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2、商人、『赤風』、そして妖精さんたちと出会う

 森道を歩きだして程なく、陽が沈みはじめた。


 やばい。


 このままじゃ、あと一〇分もしないうちに夜になってしまう。

 あの女のひとがテントを用意してくれたおかげで、そんなに不快な思いをしなくてもすみそうだが、スライムのような魔物がいる森の中で一夜を過ごすのは怖い。


 不安しかない。


 どこかテントを設営できるようなひらけた場所を探さないと。


 そう思った時、後ろの方から騒がしい音が聞こえてきた。


(……もしかして、馬車?)


 昔観た西部劇の映画で聞いたような音だ。

 こっちの人がスライムや令嬢蜘蛛のような魔物を見たら、どんな反応をするんだろう。

 もしかしたら、すぐに退治されてしまうかもしれない。


「ぷるるん、クモスケ、俺の服の中に隠れられる?」


「きゅっ」

 わしゃわしゃ!


 二匹は心得たとばかりに、俺のTシャツの中へ入っていった。

 ぷるるんは平べったくなって、俺の腹に張りついた。

 クモスケは胸の辺りに入った。


(なにかにぶつかったり叩かれたりしたら、クモスケが潰れちゃいそうだな)


「ぷるるん、クモスケを守れる?」

「きゅっ」


 Tシャツの下で、ぷるるんがクモスケを自身の身体で覆った。

 なにかに当たっても、ぷるるんがクッションになって守ってくれるらしい。


【隠密Lv.1】も発動させている。

 ジャケットを着てるから、多少膨らんでても変には思われないだろう。


(これでちょっとは……いや【隠密】があるなら【索敵】とか【魔物探知】とかいった技能もあるだろうし、安心はできないか)


 見つかったら【統率者】の能力を説明するしかない。


 けど、この世界のひとがこういう小さくて弱い魔物を、どういう存在として見ているかによるなあ。

 どんなに弱くとも、魔物はすべからく退治すべきというのが常識なら面倒な事になる。


 かといって、今から逃げるわけにも……。


 などと考えている間に、馬車が近づいてくるのが見えた。

 正確には二台の馬車と、その前後に五頭の馬だ。

 馬には鎧兜をつけている男たちが乗っている。


 護衛かな?


 若い女のひともひとりいる。

 俺は道の端へ避けた。


 すると、彼らが俺の前で止まった。


「こんなところでなにをしてるんだ?」


 馬の乗り手の一人が声をかけてきた。

 二〇歳前後の精悍な顔つきをした男だ。

 当然、聞いたことのない言葉だが、これまた当然のように完璧に理解できた。


 俺、じゃなくてあの女のひと、マジですごいわー。


 本当に神々とか呼ばれるような存在なんじゃなかろうか。

 改めて感心した。


「旅の者です。街へ向かっています」


 とりあえず無難そうな返答。


「徒歩で? 見たところ、この辺りの出身ではなさそうだが」

「色々と事情がありまして……」

「そうか。この先に野宿に適した広場がある。よければ一緒にどうだ?」


 ありがたいわー。


 彼らと一緒にいれば、魔物に襲われても大丈夫そうだ。


「それは助かります。ご厚意に甘えさせていただきます」


 というわけで、同行させてもらうことにした。


     *****


 ほんの数分で広場に着いた。


 そこは野営地として利用する人が多いらしく、焚火の跡があちこちにある。

 俺は彼らとともに焚火を囲み、用意してくれた食事にありついた。


「商人と護衛の方々でしたか」

「ああ。アシャンタで色々と買いこんで、クルーシュへ戻ってきたところだ」


 俺に声をかけてきた冒険者のサーキーがいった。

 彼は第五等級の冒険者で、ここにいる『赤風』という名の若い五人組パーティーのリーダーをしているそうだ。


 ちなみに冒険者の等級は最下等の第七等級から第一等級、さらにその上の特等級まである。

 第五等級でもそこそこのレベルらしい。


 また、魔物も同じ等級で分けられており、スライムと令嬢蜘蛛は進化していなければ最下級の第七等級以下だそうだ。


(知識がなさ過ぎて、どの等級がどれくらいの強さなのかイメージできないなあ)


