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6、リーシャの事情、この世界について

ここも長すぎました……。

後から気づいたので、もう変更できません。

皆さん、特にスマホの方、本当に申し訳ありません。

 洞窟といっても、さほど大きなものではなかった。


 奥行きは十数メートルといったところだろうか。

 ちょうど良い広さだが、魔物にでも襲われたら逃げ場がない。

 とはいえ、他に適当な場所があるわけでもない。


 森のどこにいても、無防備なことに変わりはないもんなあ。


 このままだと、さっきみたいな魔物に襲われたら確実に死ぬな。


 だとしても、現在の俺の力ではそれ以外どうすることもできない。

 その時はぷるるんとクモスケに頑張ってもらうしかないだろう。


 あの女のひとも戦闘で絶対負けない魔術とか武術とか、チート能力を授けてくれていれば良かったのになあ。


「リーシャと妖精さんは、普段、なにを食べてるんだ?」

「あたしはこの辺で採れる果物や山菜を……」

「妖精はなにも食べないでち」

「妖精は森羅万象から気を吸収してるでち」

「人間さんや動物さんや魔物さんの愛も、あたしたちのエネルギーになるでち」

「一切行苦でち」


「……そうか。ここに住みはじめてどれくらいになる?」

「二カ月くらいだと思います」

「うーん、その様子だと、充分な栄養は摂れてなさそうだなあ」


 栄養たっぷりの、それも魂まで喜ぶくらいに美味しいものを食べさせてあげたい。


「よし、それじゃ今から俺が食事を用意するから、リーシャと妖精さんはこの辺で座っててくれ」

「わかったでち!」

「楽しみにしてるでち!」

「いや、妖精さんはなにも食べないんじゃなかったのか?」


「あの……なにか手伝えることがあれば……」

「いいからじっとしててくれ。あんな酷い目にあったんだ。いくら治療術で癒したとはいえ、しばらくは安静にしといた方が良い。あ、ぷるるんとクモスケもリーシャの傍でじっとしててくれ。なにかあったら皆を守ってやってくれよ」


「きゅっ」

 わしゃっ!


