第4章-7
それを認めて、ハナビシはかすかに微笑んだ。
「ジュオウ家当主のご挨拶、嬉しく存じます。また、ジュオウ家の助力に感謝いたします。良き波動がジュオウ家にもたらされ、導かれますよう」
そう言ってアサノハは優雅に一礼した。そのようすをハナビシが満足げに見ている。その目に光るものがありはしないか。だが、それをアサノハが確認する前にハナビシが動き、彼女を抱きしめた。
「ハナビシ様!?」
「あなたが大好きよ。ずっと娘のように思っていたわ。本当の娘になってくれるといいと思っていたのよ。本当よ。でも、あなたは行ってしまうのね」
「ハナビシ様……」
「私はなによりも第一にジュオウ家のことを考えなくてはいけない。時にはハクギンやあなたよりも優先しなくてはいけないの。それが当主だから」
ハクギンがやさしくハナビシの肩に手を置き、抱き寄せるように彼女を少女から少し離した。あまりにきつく抱きしめられていたアサノハは、ほんの少しほっと息を吐く。
「それを望んだのは君だろう、ハナビシ」
「ええ、そうよ」
ハナビシはアサノハを離し、伴侶の顔を見上げた。
「彼らにジュオウ家を任せてはおけなかったのですもの。私はそれを望み、選んだ。ただそれだけのこと。ゆえに、私は常にジュオウ家のことを考えなければいけない。ジュオウ家のためになるなら、先の誓いも破るかもしれない」
「ハナビシ様……、私を裏切ると?」
アサノハは少しだけ眉を上げて訊いた。ハナビシは何とも言えない笑みを浮かべる。
「かもしれない、ということ。私は当主ですからね。家のためにならないと判断すれば、そうせざるを得ないわ。そうならないことを祈っていますけどね。あたなには冷淡に聞こえるかもしれないわね。でも、これは私が選んだ私の役割」
ハナビシは小さく笑ってみせた。
「アサノハ、あなたはこの家を出て家とのしがらみから自由になる。だから、逆に言えばあなたがジュオウ家をそう判断することになるかもしれない。そういうことよ」
それから再びハナビシはアサノハを軽く抱きしめた。
「あなたはこの家との縁がなくなるけど、あなたが私と血が繋がっていることは消せない事実。私の甥のキサラギの娘。それは変わらない。それを覚えておいて」
アサノハはハナビシの腕の中で瞳を閉じた。母に抱かれているようなぬくもり。幸せだったころの思い出がよみがえってくる。とても幸せで、せつない思い出。どれほど大事にされ、愛されてきたことか。
父様、母様、ロウバイたち、そしてハナビシ様をはじめ、一族の者たちから。
だが、おそらくこれが最後。
アサノハは目を開けるとハナビシの腕を抜け、にっこりと明るく微笑んだ。
「大好きです、ハナビシ様。ありがとうございます」
そして、かつて母にしたように、ハナビシの頬に口づける。ハナビシもまた口づけを返した。ふたりは目を合わせると同時に微笑んだ。
「あなたは次期さまとなってこの家を出ることになるけれど、それでもあなたはキサラギの娘であり、ジュオウ家のものだということを忘れないで。その誇りはあなたのものよ。忘れないでね」
アサノハはこくりとうなずいた。
ハナビシはもう一度アサノハを抱きしめると、その背をポンと叩きながら離れた。
「さあ、支度なさい。時間がなくてよ」
突然の言葉に、アサノハははい、と聞き返す。
「王城に行くわよ。これから新当主に就任したことを陛下に報告に行くの。一緒にいらっしゃい。早いほうが良いでしょう」
そう言って、ハナビシは艶やかに微笑んだ。