 とりあえず、敬意をもって接しておけば間違いないだろう。

 ただ、へりくだりすぎても舐められて面倒な事になりそうだから、上手い具合にやらないとなあ。


 けど、サーキーとその仲間はそう悪いひとたちではなさそうだ。

 でなきゃ、馬に乗せてくれたり食事をごちそうしてくれたりするはずがない。


 ちなみに、ギルドに登録していないフリーの冒険者もおり、その中には第二等級以上の者もいるらしい。


 他にも騎士や傭兵、暗殺者等にも強い者がいる。

 それに加えて対魔物と対人とでは必要とされる術や能力が違ってくるため、単純に等級だけで強さを判断することはできないようだ。


 同行しているカドルーという名の商人は、クルーシュ王国のアースティカ商会で働いている二〇代半ばの男で、こちらも悪いひとではなさそうだ。


(といっても、ひとの善し悪しもよくわからないんだけど。

 こっちは元の世界と比べて、命の価値がめちゃくちゃ低そうだし)


 カドルーの傍に護衛の若い男がひとり。

 名はスーラで、こちらは冒険者ではなく商会専属の護衛らしい。


『赤風』のひとたちより強そうだ。


 俺は色々と思いを巡らせながら適当に相槌をうち、たいして美味くもない肉やスープを口へ運ぶ。


(この分だと、普段の食事だけでなく外食のレベルも低そうだなあ)


 まあ、それは仕方ないか。

 自分で色々と工夫するしかないだろう。


「それにしても、なぜこんなところにひとりで? しかも武器も持たずに徒歩でなど、いくらこの森ではさほど危険な魔物は出ないとはいえ、あまりに無防備でしょう」


 食事の最中、カドルーが当然の疑問を投げかけてきた。


「それが……ある女性に魔術で跳ばされてしまいまして」

「魔術で? どこから跳ばされたのですか」

「日本という国です」

「ニホン? 聞いたことありませんな。誰か知っている者はいるか?」

「いや、俺も知らねぇな。見たところ、ギリクと同じ東方人のようだが、おまえは知ってるか?」

「俺も知らない」


 サーキーの問いに、ギリクと呼ばれた男がこたえた。

 ギリクは俺と同じ東アジア系に近い顔をしている。


 他は白や黒、褐色の肌をした者もいるが、基本的にギリクも含めて、元いた世界のようにはっきり人種が分かれているのではなく、皆、色々と混ざっているように見える。


「あんたはバーラシーという国は知ってるか?」


 ギリクが訊いてきた。


「知りません。クルーシュという国もまったく聞いたことがありません。

 正直、ここが日本から見てどの位置にあるのか見当もつきません」

「よっぽど遠くから跳ばされたんだな。けど、その割りにこっちの言葉はやけに上手いじゃねーか」


「僕をここへ跳ばした女性が、魔術かなにかでこちらの言葉を理解できるようにしてくれたらしいです。よくわかりませんが」

「ああ、言霊術ってやつか。つっても、そこまで完璧に言霊を憑依させられる言霊術師なんて聞いたこともねぇ」


 俺は言霊術というものを聞いたことがないので、なんともこたえようがない。

 言霊を憑依ってどういうことだろう。


「服装もこの辺はもちろん、バーラシーやリーンディア聖王国でも見たことがない。

 とにかく、とんでもなく遠いところから跳ばされたのは確かなようだ」


 正解。


 ただ、その「遠く」は皆さんの想像よりはるかに距離があると思います。


「では、なぜこんなところに跳ばされたのですか?」

「わからないんです。わからないことだらけというより、わからないことしかないという感じです」


 まさか、妖精さんを助ける仕事を引き受けたら、ここへ跳ばされたなんていえるはずもない。

 ここはわからないで押し通すしかない。


「なにか許されないことをしでかしたとか?」

「ここまでされるようなことをした覚えはありません」

「その女性は名の知れた魔術師では?」

「さあ、会ったばかりだったので、よくわかりません。名前も聞いていませんし」

「そうか。これほどの力があるのだから有名な術師か、あるいは神々の眷族かもしれんな」


 神々の眷族なんてものがいるんですか?