 ぷるるんとクモスケは俺の身体から降りて、リーシャの傍にちょこんと居付いた。

 リーシャがおそるおそるといった様子で、二匹の様子をうかがう。


 一方、妖精さんたちはわらわらと二匹に群がり、ぺちぺちと叩いたり撫でたりしはじめた。

 二匹とも、それを嫌がる様子はない。


「リーシャちゃんも撫でてあげるでち!」

「ぷにぷにして気持ち良いでち!」


 促されて、リーシャはおずおずと手をぷるるんに伸ばす。

 指先がぷにっと触れた。


「きゅうっ」


 ぷるるんがぷるるるっと震えて鳴いた。


「やだ、可愛い」


 その言葉に、俺はうんうんと頷く。


 ぷるるんの鳴き声とぷるるるっ、は反則級の可愛さだよな。


 リーシャが何度もぷるるんを撫でる、というか軽くぽむぽむし、そのたびにぷるるんがぷるぷる震えて、


「きゅうんっ」


 と鳴く。


 リーシャの顔がどんどん笑み崩れていった。


「リーシャちゃん、クモスケちゃんも撫でてあげるでち」

「え!?」


 クモスケがぷるるんの隣で、撫でられるのを今か今かと待っていた。


【伝心】がなくても、クモスケがドキドキしているのがわかる。


「蜘蛛、さんを……撫でるの?」


 リーシャは明らかに戸惑って、否、嫌がっていた。


 それはそうだろう。


 好きこのんで蜘蛛に触りたがる女の子は、そうそういない。

 だが、クモスケは期待に六つの眼をキラキラさせている。


「さあ、お腹を撫でてあげるでち」

「産毛が柔らかくて気持ち良いでち」


 妖精さんたちが無邪気にリーシャに催促する。


 リーシャがおずおずとクモスケの青い腹へ手を伸ばし、人差し指の先でツンッと触れた。


 くすぐったかったのか、それとも嬉しかったのか、クモスケが足をわしゃわしゃさせた。


「ひっ……やだ、怖い」


 リーシャが素直すぎる反応を示した。


 途端に、クモスケがガーンとショックを受けて、わしゃわしゃさせていた足を地に下ろした。


 心なしか、頭部がうなだれているように見える。


「リーシャちゃん……」

「クモスケちゃんが可哀想でち」

「クモスケちゃん、大丈夫でち。クモスケちゃんはとても可愛いでちよ」

「ほら、あたしがナデナデするでち」

「なでなで~なでなで~」


 ぷるるんも身体をうにゅーっと伸ばして、クモスケの頭を慰めるようにぽむぽむした。


「あ、あの、ごめんなさい。蜘蛛さんにはまだ慣れてなくて……」

「だったら今から慣れるでち」

「もう一度、クモスケちゃんを撫でるでち」


 リーシャが妖精さんに促されて、再びクモスケへ手を伸ばす。

 指先が腹に触れて、二度、三度と撫でさする。


 クモスケがまた足をわしゃわしゃさせた。


「ひっ」


 リーシャはかすかに悲鳴を漏らしたものの、そのまま撫で続けた。


「ほら、気持ち良いでち?」

「クモスケちゃんも喜んでるでち!」

「あ、ぷるるんちゃんも可愛いでちよ」


 妖精さんたちもクモスケとぷるるんを撫でる。

 何人かはリーシャの太腿や肩、頭の上に乗ってはしゃいでいた。


――うん、この分だと皆、仲良くやってくれそうだ。


 俺は彼らの様子にほっこりしながら、早速、調理にとりかかった。


【収納】していた焚火台を取り出して設置し、森から拾ってきた枯れ枝を底に敷く。

 さらに牛のバラ肉と野菜を網に載せ、枯れ枝に火をつけて焼いていく。

 本当は米も炊きたいところだが、時間がかかるので諦めよう。


【収納】していたテーブルと椅子を取り出し、並べた。

 リーシャが椅子に座り、妖精さんはリーシャの身体を登って、テーブルの上に乗った。


 俺は皿に焼肉のたれを垂らしてリーシャに手渡した。


「なんですか、これ?」

「肉と野菜をそれにつけて食うんだ」

「はぁ」


 こっちの世界には焼肉のたれはないのかな?

