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35、ずっと一緒でち

          アーシュ視点


 翌朝、あたしはルドルフちゃんにアンを乗せて、カズヤたちの許へ向かった。


「ちょ、ちょっと! こんなに速く走らせて大丈夫なの!?」

「えっ、そんなにスピード出してませんよ?」

「これで!? ……ひっ」

「しゃべらない方がいいですよ。舌を噛みますから」

「わ、わかった」


 それきりアンは黙りこんだ。


 今ではあたしも【騎乗】がレベル3になっているので、抑えているつもりでも馬に乗り馴れていないひとからすれば速すぎるのかもしれない。


 ルドルフちゃんは賢い馬だ。

 それだけでなく優しい。

 なのであたしが指示する前にスピードを落としてくれた。


「きゅうーー」


 ぷるらんちゃんがアンの耳元で安心させるように鳴き、身体を伸ばしてアンの頬をぷにぷにする。


「うん」


 アンが簡潔な返事で感謝を伝えた。

 そしてアンさんの肩から背中にかけて貼りついているぷるらんちゃんが、妖精さんたちを落ちないようにつかまえている。


「お馬さん、急ぐでち」

「黒犬騎士団に追いつかれるでち」

「急がないとあの方たちが呼び出されるでち!」


 こんな時でも妖精さんたちは楽しそうだ。

 そんなこんなで昼前、スライムの森に着いた。


          *****


          カズヤ視点


「奇蹟の少女はいつ来るんだろう……早く会いたくてたまらん……」

「なんで奇蹟なんですか?」


 リーシャが不思議そうに訊いてきた。


「いいかね、リーシャくん。女性の場合、そばかすというものはあるだけで1.7倍魅力がアップする、神が与えたもうた天然の化粧なんだ。そこに三つ編みお下げが加わると、3.9倍になる。さらに赤毛になるともはや天文学的な数字になる。残念ながら髪は緑色らしいが、それでも充分奇蹟だ。しかも名前がアン・シャールーだ。これも惜しすぎるが、それでもなおその素晴らしさは色褪せない。神はいる。私は神の実在を確信したよ」

「そうなんですか……」


「まだわかってないようだね、リーシャくん。いいかい、カナダという国は『赤毛のアン』を生み出すためだけに、神によって造られた。つまり『赤毛のアン』を生み出した時点で、役目を果たし終えたんだ。そうだな、後はメープルシロップを造り続けて、カナディアンマンをヒーローとして崇めて、熊が無事に暮らしてくれていればもうなにもいうことはない。そういうことだよ。わかったかい、リーシャくん?」

「……はい」


 リーシャは虚ろな顔でこたえた。


 少々、情報が多すぎたか。

 まあいい。

 いずれ理解できる日がくるだろう。


 その時、


「カズヤ、来たでち!」

「これでマシューとマリラも大喜びでち!」

「幸せ家族の誕生でち!」

「おおっ! ついにこの時が!!」


 俺は立ち上がった。


 ヒヒーンッ!