 そう訊きかけてやめた。


 この世界ではそのような存在が常識であれば、こんな質問をすれば不審を抱かれかねない。

 今はどんなにささいなことでも、怪しまれることだけは避けておきたい。


 それにしても、やっぱり神々とかいう存在が、当たり前の世界なんだなあ。


 まあ、それも当然か。

 むしろ、魔術があったり魔物がいたりするんだから、それくらい当たり前でなきゃおかしい。



――しばらくはこんな感じで話をした。


 なにはともあれ、そこまで怪しまれずにやり過ごせることができた。


………………と思う。


     *****


「それにしても、ラッキーだったよな」


 食事を終えた後、『赤風』の一人がいった。

 ごつい体格にぴったりの大きな斧を帯びた、アルニーという名の男だ。


「ああ、あんな幸運はめったにない」

「いっておくが、私とスーラも分け前をいただくぞ。なにしろ、私がスライムの体液の確保を依頼しなければ、見つけられるはずがなかったのだからな」

「わかってるさ。全員で山分けだ」


 皆が上機嫌で酒を酌み交わしている。


 一方、俺は酒を断っている。

 異世界へきたばかりで酒に酔えるほど豪胆じゃないからだ。


 まあなんにせよ、機嫌がよさそうでなによりだ。


 クモスケとぷるるんは懐でおとなしくしてくれている。

【隠密Lv.1】のおかげか、冒険者たちにも気づかれていない。

 もしかしたら、弱すぎるおかげで彼らに気づかれずにすんでいるのかもしれない。


 スライムや蜘蛛くらいなら、いるのがわかっててもたいして危険じゃないから、普通は相手にしないということも考えられる。


「けど……あの娘はちょっと可哀想だったわね」

「妖魔憑きがあそこまで進んだら、もう二日ともたねーよ」

「それはそうだけど、ちゃんと殺してあげることはできたでしょ?」

「無茶いうな。黒班があれだけ顔に拡がってたんだ。もう少し長居してたら、俺たちにまで伝染っちまってもおかしくなかったぞ」


「それはそうだけど……あれだと死ぬまでにかなり長い時間、苦しむわよ」

「仕方ねーだろ。手間取っちまったんだから」

「そのとおりだ。可哀想だが、憎むべきはあんなやっかいな病を生み出したアシュヴィンだ」

「……ええ、そうね」


 彼らはなにやら剣呑な会話をしたかと思うと、しんみりした雰囲気になった。


 なにかあったんですか?


 などと訊ける空気じゃない。


 と、その時、


「妙だな」


 護衛の男、スーラが呟いた。


「どうした?」

「第六等級から第五等級の魔物が何匹かここへ向かってきている」

「「「「「「なに!?」」」」」」


 俺以外全員一斉に立ち上がった。

 よくわからないまま、とりあえず俺も立った。


「この辺は第七等級以下の魔物しか出ない森だぞ。なんでそんなところに……」

「わからん。だが、俺の【索敵Lv.2】は確実に魔物の気配を捉えている」

「とにかく話はあとだ。皆、戦闘準備だ!」


「「「「おう!」」」」


 サーキーの指示を受けて『赤風』のメンバーが一斉にこたえた。


「カズヤ、おまえは闘えるのか?」


 サーキーにそう訊かれて、自分も当事者の一人なのだと気づかされた。


「一応【剣術Lv.1】と【刀術Lv.1】はありますが、闘ったことはありません」

「む、そうか」

「けど、治療術ならLv.3まで使えます」

「Lv.3!? そりゃ凄ぇ! それなら後方で援護を頼む」


「わかりました。ですが、できれば剣か刀があれば、念のために貸していただきたいのですが」

「剣ならあの荷馬車の中にあるから、どれでも好きなものを使ってくれ」


 カドルーがいった。


「ありがとうございます。お借りします」


 俺は少し離れた場所にとめてある荷馬車の中に入った。


――――――なんかやばいことになった。


 魔物に襲われる? 

