9、召喚術の練習とぷるるんの進化
召喚術はレベルに応じて、召喚できる魔物の数が決まってくる。
レベル1だと一匹のみ。
レベルがひとつ上がるごとに、召喚できる数が一匹ずつ増えていく。
なので、レベル1しか使えない者が新たに魔物を召喚しようとすると、まず先に呼び出した魔物を還さなくてはならない。
還す前に主従契約を結んでおけば、何度でも同じ魔物を召喚することができるようになる。
術者が該当する魔物の主となることを宣言し、魔物がそれを認めれば契約成立となる。
リーシャとまるるも主従契約を結んだ。
よって、いつでもまるるを元の場所へ還すことができるのだが、まるるはそれを望まなかった。
――このままここにいたいらしい。
つまり……。
「おい、まるる。おまえにいられるとリーシャが召喚術を練習できなくなるんだ。だから、いったんおまえを元の場所に……」
「シャーッ!」
「むむ、配下の癖に、俺を威嚇するな!」
「シャーッ!」
まるるがリーシャの膝の上で丸くなりながら、とぼけた顔で牙を剥き出して威嚇してくる。
「しばらくの間だけで良いんだ。練習のために……」
「シャーッ!」
「一時間だけなら」
「シャーッ!」
「じゃあ一〇分……」
「シャッ、シャーッ!」
………………これはいったいどういうことだ。
命令しているんじゃない。
頼んでるんだ。
なのに、まったく聞く耳を持ちやがらねぇ。
つーか、配下ってなにかね?
「妖精さんたちもいっぱいいるから還りたくないんですよ」
「だとしても、リーシャには召喚術をどんどん練習してレベルアップしてもらわないと困るんだ」
「そうですね。まるるちゃん、今日じゃなくて明日なら還ってもらえる?」
「……にゃうーん」
「ちょっとだけなら良いっていってます」
こいつ、リーシャのいうことは聞くんだな。
「仕方ない。今日は俺が召喚術の練習をするか」
「にゃー」
「頑張れっていってます」
「そうかー」
なんて役に立たない召喚獣だろう。
「カズヤ、頑張るでち!」
「あたしたちがついてるでち」
「もっと丸猫さんを喚び出すでち」
「丸猫さんの楽園を作るでち!」
「にゃーっ」
「いや、それは勘弁してくれ」
よし、俺がもっと強くて忠実で頼りになる魔物を召喚してやる!
といっても、俺が使えるのは【召喚Lv.1】なので、当然、それに見合ったレベルの魔物しか召喚できないのだが。
ちなみに召喚術を成功させる上で大事な点がひとつ。
召喚したい魔物をできるだけはっきりイメージすること。
姿形だけでなく、匂いや手触りまでリアルに思い描くことである。
優秀な召喚師は皆それをして、望んだとおりの魔物を自在に喚びだしているらしい。
もちろん俺とリーシャにそんなリアルな想像はできないし、なにより本物の魔物を少ししか観ていない。
知識は『魔術の基礎』と『魔術大全』に載っているイラストだけである。
なので、召喚したい魔物はほぼ出せない。
できるのは漠然としたイメージで術を発動し、求めたのに近い魔物が出てきてくれるのを願うことだけだ。
リーシャは可愛い魔物をイメージしたんだろうなあ。
怖い魔物より可愛い方がいいもんな。
といっても、出てきたのはブサイクで性格の悪い猫だったけど。
俺は可愛い魔物じゃ駄目だ。
強い魔物じゃないとな。
強い魔物……プーチンや千代大海みたいな、強くて頼りになる魔物……。
(【召喚Lv.1】)
俺が手をかざした先に闇球が生まれた。
やはり俺の場合、初めてでも呪文の詠唱は必要ないようだ。
闇球がどんどん大きくなり、やがて……消えた。
と同時に、なにかが地面の上に落ち、跳ねた。
「……魚?」
親指くらいの小さな魚が、ピチピチと跳ねていた。
【診察】してみた。
*
種族:魔物・小魚
主属性:闇
従属性:水
*
小魚ってなんだよ!
技能もないし!
