29、アンと仲良くなった
「けど、シュティラみたいにあたしの味方をしてくれたり、なかなか手に入らない薬草をあっという間に見つけてきてくれるアーシュのようなひとに出会えたから、ここに来て本当によかったわ」
「アンの依頼カードが掲示板にない日がくるなんて、夢を見てるみたいよね」
「あの……シュティラさんも妖精さんを助けたいって思ってるんですか?」
「本音ではそのとおりです。けれど、冒険者ギルドの規約で、職員はできる限り妖精の確保に努めねばならないことになっていますので、そうすることはできないんです」
「だから、今みたいに妖精さんに同情的な冒険者を紹介してもらうことくらいしかしてもらえないのよね。まあ、それでも充分に助けられてるけど」
「フフッ、アンは妖精を助けるためだけに生きてるようなものだものね」
「当然よ! 妖精さんを助けるためなら、どんなことだってやるわ」
あたしはそれを聞きながら冷や汗をかいていた。
神光聖教の司教が傍にいたら、アンは問答無用で殺されているだろう。
聖教国なら捕まるだけでなく、自ら死を望むほどの拷問を受けることになる。
「でも、どうしてこんな話を? あたしが聖教の熱烈な信徒だったらとは考えなかったんですか?」
「そうでないことは、これまでの会話でわかっていました。妖精にさん付けしたり、スライムのことを思いやったりする熱烈な聖教信徒なんて聞いたことありませんから。アーシュさん、気づいてらっしゃいましたか? アーシュさんは言葉の端々に、妖精や魔物に対する愛情が見え隠れしているのですよ」
「えっ、そうなんですか!?」
「フフッ、はい。それはもう、傍で聞いている私がハラハラするくらいに」
「そうでしたか……」
全然気づかなかった。
でも、人間と比べて遥かに素直で優しくて可愛い妖精さんやぷるらんちゃん、クモスケちゃん、カブトンちゃんたちと一緒に過ごしていたら、愛情を抱かない方がおかしい。
とにかく、これからは注意しよう。
「そんなアーシュさんだからこそ、アンと引き会わせたかったのです。そしてできることなら、アンに協力してあげてほしい。いつの日か、妖魔憑きの特効薬の調合法を発見して、妖精が殺されることのない世界を実現するために」
「あたしのために特別、なにかをしてほしいってわけじゃないの。ただ、あたしの依頼をできるだけ受けてほしいってだけ。妖魔憑きの特効薬を作るためには、いろんな材料が必要だから」
「もちろん、これからも薬草やスライムの体液採集の依頼はこなしていきます。ていうか元々、あたしにこなせる依頼といえばそれくらいのものなので、喜んでさせていただくつもりでしたけど」
「それだけでも本当にありがたいわ。さっきシュティラがいったように、あたしの依頼は放置されたままなのが普通だから」
「それに、他にも妖精さんのことを大切に思ってくれているひとが、自分以外にいるとわかっているだけでも、ずいぶんと勇気づけられるものだものね」
「本当にね。妖精さんに好意を持ってるひとなんて、シュティラとアーシュ以外だと三人しか知らないし」
「三人もいるんですか!?」
「うん。あのひとたちのおかげでずいぶん助けられてるの」
「シュティラさんもご存じなんですか」
「そういうひとたちがいるということは知っていますけど、会ったことはありませんし、名前も知りません」
「どうしてですか?」
「そのひとたちが誰なのか知ってしまったら、ギルドの職員としてなんらかの行動を起こさなければならなくなるかもしれませんから」
「だから、あたしもシュティラに紹介するつもりはなかったし、出くわしてしまわないよう注意してきたのよ」
「はぁ……」
あたしは嬉々として危険なことを話すふたりに圧倒されていた。
おそらく、ふたりの言葉に嘘はないだろう。
だとすると、妖精さんたちにとっては最高の味方になる。
だからといって、カズヤたちのことを話そうとは思わなかった。