 さすがにそんなわけないか。

 とにかく口に合うと良いんだけど。


「箸は使えるか?」

「え? もちろん使えますけど」


 ふむ、箸は普通に使うらしい。

 俺は【収納】から箸を取り出してリーシャに手渡した。


「ほら、焼けたぞ」

「カズヤさんは食べないんですか?」

「俺はさっき食ったばかりだから、気にせずに食ってくれ」

「はい」


 リーシャは素直に焼けた肉と野菜を取り、タレにつけて口へ運んだ。


「……!? 凄く美味しい!」

「それは良かった。遠慮はいらないから、どんどん食べてくれ」

「で、でも、こんなに美味しいお肉なんて高いでしょうし……」

「俺が用意したもんじゃないし、マジで遠慮なんかいらないから。つーか、子供は大人に甘えるもんだ。いいから食べてくれ」

「そうでち、たくさん食べるでち!」

「たくさん食べて元気になるでち!」

「う、うん」


 リーシャは遠慮しつつも肉と野菜を食べはじめた。


 その間、妖精さんたちは幸せそうにリーシャの頭や肩、太股の上に乗っていた。

 いかにも食べにくそうだが、リーシャは気にした様子もない。

 リーシャも妖精さんたちが大好きなのだろう。


 なんとも微笑ましい光景だった。


 やがて――。


「ごちそうさまでした」

「どういたしまして」


 俺は後片付けをはじめようとした。


「あ、あたしがやります」

「いや、その必要はないよ。【生活】の技能があるから……ほら」


 俺は【浄化】で箸と皿、網を一瞬で新品同様にした。


「あ、そっか。生活術が使えるんですね」

「ああ。だからリーシャはゆっくり休んでてくれ」


 俺はそういうと、さっさと後片付けを済ませた。


 そして、洞窟内に五人用のテントを設置した。

 ありがたいことにワンタッチテントなので、一分とかからずに設置できた。


「これは?」

「テントといって、野外で寝泊まりするための道具だ。さ、靴を脱いで入ってくれ」


 俺は皆をテントの中に入れた。

【灯火】で明るくする。


 妖精さんたちは六人がリーシャ、三人がぷるるん、ひとりがクモスケの上にすわっている。

 ぷるるんはともかく、クモスケは大丈夫なんだろうか。


 まあ、潰れる心配はなさそうだけど……。


「とりあえず、俺から話をしようか。俺はカズヤ・ユキミヤ。異世界からきた」

「異世界!?」

「信じられないだろうけど、俺はこことは違う世界に住んでたんだ。あっちには技能はなかったし、魔物も妖精さんも存在しなかった」


「そんなはずないでち」

「あたしたちはどの世界にもいるはずでち」

「そんなふうに創造主に創られたでち」


「もし、いたとしても人間の目には見えなかったよ。現に俺もこっちの世界にきて初めて妖精さんたちを見ることができたし」

「魔物さんもいないんでちか?」

「いなかったよ」

「でも、技能がなかったら凄く不便じゃないですか?」

「そのかわり、科学が発達してたからね」

「科学?」


「うーん、どう説明したらいいのかよくわからないなあ。とにかく、技能に変わる便利な技術や知識、学問が発達してたんだよ。そういう世界から、俺は跳ばされてきたんだ。妖精さんたちを救うためにね」

「あたしたちを救う、でちか?」

「うん。妖精さんたちはこの世界で人間に捕まえられて薬にされてるだろう?」

「はいでち」

「いつも逃げ回ってるでち」

「でも、リーシャちゃんは別でち」

「リーシャちゃんは大好きでち」

「あたしたちの妹でち」


「跳ばされたって、誰にですか?」

「わからない。会った時は面を被ってたから顔も見てない。わかっているのは若い女らしいってことと、俺を異世界に跳ばす能力があるってことだけだ。俺はそのひとに、妖精さんたちが安全に暮らせる場所を造る仕事を依頼された。俺はそれを引き受けた。その結果、こっちの世界に跳ばされて、現在ここにいるってわけだ」

「なんだかおっきな話ですねぇ……」


 リーシャはポカンとした表情でいった。


 いくら魔術や魔物、妖精さんがいる世界の住人とはいえ、突拍子もなさすぎてすぐには理解したり受け入れたりすることができないのも無理はない。


「とにかく俺は妖精さんの味方だし、もちろんリーシャも俺が守るから安心してくれ。ところで、なんで妖精さんたちの妹なんだ?」

「リーシャちゃんが泣いてたから、あたしたちがお姉ちゃんになったんでち」

「お姉ちゃんが傍にいれば、妹は泣き止むものでち」

「妹を守るのはお姉ちゃんの役目でち」


――――――よくわからん。


 が、とにかくリーシャのことを思いやっていることはよくわかったので、とりあえず、いきさつを詳しく聞かせてもらおう。


「リーシャはどうしてここで妖精さんたちと暮らすようになったんだ?」

「それは……」


 リーシャは静かに語りはじめた。



     *****


 リーシャは現在一二歳で、ユーディラハ大陸北西部に位置するキシーラ公国内にある、小さな村に住んでいた。

 村の西方には山を挟んで、アシャンタ公国の宗教都市アジューダがある。


 最近は特に大きな戦乱もなく、村を襲うような野盗もいないおかげで平和に暮らせていた。


 そんな時、いきなりふたりの、それも特等級の魔人があらわれて闘いはじめた。


 魔人とは、人間と同じ姿形と知能を有した魔物のことだ。

 

