48、いよいよ迷宮へ行ける
とはいえ、害のない善良な変人なら問題ない。
加えて、なにかしら有用な能力を備えていたら、問題どころか大歓迎だ。
そして、レンは大歓迎できる人材だ。
なにより妖精さんをここまで楽しませることができるのは、素晴らしいとしかいいようがない。
「ゴブリンは?」
「まだ来てない。あいつらも群れのために狩りをしなきゃならないから、しょっちゅうこっちに来てるってわけじゃないんだ」
「そうなんだ。てっきり毎日肉をたかりに来てるもんだと思ってたわ」
「肉をたかられてるのは間違いじゃないけど……なんでゴブリンを気にしてるんだ? もしかして、あいつらに会いたいのか?」
「ち、違うわよ! ただ、レンに会わせたいなって」
「なんで?」
「カズヤたちがゴブリンと仲良くしてる姿があたしには衝撃的だったから、レンも驚かせたいと思ったのよ」
「そうか。俺はこっちの世界の人間じゃないから、その辺の感覚はよくわからないんだよなあ」
「ゴブリンはすっごく忌み嫌われているから」
「かといって、今さらあいつらを突き放すわけにもいかないしな。まあ、その辺もなるようになるだろ」
などと話しているところへ、ルドルフに乗ったアーシュが到着した。
「ちょっと遅れちゃったみたいね。あれはなにしてるの?」
アーシュは妖精さんたちに制裁を加えられているレンを見ていった。
「レン・パーイセーンが妖精さんと遊んでらっしゃるんだ」
「あ、ホントだ。ボロボロになってるけど、すごく楽しそうにしてる」
その言葉通り、レンは髭を毟られ、メガネを落書きされ、シベリアブリザードにも勝る格闘地獄を見せられ続けているにもかかわらず、ずっと笑顔のままだ。
その姿は実に――――――。
「「「「気持ち悪い」」」」
俺とアン、アーシュ、それにリーシャも声をあわせた。
「けど善いひとだから、これからいろいろと助けてもらえるわ」
アンがいった。
「期待してるよ。はい、妖精さんたちー、今から昼食にするので、レンさんと遊ぶのはその辺にそておきましょーねー」
「ちっ、仕方ねーでちな」
「この辺で勘弁してやるでち」
「次は無呼吸連打をお見舞いしてやるでち」
妖精さんたちはテテテテーッとレンから離れていった。
「えっ、もう終わり!?」
残念そうなレンの顔は、落書きでいっぱいだった。
*
「美味い! このらーめんというやつはめちゃくちゃ美味いな!」
レンはさっきから何度も美味い美味いと繰り返しいっていた。
「本当に美味しいわ。これを街で売ったら大儲けできるはずよ」
アンも気に入ってくれたようだ。
「喜んでくれたようでよかった。俺の世界では高級品ってわけじゃないんで、出すのはどうかと思ったんだけど」
「絶対喜んでもらえるはずだからって、あたしとアーディちゃんでカズヤさんを説得したんです」
「ですー!」
「ふふ、ありがと、リーシャ、アーディちゃん。おかげでらーめんを食べることができたわ」
アンはアーディの頭を撫でた。
俺もラーメンを堪能していた。
ただのインスタントラーメンだが、まだまだストックは充分にある。
これを【収納】してくれていたあの女性に感謝だ。
一応、栄養が偏らないようにリーシャとアーディ、妖精さんたちの集めてくれた山菜や茸類も調理してある。
他に大豆や魚貝類ももっとほしいなあ。
街でアーシュに買ってきてもらっているが、この辺りは海から離れているので、大豆はともかく魚貝類は望むほどには手に入らない。
移動魔術があるわりに物流はイマイチなのだが、それには理由がある。
移動魔術が誰でも気軽に使えるものではない上に、どんな魔術も物資も魔物と魔人退治優先に使われることになっているからだ。
できれば食の革命も起こしたいものだ。
美味い物を食うだけで、ひとは幸福になれる。
否、動物や魔物も幸福になれる。
平和の実現に一役買ってくれるはずだ。
こういうのも案外バカにはできない。
俺は皆の笑顔を見てそう思った。
*
「へー……本当に闇属性なんだな」
レンがお得意の鑑定術で俺のステータスを観て、感嘆の声をあげた。
そこには微かに怖れの色も混じっているように感じられる。
そんなレンを前に、俺は飾り気のないチェーン状のブレスレットを手にしていた。
「これを手首に着ければいいのか?」
「ああ」
真鍮かなにかでできているっぽい。
見た目だけでは、これが魔道具とはとても思えない。
もっとも、魔道具を他に見たことがないのでなんともいえないが。
ともかく俺はブレスレットを左手首に嵌めた。
「【詳細鑑定Lv.5】……うん、ちゃんと消えてる」
「主属性が見えなくなってるのか?」
「主属性だけじゃなくて全部が、なんていうかな……ぼんやりと靄がかかって、はっきり観えないようになってるんだ」
「靄の状態によっては『闇』の文字が観えるなんてことはないのか?」
「そういうことはないから安心していい。俺は戦闘はからっきしだけど鑑定術だけは超一流なんだ。そのブレスレットをつけている限り、闇属性がばれることはまずないと思っていい」
「それこそ特等級の冒険者や聖女でもない限りばれないわ。それにそんなすごいひとたちは、相手の許可なく鑑定するような失礼なことはしないしね」
「街の検問や教会、ギルド等では、ブレスレットを外さなきゃならないから根本的な解決にはならないけど、そこらの迷宮に潜る分には問題ないよ」
「うん、ありがたい。本当にありがたい。これで冒険者に見つかってもごまかせるな」
「いよいよカズヤたちも迷宮へ行けるわね」
「ああ」
「行く時は私も連れてってください!」
「もちろんだ。けど、誰かひとりは妖精さんたちとアーディを守るために、ここに残らないといけない。だから最初はアーシュと俺、それにぷるるんとぷるらんで行く。その後、アーシュとリーシャ、ぷるるん、ぷるらんでという方向で考えてる。アーシュはちょっと大変だけど、シュティラさんから学んだことを俺たちに教えてもらわなきゃならないからな」
「あたしは全然かまわないわよ」
「あたしも手伝えることがあればなんでもいってちょうだい」
「俺も協力するぞ。といっても、仕事で出かけてることが多いだろうけど」
「ありがとう。レンは俺の配下になる気はあるのか?」
「そのつもりだよ。【配下】の効用については、だいたいのところをアンから聞いてるから、むしろ配下にしてくれと俺の方から頼むつもりだったんだ」
「だったら話が早い。レンにも連絡と護衛用にスライムを一匹、傍に置いてもらってもいいか?」
「えっ、俺にもスライムを付けてもらえるのか!?」
「もちろんだ。というか、付けないと不便だし……ぷるるん」
「きゅっ」
俺の肩に止まっていたぷるるんが、ぷるるるっと震えたかと思うと、ふたつに分離した。
俺はその一方を右手に乗り移らせた。
「受け取ってくれ」
レンは両手を差し出して、おそるおそるスライムを受け取った。
「よろしくな、スライムくん」
「きゅっ」
レンが手の中のスライムに向かって嬉しそうに挨拶した。