7、命名、それぞれの任務
「ところで、リーシャはいつもどこで寝てるんだ?」
「洞窟の奥に敷いた枯草の上で寝てます」
「枯草?」
「リーシャちゃんを地べたに寝かせるわけにはいかないでちから、あたしたちも一緒に枯草を集めたでち」
「ふかふかベッドでち」
「ちょっと見せてくれる?」
「はい」
俺は枯草を見せてもらった。
「…………寝心地はそんなによさそうじゃないな」
「でもないよりはマシです。それに、妖精さんが集めてくれたものですから、愛情たっぷりです」
「でち!(xいっぱい)」
まあ、それはそうだろうけど……。
「気温からすると現在は春だよね?」
「はい。たぶん、今日は五月になるかならないかくらいだと思います」
「リーシャがここで暮らすようになったのは二カ月ほど前っていってたよね? てことは、その頃は冬だったんじゃないの?」
「はい。雪も降ってました」
「寒くなかったの?」
「それはあたしたちがいたから大丈夫でち」
「どういうこと?」
「妖精術奥義・『幸せ暖か家族』で、いつもポカポカほんわかでち」
「???」
俺は説明を求めて、リーシャを見た。
「妖精さんの傍にいると暖かいんです」
「暖かい?」
「寒さ、寂しさ、ひもじさは幸福の敵でち」
「そんなのはよくないでち」
「暖かいのが一番でち」
……よくわからんが、とにかく妖精さんのおかげで寒い思いをすることなく過ごせていたらしい。
「そっか。妖精さんがいてくれてよかったなあ」
「はい!」
リーシャが満面の笑みでこたえた。
一二歳の女の子がほんの少し前に家族と死に別れて、こんな洞窟で一人暮らししていたとは思えない、幸せいっぱいの笑顔だった。
それもすべては妖精さんたちのおかげだろう。
なんとしても守らなきゃな。
*****
「すごいフカフカです!」
リーシャは驚きつつ、しきりにテントの中に敷いた布団をポンポン叩いた。
俺とリーシャだけでなく、妖精さんたちの布団も敷いてある。
「枕も柔らかいでち!」
「これならリーシャちゃんもぐっすりでち!」
「お陽様の匂いがするでち!」
妖精さんたちが布団の上で飛び跳ねたり、掛布団の中をモゾモゾ動き回ったりして遊んでいる。
これらの布団やシーツ、枕はもともと【収納】されていたものだ。
マジで俺をここへ送り出したあの女のひとは気が利くなあ。
まるでこうなることを予想していたかのようだ。
というより……。
(闇属性だから、俺が街に入れず野宿することを想定していたんだろうな)
テントの広さからすると、リーシャのように妖魔憑きの人間を癒して助けることも想定していたかもしれない。
基本的にすべてはあの女のひとの思惑どおりなのだろうが、とりあえず感謝しておこう。
ちなみに、妖精さんたちは基本的に眠る必要はないらしいが、どういうわけか人間の傍にいる時は、同様に睡眠を要するようになるらしい。
また、ルドルフは繋いでいない状態で、テントのすぐ傍にいる。
――ということでその夜、全員、テントの中で寝た。
*****
翌朝、食事は【収納】されていたリンゴやバナナ等の果物で済ませた。
ルドルフも果物と周囲に生えている草を食べた。
――食料は早くなんとかしないとなあ。
ちゃんと確かめたわけじゃないけど、【収納】されているのはルドルフの分も合わせると、せいぜい二カ月ってところだろうし。
山菜や木の実、果物だけじゃなく、鳥や猪のような動物も狩る必要がある。
――妖精さんや妖魔憑きの人間を助けるといいつつ、結局は他の生命を奪うしかないんだよな……。
俺に殺される生命にしてみれば、妖精さんを殺して薬にしたり、妖魔憑きにかかった者を殺す連中となんら変わりがない。