 そして、特等級の魔人は、いってみれば地震や津波といった大災害のようなものであった。

 人間も動物も、魔物でさえも、ただ逃げ惑うことしかできない。


 当然、リーシャの村は壊滅状態となり、村人もリーシャの両親と姉を含めて大半が死んだ。

 リーシャ自身は両親が身を挺して守ってくれたおかげで、幸運にも傷ひとつなく生き残ることができた。


 だが、魔人たちが去った直後にあらわれた冒険者、あるいは傭兵崩れらしき男たちに囚われ、奴隷商に売られてしまった。

 そして、クルーシュの都市へ馬車で運ばれている途中、妖魔憑きを発症し、この森に捨てられたのである。


 夜の森の中、絶望に泣き暮れていると、どこからともなく妖精さんたちがあらわれた。


「大丈夫でちか?」

「どうして泣いてるんでちか?」


 妖精さんたちは優しく語りかけてきた。

 事情を話すと、


「だったら、ここであたしたちと暮らすでち」

「あたしたちがお姉ちゃんになってあげるでち」

「だから泣き止むでち」

「ほら、ニムルの実を採ってきたでち。これを食べて元気出すでち」


 それから、リーシャは妖精さんたちと共にここで生活するようになった。


 ここは『スライムの森』と呼ばれているほど、スライムが数多く生息しており、めったに人が寄りつかない場所だった。

 というのも、スライムは酸を出すので武器や防具を傷めてしまうことが多く、その一方で、退治したり体液を採集してもたいした稼ぎにはならない。


 そのため、スライムは第七等級以下の強さであるにもかかわらず、等級の高い冒険者からも避けられていた。

 そのおかげで、リーシャと妖精さんは最近まで安全に暮らすことができていたのだった。


     *****


「けど、今日突然、冒険者のひとたちがあらわれて……」

「妖精さんたちが捕まり、きみは刺されたってわけか」


 リーシャは頷いた。


 商人がスライムの体液を必要としていたことが、運の尽きだったわけだ。

 とはいえ、もし妖魔憑きにならず奴隷として売られていたら、それはそれで辛いことになっていたであろうことは、想像に難くない。


 どちらせにせよ、不幸になるしかなかったのだ。


――妖精さんと俺に出会わなければ。


 まだ一二歳だというのに、えらく厳しい試練に晒されてきたもんだなあ。

 けど、魔物がいたり魔術が使えたりする世界では、珍しい話でもないのだろう。


 特にリーシャのように人並以上に可愛らしい容姿をしていたら、それだけ危険も多そうだ。


 長い間、梳られていないリーシャの長い金色の髪は、ぐしゃぐしゃで伸び放題になっている。


 後で散髪してやらないとな。


「その妖魔憑きってのは、どういう病気なんだ?」

「発症すると全身に黒い染みができて、一週間くらいで死ぬか魔物に変化してしまいます。ですが、どういうわけか私は染みができるだけで、そうならずに済んでいました」


「あたしたちが傍にいれば、病気の進行を抑えられるでち」

「あたしたちの愛が病気を癒すでち」


 妖精さんたちはえっへん、とばかりに胸を反らせて自慢げにいう。

 その姿もなんとも愛らしいものだった。


 それはさておき、妖精さんたちのいっていることは、おそらく本当のことだろう。

 妖魔憑きを癒す薬の材料になるのだから、傍にいるだけで進行を抑えるくらいあってもおかしくはない。


「そうか――けど、奴隷商も薄情だな。治療術で治してやれば良かったのに。まあ、情が篤かったら奴隷商なんかにはならないか」

「あの……妖魔憑きを治せる治療術なんて聞いたことありません」

「え、なんで!? さっき俺が治療術で治したじゃないか。染みも完全に消えてるし、【診察】しても、異状はないって出てるぞ」

「はい。ありがとうございます。けど、本当なんです。妖魔憑きは妖精さんたちで作られた妖精薬でしか治せない病気なんです」


「……マジ!?」

「マジでち」

「だから、あたしたちは人間さんたちに追いかけられるでち」

「哀しい話でち」

「じゃあ、なんで俺は治せたんだ?」

「こっちが訊きたいくらいです」


 うーむ。


 これは間違いなく、あの女のひとのおかげだろう。


 俺に与えられた治療術が他者の使うそれと違う作用をするか、あるいは特別強力なのか――。


「俺が妖魔憑きになったひとを治してまわれば、それだけ犠牲になる妖精さんを少なくできるってことか」

「だと思います。けど、妖魔憑きにかかるひとは少なくありませんし、カズヤさんひとりでは……」

「うん、そうだな」


 世界は不条理で満ちている。


 それは俺が元いた世界でもこっちでも変わらない。

 たとえどの異世界へ行ったとしても、それは同じのはずだ。


