15、ゴブリンとの対話
「よし、それじゃ洞窟に戻る前に……」
俺とリーシャは振り返った。
視線の先には、ゴブリン三匹が顔以外すべてをスライムの身体に包まれたまま、直立状態で囚われていた。
「こいつらをどうしたもんかなあ」
あとで仲間を連れてこられたら困るから、殺すしかないんだろうけど……。
虫でも獣でも魔物でも、なんであれ生き物を殺すのは抵抗がある。
ましてや、ゴブリンはひとに近い姿をしているのだ。
それを仕方ないからといって簡単に殺せるほど、俺はまだこの世界になじんではいないし割り切れてもいない。
いずれ、そうならなきゃいけないんだろうなあ。
そうだ、リーシャの【モフLv.3】で快楽に酔い痴れさせて仲間にしてしまえば……。
いや、それでゴブリンが裏切らないという保証はないか。
俺はゴブリンたちをじっと眺めた。
………………メッセージは流れないな。
ぷるるんやクモスケの時は、自然と『配下にしますか?』という声が聞こえてきた。
今回はいくら待っても無音のままだ。
相手にその意思がなければ駄目なのだろう。
配下になってくれれば『契約』で絶対服従を強いることができるんだけどなあ。
――――仕方ない。俺の見えないところで、スライムに消化してもらうか。
罪悪感に苛まれつつ、そう決断した時、
「人間の男、どうか助けてほしいゴブ」
真中に囚われているゴブリンがいった。
「ん?」
「ゴブたちはちょっと通りがかっただけゴブ。すぐにここから離れるから、命だけは助けてほしいゴブ」
「んんっ!?」
「おまえらのことは誰にもいわないゴブ。謝ってほしいなら謝ってやるゴブ。だからこのスライムをどこかへやってくれゴブ」
「早くお家に帰りたいゴブ」
「パパンとママンが心配してるゴブ」
「ゴブたちが可哀想ゴブ」
「ゴブがおまえなら許して土産も持たせて帰すゴブ」
「それ最高のアイディアゴブ!」
「天才ゴブ!」
「即採用ゴブ!」
「ちょ、ちょっと待て!」
俺は手で彼らを制した。
「なにゴブ?」
「許す気になったゴブ?」
「いや、そうじゃなくてだな、その……ゴブってのはなんだ?」
「ゴブ? なにをいってるゴブ?」
「だからそれだよ。なんで自分のことをゴブっていったり、語尾にゴブをつけたりするんだ?」
「「「?????」」」
ゴブリンたちは困惑しきった表情を浮かべた。
「……ゴブリンが自分ことをゴブっていったり、語尾にゴブをつけたりするのは当たり前ゴブ」
「だからゴブリンって呼ばれてるゴブ」
「そんなの常識ゴブ」
「マジで!?」
俺はリーシャを見た。
「はい。ゴブリンの種族名は、そういう理由でつけられたというのが定説です」
うーむ、まさかそんな理由でゴブリンと呼ばれていたとは。
――これは衝撃の事実だな。
「まさか……知らなかったゴブか?……」
ゴブリンたちは唖然とした様子で、互いに顔を見合わせた。
「……この人間、かなり頭が悪いみたいゴブ」
「わかりやすく話してやる必要があるゴブ」
「はー、面倒くさいゴブね……あっ、良いこと思いついたゴブ」
左のゴブリンがそういって口許に笑みを浮かべながら、
「人間の男、語尾にゴブをつけるゴブよ? ゴブに語尾をつけるんじゃないゴブよ?」
「ブブッ、駄目ゴブ! からかったら可哀想ゴブ!」
「お、面白くて我慢できなかったゴブ! ちなみに反省はしてないゴブ!」
「「「ブーッ、クスクスゴブ!」」」
――うわぁ、こいつらうぜぇ……。
これから殺されるかもしれないって、わかってないんじゃないか?