「カズヤさん、早く還してあげてください。お魚さんが可哀想です」
「あ、そうだな。還れ」
小魚は瞬時に消えた。
「にゃふぅ……」
まるるが出来の悪い弟子の不手際を嘆く賢者のごとき吐息を漏らした。
それだけでなく、わざとらしく首を左右に振りさえした。
「ぐぬぬ……」
「カズヤ、ドンマイでち」
「次があるでち」
「まだ始まってもいねーよでち」
「か、カズヤさん、お魚さんも可愛かったです!」
「リーシャ、それ慰めになってないからね」
とはいえ初めてだったわけだし、そんなにがっかりすることもないだろう。
とにかく練習あるのみだ。
*****
結局、あれから陽が暮れるまで練習したものの、召喚できたのは小さな魚ばかりだった。
はあ……まあいい。
明日からはリーシャも練習できるようになるし、俺も少しは成長したはずだ。
うん、そうに違いない。
つーことで、そろそろ夕食の準備でもするか。
と思い立った時、ぷるるんが帰ってきた。
「きゅっ」
「おかえり、ぷるるん」
「ぷるるんちゃん、お帰りなさい」
「「「「「「「「「「お帰りでち!」」」」」」」」」」
まるで家族のように、皆が声をかける。
「何匹、合体できたんだ?」
俺はそういいながら【診察】した。
*
名前:ぷるるん(+森スライム×62 土スライム×40)
種族:魔物・森スライム
主属性:闇
従属性:水
技能:酸弾Lv.1 狂乱Lv.1
*共有能力:隠密Lv.1
*雪宮和也の配下
*進化することができます。
*
森スライム六二匹に、土スライムとかいうのが四〇匹か。
合わせて一〇二匹。
かなりの数だな…………ん?
「『*進化することができます?』ってどういうことだ?」
「きゅううっ、きゅう、きゅうんっ」
……詳しいことはよくわからんが、とにかく進化するらしい。
「ぷるるんちゃんが進化するんですか?」
「うん、なにに進化するのかはわからないけど」
「きゅうう?」
「なんていってるんですか?」
「進化していいか訊ねてる」
「じゃあ早速、進化してもらいましょう! もしかしたら、もっと可愛くなるかもしれません!」
「うん。そうだな。ぷるるん、進化してくれ」
「きゅうっ!」
次の刹那――――――。
ぷるるんの緑色の身体がパァーッと眩い光を放った。
「おおう……」
「綺麗です……」
「「「「「「「「「「でち……」」」」」」」」」」
一〇数秒後、光は唐突に止んだ。
そこに現れたのは……。
「……全然、変わってなくないか?」
さっきまでと同じ姿のぷるるんだった。
「でも、少しだけ大きくなってませんか?」
「ちょっと逞しくなっているでち」
「うーん、そうかー?」
いわれてみれば、たしかにほんのり膨らんでいるような気がしないでもないけど……。
とりあえず【診察】してみた。
*
名前:ぷるるん(+森スライム×2)
種族:魔物・樹海スライム
主属性:闇
従属性:水
技能:酸弾Lv.2 狂乱Lv.2 擬態Lv.2
*共有能力:隠密Lv.1
*雪宮和也の配下
*
「樹海スライム!?」
森スライムの時とどう違うんだろう。
確かに技能のレベルは少し上がったし、擬態とかいう能力も得てるけど、見た目も雰囲気もほとんど変わっていない。
ほんの少し緑が濃くなったかな?
「樹海スライムっていうんですか? ちょっと強くなった感じがします」
「ぷるるん、試しに【擬態】を使ってみてくれ」
「きゅっ」
返事と共に、ぷるるんの姿がスーッと消えていった。
「え!? ぷるるんちゃんが消えちゃった!?」
「どこにいったでち?」
「あ、ここにいるでち」
妖精さんがさっきまでぷるるんがいた場所をぺちぺち叩きながらいった。
どうやら姿が見えないだけで、ぷるるんはそこにいるらしい。
「【擬態】を解いてくれ」
「きゅっ」
ぷるるんが再びスーッと姿をあらわした。
「なるほど。周囲の風景に融けこんで見えなくなる能力か。俺たちも使えるのかな」
俺は【擬態】を俺とリーシャ、クモスケ、妖精さん、ルドルフ、まるるに【共有】させようとした。
妖精さんは共有できたが、他は無理のようだ。
しかし、【擬態】が使えるなら、ぷるるんたちには【隠密】以外の能力を割り振ったほうが良いかな。
……いや、姿が見えないと、人間が寄ってくるかもしれない。
そのままにしておこう。
「しかし、一〇〇匹以上と合体して進化もしたのに、全然大きくならないんだな」
「きゅっ」
ぷるるんは俺の言葉に返事をしたかと思うと、まるで風船のように膨らみはじめた。
「大きくなれるのか!?」
「きゅっ」