 リーシャや妖精さんのように、不治の病や理不尽な暴力によって命を奪われる生命など数え切れないほどあったし、これからもあり続けるだろう。


 とはいえ、不条理はなくせないかもしれないが、多少マシな状態にはできる。

 そのために、あの女性は俺に仕事を依頼した……そのはずだ。


 けど、すべての病人を癒して回るなんてことはできないし、どんな病気も治せると決まったわけでもないしなあ。

 それにもし、俺の【治療術】が特別な能力だとしたら、それを知られるだけでもやばいことになりそうだ。


 下手をしたら、王族や貴族に監禁されて死ぬまで酷使されかねない。


――こっわーい。マジ怖いわー。


 うん。治して回るなんてことはやめよう。


「それにしても、妖魔憑きが治ったのはいいけど、なんでリーシャの主属性が光から闇になったんだろう」

「えっ!?」


 リーシャが困惑顔になった。


「いや、俺が治療術で治す前は、リーシャの主属性は光だったんだけど、今は闇になってるんだ」

「ええーーーーっっっっ!!!!!!!!!!!」


 リーシャは驚いた表情のまま固まってしまった。


 やっぱり、めちゃくちゃ驚くことだったんだろうか。


 そもそも属性がどういうものなのかも知らないから、それがどれくらいあり得ないことか、想像もできないんだよなあ。


「あ、でも、良いこともあるぞ。【召喚Lv.1】とかいう技能が使えるようになってるし」

「しょう……かん?……」

「ああ。主属性が光だった時は使えなかったんだから、ラッキーじゃないか?」

「……なんでそんなに軽いんですか?」

「ていうか、主属性が闇になるのって、そんなに驚くことなのか?」

「カズヤさん、知らないんですか?」

「なにを知らないかすらわからん」


 ということで、リーシャから簡単に属性について教えてもらった。


     *****


 主属性は光と闇の二種類がある。


 光の神・アラヴァスによって生みだされた生命は光属性、冥府と闇の神・アシュヴィンによるそれは闇属性になる。

 従属性には地、水、火、風、木、金、それとどれにも該当しない無属性の七種類があり、どの神と深く繋がるかによって、どの従属性を得るかが決まる。


 大地の神・ラヴナと繋がりが深ければ地属性に、火の神・ブリーハスであれば火属性になる。

 同時に複数の従属性を持つことも可能であり、ごく少数ながらすべての従属性を持つ者もいる。

 無属性はどの神とも繋がっていないのではなく、どの神ともほぼ均等に繋がっているものの、深い結びつきはないため、従属性が定まっていない状態である。


     *****


「ユーディラハ大陸で主に信仰されている神光聖教が、冥府と闇の神・アシュヴィンを邪悪な存在と定めています。すべての妖魔と魔物、魔人の生みの親で、この世の邪悪を司っているからだそうです。

 なので、魔物は例外なく闇属性になるといわれています」


 つまり、アシュヴィンを源とする闇属性の魔力を帯びた生命を総称して『魔物』と呼ぶということか。


 妖魔は物質的な身体を持たない霊的な存在のこと。


 神光聖教の主宰神は太陽と光の神・アラヴァスであり、アシュヴィンの対極である光属性だ。


 闇属性が邪悪とされるのも無理ないことなのかもしれない。


「それじゃ、闇属性の俺は魔物ってことか?」

「い、いえ、とてもそうは思えません。実際、あたしと妖精さんたちを助けていただきましたし……」

「そうでち、カズヤは邪悪じゃないでち」

「カズヤは優しいでち」


「ああ、ありがとな。それに、リーシャも闇属性になったけど、なにか変わった感じするか? 誰かを殺したいとか、ひとの金を奪いたいとか騙したいとか、そんな欲望が湧きあがったりしてる?」

「いえ、特には」

「だろ? それに、なんで魔物が邪悪ってことになってるんだ? ぷるるんやクモスケは邪悪じゃないだろ?」

「ぷるるんちゃんとクモスケちゃんは邪悪じゃないでち」

「可愛いでち」

「あたしたちの友達でち」


 妖精さんたちがぷるるんとクモスケの腹をぽむぽむと叩く。

 ぷるるんもあたしは善良よとばかりにぷるるるっと震え、クモスケはわしゃわしゃと足を蠢かせる。


「はい。ぷるるんちゃんもクモスケちゃんも邪悪じゃありません。すごく可愛いです!」

「うん、俺も闇属性は邪悪じゃないし、冥府と闇の神・アシュヴィンも邪悪な神じゃないと思う。当然、俺に仕事を依頼した女のひとも、彼女が仮にアシュヴィンとなんらかの関係がある存在だとしても、少なくともそれだけで邪悪とはいえないんじゃないかな」


「それで良いと思います」

「「「「「思いますでち!」」」」」

「「「「「でち!!!!!」」」」」

 ぷるるるっ!

