14、少女を説得しよう
「「「ギギッ!?」」」
ゴブリンが戸惑いの声をあげた。
「お、おい、隠れてなきゃ駄目じゃないか!」
「あっ、出てきちゃ駄目だよ、妖精さん!」
妖精さんたちは慌てる俺とリーシャを通り過ぎて、少女の傍まで走っていく。
そして、彼女を守るようにゴブリンの前に立ちはだかった。
「ゴブリンさん、スライムちゃんと人間さんをいじめちゃ駄目でち!」
「仲良しが一番でち!」
「あたしたちがゴブリンさんの友達になるでち」
「馬場とアンドレも親友になったでち」
口々に説得する妖精さんたち。
それを三匹のゴブリン、俺とリーシャ、スライムたちは呆気にとられて見ていた。
「よ、妖精……?」
少女も探し求めた妖精の姿を目にして、喜ぶより前に呆然としている。
数瞬後、我に返ったゴブリンたちが、面倒くさいとばかりに剣を振り上げた。
「妖精さんっ!」
(クモスケ!)
俺はすかさずクモスケに呼びかけた。
それより一瞬早く、木の葉蔭からクモスケの糸が三筋、まるで光線のように伸びて、ゴブリンたちの顔に直撃した。
「「「グギッ!?」」」
ゴブリンたちは剣を止め、慌てて顔にまとわりついた蜘蛛の糸を拭い取る。
その隙に、俺はリーシャの背中にいたぷるるんを手に取り、ゴブリンたち目掛けて投げた。
「ぷるるん、まかせた」
「きゅっ」
ぷるるんは宙を飛びながら【狂乱Lv.1】を発動――。
五メートル超の大きさになって、ゴブリンたちの上へ落ちて行った。
たちまちゴブリン三匹が、ぷるるんに全身をすっぽり包み込まれた。
ゴブリンたちはぷるるんの身体の中で、海で溺れているかのように手足をジタバタさせる。
ぷるるんは身体をうねうね蠢かせて、ゴブリンを顔だけ出した状態でまっすぐ立たせた。
さらに蠢いて、三本の剣をペッと吐きだした。
「ギッ!? ギッ!?」
ゴブリンたちは身体を動かそうとするがピクリともせず、上官を前にした兵士のように直立不動状態となった。
「クモスケ、ぷるるん、よくやった」
わしゃっ!
「きゅっ!」
二匹は元気よく返事をする。
一方、カブトンは、
クィィィ……。
なんの役にも立てなかったと落ち込んでいる。
「今回はカブトンのちからを借りるまでもなかっただけだよ。これからいくらでも活躍の場はあるから気にしないでくれ」
クイッ!
フォローするとすぐに元気を取り戻す。
ホント素直で可愛いわー。
(他に魔物はいないか?)
俺はすべてのスライムに訊いた。
特に注意すべき魔物はいないという返事だった。
「よし、もうこの辺に危険な魔物はいないから安心していいよ」
「やったでち!」
「皆、怪我しなくてよかったでち!」
「もう怖がらなくても良いでちよ?」
色白緑髪の七葉が、少女に微笑みかけた。
呆然としていた少女はハッと我に返ったかと思うと、いきなり七葉に跳びかかり、両手で鷲づかみにした。
「あっ、い、痛いでち!」
「七葉ちゃん!」
「おい、なにをするんだ!」
俺は慌てて七葉を取り返そうとした。
「来ないで!」
少女が、近づいたら握りつぶすと脅すかのように、七葉を前に掲げた。
「私にはどうしても妖精が必要なの! だからこのまま見逃して!」
「見逃せるわけないだろ。七葉は俺たちの大事な家族なんだ」
「七葉? 家族?」
「その妖精さんの名前です。私も妖精さんもぷるるんちゃんと他のスライムさんたちも、カズヤさんもクモスケちゃんもカブトンちゃんもルドルフちゃんも、皆、家族なんです」
「妖精と魔物が……家族?……」
少女はキョトンとした表情を浮かべた。
それだけ突拍子もない話に聞こえるのだろう。
「たった今、妖精さんたちはなんの義理もない、会ったばかりのきみを助けようとして、ゴブリンに向かっていったんだぞ。そんな優しい妖精さんを、きみは無慈悲に殺して薬に変えるのか? そんなことをして、なんとも思わないのか?」
少女は俺の言葉に良心が疼いたのか、顔を歪めた。
だがそれでも、
「悪いと思ってるわよ! でも、妖精を持って帰らなきゃ、アーディが……」
少女は七葉を胸に抱きかかえながら、ポロポロと涙を流し始めた。
「いや、だからさっきの話の続きだけど……俺の治療術なら妖魔憑きを治せるよ」
「え!?……」
「俺なら治療術できみの妹の妖魔憑きを治せるっていってるんだ」
「……嘘」
「嘘じゃないです。私も顔の半分が黒くなるくらい症状が進んでましたけど、カズヤさんがあっという間に治してくれました」
「嘘よ! 妖魔憑きを治せる治療術師なんて、聖教会の聖女さまや司教さまでも聞いたことないのに」
「だったら、きみの妹で試してみたらいいじゃないか」
「妹で……試す?……」
「俺はきみが妖精さんを連れ去るのを許さない。妖精さんたちがなんといおうと、たとえきみを傷つけることになっても、絶対に妖精さんたちを守る」
「カズヤ、この女の子を傷つけたら許さないでち!」
「そんなことしたら「ポ○リ買ってこいダッシュな」の刑でち!」
「わかってる。それくらい強い気持ちでいるっていってるだけだよ。