 ルドルフの嘶きが聞こえてきた。


 急いで駆けつけると、そこには緑色の髪をした三つ編みお下げの少女がいた。

 なんとも哀れなことに、奇蹟の少女はぐったりしていた。


 傍には裸の妖精が三人いた。


「アンちゃん、しっかりするでち」

「リングでは世界最強の男が待ってるでち」

「カーロスの仇をとるでち」


 うん、実に妖精さんらしい妖精さんたちだ。


「大丈夫ですか、アン・シャールーさん?」

「あ、はい、なんとか……」


 そういって顔をあげた少女は、想像したとおりの美少女だった。

 なぜこうもそばかすは魅力的なのだろう。


 それだけに……。


「くっ……実に惜しい」

「なにがですか?」


 アンがキョトンとした顔で訊いてくる。


「赤毛でさえあれば……名前もシャールーではなく……あ、いや、これで不満をいったら贅沢すぎるってもんだよな」


 俺はうんうんと頷く。


「カズヤさん、アンさんが戸惑ってますよ」

「ん? あっ、いや、なんでもありません。こっちのことなので気にしないでください。お疲れのようなので、とりあえずこちらで休んでください」

「すみません。すぐによくなると思うので」


 俺は用意しておいたテーブル席へと案内した。

 といっても、いつも皆で食事の際に使っているものだが。


「あ、そうだ。ちょっと【診察】させてもらえませんか?」

「【診察】?」

「はい。もしかしたら今、アンさんの気分が悪いのも、俺の治療術で治せるかもしれませんから」


「あ、あの闇属性の……」

「気になりますか?」

「い、いえ……お、お願いします」

「嫌でしたら断ってくれて構いませんよ。俺もこっちのひとが闇属性をめちゃくちゃ嫌ってるのは知ってますから」


 闇属性の魔術を受けるのは、それなりに覚悟を要することなのだろう。

 それはアンの反応を見るだけでよくわかった。


「いえ、やってください。闇属性の魔術を体験するいい機会です」

「そうですか。では……」


 その覚悟はすべて妖精さんのためだろう。

 その意気やよし。


 俺は【診察】した。


     *

名前:アン・シャールー

種族:人間

主属性:光

従属性:無

称号:調薬師

称号付属能力:調合+ 調薬+

技能:調理Lv.2 「生活Lv.1」

*乗り物酔い(【治療Lv.1】で完治)