 わしゃわしゃ!


「けど、なんでリーシャは闇属性になったんだろう。……やっぱり、俺が妖魔憑きを治療したからかな」

「だと思います」


 つーか、それしか考えられん。


「闇属性だと魔物と見なされるってことは、街に行ったらなにか面倒なことになったりする?」

「バレなければ問題ないですけど……」

「バレる恐れがある?」

「はい。街に入る時には必ず検問で属性や情報を調査するための魔光石に触らないといけませんし」

「魔光石?」


 魔光石というのは魔力に反応する石のことで、魔力を流すと主属性と従属性に応じて色が変化するらしい。

 魔力を蓄えておくこともできるらしく、手に持っていれば、自身のそれが尽きても魔術系技能を使えるそうだ。


 大きな都市では、魔光石の魔力で【灯火】を発動して周囲を照らす街灯や、【放水】による噴水等が設置されているのだという。


 また、中には特定の、例えば指名手配犯の情報を共有し、感知することもできるらしい。


 魔術すごい。


「じゃあ、リーシャはもう街へは行けないってこと?」

「はい」

「それは悪いことしちゃったなあ」

「いえ、妖魔憑きが治っていなかったら街へ行けないどころか、ひとに見つかれば殺されていましたから。現に死にかけましたし」


「んー、そうか。しかし、殺さなくてもいいのになあ」

「でも、妖魔憑きを放っておけば、いずれは死ぬか魔物になってひとを襲うかするようになりますから、殺した方がそのひとのためと思われてるんです。それに、ひとに伝染るともいわれてますから」


 うわ、最悪だな。

 昔でいうペストみたいなもんかな。


 でも、俺の【治療Lv.3】では簡単に治すことができた。

 にもかかわらず、妖魔憑きは妖精薬以外では治せないという。


「治療術はどの属性でも使えるの?」

「はい。すべての属性に治療術はあります。けど、属性によって効果のある病気に差があるそうです」


 なるほど。

 ということは――。


「妖魔憑きは闇属性の治療術でしか治せないってことか」

「……もしかしたらそうなのかもしれません」

「けど、その代償が闇属性になるんじゃ、今のこの世界ではどっちみち死ぬのと変わらないかな」

「……そうかもしれません」


 厳しいなあ。

 ホント世界は残酷だよなあ。


――あ、でも……。


「――――闇属性の人間が安心して暮らせる場所をつくる」


 俺は呟くようにいった。


「えっ!?」

「それだけじゃない。妖精さんも捕まって薬にされたりすることのない場所を、否、国をつくる」


 そうだ。

 そうすればいい。


 もっとも、すべての属性の治療術をもってしても、あらゆる病気を治せるわけじゃないから、妖精さんが安心して暮らせる国をつくるのは、また別の話になるかもしれない。

 妖精薬が妖魔憑きにしか効かないとは思えないし。


 けど、とにかくそれを目標にしよう。


 結局のところ、生き物ってのは苦しむようにできている。


 だからといって、なにもせずにただ生きていくわけにもいかない。

 そんなのはつまらな過ぎる。


 別に妖精さん以外を助けちゃいけないなんてことは、あの女のひともいってないしな。


 よし、やろう!


「リーシャ、協力してくれないか?」

「なにをですか?」

「俺はこれから何年かかるかわからないけど、闇属性の人間と妖精さん、それにぷるるんやクモスケみたいな優しい魔物たちが安心して暮らせる国をつくる。その仕事に協力してくれ」

「あ、あの……協力っていっても、あたしなんかじゃなにもできないですけど……」

「誰にだってできることはある。ぷるるん、クモスケ、それに妖精さんたちも協力してくれないか?」


「当然でち!」

「協力するでち!」

「皆、仲良しでち!」

 ぷるるるるるるるっっっ!

 わしゃわしゃわしゃわしゃ!


 俺はリーシャを見た。

 リーシャは呆気にとられながらも、


「わ、私も頑張りますっ!」


 と力強くいった。


 うん。

 皆、すごく頼もしい返事だ。



 根拠はないけど、やれるような気がする。

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