12、新たな武器と魔物の接近、少女の危機
「うふふ、まるるちゃんはいつ見ても可愛いですねー」
「仰向けになっても丸いんだな」
暖かな午後の木洩れ日の中、まるるは仰向けで眠っていた。
その姿は完全に球体である。
ちょっと押せば、そのままコロコロと転がっていきそうだ。
「完全に安心しきってるな」
屋内にいる飼い猫っぽい。
俺はまるるを起こさないように、そっと腹をモフってみた。
その直後、
『特殊技能【モフLv.1】を獲得しました』
脳裏にメッセージが響いた。
(特殊技能!? 【モフLv.1】!? なんだ、そのふざけた名前の技能は!?)
いつものように、疑問は一瞬で解決された。
どうやら、モフる対象を気持ちよくさせる技能で、まるるを何度もモフることで獲得条件を満たしたらしい。
特殊技能とは、特定の条件を満たさないと獲得できない技能のようだ。
【モフLv.1】を獲得するための条件のひとつは、丸猫を一定回数・時間、撫でることなのは間違いないだろう。
「どうしたんですか?」
リーシャが怪訝な顔で訊いてきた。
俺はハッとなった。
俺が【モフLv.1】を得たなら、俺より遥かにまるるを撫でているリーシャは…………。
俺はリーシャを【診察】した。
*
名前:リーシャ・シンドゥ
種族:人間
主属性:闇
従属性:
技能:モフLv.3 召喚Lv.1
*共有能力:隠密Lv.1
*雪宮和也の配下
*
【モフLv.3】!?
これは凄くないか!?
「リーシャ、いつから【モフLv.3】を使えるようになったんだ?」
「あ、いうの忘れてました。昨夜、寝てたら急に頭の中で【モフLv.3】を獲得しましたって声が聞こえたんです」
「レベル1と2をすっ飛ばして?」
「はい」
「もしかして、眠りながらまるるをモフってたとか?」
「モフってたというか、まるるちゃんのすぐ傍で寝てました」
「そうか……ぷるるん、ちょっときてくれ」
「きゅっ?」
ぷるるんが傍にきた。
俺はぷるるんを左手で抱き上げ、
「【モフLv.1】」
右手でぷにってみた。
「きゅうううん!」
ぷるるんは気持ちよさそうにぷるるるっと身体を震わせて鳴いた。
「気持ち良いか?」
「きゅっ!」
俺はぷにぷにを止めた。
スライムは毛がないのでモフれない。
できるのは「ぷにぷに」か「ぽむぽむ」だ。
それでも【モフLv.1】は効果があるのか試してみたのだ。
いつもより気持ちよさそうにしてたけど、はっきりとはわからない。
まだ俺のモフ術のレベルが低いからかもしれない。
「リーシャ、【モフLv.3】でぷるるんをぷにってみてくれ」
「はい」
リーシャはぷるるんを受け取ると、俺と同様に右手でぷにり始めた。
その途端、
「きゅううぅぅぅ……」
ぷるるんが溶けた。
というか、力が抜けて球形を保てなくなり、液体みたいになっている。
リーシャがすっと手を離した。
「きゅう」
ぷるるんが復活して球形に戻る。
今度はぽむぽむした。
するとまた、
「きゅううぅぅぅぅ…………」
ぷるるんが溶けた。
その鳴き声は初めて耳にした者でも、快楽に酔い痴れているのだとわかるくらい気持ちよさそうだった。
「リーシャ、試しに俺の頭を撫でてみてくれ」
「ええっ!? カズヤさんの頭をですか?」
「ああ、ちょっと確かめたいことがあるんだ」
「……わかりました」
俺は頭を下げた。
リーシャが遠慮がちに撫でてきた。
「はあああ……」
途端にえもいわれぬ快感が頭部にひろがりはじめた。
(こ、これは、ただ気持ち良いだけじゃない。まだ幼い子供だった頃、母の胸に抱かれながら優しく頭を撫でられた時のような、絶対的な安心感に満たされていく……)
あるいは、母の胎内で安眠を貪りながら、幸福感と共に誕生の時を待つ胎児の悦楽か――。
「カズヤさん?」
「ハッ!?」
俺は我に返った。
「大丈夫ですか? なんだかボーッとしてましたけど」
「あ、ああ、問題ない」
やばい。
まだ頭が、否、全身が心地よさの余韻に包まれている。
これはある意味すごい術というか、強力な武器なんじゃないか?