妖精さんの味方をする危険な異分子を狩りだすために、ふたりが演技をしているのかもしれないからだ。
もちろん、その可能性が限りなくゼロに等しいだろうとは思う。
だが警戒しすぎることはない。
(どうするにせよ、すべてはカズヤたちと相談してからよね)
とはいえ、このふたりが味方になってくれたら素晴らしいことだ。
賭けてみるだけの価値はある。
今夜、早速、話をしてみよう。
「ねぇ、アーシュ、一度あたしの家に来てみない?」
「アンさんの家に、ですか?」
「ええ、どうやって調薬しているのか知ってほしいし、なによりアーシュともっと仲良くなりたいから!」
「は、はぁ……」
あたしは戸惑うしかなかった。
ここまで率直に好意を示されたら、たいていのひとは喜ぶよりも困惑の方が勝つんじゃないかと思う。
「アン、アーシュさんがまた困ってるわよ」
「あ、ごめんなさい。興奮しすぎちゃった」
そんなアンの様子からすると、とても演技とは思えない。
妖魔憑きを治せるカズヤのことを教えたら、どんな反応をするのだろう。
このふたりをカズヤと会わせてみたい。
心の底からそう思った。
*****
――…………………………。
その夜、アンとシュティラのことを話すと、カズヤはしばらく沈黙した。
――罠の可能性は?
「ないと思う。けど、どんなことにも絶対はないから」
――そうだな。
「………………で、どうする? あたしたちのことをシュティラさんとアンさんに話す?」
――まだ駄目。絶対大丈夫、確信、得る。
「わかった。確信を得られたら連絡する」
――頼んだ。
「試しにぷるらんちゃんをアンさんに会わせてみようかな。ぷるらんちゃんにもアンさんが信用できるかどうか観てもらうとか」
なぜこんなことを持ち掛けたかというと、トルド村やキリ村でぷるらんちゃんがいろんなひとと接するのを見て、スライムには善人と悪人を見分ける能力があるんじゃないかと思ったからだ。
たぶんスライムだけでなく、クモスケちゃんやカブトンちゃんたちにも多かれ少なかれ似たような能力があると思う。
いや、能力とかそんな大層なもんじゃないか。
とにかく一度、会わせて反応を見てみよう。
ぷるらんちゃんは可愛いからともかく、クモスケちゃんはどうだろう。
クモスケちゃんを受け入れられたらたいしたもんだ。
――面白い。ルドルフ頼んで、クモスケ行かせる。
「わかった」
――妖精さんは良くても、俺たちは闇。まだわからない。
「……確かにそうね」
いくら妖精さんに好意を持っているからといって、闇属性の人間にまで好意的とは限らない。
というか、普通に魔物扱いされると思って、ほぼ間違いないだろう。
改めてあたしたちの置かれている立場の厳しさ、危うさを意識させられる。
「とにかく慎重にやるわ」
――任せた。
【伝心】を切った。
上手くいけば、強力な仲間がふたり増える。
が、下手をすれば全滅する。
慎重に事を進めよう。
*****
アン視点
「アン、久しぶりだな!」
アーシュとの対面を終えて帰宅すると、友人、というか同志が訪ねてきていた。
「レン!?」
あたしは彼に駆け寄り、抱きしめて再会を喜び合った。
レン・パーイセーンは南方人の商人で、ゼギア大陸とユーディラハ大陸を行き来して、主に調薬のための材料を売買している。
まだ二六歳と若く、エルフ女性との結婚を夢見るちょっと変わった男だ。
誰が見ても陽気で善良そうな印象を受ける顔立ちなのだが、なぜかどの国のどの街へ行っても、一日一度は必ず衛兵から怪しまれて職務質問を受ける可哀想な男でもある。
「アン、また頼みたいことがあるんだ」
あたしはすぐに察してうなずいた。
すると、レンは傍に留めてあった馬車の中から、魔力を帯びた麻袋を慎重に持ち出してきた。
胸に抱きかかえられるくらいの大きさで、なにやらごそごそと蠢いている。
「早く入って」
あたしはレンを家の中へ急かした。
玄関のドアを閉めて鍵を掛けた。