どれも等しく冷酷で残酷で残忍だ。
偽善だろうが邪悪だろうがなんだろうが、とりあえず生きるためにやるべきことをやろう。
「皆、集まってくれ」
朝食の片付けを済ませた後、俺はルドルフも含めて全員に呼びかけた。
「どうしたんでちか?」
「「「「「「「「「でちか?」」」」」」」」」
「なんでしょうか」
「きゅっ」
「ヒヒンッ」
わしゃわしゃ。
「集まってもらったのは他でもない。現在、我々は未曽有の危機に瀕している」
「危機?」
「そうだ。まず食料。しばらくは【収納】してある物で栄養のある食事ができるが、それもいずれはなくなってしまう。なので至急、食料の確保が必要となる」
「それなら、あたしたちがニムルの実と山菜を採ってくるでち」
「キノコも採るでち」
「あと二カ月もすれば、ユルクの実も採れるでち」
「あ、あたしも妖精さんたちを手伝います!」
「うむ、君たちにはそうしてもらおう。だが、その前に……リーシャと妖精さんたちも俺の配下に加わらないか?」
「配下?」
「「「「「「「「「「……でちか?」」」」」」」」」」
俺は頷き、『統率者*』の説明をした。
「君たちも【隠密】や【剣術】などの技能を使えるようになるから、今よりもっと安全になるし、離れていても【伝心】で意思を伝えることができるようになる」
「はあ、すごいですねぇ……」
「すごいでち」
「それに【契約】を結んでなけりゃ、もし配下になった後でやっぱり止めようと思ったら、いつでも簡単に抜けることができる。試しに一度、どうだ?」
「あ、はい、配下になります」
「「「「「「「「「「なるでち!」」」」」」」」」」
リーシャと妖精さんが、まったく迷うことなく一斉に手を上げていった。
俺は皆を配下にした。
*
名前:リーシャ・シンドゥ
種族:人間
主属性:闇
従属性:
技能:召喚Lv.1
*雪宮和也の配下
*
「それと、妖精さんたちに名前をつけないとなあ」
「名前でちか?」
「名前なんてつけてもらったことないでち」
「そういえば、わたしも妖精さんたちのこと全員、妖精さんって呼んでたっけ」
「一〇人もいるからなあ……」
ひとりひとり凝った名前を付けていくのは大変だ。
一〇人だけならまだしも、これからどんどん助けていくつもりなのだ。
簡単で効率の良い名前にしないとな――。
「よし、決めた。皆、せいれーつ!」
俺がそういうと、妖精さんたちだけでなく、リーシャとぷるるん、クモスケ、ルドルフも横一列に並んだ。
「今から妖精さんたちに命名する。右から順に、一葉、双葉、三葉、四葉、五葉、六葉、七葉、八葉、九葉、十葉」
わあっ、と歓声が湧いた。
「あたしたちに名前が付いたでち!」
「良い名前でち!」
手を取り合って喜ぶ妖精さんたち。
こんなことくらいで……。
ほんまに妖精さんたちは最高の笑顔をしてくれるわ。
「リーシャちゃん、あたしの名前を呼んでくださいでち!」
「一葉ちゃん」
「はいでち!」
「次はあたしでち!」
「双葉ちゃん」
「はいでち!」
「次はあた」
「三葉ちゃん」
「はいでち!」
「次は」
「四葉ちゃん」
「はいでち!」
「つ」
「五葉ちゃん」
「はいでち!」
「六葉ちゃん」
「はいでち!」
「七葉ちゃん!」
「はいでち!」
「八葉ちゃん!」
「はいでち!」
「九葉ちゃん!」
「はいでち!」
「十葉ちゃん!」
「はいでち!」
リーシャは全員の名前を呼び、そのたびに妖精さんが嬉しそうに返事をした。
俺はその間に【診察】で一葉を診た。
*
名前:一葉
種族:妖精
主属性:?
従属性:?
技能:?