一度でも【モフLv.3】でモフられたら、誰もがリーシャを好きになってしまいそうだ。
(【モフLv.3】で魔物や動物、虫なんかもモフって回ったら……)
周辺を味方でいっぱいにできるかもしれない。
けど、どいつもこいつもリーシャの傍から離れなくなってしまったら、それはそれでやっかいだな。
(いつ使うかはリーシャと相談して決めよう)
ともあれ、俺たちは新たな武器を得た。
*****
さらに一週間が経過した。
その間、また冒険者らしき者たちが何度か森を探索にきた。
そのたびにスライムたちやクモスケ、カブトンがすぐに気づいて【伝心】で俺に知らせてくれた。
やることは毎回同じ。
俺はすぐさま洞窟内に置いてあった荷物や生活の痕跡を【収納】し、リーシャや妖精たちとともに冒険者たちから離れた場所へ移動する。
冒険者たちが帰ったのをスライムたちに確認してもらうと、俺たちはまた洞窟へと戻る。
その繰り返しだった。
そして、今日も昼前に冒険者があらわれ、日が暮れる前に森から去っていった。
俺たちが洞窟へ帰りついて、やれやれと思う間もなく、再びスライムから連絡があった。
「魔物が近づいてる!?」
「えっ!?」
思わず漏らしてしまった俺の言葉に、リーシャが驚きの声をあげた。
――きゅううう。
「三匹か……」
どんな魔物かまではわからないが、とにかく三匹、北方からこちらへ近づいているようだ。
といっても真っ直ぐにというわけではなく、獲物を探して回っている様子らしい。
そこまで危険な魔物というわけではないのか、スライムからは危機感が伝わってこない。
「大丈夫なのか?」
――きゅっ。
スライムたちが集まれば、【酸弾】で撃退できる。
また、いざという時は狂乱状態になることができるので、なにも問題はないと判断したらしい。
「わかった。闘う必要はないから、そのまま見張っておいてくれ」
――きゅっ。
「魔物が出たんですか?」
「ああ。けど弱い魔物らしくて、スライムだけでも簡単に追い払えるそうだよ」
「そうですか。よかった」
「それにしても面倒くさいな。魔物が近づくのは仕方ないとしても、せめて人間たちがそろそろこの森に妖精はいないって認識してくれんものかな」
「仕方ないです。妖精さんはお金になりますから」
「ぷるるんたちにも頑張ってもらってるんだけどなあ」
スライムたちには狩られたりしない程度に酸を吐きかけて、嫌がらせをしてもらっている。
妖精が見つからない上に武器や防具を酸で傷つけられたら、冒険者たちもうんざりして、もう二度とこの森に足を踏み入れまいと思ってくれるかもしれないからだ。
(いずれ、スライムの森以外に身を隠せる場所を探さないといけなくなるかもしれないな)
というか必須だな。それもできるだけ早く。
などと考えていると、妖精さんたちがやって来て、
「どうやら、あたしがなんとかするしかないようでちね」
褐色肌の一葉がいった。
「なにか冒険者がこないようにする良い方法があるのか?」
「あるでち」
「へぇ、どんな方法なんだ?」
俺が訊くと、一葉は自信ありげな笑みを浮かべた。
「ぷるるんちゃん、例のあれをやるでち」
「きゅっ」
「皆はちょっと離れているでち」
妖精さんたちが一葉から離れた。
ぷるるんが一葉に近寄って、柱のような形状になった。
高さは俺より少し大きいくらい。
太さは抱きしめても指が全然届かないくらいだった。
一葉はぷるるんと向き合い、両拳を胸の前にかざした。
そして、おもむろに口を開いた。
「風の流法『でち砂嵐』」
という言葉と共に、両腕をぐるぐると小さく回しはじめた。
途端にぷるるんの全身がうねうねと大きくうねりだした。
「……………………これはなにかな?」
「誇り高き戦士の秘技でち。砂嵐の小宇宙でち」
「この技があれば、誰もこの洞窟に入ってこれないでち」
柱状のぷるるんが雑巾を絞ったような形になると、うねりが治まった。
「………………うん、いざという時は頼むな」
「まかせておくでち。これで波紋の一族を蹴散らしてやるでち」
一葉は得意げに胸を反らす。
「……なあ、一葉、ひとつ訊きたいことがあるんだが」
「なんでちか?」
「なんで『○砂嵐』を知ってるんだ?」
「そんなこと問題ではないでち! 大事なのは皆を守れるか否かでち!」
「お、おう、そうだな。けど、異世界のことを知ってるのは変じゃ……」
「さあ、今から皆で練習するでち!」
「「「「「「「「「でち!!!!」」」」」」」」」
妖精たちがテテテテーッと洞窟の中へ入っていった。
「俺の質問を軽くスルーしたなあ」
あまり突っ込んじゃいけないことなのだろうか。
妖精さんは謎が多い。
…………まあ、楽しそうだからいいか。
傍で見ていたリーシャもニコニコしてるし。
――さて、そろそろ夕飯の準備でもするか。
そう思った時、さっき魔物の侵入を伝えてくれたスライムから、また連絡があった。
三匹の魔物に新たな動きでもあったかと思いきや、そうではなかった。
人間が森の中へ入ってきたらしい。
(ひとり? 女?)