まだクスクス笑っている姿を見ていると、どう処理するか悩んでいたのがばからしくなってくる。
まあそれはともかく、人間の言葉を喋る人型の魔物なんて、よけい殺しにくくなったなあ。
「リーシャ、ゴブリンって人間の女をさらって子供を産ませるんだよな?」
「はい、だからゴブリンは忌み嫌われています」
「そ、それは誤解ゴブ!」
「なにが誤解なんだ?」
「ゴブリンはすぐ死ぬゴブ」
「人間やオーク、オーガとか、いろんな魔物にいっぱい殺されるゴブ」
「特に人間にいっぱい殺されるゴブ」
「だから一生懸命繁殖しないと、すぐに滅んでしまうゴブ」
「そのためにはゴブリンの女だけじゃ足りないゴブ。人間の女もたくさん必要ゴブ!」
「ゴブリンは仕方なく人間の女をさらうゴブ。無理やりさらうよう仕向けられているようなものゴブ」
「自分たちでたくさん殺しておいて、ゴブリンを忌み嫌うなんて、人間は酷過ぎるゴブ……」
「そ、そうか。それは確かに可哀想だな」
「同情はいらないゴブ」
「言葉だけならなんとでもいえるゴブ」
「哀れと思うなら、行動で示してほしいゴブ」
「行動?」
「そうゴブ。たとえば、今すぐゴブたちに土産を持たせて解放するとか……」
ゴブリンはそういってずる賢そうな笑みを浮かべた。
「いや、それはできないから」
「ええっ!? なんでできないゴブ!?」
「さっき可哀想っていったゴブ!」
「可哀想なら解放するのがスジというものゴブ!」
「土産も絶対忘れちゃいけないゴブ!」
「肉一〇キロが良いゴブ!」
「………………なあ、リーシャ。もしかして、ゴブリンが忌み嫌われているのって、人間の女をさらうからってだけじゃなくて、この図々しい性格も原因なんじゃないか?」
「だと思います。ていうか、絶対そうです。『わくわく魔物大百科』にも、ゴブリンはすごく卑劣で狡猾だって書いてありました」
「そ、それは誤解ゴブ!」
「許しがたい偏見ゴブ!」
「LGBT差別ゴブ!」
「いや、LGBTのGはゴブリンのGじゃないからな」
「そんなの知ったこっちゃねーゴブ!」
「肉食わせろゴブ!」
「図々しさの極みじゃないか!」
会話のあまりの不毛さに、頭が痛くなってきた。
これ以上話しても無駄だし、変に情が湧いても困る。
いずれにせよ、ゴブリンたちを生かして帰すわけにはいかないのだ。
最優先すべきは妖精さんとリーシャ、そしてぷるるんをはじめとする可愛い仲間たちの命だ。
そのためには、どこまでも冷酷にならねばならない。
――やっぱり、見えないところでスライムに処理してもらおう。
そう決めた時、背後から、
「にゃー」
まるるが一声鳴いたかと思うと、まるっまるっ、とこちらへ近づいてきた。
「まるるちゃん、どうしたんですか?」
リーシャがまるるを抱き上げた。
すると、
「おお、そんな、まさか……ゴブ……」
「なんと神々しいお姿……信じられないゴブ」
「我がゴブ生に一片の悔いなしゴブ!」
ゴブリンたちが涙を流して感動していた。
俺とリーシャはわけがわからず、ゴブリンたちとまるるを交互に見た。
「にゃー」
「ああ、もったいないお言葉ゴブ……」
「ゴブたちは果報者ゴブ」
「まるる、なんていったんだ?」
「にゃー」
「……そうか」
「なんていったんですか?」
「ただ鳴いただけだそうだ」
「……そうですか」
「なあ、おまえら、なんで丸猫を見ただけでそんなに感動してるんだ?」
「呼び捨てするなゴブ。丸猫さまと呼べゴブ」
「ゴブリンは丸猫さまを神々の一柱のごとく崇めているゴブ」
「この限りなく丸いお姿……。まさに神の創りたまいし、否、神そのものゴブ!」
「おい、人間の女、なんでおまえごときが神に触れているゴブ」
「なんでって、まるるちゃんとはお友達ですから」
リーシャは胸に抱いたまるるをモフりながらいった。
まるるは気持ちよさそうに、ゴロゴロと喉を鳴らした。
「神の御身体をあのように……くっ、羨ましすぎるゴブ!」
「こんなに羨ましいと思ったのは、生まれて初めてゴブ!」
「丸猫さま、ゴブたちにもモフらせてくださいゴブ!」
「にゅっ」
まるるは素っ気なく顔をぷいっと背けた。
途端にゴブリンたちは、ガーンとショックを受けた表情になった。
よくわからんが、ゴブリンが丸猫を崇めているのは確かなようだ。
「にゃっ」
まるるが話しかけてきた。
「ん?」
「にゃにゃ、にゃう、にゃー」
「……大丈夫なのか?」
「にゃー」
「うーん……」
