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第5話 鼓舞の舞


 切りそろえられた艶やかな黒髪が宙を舞い、闇を切り裂く剣が空気を一閃する。

 上質な絹で誂えられた衣装は、今日この日のために内儀が用意をしてくれたものだ。たっぷりと贅沢に布を使い、音に合わせて翻るたびに裾が風に靡いて細い手足の線を浮かび上がらせた。上衣は何よりも白い純白で光を映し、スカートは裾へかけて濃い青藍へと色変わりして、まるで青い海の白波のようであった。

 細い手首を回して剣を振り、足を踏み出すたびに環がしゃなりと音を立てた。不思議と、下駄を履いているのにからんころんと音を鳴らしたのは最初だけで、軽やかな足取りで桃花は石畳を踏んでいく。


 頭の中で想像するのだ。世界は闇に包まれている。

 わたしが剣を一閃するたびに、闇は断ち切れ、祓われ、空気は清らかになっていく。

 繊細で、軽やかな振りから、男性的で大胆な振りへと変化する。まさしく、桃花は剣を振るう男であった。


「見たことのない舞だ」

「そりゃそうよぉ。今日のために、あの子、練習していたんだもの」

「……いつもの舞とは違い、とても大胆で、自由に舞っているように見える」

「あら、やっぱりいつも見に来てくださっているだけあって、違いがわかるのねぇ。店で求められるのは官能的で繊細で、女性的な舞だから、あそこまで派手なものは内儀様に却下されるもの」


 薄絹の面布に隠れて見えないが、確かに彼女は笑っていた。心底楽しいと、自由であると。足を踏み出し、手を伸ばし、剣を振るうたびに彼女の世界が広がっていく。


「若様には感謝しているんですのよ」

「それは、どうして?」

「あの子が自由に舞うことのできる舞台を用意してくれて。店じゃ、ああはいかないもの、舞台だって限られているし、大胆で派手な振り付けはできないからねぇ。振りを考えて、練習しているあの子、とっても楽しそうだったのよ。普段仏頂面なくせに、奏者の子と話しているとき、この舞のことを考えているときは目をきらきらさせて、早起きだって苦手なくせに朝早くから起きて練習をしていたんですのよ」


 口元を袖で隠して、美美は笑みを深める。

 花街は窮屈な世界だ。花街で育ち、妓楼で育てられたというだけで将来は決まってしまっているようなもの。今回の話がなければ、外を知らずに一生を花街で過ごしていただろう。

 美美は、桃花が可哀そうでならなかった。狭い世界しか知らない、自分には剣舞しかないと思っている子に、世界は広いのだと教えてやりたかった。


「わたくしから、お礼を言わせてくださいませ。――ありがとうございます、若様。これで、あの子の世界が少しでも広がればよいのだけれど」

「お礼を言いたいのは僕もだよ。僕は、彼女の舞がどんな舞い手よりも素晴らしいと感じた。彼女と出会えたことに僕は感謝したい」

「あら、あら。まぁ。とても熱烈でございますわね。是非、桃花に直接言ってやってくださいまし。顔を真っ赤にしながら喜ぶと思いますわ」

「はは、また引っ叩かれないといいけど」

「そうしたらわたくしが慰めて差し上げますわぁ。それに、名前で呼んであげたら喜ぶと思いますわよぉ」


 ――しゃん、と音が途切れ、静かに旋律が終わる。

 剣を抱きしめ、うずくまった彼女は肩で息をしていた。静寂が場を包み、陛下が立ち上がって手を鳴らした。


「素晴らしい舞であった」


 有難き言葉に、舞い手を褒め称える拍手喝采が鳴り響く。

 紅潮した頬に、汗が額を伝う。こんなにも激しく舞い踊ったのは初めてだった。そして、とても気持ちよかった。はぁ、はぁ、と乱れた呼吸を整えながら、始まりと同じように剣を掲げて拝礼する。

 体力を使い切り、ふらつきながら姐たちの待つ絹屋に戻ろうとする桃花の体を支えたのは、桃真だった。


「蒼様、」

「堅苦しい呼び名は好きじゃないな。桃真、と呼んでくれ」

「……桃真様、なぜ」

「君をここへ呼んだのは僕なんだ。これくらいさせておくれ。……素晴らしい舞だったよ、タオファ」


 率直な賛辞に、胸からこみ上げる感情を消化することができずにへにょりと目尻と眉を下げて気の抜けた笑みを浮かべた。嬉しい、一生懸命考えて、頑張った甲斐があった。


 顔を赤くして、ぶっきらぼうにお礼を言われるのだろうな、と思っていた桃真は、予期せぬ笑みにギシリと体を固くした。素晴らしい舞い手という認識だったのに、彼女がとんでもなく可愛い生き物に見えてしまったのだ。


 蒼桃真、十九歳。初恋はまだである。



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