第5章-5
「本当にキサラギは守護精について、候補者について何も教えていなかったのだな。あいつ、自分の娘が次期になることがわかっていたと勘繰りたくなる。娘を出したくない一心だったとしか思えないな」
「嫁、ですか?」
「まあ、男親にとっては似たようなものだろうな。可愛い一人娘を取られたくなかったのだろうよ」
それを聞いて、アサノハはやさしかった父の笑顔を思い出し、少しだけ顔を伏せた。
「父様……」
誰にも聞こえないようにつぶやいたつもりだったが、クオンには聞こえたのだろう、そっと肩に手を触れてくる。
「アーシャ……」
アサノハは顔を上げて彼女の守護精を見上げると、にっこりと微笑んでみせた。
「大丈夫よ、クオン」
なりたての主従のやり取りを見て、ムラクモは少しだけ眉根を寄せた。
「アサノハ、このあと少し話をしたいのだが、時間はあるか」
「え、あ、はい」
アサノハは戸惑ったが、王たるムラクモに言われて拒めるはずもなかった。ちらりとハナビシのほうを見やったが、軽い頷きが帰ってくるだけだった。
「悪いな、ハナビシ。ちゃんとあとで送る故、しばらく彼女を預からせてくれ」
「もちろんですとも。すでにアサノハ様は陛下の庇護下にあり、ましてや次期さまでございます。わたくしになんの否やがございましょうか」
そう言って、ハナビシは優雅に一礼してみせる。それから微笑みを王に投げかけた。
「むろん、お返しくださることを疑ってなどおりませんわ。そうでございましょう」
「ああ、迎え入れるにはまだ準備が整っていないからな。アサアケ、すまないがアサノハの部屋を変える。星の間に変更してくれ。相応の準備を頼む」
「承りました、陛下。次代さまにふさわしく整えてごらんに入れますわ」
「星の間?」
「別名を次期の間、とも呼びます」
説明してくれたのは、ツユシバだった。アサノハは振り向いて彼を見やる。
「剣の間が国王陛下の私室なれば、星の間は次期さまの私室となります。ゆえにアサノハ様の部屋としてはふさわしいかと」
「次期さまの……。さようでございますか」
アサノハはツユシバに頷いてみせると、ムラクモ王のほうに再び向き直り、一礼した。
「よいお部屋をありがとうございます、陛下」
「陛下、部屋を整えるのをわたくしにも手伝わせてくださいませ。ジュオウ家の名にかけて次期さまにふさわしいお部屋にしてみせますわ。むろん、陛下とアサアケ様のお許しが頂ければ、ですが」
ハナビシが勢い込んで割って入る。それをムラクモが手を上げて制した。
「ハナビシ殿、お気持ちはありがたいがアサノハはジュオウ家を出、王家の子となる子供だ。アサノハの支度は王家で賄う故、アサノハには身一つで王城入りするように」
「あら、それはあんまりですわ、陛下」




