第3章-4
「次代さまがアサノハ様の元にいらっしゃるなど、思いもしませんでした。陛下がアサノハ様を庇護下に置かれたのはそのせいでありましょうや」
ロウバイの問いに、守護精は首を振った。
「私がアーシャの元に来たのは、昨夜のことです。陛下と当代さまはご存じないこと」
「さようでございますか」
ロウバイは落ち着き払っていて、誇らしげでさえある。そこには、自分が育てた子供が選ばれて当然だという自負が感じられた。
「ばあや」
ふたりのやり取りに、アサノハが割って入る。ロウバイの誇らしそうな様子は少女にとってはむず痒いような感覚を覚えさせていたが、それを感じさせることはなかった。老女はすぐに幼い主に向きなおった。
「なんでしょう、アサノハ様、いえ、次期さまとお呼びしたほうがよろしいでしょうか」
次期さま、という言葉にアサノハは驚いたように目を見開き、それからくすっと笑った。
「今までと同じでいいわ、ばあやは意地悪ね。それから、今しばらくは次代さまのことは内密にね」
「何故でございますか」
ロウバイは今にも言いふらして歩きたいかのように尋ねた。アサノハは思わず笑みをこらえた。
「昨日父様と母様の葬儀が終わったばかりなのに、これが知られたら一族中が蜂の巣をつついたような騒ぎになるのは目に見えているわ。それにまず、お知らせするべきところがあるでしょう。……それよりも、ご当主は決まったの」
「はい、嬢様」
ロウバイはスカートのすそを持ち上げて一礼した。
「昨夜遅く、ハナビシ様に決まったと聞き及んでおります」
「ハナビシ様?」
ハナビシは父の年若い叔母である。父の側にあって一族を取り仕切る補佐をしたり、政にも携わったりしていた。アサノハにとって意外なようであって実はそうでもなかった。その名が胸に落ち着けば、なるほどと思わざるを得ない。
ノルカ王国に女王が多いように、当主にも女性がなることは珍しいことではなかった。現に今の五大家のひとりは女性が当主だ。それが二人に増えただけのこと。
アサノハには当主争いになにがあったか、想像の及ぶところではなかったが、ハナビシは当主にふさわしいと思わせるだけのなにかがあった。
「ばあや、ハナビシ様、いえ、ご当主様にお目にかかりたいのだけど」
少女の表情になにかを感じたのか、ロウバイは心得顔でうなずいた。ちらっと守護精を見やった後、力強くうなずいた。
「かしこまりました。すぐにお伺いを立てましょう。その前に、嬢様はお着替えと朝食をお済ませくださいませ。とはいえ……」
再びロウバイは守護精を見やった。今度のまなざしはじろじろと無遠慮なほどで、守護精が思わずたじろぐほどだった。