で、どうする? このまま手ぶらで帰って妹が死ぬのを見守るか、それとも俺の治療術で、このリーシャのように健康になるか。どっちでも好きな方を選んでくれ」
「どっちって……」
「あ、めちゃくちゃ大事なことをひとついい忘れてた。俺の治療術で妖魔憑きを治せるんだけど、その代わり闇属性になるんだ」
「闇属性に……それって魔物になるってことじゃないの!!!???」
「なんか闇属性は魔物だけだっていわれてるらしいね。けど、それは間違いだ。俺もリーシャも闇属性だけど魔物じゃない。ごく普通の人間だ」
「…………ちょっと待って。頭が混乱してきた」
少女は左手で七葉を持ったまま、右手で額を押さえた。
いきなりいろんなことをいわれて、先ほど涙を流したことも忘れるくらい戸惑っているようだ。
俺はその間に少女を【診察】した。
*
名前:アーシュ・ディティヤ
種族:人間
主属性:光
従属性:火
技能:裁縫Lv.2
*
おっ、裁縫ができる。
しかもLv.2か。
仲間になってくれたら、妖精さんたちの服を作ってもらえるかも。
仲間になってほしいなあ。
よし、ここはゆっくり考える暇を与えず、一気に押し切ってやろう。
「考えてる時間はないと思うよ、アーシュ。こうしている間も、アーディの妖魔憑きはどんどん悪化しているんだからね」
「……」
「今、アーディはどこにいるんだ?」
「……自宅よ」
「ここからどれくらいかかる?」
「徒歩だと急いでも半日くらいかかるけど、馬だとそんなには……」
「馬はどこ?」
「行商人の馬車に乗せてきてもらったから、いないわ」
「だったら、ルドルフにきてもらおう」
「ルドルフ?」
「馬だ。ほら、あそこにいる」
俺は木陰を指差した。
そこにルドルフがいた。
「いつの間に!?」
「アーシュ、きみは今すぐルドルフに乗って家に戻って、妹をここへ連れてくるんだ。そうすれば、俺が治療術であっという間に治してやれる」
「ちょ、ちょっと待って! あなたに治してもらったら闇属性になるんでしょ!?」
「魔物になるわけじゃない。俺もリーシャも闇属性だけど、毎日元気に楽しく暮らしてるぞ」
「アーシュさん、嘘じゃありません、本当です。闇属性だから街や村には行けませんけど、それでも妖精さんたちやぷるるんちゃん、クモスケちゃん、カブトンちゃん、まるるちゃん、ルドルフちゃん、スライムさんたちと、毎日楽しく過ごしています」
「あたしたちも保証するでち。アーディちゃんも絶対ここへ来てよかったと思うのは間違いないでち」
「皆でバランスのいい山本選手ごっこをやるでち」
「アーディちゃんには宙に浮く天内悠の役をやらせてあげるでち」
「だから毎日楽しいでち」
「ズッ友でち!」
「え? え? バランス? ヤマモト?」
妖精さんたちナイス!
戸惑うアーシュへ、さらに畳みかける。
これから先は一秒たりともまともに考えさせない。
「騎乗はぷるるんにやらせる」
「えっ!? ぷるるんって、あのスライムのことじゃないの? スライムが馬に乗れるの?」
「ぷるるんは【騎乗Lv.3】を持ってるんだ。ぷるるん、ゴブリンの拘束は他のスライムにまかせて、こっちへきてくれ」
俺がそういうと、
「きゅっ! きゅっ、きゅー」
「きゅうっ」
ぷるるんが傍にいたスライムと会話をした。
スライムがうにゅうにゅとぷるるんに近づき合体した。
そして、合体した一部がうにゅんと切り離され、俺に近づいてきた。
役割を交代して入れ替わったようだ。
俺はぷるるんを拾い上げると、アーシュに差しだした。
「さあ、七葉を置いて、ぷるるんを受け取ってくれ」
「えっ、でも……」
アーシュは困惑顔で手の中の妖精さんとぷるるんを交互に見る。
まだ完全に決心がついていないのだ。
「大丈夫でち。カズヤならきっと○IOの野郎を倒してくれるでち」
「○IO? えっと……よくわからないけど……」
「妹を助けたいんだろ? だったら、早くぷるるんを受け取れ。ほら、ルドルフも待ちくたびれてるぞ」
「ヒヒーンッ」
「お、お馬さん!? ご、ごめんね?……」
次々に話しかけられて、アーシュはますます困惑の度合いを深めている。
さらに、
「きゅー」
「ぷるるんも早くしてっていってるぞ」
「きゅーきゅー」
「やだ、可愛い……」
ぷるるんの可愛さが強烈な追い打ちとなった。
もはやアーシュの抵抗も崩壊寸前といったところか。
そこへクモスケとカブトンが自分たちも協力しようと、こっちへ飛んでこようとした。
(あ、きみたちはいいから、じっとしててくれ)
わしゃ……。
クィィ……。
落ち込むクモスケとカブトン。
気持ちはありがたいけど、アーシュを怖がらせるだけだからなあ。
「アーシュ、今のままだときみの妹は妖魔憑きが進行して死ぬか、魔物になるかのどちらかしかない。そうなるくらいなら、たとえ闇属性になるとしても治療術で治して、俺たちと一緒に暮らす方が良いはずだ。
なあ、見てみろ。俺たちが不幸に見えるか? 見えないだろ?
