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王国の守護精  作者: 久保 公里
第2章
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第2章-1 アサノハと次代さま

2.


「無事に終わってようございました」


 アサノハの寝支度を整えながら、ばあやであるロウバイはほっとしたようなため息をつきながら言った。ロウバイは母が生家から連れてきた侍女で、アサノハが生まれてからはアサノハの身の回りの世話を任せられている。その彼女に対して、アサノハはそうね、と呟くように応える。


 「それに国王陛下がお嬢様の後見人になってくださるなど。まあ、思いもしませんでした。ですが、ようございました」


 そうね、とアサノハは再びつぶやく。


 先ほどからロウバイは同じ言葉を繰り返している。後ろに控える若い侍女のサクラとミズキが笑いを抑えたような表情をしている。


 実際、あまり覚えていない、ムラクモが出て行った後のことは。大神官による葬儀の後、棺をジュオウ家の霊廟に収め、葬儀に参列してくれた人々に礼を述べた。その程度のことなら覚えている。だが、どうやってこの家に戻ったか、そんなことは記憶になかった。葬儀が終わった後、一族が集まって次の当主の話をしたようだが、前当主の娘ではあってもまだ子供であるアサノハは蚊帳の外だ。ましてや、すでに国王が後見につくと宣言した娘である。一族の元から離れたようなものだ。


 「さあさあ、今日はお疲れでございましょう。ゆっくりとお休みくださいませ。明日からは王城に移る支度をせねばなりませんからね。忙しくなりますよ。陛下はどのようなお部屋をくださるのでしょうねえ。それによって持って行くものも決まりますものねえ」


 一気にまくしたてながら、ロウバイはアサノハを寝台に押し込んだ。アサノハは布団を首の下までかけられながら、世話係を見上げる。


 「ばあやは、その……」


 アサノハの最後まで云われなかった問いを察したかのように、ロウバイは微笑んだ。


 「もちろん、私はお嬢様についてまいりますよ。当然ではございませんか。王城にお嬢様をおひとりにさせるわけにはまいりません。ええ、ええ、もちろん、ついてまいりますよ」


 ぽんぽんと、アサノハを安心させるように布団の上からロウバイは軽くたたいた。それに少女は少し照れたような微笑みを返す。


 「ゆっくりとお休みなさいませ。このばあやがお嬢様をおひとりにさせはしません。御安心なさいませ」


 そういうと、ロウバイは常夜灯を寝台わきに置いて一礼し、二人の侍女を引き連れて部屋を出ていく。ぱたんと小さな音がした後は、沈黙がしんとアサノハを襲ってきた。


 まだだ、まだ泣いてはいけない。ロウバイが扉の向こうにいて様子をうかがっているかもしれない。もう少し、もう少し我慢して。


 そのうち、微かな足音が遠ざかっていき、さらなる沈黙がアサノハを覆う。かすかなオレンジ色の光を放つ常夜灯のおかげで、まったき闇に覆われていないだけましかもしれなかった。


 アサノハは静かに寝返りを打った。目をつむると両親の姿が浮かんでくる。二人とも、やさしい笑顔でアサノハを見つめていた。


 「アーシャ」


 両親だけが呼ぶ愛称で、アサノハを呼んでいる。だが、その声は少女にしか聞こえない。それも実際に聞いた声ではない。少女の記憶の中にある声だ。失われてしまったその声。もう二度と聞くことはできない。同時に、アサノハが二人を呼ぶ声もまた届くことはない。


 アサノハが最期に見た棺の中の二人は穏やかな表情をしていたが、どこか作り物めいていた。動かず、息もせず、その肌の冷たさが触れずとも伝わってくるようだった。それでも、アサノハにはそれが両親だとわかった。他の誰でもなく、アサノハの大好きな父と母だった。


 その二人はもはやいない。悲しみと共に、アサノハはいかに自分が守られていたかを感じていた。薄闇のなかで、孤独がひしひしとアサノハを襲う。


 ああ、どれほど両親から愛され、何も知ることなくその愛の中で生かされてきたことか。守られてきたのだとわかる。


 この当主の館も、新しい主が決まればアサノハの居場所はないだろう。新当主がやさしい人であれば、あるいはこの館にいさせてくれたかもしれない。だが、国王その人が後見に立ち、王城に部屋を賜った娘をここにとどまらせてくれるとは思わなかった。まあ、王城に移るまでの数日は大目に見てくれるだろうが。


 これからどうなるのだろう。孤独と、薄闇のように先の見えない不安に身がすくむ。


 アサノハは寝返りを打つと、ぎゅっと自分で自分の体を抱きしめた。


 悲しみと寂しさと不安と。様々な感情に押しつぶされそうだ。


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