第4章-1 アサノハとハナビシ
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正午少し前に、侍従がアサノハを迎えに来た。アサノハはロウバイを共に侍従についていく。通されたのは、正式な広い食堂ではなく、家族で使う小さな食堂だった。
食堂ではすでにハナビシと彼女の夫であるハクギンが待っていた。ハナビシのまなざしを受けて、アサノハは一礼する。
「お目にかかれてうれしゅうございます。このたびは突然の私の願いをお聞き届けいただき、ありがとうございます」
それを聞いて、ハナビシは破顔してアサノハを手招いた。
「そうかしこまらないで。こちらにおいでなさい、アサノハ」
そう言う声はまだ若く、張りがあって心地よい。ハナビシは父の叔母とは言っても年齢はそう変わらない。深緑の髪と、黄金色に縁どられた碧の瞳をしている。長い癖のある髪は結い上げずに後ろで束ねただけだ。まとうドレスは五大家の当主にしては簡素なものだが、元々身軽な格好を好むのをアサノハは知っている。幼いころから、アサノハはこの新当主に可愛がってもらっていた。
その隣にたたずむハナビシの夫とはあまり話したことがない。寡黙で、アサノハは彼が笑ったところを見たことがなかった。銀色の髪をしているが、元からの色だと聞いている。瞳の色も薄い水色でどこか酷薄そうな印象を与えている。ハナビシとは一回り年が離れていると聞いているが、ふと気づくといつもハナビシの側にハクギンはいる。
アサノハは軽く一礼して二人の側に行った。近くまで行くと、突然ハナビシが少女を抱き寄せた。思いがけず強い力で抱きしめられて、アサノハは目を丸くした。
「昨日は大変でしたね、アサノハ。立派でしたよ。ジュオウ家の誇りだわ」
「ハナビシ様」
ふわりと漂ってくる香の匂い、抱きしめる力加減、頬をくすぐる髪の感じ。すべてが母とは違う。けれど、その旨の暖かさは同じだ。アサノハは思わずハナビシのドレスの袖をつかんだ。
泣いてしまいそうだ。目頭が熱くなったが、少女はかろうじて泣かなかった。すん、と鼻を少しすすると、顔を上げて新当主を見上げる。
「ありがとうございます。泣いてしまいましたが、そう言っていただいて嬉しいです」
ハナビシはポンポンとアサノハの背を叩いた。
「あのくらい普通よ。あなたには泣く権利も義務もあるのだから、存分に泣いてよかったのよ」
そう言って、ハナビシは少女の紫水晶の瞳を見つめる。
「さあ、湿っぽい話はここまでね。席について。お昼をいただきましょう。朝からむさくるしい顔を見続けたから、お腹が空いたわ」
クスクス笑いながらアサノハはハナビシについて卓に着いた。ハナビシを挟んで、ハクギンとは向かい合わせになる。
「ああ、お祝い申し上げるのを忘れておりました。新当主就任、おめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。一族の未来を良き波動にてお導きくださいますよう」
「ありがとう」
ハナビシはにっこりと微笑んだ。花が咲いたような明るい笑顔だった。それから少し眉を寄せた。
「昨日の葬儀までに決めたかったのですけどね、まあいろいろともめて。あなたを矢面に立たせることになってしまって、ごめんなさいね」
いいえ、とアサノハは首を振った。確かに大変な立場に立たされたけれど、自分の両親の葬儀でもあり、今はよかったと思える。私が父様と母様の二人を送れた。最後にムラクモ王のおかげで二人の顔を見ることもできた。そのことが今は嬉しい。
不思議なことだ、昨日まではこれほど辛いことはないと思っていたはずなのに。そのくせ心にぽっかり穴があいたようで、泣くこともできなかった。でも、ムラクモ王が泣かせてくれた。そして、突然現れたクオンが側にいてくれる。それが今心の支えになっている。
ハナビシはそんなアサノハを見て、手を伸ばして頬に触れた。まるで泣いた後に触れるような、やさしい触れ方だった。




