第1章-2
どうすることもできなかったそうだ。すべては一瞬の出来事だった。落ちていく馬車を、それに乗った両親を助けることなど誰にもできなかった。
「お館様! お方様!」
侍従たちが主たちを呼ぶ悲鳴のような声だけが、谷に響き、雨の中に吸い込まれていった。
雨が止んだのちに捜索が行われたが、生きたものはいなかった。両親も御者も、馬たちも。馬車は粉々に砕け、投げ出された三人は全身を岩や木に叩きつけられてひどい状態だったと聞く。棺とそれを運ぶ荷馬車が近くの町から運ばれ、その中に収められて物言わぬ遺体となって王都に戻ってきた。
だが、アサノハはその姿を見たわけではない。訃報に遅れて運ばれてきた棺を開けて両親の姿を確認しようとしたのだが、遺体の損壊がひどいからと、棺の蓋を開けることすら許されず、引き離された。
ゆえに、そこに両親がいると言われても実感がなく、涙も出なかった。表情も変えず次々に悔みに訪れる客に対してもただ機械的に応じるだけだ。
そんな少女を見て、弔問に訪れたものがひそひそと話しているのがアサノハにはわかったが、それに対して腹を立てる気もなかった。薄情だと言われても気にも留めない。他人にどう思われようと構わなかった。ただ、棺に眠っていると言われた両親が生き返ってくれるのならば。
いや、あの棺に入っているのは本当に両親なのだろうか。訃報は両親のことではなく、あの棺の中は空で、両親は娘を驚かせようとどこかに隠れているのではないか。そんな思いが時折浮かび、アサノハは知らず笑みさえ浮かべることもあった。それがまた人々のひそひそ話に輪をかけるとも知らず。
そのざわめきが、ふっとかきやんだ。葬儀を執り行う大神官が来たのかとアサノハは顔を上げたが、そうではなかった。国王ムラクモが宝剣の守護精イザヨイと波動師の長を伴って現れたせいであった。
人々が一斉に三人に対してひざを折って礼を取る。アサノハもまた、国王の顔をまっすぐに見据えてからゆっくりと膝を折った。
「お越しいただき、恐縮至極にございます。父も陛下においでいただいて喜んでおりますことでしょう」
国王は軽くうなずくと、アサノハのそばを通って棺の前まで行き、その傍らに跪いた。その姿をアサノハは目で追った。国王の唇がなにがしかの言葉を紡ぐ。その声はつぶやきよりも小さかったが、アサノハにはそれが父の名前キサラギだとわかった。
国王と父は従兄弟であった。父キサラギはジュオウ家の当主となる前は、前国王の長男であり、ムラクモ王はジュオウ家当主の長男だった。それがなぜムラクモが王となったかというと、彼が宝剣の守護精に選ばれたからであった。
その宝剣の守護精が、ムラクモの隣にいる。鋼のような色の鈍い輝きを放つ髪と瞳。守護精しか持ちえないその色味。それは宝剣の刀身の色と同じだと言われている。見た目は人の子と同じように見えるが、醸し出す雰囲気は人と異なる。守護精は自分の選んだ主と常にともにいた。