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王国の守護精  作者: 久保 公里
第1章
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第1章-4

ムラクモは手を伸ばし、従兄の顔に触れたようだった。それから顔を上げると、波動師の長を呼び何事かささやく。長はうなずくと彼もまた手を棺の中に入れた。


波動師とは、波動を操るものである。すべては波からできているという理の中で、その波を操り、動かし、整えることができる。その術を収めたものを波動師と呼ぶ。


棺の中に入れた長の手が光ったように見えた。やがて波動師は棺から離れるとムラクモに軽くうなずき、アサノハに軽く一礼した。そして、もう一つの棺に向かう。その様子を呆然として見ていたアサノハに、ムラクモは声をかけた。


「アサノハ、こちらに」


とっさにアサノハは長を見やり、それからムラクモに目顔で促されて王のもとに近づいた。棺はまだ開いている。恐る恐る、ゆっくりとアサノハは歩いた。その中を見たいような見たくないような。そんな感情が入り混じる。それでも、国王に導かれるように棺の前まで進む。そして、棺の中を見やった。


そこには父がいた。白い棺の中、目を閉じてまるで眠っているかのようだ。だが、その瞳は開かず、言葉は発することもなく、永遠に沈黙の中に落ちていた。聞いていたような傷はどこにもなかった。おそらく、波動師の長が消してくれたのだろう。それからもう一つの棺の中ものぞく。そこに母がいた。生前と変わらず美しい顔のままで。まるで微笑んでいるかのようだ。だがアサノハに微笑んでくれることはない、永遠に。


「父様、母様……」


つぶやいた瞬間、涙が込み上げてきた。それをこらえようとしたとき、ムラクモがそっと少女の肩に触った。その曇り水晶のような瞳を見た瞬間、堰を切ったように涙があふれた。


アサノハは声を押し殺して泣き始めた。いつのまにか、ムラクモに抱きしめられているのも気づかず。


いかにも貴族然とした先ほどまでの少女の姿はそこにはなく、年相応の少女の嘆きは集った人々のなかにも悲しみを誘った。もらい泣きをして目頭を押さえている女性も少なくなかった。


ややあって、アサノハは顔を上げた。一瞬、どこにいるのかわからぬ様子だったが、すぐに国王の腕の中にいることに気づいて後ろに下がり、深々と一礼する。


「申し訳ありません、陛下」


「いや、落ち着いたようだな。大神官も来ているが、私には葬儀に出席している時間がない。悔みだけ述べさせてもらおう。この度は突然のことに私も驚いている。そなたも辛いことだろう」

そして、ムラクモは声を落とし、少女にだけ聞こえるような声で言った。


「率直に問おう。アサノハ、そなた、これからどうするつもりか」


アサノハはなにを言われているのか、最初は理解できずベールの奥で目をしばたたかせた。だが、すぐにはっとした表情になる。


「私、私は……」


王の一言に、アサノハは突如理解した。


父母はもはやいない。父方も母方も祖父母はとうになく、後ろ盾になってくれるような人はいない。ジュオウ家の当主には誰になるかもわからない。アサノハの家自体が持つ個人的な屋敷や資産、領地などはあるはずだが、今まで親の庇護下にあった子供に把握できているはずもない。アサノハは血の気が下がる思いがした。


なるほど、寄る辺がないとはこういうことか。十歳になるかならずの身で先を見なければならぬ。今まで両親がどれほど娘を守り甘やかしてくれたのか、痛いほどわかった。


たったひとり。ひとりで世界に向かっていかなければならない。


ムラクモはアサノハの頭をポンポンと叩いた。突きつけられた現実とは裏腹の子ども扱いだった。


「そなたは聡いな」


呟くように言われた言葉に、アサノハは考え込んでいて反応しなかった。


「私のもとに来るか」


アサノハは跳ねるように国王を見上げた。その言葉は強制ではない。


「私が決めるのですか」


ささやくようなその声を、ムラクモが聞き逃すことはなかった。こくりと小さくうなずく。


「そなたが歩む道はそなたしか決められぬ故な。強制したとて、従うと決めるのはそなただ。拒むのもまたそなただ。もう一度問おう、我がもとに来るか」


アサノハは一瞬目を閉じて、それからまっすぐにムラクモを見上げてうなずいた。


その同意を得て、ムラクモは軽くうなずき返すと周りを取り囲む者たちのほうに向きなおった。


「アサノハ嬢は我が従兄殿キサラギの忘れ形見である。ゆえに彼女をこれ以降我が庇護下に置く。異議のあるものは申し出よ」


しんっと静まり返った聖堂に響くムラクモの声に反応するものはいなかった。ジュオウ一族とて同様である。彼らにしても少女をどう扱うか決めかねていたのだろう。その反応に、自分は一族の厄介者だということを、アサノハは思い知らされた。


「アサノハには王城に部屋を与える。後日、そちらに移るように」


「はい、陛下。仰せのままに」


アサノハは喪服の裾をつまみ、深く一礼した。ムラクモは再び少女の頭を軽くたたくと、大神官に儀式を遅らせたことを詫びて退出する。その背中を見送り、アサノハは大神官に礼を取った。


しめやかに、アサノハの両親であるジュオウ家当主夫妻の葬儀が始まった。


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