まるるはゴブリンを助けてやれといってきた。
配下にすればなにかの役に立つらしい。
まあ、たしかにまるるのいうことならなんでも聞きそうだし、ゴブリンが配下になれば、いろんな面で助けになるのは間違いないだろう。
つーか、なんでまるるのいうことだけ、こんなにはっきりわかるんだろう。
「まるるちゃんはなんていってるんですか?」
「ああ、うん、それは……なあ、おまえら。このまま殺さずに解放してやってもいいぞ」
「ほ、本当ゴブか!?」
「じゃあ今すぐスライムに放すよう命令するゴブ!」
「もう動けないのは嫌ゴブ! 顔がかゆいゴブ!」
「けど解放したら、あとで仲間のゴブリンを連れて、俺たちを襲いに来るだろう?」
「……そ、そんなことしないゴブ!」
「今一瞬、言葉に詰まったじゃないか」
「嘘じゃないゴブ、たしかに最初はそのつもりだったゴブ。けど、丸猫さまがいらっしゃるとわかった今は、絶対に襲ったりしないゴブ」
「でも、言葉だけじゃ信用できないな」
「誓うゴブ! 絶対襲わないゴブ!」
「一度、喧嘩したらもう友達ゴブ! ゴブたちはマブダチゴブ!」
「顔がかゆいゴブ! 掻かせてほしいゴブ!」
「どうしても信用してほしいなら、俺の配下になってもらおうか」
「配下……ゴブ?」
俺は【統率者】と付属能力の【契約】について説明した。
「つまり、おまえの配下になって契約を結べば、これからも丸猫さまにお会いできるゴブ?」
「ああ。もしかしたら、いつかはリーシャみたいにモフらせてもらえるかもしれないぞ」
「そ、そんなの嘘ゴブ! 話がうますぎて信じられないゴブ!」
「で、でももし本当だったら……ゴブ……」
ゴブリンたちはじっと眺めるのは畏れ多いと思っているのか、まるるをちらっちらっと見ては目を逸らす。
「丸猫さまをモフる……夢みたいゴブ……」
「そんなことができたら、ゴブリン王になれるゴブ」
「まるるをモフるのがそんなに凄いことなのか?」
俺が訊くと、ゴブリンたちはやれやれとばかりに、フーッと溜息を吐いた。
「本当におまえは頭が悪いゴブね」
「馬鹿すぎて呆れてしまうゴブ」
「呆れを通り越して、憐みすらおぼえてしまうゴブ」
ゴブリンたちは本当に憐みのこもった目を向けてくる。
自分たちを殺すかどうか迷っている者を前にしながら、この態度――。
ある意味すごいと思う。
ま、それはともかく、
「へー、そんな馬鹿な俺でも、いつでも好きな時にまるるをモフれるんだけどなあ」
俺はそういって、見せつけるようにまるるへ手を伸ばした。
すると、
ぺしっ……。
俺の手がまるるに叩かれた。
「……」
「……」
「まるる、あいつらを羨ましがらせるためだから、おとなしくモフらせろ」
ぺしっ!
「そういう冗談はいいから」
「シャーッ!」
「ひいっ」
俺は手を引っこめた。
「ブブッ、あの人間、馬鹿すぎてやっぱり笑えるゴブ!」
「ゴブは最初から頭悪そうな顔してると思ってたゴブ」
「ブーッ、クスクスゴブ!」
もーホントうざいわー。
「まるるちゃん、カズヤさんと遊ぶのが大好きですから」
「いや、それは絶対違うと思うぞ」
リーシャは微笑みながらまるるを優しくモフる。
まるるがまた気持ちよさそうに喉を鳴らす。
「どうやらあの女が丸猫さまの次に偉いらしいゴブ」
「あっちと交渉するゴブ」
「おい女、あー……リーシャ」
「はい」
「ゴブたちを今すぐ解放するゴブ。そうすれば、もう二度とここへは近づかないでおいてやるゴブ」
「でも時々、丸猫さまとお会いしたいゴブ」
「でしたら、カズヤさんの配下になってください」
「えー、馬鹿の配下は嫌ゴブ」
「ゴブリンのプライド、略してプラゴブが許さないゴブ」
「プラゴブは大事ゴブ」
「でも、カズヤさんの配下になったら、いつでもまるるちゃんに会えますし、もしかしたら、いつかはまるるちゃんもモフらせてくれるようになるかもしれませんよ?」
「そ、それは信じたいけど信じられないゴブ」
「本当ですよ、ねー、まるるちゃん」
「にゃー」
「ゴ、ゴブッ!?……」
「ゴブー……」
「ゴ……ブ……!?」
(まるる、なんていったんだ?)
「にゃー」
「そうか」
やっぱり、ただ鳴いただけだったらしい。
「……わかったゴブ。おまえの配下になってやるゴブ」
「ゴブもなるゴブ」
「ゴブも!」
彼らがそういうと、すぐさま脳裡に、
『ゴブリン×3を配下にしますか?』
とメッセージが響いた。
「配下にする」
『ゴブリン×3が配下になりました』