――きゅっ。
その女は冒険者ではないのか、危険はないとスライムは思っているようだ。
とはいえ、見つかるわけにもいかんし……また逃げるしかないか。
ああ、マジで面倒くせぇ。
うんざりしつつ皆に知らせようとした時、洞窟に入ったばかりの妖精さんたちが、また外へテテテテーッと出てきた。
「どうした?」
「近くで女の子が泣いてるでち!」
「女の子?」
「助けに行かなきゃでち!」
妖精さんたちは説明もそこそこに、洞窟から東の方角へと走っていこうとする。
「ちょっと待ってくれ。女の子のなにをどう助けるんだよ」
「傍に行って慰めるでち」
「一緒に遊ぶでち」
「一緒に寝るでち」
「笑顔になるまで傍にいるでち!」
そういや妖精さんは、人間が苦痛・苦悩に喘いだり絶望に陥った時にあらわれるって、あの女がいってたな。
たぶん、それが妖精さんの本能なのだろう。
妖精さんたちの安全のためには、このまま行かせるわけにいかない。
だが本能であるならば、妖精さんたちはここで止めても、俺やリーシャが寝ている間にこっそり抜け出して、少女に会いに行ってしまうだろう。
(うーん、どうしたもんかな)
方角からすると、その女の子はたった今スライムから連絡があったのと同一人物だろう。
もしかしたら、妖精さんを探しにきたのではなく迷い込んでしまったのかもしれない。
どんな理由であれ、妖精さんたちに会わせたらまずいことになる。
その少女が妖精さんのことを他者に漏らせば、よりいっそう多くの冒険者がここへ押し寄せてくるだろう。
その上『赤風』と商人たちに、俺がスライムの拘束から逃れたのではと疑問を抱かれかねない。
そうなると、自動的に俺が妖精さんを盗んだと推測されてしまうだろう。
それだけは絶対に避けなければならない。
やっぱり妖精さんたちの前に、俺とリーシャが会って話を聞くしかないな。
ただ迷い込んだだけなら良いんだけど……そんな都合よくいくはずないだろうなあ。
かなりの確率で、妖精さんの捕獲が目的だろう。
身内が妖魔憑きになったとかが理由で。
俺はやれやれとばかりに、フーッと溜息を吐いた。
「わかった。それじゃ、皆で一緒に行こう。ちょうど洞窟から離れなきゃならなくなったところだし。
けど、まず俺とリーシャがその女の子に会って話を訊くぞ。妖精さんたちが会うのはその後だ。それでいいか?」
「良いでち」
「そうと決まれば、早くその女の子を助けに行きましょう!」
「きゅっ」
わしゃっ。
クイッ。
「ヒヒーンッ」
「にゃー」
傍で話を聞いていたリーシャたちが、妖精さんたちを励ますようにいった。
「皆も来てくれるんでちか?」
「うん、私も妖精さんたちに助けてもらったもんね。今はカズヤさんとぷるるんちゃんたちもいるんだし、その女の子も絶対、笑顔になってくれるよ」
そんな簡単な話じゃないんだけど……。
そう思ったが、俺はなにもいわないでおいた。
リーシャと妖精さんたちの純粋な気持ちを、かき乱すようなことはしたくない。
「……あたしたちは最高の仲間を得たでち」
「これでエジプトへ旅立てるでち」
「○IOの野郎、首を洗って待ってやがれでち!」
話がまとまったので、俺は急いで洞窟内の荷物を収納した。
ぷるるんを肩と胸に張り付かせ、そこへ妖精さんたち五人に乗ってもらった。
リーシャにも他のスライムで同様にしてもらい、残りの五人をまかせた。
クモスケとカブトンは俺の頭髪につかまった。
まるるはリーシャが胸に抱いた。
森の東側は他所よりも一段と木々が鬱蒼と生い茂っていて馬は進みにくいので、
「ルドルフは後からゆっくり来てくれ」
「ブフーッ」
「よし、行こう」
俺たちは泣いているという女の子の元へ向かった。