮らせる所で、それもやめて、仕事はせずにタイムスリップ前の分まで栞里と常に過ごす。
そしてまた時は経ち、2人は新しい命を授かった。女の子だった。子供を作るなら女の子が欲しかった司郎の願いは叶い。かなりはしゃいだ。
名前は栞里の尊敬する祖母の名前を1文字取り、結乃叶と名付けた。初めての子供にあたふたしながらも立派に育て、愛情も申し分ない程注いだ。そして再び栞里のお腹に新しい命が宿った。
結乃叶1人だと不便だと感じた司郎と栞里は、最初犬を飼ってあげ、それで紛らわそうと考えていたが、犬を飼ったと同時に妊娠が発覚した。それでも2人は賑やかになる家庭を嬉しく思い。2人目の男の子が誕生した。
名前は2人で相談して、今度は親友から一文字貰い、恭弥という名前にした。
それから2人は着々と成長していき、なんと反抗期を2人とも迎えないまま高校生の時期になった。がしかしそこに悲しいニュースが舞い降りた。
愛犬のパグが寿命で亡くなってしまったのだ。最後はしっかりと家族全員で看取った中で天国へと旅立ったのだ。子供の教育としてなんてそんな下らない事に関係なく、只々悲しかった。子犬の頃から仲良かった結乃叶はショックで部屋から出なくなり、恭弥は没頭していた部活動を何回か無断欠席したとの連絡もあった。
そんなこんなで5人家族で何の不自由もなく、習い事も子供の意見を尊重して通わせ、わがままはさせない様に、立派な学校に通わせて、大人になるまでしっかりと厳しく育て上げ、とうとう父として迎えたくない日を迎える。
「娘さんを心から愛しています!何不自由ない生活を与えられる様に死ぬ気で頑張りますので、どうか娘さんを僕に下さい!」
ガチガチに緊張しながら、そう頭を下げた人物に、娘はやれんと元々言うつもりだったが、何故か自分もその緊張が移り、緊張している所を、栞里が代わりに答え、娘の結乃叶には笑われ、父としての尊厳を1ミリも出せなかった司郎。
その日は子供の様に栞里にしがみついて、泣きじゃくる司郎。それから数年後には息子の恭弥が年下の女性を娶り家から出ていき、またも栞里の胸元で泣きじゃくった。
最愛の子供2人が出ていった。しかしそんな寂しい心をすぐさま埋める様に、新しい風が星宮一家に吹き込まれた。
結乃叶に娘が出来たとある日家に入ってくるなり、サプライズで伝えられ、反応できないでいる司郎とは逆に、栞里はすぐさま箱から取り出された陽性反応が出ている妊娠検査薬に飛んで喜んだ。
目の前の物が何かは知っているが、見方を知らなかった司郎は栞里に説明されて、何か分かった司郎は、込み上げてくる涙を我慢できずにそのまま結乃叶を強く抱きしめた。
子供から見ると本当に頼りない父親に見られているかも知れないが、本当に嬉しかったのだ。
それから仕事が忙しい婿に娘を妊娠期間中預けて貰えないかと頼まれ、すぐさま二つ返事で了承した。なんならこのままずっと暮らして欲しいものだ。子供離れ?そんなの知りたくもない。
それから結乃叶と共に暮らしているある日、妙なニュースを見かけた司郎。
「ねぇ父さん?」
「どうした?何か飲み物でも欲しいのか?」
「違うー、見てこのニュース」
リビングですっかりお腹を大きくした結乃叶にニュースを見る様言われ、朝食の食器を洗いながらテレビ画面を見る司郎。
[次世代エネルギー『ステラ』たった1キロで都心部のエネルギーを賄えるその実態に迫ってみました]
「次世代エネルギー?」
「そうそう凄くない?なんか最近凄く有名になってるの、これが有れば原発も要らないから、エネルギーに変えられたら凄いよねっていう」
(ステラ....聞いた事ないな、前回はそんな大それたもん無かったぞ?)