     *


 乗り物酔いだ。

 簡単に治せるな。


 調薬師の称号を持っていて、称号付属能力が【調合+】と【調薬+】。

 レベル表示がないのは、カンストしていることを意味する。


 また「+」は技能をさらに強化する補正が働いていることを示している。

 その補正は単純に数字で表せないものなので「+」となっているらしい。

『魔術大全』に書いてあった。


 調薬師の称号を得た時に「+」がついたのかもしれない。

 あとで訊いてみよう。


 リーシャもレベルが上がれば、召喚師の称号を得ることができるのかな。

 いや、その前にモフ師の称号を得そうだな。


 ちなみに 従属性が無となっているのは、俺やリーシャのように属性が定まっていないのではなく、「無」という属性であるということを意味する。

 無属性も火や水と同様に、ひとつの属性なのだ。


「乗り物酔いだそうなので、治療術をかけてもいいですか?」

「お願いします」


 アンはかすかに躊躇した。


 さっきは断ってくれてもいいといったが、結局のところ闇属性に対してどれほど抵抗があろうと、協力していくなら受け入れてもらわなければならない。

 なので、俺は構わず【治療Lv.1】をかけた。


「あ、すごい、一瞬で楽になったわ」

「それはよかったです。けど、調薬師だったら乗り物酔いの薬とか持ってなかったんですか?」

「妖精さんたちに会えると思うと興奮しちゃって、薬を飲むのを忘れてたんです。ところでそちらの妖精さんたちは……」


 アンがキョロキョロと辺りを見回した。


「リーシャ」

「はい。妖精さんたち、出てきていいですよー」


 リーシャが洞窟に向かっていった。

 すると、妖精さんたちがいっせいに、


「爆羅漢の奴らが乗りこんできたでち!」

「斬人嘗めんじゃねーでち!」

「全員返り討ちにしてやるでち!」


 口々に意味不明なことをいいながらテテテテーッと出てきた。


「あたしも返り討ちにするですー!」


 後ろからアーディもついてきた。

 そして妖精さんたちが向き合うと、


「「「「「「「「「「「よろしくでち(ですー)!!!!」」」」」」」」」」」

「「「よろでち!!!」」」


 元気よく挨拶を交わした。


「わああ、妖精さんがいっぱい!……あなたはアーシュの妹のアーディちゃんね!?」

「はいです!」


 アンの顔がぱああっと輝いた。


 その幸福そうな様子に、俺とリーシャも思わず微笑んだ。


「この分なら上手くいきそうね」


 いつの間にやら傍にきていたアーシュがいった。


「アーシュ、ご苦労さま」

「苦労はしてないけどね」


「あの様子だと、妖精さんを間に挟めば、闇属性もすんなり受け入れてくれそうな感じだよな」

「しばらくここでカズヤたちと一緒に暮らしてもらえれば、あっという間に問題が全部片付くと思うんだけど」

「ま、すべてはいろいろと話をしてからだな」


 などと言葉を交わしていた時、


「アンちゃん、ひさしぶりでち!」


 赤毛白肌の四葉よつばがいった。


「「「「「え!?」」」」」


 アンだけでなく、俺とリーシャ、アーシュ、アーディも思わず訊き返した。


「ひさしぶりってどういうこと?」


 アンが困惑顔で訊き返した。


「忘れたんでちか? 昔、一緒に遊んだでち!」

「っていわれても……あたしは昔、ここじゃなくて……」


「マドラスの近くだったでち。あの頃は毎日楽しかったでち! 今もすごく楽しいでち!」

「え? え? ちょっと待って! 子供の頃、アンさんのところへ来た妖精さんって、たしか、妖精薬に……」


 たまらずアーシュが口を挟んだ。


「うん、師匠のメーディニーさんは、あたしと一緒にいてくれた妖精さんを薬にしたっていってたわ」

「メーディニーって、あの調薬師のお婆さんのことでちか? 善いひとだったでち」

「どういうこと!!!!????」

「アンちゃんはなにも聞いてないんでちか?」


 アンは大きく頷き、


「あたしはあの時、両親が妖精さんを捕まえてメーディニーさんのところへ持っていって、妖精薬を造ってもらったって聞いたわ。メーディニーさんも否定しなかった」

「捕まってメーディニーさんのところへ連れていかれたのは本当でち。でも、メーディニーさんは前から持ってた妖精薬を、アンちゃんのパパンとママンにわたしたでち」


「じゃあ、なんでメーディニーさんはそのことを隠し……」


 アンはそこまでいうと、ハッとなった。


「そうだわ。あの時、メーディニーさんはあたしに……」


 なにやら思い当たる節があるのか、アンは考えこんだ。


 四葉は頃合いを見計らって、再度口を開いた。


「お婆さんはアンちゃんを必ず助けるといったでち。そのかわり、もうあたしはアンちゃんと会っちゃいけないといわれたでち」

「そうしないと、また妖精さんが人間に捕まってしまうから……」


「そうでち。会わないのがアンちゃんのためだといわれたでち。だからあたしはアンちゃんのいた村から離れたでち。でも、いつかまた会えると信じていたでち。あたしとアンちゃんはズッ友でち!」


 四葉がそういうと、アンの両目から涙が零れ落ちた。


「うっ……ううっ……妖精さん……」


 アンはその場に跪き、両手で顔を覆って泣き出した。


 四葉がテテテーッと駆け寄って、アンの太腿をぽむぽむと叩いた。


「なんで泣くんでちか? また会えたんでちから笑うでち。いっぱい笑うでち」

「うん、そうだね、泣くのはおかしいよね」


 アンは涙を流しながら笑みを浮かべた。

 両手を差し出し、四葉を掌に乗せた。

 そして、そっと胸に抱き寄せた。


「妖精さん、これからはずっとあたしと一緒にいてくれるの?」

「ずっと一緒でち!」

「もうあたしから離れない?」

「離れないでち。引き離そうとする奴がいたら、谷町四丁目でちっシュでぶん殴ってやるでち」

「うん……じゃあ、あたしは谷町九丁目スマッシュでぶん殴っちゃう。だから……もうぜったい離れないで! ずっとずっと一緒にいて!」

「ずっとずっと一緒にいるでち!!!!」


 ふたりの傍へ、他の妖精さんたち全員がテテテテーッと駆け寄っていく。


「「「「「「「「「「「「あたしたちも一緒でち!」」」」」」」」」」」」」


「あたしも一緒ですっ!」

「「「きゅーっ!」」」

 わしゃっ!

 クイイッ!

「ヒヒーンッ!」

「にゃっ!」

「「「チュンチュン!」」」


 いつの間にやら集まっていた全員が、いっせいに妖精さんたちの後に続いた。


「もちろん、俺とリーシャ、アーシュも、アンさんが妖精さんたちと一緒にいられるように協力します。だよな?」

「はい!」

「もちろんよ」


 リーシャとアーシュが気持ちよくこたえてくれた。


 ちなみに妖精さんだけでなく、アンもさらっと異世界設定を無視するセリフを口にしたが、それは気にしないでおく。


「あと、ここにはいないけど、ゴブリンさんたちもアンさんを歓迎してくれると思いますよ」

「あ、ゴブリンは別にいいです」

「そうですか」


 リーシャの言葉に、アンが素っ気ない返事をした。

 リーシャも無表情でこたえた。


 このことはゴブリンたちには黙っておこう。


「ゴブリンはともかく……ありがとう、ございます」


 アンは涙を拭い、とびきりの笑顔を見せた。


 うん。

 やはりそばかす三つ編みお下げの美少女は、笑顔が一番だ。

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