第5章-13
アサノハはくすりと小さく笑って言った。
怖い。だが、確かに私にはクオンがいてくれる。それが、その事実がアサノハを支える。
それにムラクモがクックと笑う。
「ああ、頼りないが、あれでも守護精だからな。今はまだ目覚めたばかりで右も左もわからぬが、この国の建国より前からの記憶を持つものだ。すべての記憶を得るのは当代になってからだが、今もそなたよりは豊富な知識を持つぞ。まあ、今は未だひよっこだがな」
「肝に銘じます、陛下」
「よろしい。では、ひとつ、そなたに問おう。どのような女王になるつもりだ? どういう女王を目指す?」
突然の問いに、アサノハは一瞬大きく目を見開き、それからしばたたいた。何度か口を開いては閉じた後に、ゆっくりと言葉を紡ぎだす。
「考えたことはありません。昨日まで私は次期になることすら思っていなかったのですから」
その言葉に、ムラクモはうなずいた。
「さもあろう。だが、少し考えてみるがよい、そなたはどのように国を治めたい、女王として」
自分が国を治める。どのようにして? 考えたこともない。だが……。
アサノハは小首をかしげ、目を閉じて考え始めた。その間、ムラクモは黙ったまま、お茶を飲みながら彼女を見つめていた。
なにを、どうしたい? ああ、本当に私は何も知らない。
でも、それはこれから学ぶことができる。私が学びたいと望んだならば、おそらくそれはかなえられるだろう。
私はどうしたい? 陛下は私が戦をすることもできるとおっしゃった。私は、いくさをしたい?
アサノハは自問自答した。そして、心の中で首を振る。
いくさがどんなものか知らない。それがどれほど悲惨なものか、私は知らない。けれど、たくさんの人が死んでしまうということは知っている。とてもたくさんの人が。
ふいにアサノハは昨日の両親の顔を思い出した。ひんやりとして、物言わぬ唇、閉ざされたままの瞼、ピクリとも動かないふたり。
その想像が突然、戦場に変わった。
広々とした野原一面を埋め尽くす兵士の姿、鬨の声。彼女のそばを駆け抜けた兵士が、敵兵に斬られ、どうっと倒れる。血しぶきが草の緑を染めていく。その敵兵もまた倒されて行く。敵味方関係なく折り重なる死体、どこからともなく聞こえてくる呻き声、強い死のにおい……。
なぜ、そのように具体的に思い浮かべたのかわからない。妙にリアルで、何かの記憶をのぞいているみたいで、はるか遠くからその光景を眺めているかのようだ。それでいて、その感覚はすぐそばにあるようだった。