食器を全部洗い終え、すぐさまリビングのソファー、それも広い範囲の中から、あえて娘の隣に座る司郎。
「そんなに凄い物なのか?」
「だってたったこれだけの大きさで町中のエネルギーを賄えるんだよ?どう考えたって凄いでしょ?それにさっき言ってたけど、日本で発掘されたから、それはもうエネルギーに関しては海外を頼る必要がなくなるんだって」
「へぇ〜...それより結乃叶」
「ん?何?」
「本当に大きくなったなぁ」
娘のお腹に耳を当て、孫の音を聞く司郎。
「ねぇ父さん、やっぱり出産って痛いのかな?」
「ははは、母さんもそれくらいの時期に、おんなじ事言ってたよ」
「んでどうなの実際?」
「10時間...母さんが結乃叶を産むのに掛かった時間だ」
「うぇっ...考えただけで吐きそうになってきた」
「あれはもう凄く壮絶な出来事だった、母親として数ある分娩の中から自然分娩を選んだんだ。今考えただけでも」
「ただいま〜!」
「お帰り栞里〜!」
ダダダダッ!
話の途中で栞里が買い物から帰宅し、即座に迎えに行く司郎。
そしていよいよその時期がやってきた。結乃叶の入院しているクリニックから電話が来て、急いで向かうと既に分娩室に移されていた結乃叶。激しく痛みを伴う力みや、叫び声が聞こえる事7時間。初産の中では早い速度で子供を産み、それから遅れてやってきた婿が子供と抱き合う2人の姿を見て、涙を溢す。
そして孫も順調に育っていき、月に2回孫が遊びに来るのが楽しみになった。元気に部屋の中を走り回る孫を見て、心が満たされる。そしてお別れになるといつも決まって孫と司郎が泣くのだ。
それから息子の恭弥には双子が産まれ、結乃叶と恭弥の2人の子供が時間をズラして絶え間なくやってくる事にこれまた心が満たされた。
そして年に2回は海外旅行に行き、家族との交流も無くさない様に普通の家庭より少し優雅に暮らした。
悔いは何も残らない。今ならいつ逝っても満足できるくらいに、栞里をこれでもかと労り、愛し尽くし、結乃叶にもウザがられる程愛し尽くし、恭弥には嫌がられる程愛し、3人の孫も深く愛し。余り余った前回の分の幸せを全て味わい尽くした。
「...うぅ」
「あ、爺ちゃん起きた?」
「...栞里?」
「もぉボケすぎだって爺ちゃん、栞乃叶だよ」
滲む目の前の人物の頬に手を伸ばし、最愛の人間の名前を嗄れた声で呼ぶが、すぐさま頬に当てた手を優しく握り返した人物がぷすんと頬を膨らませた。
「栞乃叶か...母さんは?」
「母さんはお仕事に行ったよ、夜の面会にはこれるみたいだから安心して」
結乃叶の1人娘の栞乃叶はそう言って、隣の椅子で寝ていた人物に声を掛けた。
「お婆ちゃん、お爺ちゃんが目を覚ましたよ」
「んぉ..あぁ目が覚めたのね司郎」
自分と同じく嗄れた声で目を覚ました栞里。
「それじゃあ婆ちゃん、あたしもう行くね」
「気を付けてね、栞乃叶」
「うん、じゃあね爺ちゃん」
「はいよぉ」
「行っちゃったねぇ、ほんと元気に育ってくれて嬉しいわね」
「栞里もまだまだ負けてないぞ?俺からしたらずっとあの時のまま綺麗だよ」
「まぁ、お爺ちゃんになって、言うようになったじゃない司郎」
「はは...ゴホッゴホッ!」
「大丈夫?」
「うん、ちょっとベッドの角度上げる」
それから他愛もない会話を続ける司郎と栞里。現在司郎は数ヶ月前に見つかった胃癌で入院をしている。ステージ前回と同じ4で、肺にも僅かに転移しているのが分かった。
普段から食生活に気を付け無かった報いを受けてしまったのか、今はそんな事を考えたって仕方がないのだ。だが最新の医療技術も進化していて、癌に関しては今では余り脅威的な病気では無くなったのだ。
胃がんと肺がんの摘出手術から再び時が経ち、元気に老後を迎えるも、遂にその時を迎える事になった。
「ぐすっ...爺ちゃん」
「...泣くのが早い..まだ死んでないだろう..」
恭弥の双子の息子の兄である司が臨終間近の司郎を見て、泣き崩れる。
「もう少し生きながらえてたら、お前の息子の顔も見れたかもしれんなぁ」
「..ごめんよ、爺ちゃん、俺がしっかりしてないばかりに」
「そんな事は無い司、これからも自分の意思を大事に、他人の価値観に惑わされず芯を持って生きなさい」
