第5章-1 アサノハとムラクモ
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「陛下にはご機嫌麗しゅう。ジュオウ家新当主となりましたハナビシがご挨拶申し上げます。陛下と当代さまが良き波動をもって、ノルカ王国をお導きくださいますよう」
優雅に艶やかに、最上級の礼をしながらハナビシは国王と守護精に言った。その隣には伴侶であるハクギンが、二人の後ろにアサノハが立ち、同じように礼を取っている。
そこはムラクモの執務室だった。アサノハも父に連れられて何度か訪れたことがある。その時はまだ幼く、美味しいものが出てきて守護精さまに会える嬉しいところだという記憶しかない。
王城を訪れたときは謁見室に通されるものだと、アサノハは思っていた。けれど、案に相違して三人が通されたのはムラクモ王の執務室だった。それなりに広く、応接の用意もあるが謁見室に比べればかなり私的な雰囲気がある。そのためか、部屋を守る衛兵も最低限、部屋の中にいるのも王と守護精を除くと、王の側近と思しき男女が二人いるだけだった。そこに宰相だった父の姿はない。
そこはかとない寂しさを覚えつつ、アサノハは礼を取りながら、そっと二人を見やった。男性は確か、スイオウ家の出でムラクモ王の従兄だったと思う。昔、父に連れられてここを訪れたときにもいて、まだ幼かったアサノハにお菓子を出してくれた人だろう。
女性のほうは、アサノハは見たことがない。ハナビシと同世代か、もう少し年上だろうか。整った顔立ちに薄い紅色の髪を結い上げ、髪を飾る真珠がよく似合っている。口許をきりりと引き締めて、時折口の端が少しだけ皮肉っぽく上がる。それが少女にちょっとだけ怖い印象を与えていた。
ふと、その女性とアサノハの視線が出会った。アサノハが彼女を隠れて見ているように、彼女もアサノハを見ていたようだ。アサノハは慌てて目を伏せた。
「そうかしこまらないでくれ、ハナビシ殿。皆、顔を上げてくれ」
ムラクモ王の声が聞こえて、アサノハは前の二人に倣って顔を上げて礼を解いた。ムラクモ王は笑みを浮かべている。
「新当主、おめでとう、ハナビシ殿。まあ、この結果はわかっていたようなものだけどね。ともあれ、キサラギの後を継いだのがあなたでよかったと思っている。良き波動があなたとジュオウ家を導いてくれるのを祈っている」
「恐れ入ります、陛下」
鮮やかに微笑むと、ハナビシは一礼してみせた。
「キサラギのあと故、大変かと思うがあなたなら大丈夫だろう。そこは心配しておらぬ。できればキサラギの代わりに国政にも参画してほしいものだが」
「お許しを。今しばらくは新当主としての役割がございますゆえ」
「むろん、承知している。だが、落ち着いたら考えてみてくれ。そうそう、このふたりは知っているだろうが、この先連絡を取ることも多くなるだろうから、改めて紹介しておこう。こちらがツユシバ、そしてこちらがアサアケだ」
ムラクモが側に控えるふたりをハナビシに紹介する。ふたりはそれぞれハナビシに向かって一礼する。
「ツユシバです。幾度かキサラギ殿と一緒にお目にかかったことがございますね」
「アサアケと申しますわ。以後お見知りおきを、ジュオウ家のご当主様」
ハナビシはうなずくと、彼女もまた丁重に一礼した。
「ジュオウ家当主ハナビシですわ。お二人とも、ご無沙汰しております。これからもどうぞよしなに。良き波動がお二人をお導きくださいますよう」
そしてにっこりとアサアケと名乗った女性に微笑みかける。