*雪宮和也の配下
*
「?」だらけだ。
これは俺の【診察】のレベルが低いからか、それとも妖精さんが謎に満ちているからか。
どちらなんだろう……。
【診察】は闇属性だけの技能ではないはずだ。
他属性でも同じか似たような技能はあるのは間違いない。
妖精さんは闇属性じゃないのか……。
もしかして、光属性だったりして。
だとしたら魔物ではないわけだから、もうちょっと大切にされてもいいのではなかろうか。
なんにせよ、現在のところはすべてが俺の想像でしかない。
少しずつ調べていかないといけないな。
――などとしばらく考えて、ハッと我に返った。
周囲を見ると、リーシャと妖精さんたちはまだ名前を呼び合ってはしゃいでいた。
放っておくといつまでも終わりそうになかったので、俺はパンパンッと手を叩いた。
「はい、ちゅーもーく!」
皆がこちらを見た。
「妖精さんたちに名前がついたところで、皆さん全員に大事な任務を与えます」
「任務?」
「「「「「「でちか?」」」」」」
「はい。これから皆が安全に楽しく幸せに暮らしていくために、絶対やらなくちゃいけないことです」
「あたしたちの任務はなんでちか?」
「早く教えるでち」
「なんでもやるでち」
「はいはい、焦らない焦らない。まずは妖精さんたち全員の任務です。皆さんはリーシャが寂しくないように、いつも明るく笑顔でいられるように、常に助けてあげてください」
「「「「「「「「「「はいでち!」」」」」」」」」」
「これから毎日リーシャちゃんと遊ぶでち!」
「皆で一緒に寝るでち!」
「それだけではありません。ぷるるんとクモスケ、ルドルフとも仲良しになってください」
「「「「「「「「「「わかりましたでち!!!!」」」」」」」」」」
「返事はサー、イエッサーだ!」
「「「「「「「「「「サー、イエッサーでち!!!!!」」」」」」」」」」
俺がビシッと敬礼すると、妖精たちも同様にビチィッと敬礼を返した。
うん、まことに頼もしい限りだ。
俺は任務の成功を確信した。
「次はリーシャ・シンドゥ!」
「はいっ!」
リーシャがスッと背筋を伸ばした。
良い返事だ。
「リーシャはこれから毎日、笑顔を絶やさないこと。
いつも幸せなリーシャを見て、妖精さんたちやぷるるん、クモスケ、ルドルフ、もちろん俺も幸せな気分になってしまうくらい、最高の笑顔をしていること」
「は、はいっ」
「あたしたちがいつも一緒にいるから、そんなの簡単でち!」
「リーシャちゃんはもうずっと寂しくなんかならないでち!」
「毎日が日曜日でち!」
「おうちに帰るまでが遠足でち!」
ぷるるるっ!
わしゃわしゃっ!
ヒヒーンッ!
皆の言葉や動作のひとつひとつが、リーシャを笑顔にする。
まったくもって素晴らしい仲間たちだ。
「それともうひとつ、召喚術の練習をすること!」
「召喚術ですか?」
「うん。実はさっき『魔術の基礎』という本をざっと眺めたんだが、召喚術のことも書かれてあった。どうやら魔物を召喚・使役する魔術系技能らしい。それを自在に使えるようになれば、また冒険者に襲われても、妖精さんたちが連れ去られるのをなにもできず、ただ黙って見ていることしかできない、なんてことはなくなるだろう」
俺がそういうと、リーシャはハッとした表情になった。
リーシャは妖魔憑きで絶望していたところを妖精さんたちに救われた。
その妖精さんたちを奪われ、自身は剣で腹を刺し貫かれて絶望の中、何時間も苦しみ続けたのだ。
今はもうピンピンしているとはいえ、心に負った傷はまだ癒えていないはずだ。
――否、治療術で心の傷もある程度、癒えているか。
まあそれでも、その時の絶望ははっきりと覚えているだろう。
リーシャは強くならなければならない。
これ以上、自分と妖精さんたちが理不尽な暴力に襲われ、苦しみに見舞われないために。
「はいっ、一所懸命、練習して、強い魔物さんをいっぱい召喚できるようになります!」
「うん、その意気だ。もう一度繰り返す。リーシャの任務は笑顔と召喚術の習得だ。わかったか!」
「は、はい……さ、サー、イエッサー!!!!!」
リーシャも妖精さんを見習って、ビシッと敬礼した。
俺も敬礼で返した。
うむ、将来が楽しみだ。
そうと決まれば、リーシャには『魔術の基礎』を呼んでもらって、魔術の勉強をしてもらおう。
もちろん、俺も読まなきゃな……。
………………ん?
