第2章-3
ノルカの玉座の上に掲げられている宝剣。大波動師と呼ばれるセイ=カイハが鍛えたその宝剣には守護精が宿り、初代ノカル王セイリュウを主として仕え、建国に関わったという。そして、今現在に至るまで王と守護精は共にこの国にある。
それはノルカに住む者にとってはごく当たり前に、おとぎ話のように幼いころから幾度も聞いてきた話だった。遠い昔の、伝説にも近い話だ。だが、現実に守護精は存在する。今この時も王と共に在る。
そして、時にその守護精はふたりとなる。国王を主とする当代の守護精と、次期国王を主とする次代の守護精。そして、彼が当代の守護精イザヨイでないとすれは、おのずと答えは出てくる。
「次代さまですか?」
ありえぬ話ではなかった。父は宰相とはいえ、前王の息子だった。母は五家の一つであるスイオウ家の姫。その二人の娘であるアサノハもまた王家の血を引く子供であり、次期国王の候補、すなわち『候補者』と呼ばれる子供たちのひとりでもあった。
次代の守護精が現れるのは、男児のところばかりではなかった。比べれば数は少ないとはいえ、女児の元にも現れた。何代にもわたって女王が続いたこともある。ゆえに、男児も女児も『後継者』として等しく守護精に選ばれる夢を持つことができた。
しかし両親にもアサノハにもそのような野心はなかった。貴族の娘として厳しく躾けられてはいたが、基本的にはのびのびと過ごしており、貴族の子弟が通う学び舎にもまだ入ってはいなかった。
そのような彼女のもとに次代が現れるなど思いもしなかった。だが現実に彼は、守護精はここにいる。アサノハの目の前に。
アサノハの問いに若者は再び頷いた。掌の上で輝いていた明かりを常夜灯の波動に移し、部屋を明るくする。すると、よりはっきりと守護精の姿が浮かび上がった。間違いようもないその髪、その瞳。アサノハは目をしばたたいた。
「どうして守護精さまがここに……」
「あなたを守るために」
次代の守護精はゆっくりと寝台の側に来ると少女のかたわらに跪いた。一瞬ためらってからアサノハの手を取る。鋼色のまなざしが、ひたとアサノハの紫水晶の瞳をとらえる。
「そして、あなたと共に生きるために」
守護精の手は少しひんやりしていた。アサノハもまた守護精の瞳をひたと見つめる。そこから目が離せなかった。そのまなざしは何処までもやさしく、鋼の硬さはどこにもなかった。柔らかくアサノハを包み込んでくるようだ。その優しさに触れて、アサノハの目にまたじわりと涙が浮かぶ。それを見て、守護精は慌てたような表情で少女の顔を覗き込む。
「泣かないでください」
「だって、父様も母様もいなくなってしまわれたのですもの」
「さみしいのですか?」
アサノハはこくりとうなずいた。そうだ、私はさみしいのだ。守護精に触れられてそのことがしみじみに胸に迫ってくる。
ぽろぽろと涙がこぼれてくる。若き守護精が戸惑ったように手を伸ばし、頬に触れる一瞬手前で躊躇したように止まったが、ゆっくりと静かに頬に触れて涙をぬぐう。それでも、涙は止まらない。
「うっく……」
「泣かないで、泣かないでください」
守護精はおろおろしたようにささやいた。