それどころか、こんなにたくさんの友達がいて、毎日幸せいっぱいだぞ。
だから、きみの妹も絶対ここで幸福になれる。俺たちを信じろ」
「今なら特別に無呼吸連打のやり方を教えてあげるでち」
「海王の称号も名乗らせてあげるでち」
「……まあ、いってることはともかく、こんなに優しい妖精さんたちと一緒に生活して楽しくないわけがないと思わないか?」
「…………」
アーシュは手の中の七葉を見つめながら黙りこんだ。
妖魔憑きを放置すれば、妹のアーディは確実に死ぬか魔物と化す。
かといって俺の治療術を受ければ闇属性となる。
闇属性になれば魔物と見なされるため、もう街や村では生きていけなくなる。
悩むのも当然だった。
俺は彼女が決断を下すのを待った。
すると、七葉が口を開いた。
「アーシュちゃん、あたしたちが絶対、アーディちゃんを幸せにしてみせるでち。
仲良くなって毎日いっぱい遊ぶでち。疲れてへとへとになるくらいいっぱい笑うでち。だから、あたしたちを信じてくださいでち」
愛情のこもった言葉がトドメの一撃だった。
アーシュは覚悟を決めた表情になり、七葉をそっと地面に降ろした。
「わかった。あなたたちを信じる。お願い、アーディを助けて!」
「約束する。そうと決まれば、急いでアーディを連れてきてくれ。ルドルフ!」
ルドルフが待ってましたとばかりにアーシュの傍へきた。
俺は【収納】していた鞍と鐙を取り出して、素早く取りつけた。
「さっきもいったように、ぷるるんとルドルフが全部やってくれるから、きみは道案内をするだけでいい」
アーシュは頷くと、気をつかってしゃがんでくれたルドルフに騎乗した。
俺はぷるるんを手渡した。
「ぷるるん、ひとに見られたらまずいから、移動している間は【擬態】で姿を消しておくんだぞ。【隠密】も忘れずにな?」
「きゅっ」
「でも、スライムがどうやって手綱を操作するの?」
「きゅー」
「えっ、な、なに!?」
ぷるるんはアーシュの腕を伝ってうなじへ移動した。
そこから両掌へ、うにゅーんと身体を伸ばした。
ぷるるんの緑色の身体が、うなじと肩、腕、両手の甲を覆った。
「きゅー」
「……手綱を取ればいいの?」
「きゅっ」
アーシュが手綱を手にすると、ぷるるんは手綱に絡みついた。
続いて、アーシュがなにもしなくても操れることを示すように、上下に振って見せた。
「うん、これなら誰かが近づいてきても、アーシュが手綱を持ったままでいれば、スライムが操作してるなんて疑われることはまずないだろう。でも念のため、ぷるるんはひとに見られないように気をつけてくれ。中には【擬態】と【隠密】を見破るひともいるかもしれないからな」
「きゅっ!」
「危険を感じたら迷わず逃げろよ。アーシュとおまえたちの安全が第一だからな。それと、なにかあったらすぐに【伝心】で俺にいえよ。といっても、俺になにかできるというわけじゃないけど」
「きゅっ」
「ブフー」
アーシュは俺の傍にいる七葉を見た。
「七葉ちゃん、さっきはごめんね、怖かったでしょう?」
「気にしないでいいでち。それより早くアーディちゃんを連れて来てくださいでち。アーディちゃんと遊ぶのが待ちきれないでち」
「「「「「「「「「でち!」」」」」」」」」
「七葉ちゃん……妖精さん……」
アーシュの目に涙が滲んだ。
「アーシュ、俺たちは住処にしている洞窟で待っているよ」
「もう夜ですから、くれぐれも気をつけてください」
「……ありがとう。それじゃ行ってくるわ」
アーシュが涙を拭うと、手綱が振られ、ルドルフが駆けだした。