「...爺ちゃん..見ないうちにもっと老けちゃったね」
栞乃叶が司郎の手を力強く握り締める。
「栞乃叶...色々あったけど、結局お前の事を無償の愛で受け止められるのは家族だけだ、俺が居なくなっても、ちゃんと家族を大事にするんだぞ?お母さんとお父さんを大事にするんだ」
「...うん..約束する」
「...雄一郎...一時はどうなるかと思ったが、お前が優しい子に育ってくれて良かった、佑里が死んで本当は道を外したく無いはずだったのに、お前の傷に気付いてやれんくて申し訳ない。じいじの唯一の後悔はそれだ、本当にごめんよ」
「ううん、じいじが俺の事気遣ってくれてたのは俺が1番分かってたよ、大好きだよじいじ、俺こそ爺ちゃんを悲しませてごめんよ」
「結乃叶...」
「お父さん...」
「結乃叶もわしに似て皺々になってきたなぁ」
「もう..気にしてるんだから言わないでよ」
「それでもお母さんに似ていて、綺麗だよ。本当に可愛いくて、元気で、素直で、お母さんの様に気の強い結乃叶がこうやって家族を持った事が今でも信じられないよ...自転車で転んで、泣きべそ掻いてた子がこんなに立派になって、父さんはもう何も言う事ないよ。俺の子に生まれて来てくれてありがとうな」
「...うぅ..お父さん...やっぱりやだよ...まだお別れしたくない...まだ生んで貰ったお返し何も出来てないのに...」
「はは...まだ泣き虫なのは治っていないな、大丈夫、結乃叶が立派に成長してくれただけでも、父さんは満足だ」
「恭弥...」
「....父さん」
「いつも結乃叶ばっかりの父さんでごめんなぁ...お前には色々厳しく言ってきて育てたけど、お前を愛さなかった日は一度もないんだ」
「分かってるよ。愛情は十分感じてたし、足りない分は母さんからしっかり貰ってたよ」
「妻の佑里が亡くなってからも、ちゃんと男手ひとつで司と雄一郎を育てたお前を誇りに思う。父さんは母さんが居なかったら絶対に何も出来ていなかったからな。本当に良い子に育ってくれて嬉しいよ」
「うん...これからもちゃんと育てて行くから何も心配しないで、家族はこれから俺が責任を持って纏める」
「頼んだ...」
そして最後に同じように皺々になった最愛の人物が司郎の横に座った。髪の毛は綺麗な薄い桜色より白髪の方が目立つも、只々優しく司郎に微笑みかける。
「栞里...」
「なに司郎?」
「やっぱり栞里を1人にしておけないよ俺...」
突然栞里を目にして、涙が自然と溢れる司郎。
「相変わらず泣き虫は治って無いね、よくそんなんで結乃叶に言えたね」
優しく、ただただ微笑み返して答える栞里。
「俺栞里の事本当の幸せに出来たかな..何不自由なく暮らせれる生活を送らせる事出来たかな...」
自身なく言う司郎に顔を近づけて、優しく司郎の頭を撫でる栞里。
「司郎にあの時助けてもらって、司郎と結婚できただけで私はもう充分に幸せだよ」
精一杯の力を振り絞り、栞里の頬に手を当て、栞里はその手を優しく両手で包み込む。
「俺の奥さんになってくれてありがとうな。いつも美味しいご飯を作ってくれてありがとうな。子供達を産んでくれてありがとう...頼りない俺を選んでくれてありがとう...俺を幸せにしてくれてありがとう......なんか眠たくなってきたな..そうだ...起きたらみんなで旅行に行こうか...静かな所で......只々ゆったりできる...そうだ...子供達も連れて行こうか.......みんな..で...行ったら....楽しいよな...栞里は...どうおも..う?...あ..泣いたな....約束破った方は..キス...するんだ..ぞ」
最後の最後まで引き裂かれそうになる心臓の痛みを我慢し、込み上げてくる涙を必死に抑え、若い時に約束した何方かが死ぬ時は絶対に笑顔で見送るという約束を果たそうとしたものの。やはり最後には我慢できずに、涙が一粒溢れてしまい。そこから歯止めが効かなくなった感情と涙が一気に溢れかえった。涙と鼻水でグチャグチャになりながらも、約束を破った罰として、司郎の口に優しく唇を重ねる。
こうして息を引き取った司郎。
前回とは違う結果で、周りには司郎を愛する人物たちが取り囲んで、その死を悔やんだ。
...
