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第9話 春桜宮


 花街は紫禁城からそう遠くない歓楽街の奥にある。紫禁城周辺に高位貴族の邸が立ち並び、外側に向かって商店街が広がり、一番外側に一般庶民の家が並んだ三層構造になっている。

 王宮を中心に、北東部の歓楽街が花街・遊里だ。身請けされることがない限り、花街から外へ続く門を潜ることはできない。一生にあるかないかの経験を、この短期間で二回もしてしまった。


 半刻ほど馬車に揺られて着いたのは以前訪れたときとは違う門だった。


「後宮へはこっちの門を使った方が早いんだ。内廷に直接繋がっているからね」


 門番兵に腰帯に提げた佩玉を見せると、閉ざされた門がゆっくりと開く。

 内廷――高貴な人々が暮らす場所に立ち入るのだから、身体検査くらいされるだろうと思っていたのに拍子抜けだ。あっさりと中へ入ることを許された。

 透き通る蒼い珠が連なり、群青の組み紐で編まれた佩玉は素人目から見てもかなり高価なものだろうことがわかる。


 門を潜ると、ざぁっと風が吹き抜けた。

 花の香りに振り向くと、鮮やかな色彩の桜がポンポンと花を咲かせていた。


「……桃真様って、もしかしてだいぶ偉い人なんですか?」

「ただ家柄が高いってだけだよ。僕自身は偉くもなんともないさ。さて、春桜宮は後宮の東にある。桜妃様が待ちくたびれているだろうから、少し急ごうか」


 男女の性差とはとても憎たらしいものだ。体格差も違えば、歩幅の大きさだって違ってくる。

 桃真は桃花よりも頭二つ分背が高く、その分足も長い。桃真の一歩は桃花の三歩と同じだった。

 小柄で華奢だが、剣舞をやっているので体力には自信があるが、足の長さはどうにもならない。広がりつつある距離に、老いていかれるような、不安な気持ちに思わず先を行く桃真の袖を掴んでいた。


「まっ、てください」


 驚きに目を瞬かせる桃真だったが、肩で息をする桃花に気づいて苦笑いをこぼした。


「申し訳ない。早かったね」

「あ、足の長さを考えてください。わたしは貴方より小さいんだから」


 自分で言って悲しくなった。スタイル抜群な姐さんたちに比べて、チビで華奢で、胸も平べったい。これから成長期が来るんだと信じている。

 なだらかな曲線を描き、柔らかく豊満な肉体が美しいとされている中で、言ってしまえば桃花の体つきは貧相であった。鶏ガラとまでは言わずとも、筋肉がつきにくく太りにくい体質で、もともとそんなに食べるほうではないが、いくら食べても肉がつかないので内儀も困り果てていた。太らない体質を姐たちは羨ましいというが、桃花にしてみれば豊満で女性的な体の姐たちが羨ましかった。どっちもどっち、ないものねだりである。


 十七歳だという桜妃も凹凸のはっきりした体つきをしている。妃をなんて目で見ているんだと言われるかもしれないが心の中だけなので許してほしい。花街にいると、つい体型に目が行ってしまうのだ。

 愛らしい顔つきに、出るとこ出て、引っ込むところは引っ込んだメリハリのある体つきは同年代から見ても羨ましかった。


「桃花さん! お待ちしていましたわ!」


 宮の前に、侍女を数人連れて桜妃が待っていた。記憶に違わない愛らしい顔に羨ましい体つきである。


「桜妃様、お招きいただき感謝申し上げます。三か月という短い間ですが、お世話になります」

「うふふっ、夏なんて来なければいいのにと思ってしまうわ」


 淡朽葉うすくちばに黄を重ねた山吹の衣は春の花が咲き誇る鮮やかな季節に似合っており、すがしい色合いだ。

 腰まである黒髪を半分だけ結い上げて、巾でまとめて玉の簪をひとつだけ挿した簡素な姿は御妃様というよりはいいところのお嬢さんのようだった。しかしよくよく見れば、スカートには透かしの刺繍が描かれており、上衣も一等級の生地が使われている。

 後ろに控える侍女たちは揃いの梔子色のスカートに白い上衣を着ていた。桜妃――黄家の姫君にならい、黄色を基調とした色使いのものが多いのだろう。武闘会の時も、黄色の衣を身にまとっていたのを覚えている。


「まずはお部屋にご案内いたしましょうね、そのあとにお茶会をしましょう! 私、ドキドキして昨日はなかなか寝付けなかったのよ」

「お茶会には僕もぜひ参加してよろしいでしょうか?」

「あら、蒼様はお仕事があるのではなくって?」

「今日のために急ぎの仕事は全て終わらせてきましたから、お心遣いに感謝いたします」


 バチバチと見えない火花が散っている。

 どうすべきか戸惑っていると、侍女のひとりが声をかけてきた。


「桜妃様の侍女頭を務めております、珀怜ハクレイと申します。お部屋へご案内いたしますね」

「え、でも、あの、」

「あのお二人は放っておいてかまいません。いつものことですので」


 きっぱりと言い切った珀怜に「はぁ、」とあいまいな返事をして、彼女に着いていくことにした。振り返れば、活き活きとした表情で桜妃と言葉を交わしている桃真がいる。桃花に対するのとも、ほかの女たちに対するのとも違う表情で、どこか胸の奥がもやもやとした。



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