 サーキーたちが負けたらどうなるんだ?

 俺、死んじゃう?


 ぷるるんを治療術で癒したような都合の良い展開が、そうそう何度もあるはずがない。

 かといって逃げ出すこともできなさそうだ。


(勝ってくれることを祈るしかないか)


 俺はにわかに心臓がバクバクするのを感じながら、荷馬車の中を見回した。


 暗くてなにも見えない。


【生活Lv.1】の中のひとつ【灯火】を使った。


 これはごくわずかな魔力で一定時間、二、三本の蛍光灯くらいの光を発生させることのできる技能である。


 たちまち荷馬車の中が明るくなった。


 めっちゃ便利。


(剣なんか使ったことないけど……)


 どんな魔物が襲ってくるのかわからないが、なにも持たずにいるのは怖すぎる。

 気休めにしかならなくても、とにかくなにか武器を持たないと。


 武器を探しはじめると、


「人間さん、助けてくださいでち」


 どこからともなく幼い少女のような声が聞こえた。


「え!?」


 俺は声のした方向を見た。


 荷馬車の隅に鉄格子の檻があった。

 その檻の中に子猫くらいの大きさの少女が一〇人いた。


「お願いでち。あたしたちを元の場所に返してくださいでち」

「人間さん、お願いしますでち」


(妖精さんだ!)


 元の世界で見た三人の妖精さんと同じ姿だ。


 全員、裸で髪の色も黒、茶、金、銀、赤、緑等、様々――。

 肌も白、黒、黄、褐色等、多種多様だ。


 妖精さんを目の前にして、俺は改めて思った。


――――――なんちゅう可愛さや!


 人形のような、否、ぬいぐるみのような、可愛いという概念を極限まで表現しきった存在。

 こんなの誰だって愛さずにはいられないだろう。

 愛さなければ人間じゃない。


 あの女のひとは妖精さんを「愛を具現化した存在」といっていたが、それも納得の愛らしさだ。


(うーむ、こんな可愛い妖精さんたちを殺して薬にするのか……)


 許せん!


 俺は怒りが沸々と湧きあがってくるのを感じた。


 先ほどサーキーたちがラッキーとかいってたのは、妖精さんを見つけたことなんじゃないか?


 妖魔憑きとかいうやばい病気を唯一、治す薬を造れるという事らしいから、さぞかし高く売れるだろう。


(絶対に助けないと)


 けど、どうやれば助けられる?


 誰にも見咎められずに檻から助け出して、この場から離れることができるか?


――無理だ。


 そもそも、今は魔物に襲われている最中なのだ。

 妖精さんを助けている余裕などない。


 今のうちにぷるるんを外に出して、酸で檻を溶かし、妖精さんたちを脱出させて遠くへ逃がすというのはどうだろう。


――駄目だ、危険すぎる。


 それに、逃がしたのが俺だとばれたらまずいことになる。


(なにをするにせよ、今は様子を見るしかない)


「妖精さんたちは俺が必ず助け出す。けど、すぐには無理だからこのままじっとしててくれ」


 俺がそういうと、妖精さんたちの表情がパッと明るくなった。


「わかったでち!」

「おとなしく待ってるでち!」

「優しい人間さんに出会えて良かったでち!」

「これで安心でち!」


 無邪気に喜ぶその姿に、俺は胸が痛むのを感じた。


(なんでこれで安心できるんだ、素直すぎるだろ!

 助けられなかったらどうしよう……)


 彼女(?)たちが哀しむ姿を想像するだけで、胸が張り裂けそうになる。


 くそっ、あの女のひとも俺を世界最強にしてくれるとか、誰でも俺の命令には絶対逆らえなくなる魔術を使えるようにしてくれていれば、妖精さんを簡単に助けることができたのに!!!


 俺は心の中で愚痴りながら、手ごろそうな剣を取って外に出た。

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