......
.........
ガタン..
(....)
..ゴトン
お尻に打ち付けられる小さな衝撃に、司郎は孫の誰かが悪戯をしていると思い、驚かしてやろうと思い、次の衝撃に備える。
(司か?それとも雄一郎か?)
バンッ!!
突然力強く肩を叩かれた事に驚き、慌てて目を開け、立ち上がる。
「うわっ!」
「.....」
「は?」
目の前に広がる光景に目を疑う司郎。目の前には驚きの余り口をポカンと開ける栞里。
一目で目の前の人物が栞里と分かったものの、問題はそれではなく。栞里の外見と現在自分のいる場所だった。
事故列車の中に、若い頃の栞里。そして調子の良い体ではなく、実際若返った体。
「なんだよ...」
「司..郎?」
「おい、どうしたんだいきなり?」
司郎の名前を呟く栞里と横から声を掛けてきた恭平に、少し寒気を感じる司郎。
突如腹部の漠然とした不快感が襲いかかり、吐き気がを感じ、慌ててトイレに走り込む司郎。
「オエェェェッ...プッ...何が起こってんだよ...」
思考を巡らせる。
直前まで自分は家族に看取られて死んだはず。死んだのは確かだった。それよりもあの人生は間違いなく本物だった。前々回の様な何も考えないで生きていたのとは違い、しっかり人生を送った記憶がある。
夢ではなくこれが本当のタイムスリップだと確信する司郎。だからといってもう一度人生を生きたいとは考えていない。
一度不老不死になったらどうなってしまうんだろうとふと考えた事があった。その時は漠然と、ただ死なない体なんて最高だと思っていたが、いざそれに近い形が目の前に降りかかると恐ろしさすら感じる。
なんなら不老不死の方がまだマシだ。限りのない未来を過ごせるのだから。しかしタイムスリップは決まった世界の限られた時間の中でしか生きられない。それに自信の築き上げた全てが失われ、自分だけがそれを知っていると言う孤独感もある。
栞里と過ごした時間も全て自分だけが覚えていて、子供達や孫も全てがいないのだ。そんな物にただの1人間、まして心もそんな強くなく、軟弱というイメージを周りから持たれている司郎には到底耐えられ無かった。
「...なんだよ...此処は地獄なのか?...俺は地獄を見せられてるのか?無駄に人生を過ごしたからその報いを受けさせられてるのか?幸せに暮らしたからなのか?何が正解なんだよ...どうして欲しいんだよこんな俺に...」
そうやって考えていると1つの考えが過った。
(そうか...幸せに過ごしたのも、無駄に過ごした全部ダメだったら...そうか...それしか無いよな...今気付いたよ...ごめんみんな)
「俺がみんなと死ねば良かったんだ」
すいません、感情の描写だったり背景の描写が下手くそで...
この作品のいいタイトルが、自分の語彙力不足で決まらないので、一旦仮タイトルとして付けてみました。もしかしたら変えるかもですし、変えないかもです。