俺はふと、ぷるるんとクモスケ、ルドルフが、こちらをじっと見つめているのに気づいた。
皆、妙にドキドキワクワクしているようだ。
どうしたんだろう、と思ったところで察した。
ぷるるんたちも任務を命じられると思っているのだ。
というか、彼らも妖精さんたちやリーシャみたいに、サー、イエッサーをやりたがっている。
(ええー!? 任務とか、サー、イエッサーとかって、ちょっとした冗談のつもりだったのにー)
ただ単に 軍隊ごっこをやりたかっただけなのだ。
いや、君たちには特に任務はないよ、とかいったらめちゃくちゃがっかりさせてしまうだろう。
――やだ、伝心でこの子たちのワクワクが痛いほど伝わってきちゃってるわー。
「………………ぷるるん」
「きゅっ!」
めっちゃ良い返事。
「えー……ぷるるんにも任務を与える」
「きゅっ」
ぷるるんが期待に、いつもの1.7倍ぷるるるっと震える。
「この辺りにいるスライムと友達になれないか?」
「きゅ?」
俺は思いつきで訊いてみた。
というのも、他のスライムは俺やリーシャを見かけたら、その小さな身体をへこませて酸弾を飛ばしてくるのだ。
避けるのは簡単だがいちいち面倒くさいし、退治するのはもっと骨が折れる。
ていうか、ぷるるんがいるのに退治なんて可哀想でできない。
なので、ぷるるんのように味方にできたら相手をせずに済むようになる上に、見張りもやってくれるんじゃないかと思ったのである。
俺はそういう事情を頭に思い浮かべて、【伝心】でぷるるんに伝えてみた。
「きゅうっ、きゅっきゅーっ!」
身体の一部を腕のように細長く伸ばして敬礼の形にし、可愛らしい鳴き声をあげた。
どうやらできるらしい。
うむ、キュートな返事だ。
「次はクモスケ!」
わしゃっ!
「クモスケはとにかくレベルを上げて強くなってくれ。ただし、絶対に死ぬな。今はクモスケの【隠密】がとても重要な能力になっている。おまえが死んだら即、全員の死に繋がる。わかるか?」
わしゃわしゃっ!
「クモスケの最優先の任務は生き残ること。その次がどんどん強くなることだ。
『赤風』の連中をおまえだけで簡単に蹴散らせるくらいに強くなってくれ。わかったかぁ!」
わしゃっ、わしゃわしゃーっ!
うん、可愛らしい返事だ。
それを見たリーシャの顔がちょっと強張っていることは、クモスケには内緒だ。
「最後にルドルフ!」
ヒヒーンッ!
「ルドルフは周囲を探索して、できるだけ自分で自分の食料を確保してくれ」
ブフルッ!
「そして、いざという時、俺たちを乗せて全速力で走ってもらわなければならない。その時のために体力の強化と温存につとめること。もちろんクモスケと同様、最優先にすべきは生き残ることだ。魔物や人間に襲われたら一目散に逃げろ。わかったかあ!」
ヒヒンッ、ヒヒッヒヒーンッ!
ルドルフは後ろ脚だけで立ち、前足をバタバタと振った。
ルドルフ式の敬礼だ。
うむ、勇ましいぞ。
「それと全員、人間や危険な魔物を見かけたら闘わず、すぐに【伝心】で俺に知らせて逃げること。以上。それでは各自、任務にかかれ!」
「「「「「「「「「「サー、イエッサーでち!!!!!」」」」」」」」」」
「サー、イエッサー!」
「きゅうっ、きゅっきゅーっ!」
わしゃっ、わしゃっわしゃーっ!
ヒヒンッ、ヒヒッヒヒーンッ!
俺たちは全員、最高の敬礼をした。