第3章-5
「恐れ入りますが次代さま、幼いとはいえ淑女の着替えです。今しばらくこの部屋から出て行ってくださいますか」
その言葉に守護精は戸惑ったようだったが、すぐにうなずいた。それにアサノハが不安げな表情を向ける。少女の不安に気づいたのか、守護精はアサノハの手を取ると軽く口づけた。
「しばらくおそばを離れますが、私はいつでも傍らにおります。お忘れなきよう」
そう言ってほほ笑むと、守護精はふっとかき消えた。一瞬の出来事に、アサノハも他の者たちもぽかんとして彼がいた空間を見つめた。守護精がいた気配もまたなくなっている。まるで空気にでも溶けてしまったかのようだった。
「さあ、アサノハ様、お支度を」
ロウバイの声に我に返ったアサノハはうなずいて、サクラとミズキに手伝ってもらいながら着替えを始めた。
昨日の葬儀でまとった鈍色のドレスほどではないが、今日の服もまた喪の色とされる色味だった。
先日までアサノハが来ていた明るく柔らかい色合いのものではなく、重く沈んだ色合いだった。その色合いのせいか、ほんの少し少女は大人びて見えた。
夜明けの空を思わせる紫色の髪の一部を編み込み、まるで冠のようにこうべを飾る。紫水晶の瞳は服の色を映してさらに濃く見えた。
「まあ、映えますこと。嬢様にこのような色がお似合いになるとは。思いもしませんでしたわ。急遽作らせたものですが、お似合いになってなによりです。服喪の間はこのような色をお召しになるのですから」
ロウバイがため息をつきつつ、裾を直す。この服もまたふんだんに同じ色のレースが使われていた。
「でも、昨日の色よりもアサノハ様にはお似合いですわ」
サクラが背に流れる髪をとかしながら言う。なんども繰り返させたせいか、アサノハの髪はきれいな艶が出ていた。
その時、扉が叩かれミズキが応対に出た。入ってきたのは、アサノハも見かけたことがあるハナビシの侍従だった。彼は主の伝言を持ってきていた。
「昼食をご一緒されるとのことです」
アサノハはうなずいて侍従をねぎらう。
「承知しました。ハナビシ様、いえ、ご当主様には突然の申し出に快く応じていただき、感謝いたしますとお伝えください」
かしこまりました、と侍従は一礼すると部屋を出て行った。アサノハはふうっと吐息をつく。まさかこのように早くハナビシに会えるとは思っていなかった。
当主が決まったのが昨夜遅くだという。ならば今は引継ぎなどで忙しいはずだ。前当主の娘とはいえ、今は一族の子供のひとりでしかない。無視されるか、2日3日かかっても仕方ないと思っていた。それが昼食の時間とは。最速に近い。
「おかわいらしいですね」
物思いにふけっていたアサノハは、その声に我に返った。いつのまにか、守護精が傍らにいた。
「次代さま」
「よくお似合いですよ」
そう言って守護精がほほ笑む。アサノハは頬を淡く染めた。
「ご当主様が昼食に会ってくださるそうよ。国王陛下への謁見をお願いしてみるわ。陛下にあなたのことを言わなくてはいけないでしょう」
そう、今のアサノハは当主に頼るほか国王に会う手立てがない。いかに国王に庇護下に置かれたとはいえ、国王と直接連絡する術を持たず、新当主に頼むしかなかった。むろん、王城の部屋が整えられたとの知らせが来た時に謁見を頼むことも考えられたが、これもまたいつになるかわからなかった。ハナビシならば、と思い、面会を申し出たのだったが思いがけず早く会えることになり、逆に戸惑っていた。
「どうかなさいましたか」
そんなアサノハの思いを読み取ったのか、守護精が少し心配そうな表情でのぞき込んでくる。アサノハはにっこりと笑ってみせた。
「なんでもありません。朝食にしましょう。次代さまもご一緒なさいますでしょう?」
何気なく言った言葉だったが、守護精は少し困ったような表情を浮かべた。
「ああ、そうしたいのですが、私は食事を必要としませんので」
その答えにアサノハは少し驚いたようなに目を丸くした。鋼色の髪と瞳を除けば、麗しい青年としか見えなかったため、つい人の子と同じように考えてしまったが、根本的にアサノハたちとは違うのだ。守護精はそんなアサノハのまなざしを受けて、コホンと咳払いをした。
「とはいえ、お傍でお茶をいただくことくらいはできますが……」
「なら」アサノハは嬉しそうに両手をパンと叩いた。「次代さまにはお茶を用意しますわ。ぜひご一緒くださいませ」
主たるアサノハにそう言われては、守護精はうなずくしかない。アサノハは嬉しそうに微笑んだ。