子猫くらいの大きさだったのがどんどん大きくなっていく。
俺よりでかくなっても、さらに膨らんでいく。
やがて、狂乱状態の時と同じくらい大きくなった。
「すごいな。素でこれなら狂乱状態になったら……あ、ならなくていいぞ」
「おっきいですねー」
「ぷるるんちゃん、すごいでち」
「上に乗せてほしいでち」
ぷるるんは求めに応じて自身に群がってきた妖精たちを、身体をうねうねとエスカレーターのように動かして、一番高い場所へ移動させた。
「高いでち」
「遠くまで見えるでち」
「リーシャちゃんもカズヤも、いと高き者の許へ来るでち」
「いや、これから夕食を作るから後でな」
正直、もっと強くなってほしかったが、贅沢はいうまい。
まだスライムはいるだろうし、もっと合体すればさらに進化するかもしれない。
つーか、するだろう。
「ぷるるん、また分裂して仲間全員にこの辺を見張ってもらって、魔物や人間が近づいてきたら、俺に【伝心】で知らせてもらうことはできるか?」
「きゅうっ」
「それじゃ、今からそうしてくれ」
「きゅっ」
ぷるるんはまた身体をうねうねさせて妖精たちを地面に下ろした。
「ひー、怖いでち!」
「お腹がひやっとしたでち!」
下ろすのが速すぎてジェットコースターのようだったらしく、妖精さんたちが悲鳴をあげた。
「きゅうん……」
「責めてるわけじゃないでち」
「むしろ、怖いのが面白かったでち」
「また上に乗せてほしいでち」
「きゅっ」
ぷるるんはぷるるるっと身体を震わせたかと思うと、ぽんっぽんっと身体の一部を飛ばしはじめた。
地面に落ちた身体の一部は、すぐにうにゅうにゅと這い進んで、この場を離れていく。
中には緑でなく、茶色がかった個体もいる。
あれが土スライムなのだろう。
ぷるるんがどんどん小さくなっていき、また元の子猫くらいの大きさになった。
【診察】すると、
*
名前:ぷるるん
種族:魔物・樹海スライム
主属性:闇
従属性:水
技能:酸弾Lv.1 狂乱Lv.1 擬態Lv.1
*共有能力:隠密Lv.1
*雪宮和也の配下
*
分裂しても樹海スライムのままで技能も同じだが、レベルは一になった。
一〇〇匹が一匹になるのだから、それも不思議はないか。
続けて、離れていく土色のスライムを一匹【診察】してみた。
*
名前:*ぷるるん
種族:魔物・土スライム
主属性:闇
従属性:水 地
技能:酸弾Lv.1 狂乱Lv.1 擬態Lv.1
*雪宮和也の配下
*
あれ?
名前が『*ぷるるん』になってる。
どういうことだろう。
ぷるるんが主、この土スライムが従の立場で合体したってことかな。
ひとつになっている時はぷるるんの意識が支配して、分裂したらまた元の個体の意識に戻るのかな。
それか、分裂してもぷるるんの意識も混ざってるとか……。
うーん……。
【共有】も外れているけど、分裂してもすべての個体が俺の配下になってるみたいだし、今のところはこれでいいかな。
技能とレベルも一匹の時のぷるるんと同じ。
…………ん?
普通のスライムは【狂乱Lv.1】は持っていないはず……。
ってことは、どのスライムも合体したら、ぷるるんの持っている技能を自動的に獲得できたってことか?
んー、どれもこれも結論付けるにはデータが足りなさ過ぎる。
これから少しずつ調べていこう。
――などと考えていると、ルドルフも帰ってきた。
「ルドルフちゃんお帰りなさい」
「「「「「「「「「「お帰りでち」」」」」」」」」」
「きゅうーん」
「食える草は見つかったか?」
「ヒン」
「そうか。よかったな。んじゃ、夕食はいらな……」
「ヒヒーンッ!!!」
「わ、わかった。ルドルフの分も用意するから、そう怒るな」
なんだか、普通に反抗する配下が多いなあ。
ぷるるんやクモスケみたいな素直で可愛くて従順な配下を増やしたい。
そこへクモスケも帰ってきた。
「クモスケちゃんお帰りなさい」
「「「「「「「「「「お帰りでち」」」」」」」」」」
わしゃわしゃ。
「飯は食ったか?」
わしゃわしゃ。
「さすがにクモスケは俺が飯を用意しなくてもいいよな?」
……わしゃ。
クモスケは一瞬躊躇したものの、同意してくれた。
反抗しかけたのではなく、皆と一緒に食事をしたいと思ったらしい。
可愛い奴だ。
「よし、それじゃ飯作るか」
「私も手伝います」
「「「「「「「「「「手伝うでち!」」」」」」」」」」
「きゅっ」
「ヒヒンッ」
「にゃっ」
わしゃっ。
うん。幸せ家族って感じだな。
これを守るためにも、俺も含めて皆、早く強くならないとな。
俺は改めて気を引き締めた。