表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王国の守護精  作者: 久保 公里
第2章
6/46

第2章-2

「父様ぁ、母様ぁ……」


 呼べども声立てくれぬ人の名を呼ぶ。ぽろぽろと大粒の涙が少女の頬を伝った。嗚咽がしんっと静まり返った部屋の中に響く。葬儀の前に、ムラクモの胸の中で散々泣いたと思った。だが、まだ涙は溢れてくる。どうにも止まらない。もう何を思って泣いているのかわからなくなるほど、アサノハは枕をぬらした。


 どのくらい泣いただろう。時間はもはやわからなくなっていた。ふと、アサノハは何かの気配を感じた。そっと誰かが頭をなでているようだった。ばあやが戻ってきたのだろうか。アサノハは身じろいだ。そのとき。


 「泣かないで」


 知らない男の人の声が頭上から聞こえてきた。びくりとしてアサノハは身をこわばらせる。誰だろう、こんな奥の部屋まで入ってくるなど。ジュオウ家は五家のひとつに数えられるだけあって、お抱えの波動師もいて彼らが不審なものが入らないように結解を張っているはずだ。警備も厳しい。ましてや当主の葬儀の夜だ。それなのに何故、ここに知らない人がいるのか。


 だが、その声音にアサノハは心が揺れた。恐怖は感じられなかった。ふっと安心できて心がほどけていくようだった。


 硬質な響きの中に、いたわるようなやさしさをまとった、そんな声。ふわりとアサノハの周りに漂い、守ってくれるような波動を持った声。


 アサノハはおそるおそる身じろいで、声のするほうに顔を向けた。


 「泣かないでください。私がいます。常にあなたの側にいますから。あなたは一人ではない。だから、泣かないでください」


 アサノハはもはや泣いていなかった。信じられない出来事に、涙などとっくに止まっていた。それでも、心配そうに彼は言う。アサノハは彼を見たが、常夜灯のわずかな明かりではその輪郭がぼうっと見えるだけだった。


 「……だあれ?」


 薄明かりの中、上半身を起こし、目を凝らして見る。だが、髪が光ってできた輪郭がぼんやりと見えるだけだ。


 「明かりをご所望か」


 彼がその手をひらりと振ったようだった。ふっと周りが明るくなる。薄闇に慣れた目に、その小さな光はまぶしすぎた。手をかざしてその光をよけ、目をしばたたいて、ようやく目が慣れてから顔を上げると、そこに見知らぬ若者が立っていた。そして、その掌の上で小さな光の玉がやさしく輝いていた。


 まず目に入ったのは、鋼色の髪だった。鍛え抜かれた刀身と同じその色。そして、その瞳もまた同じ色だった。


 それは、守護精特有の色だった。他の誰も持ちえない金属質のその色。まさしく宝剣の刀身と同じ色だと言われている。ノルカのものならだれでも、幼い子供でも、その鋼色の髪と瞳を持つものが誰なのか、知っている。アサノハもまた知っていた。しかも、昼間に見ていたではないか。


 その色の髪と瞳を持つものがなぜここにいるのか。ムラクモ王が寄越したのだろうか。


 だが、昼間見たときの守護精とはどこか違っていた。国王の隣に立つ守護精は穏やかだが堂々として落ち着いた、どこか老成した雰囲気を持っていた。だが、今ここにいるのはその守護精とは違い、どこかあたふたと焦っているようだ。線も細く、まだ成長途中の若者に見える。何も知らない、まるで生まれたばかりのような……。


 そのことに思い至って、アサノハははっとした。まじまじと若者を見つめると、静かに問うた。


 「もしかして、守護精さま?」


 こくりと若者はうなずく。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