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私の敬愛する姫君

寂しさを抱えていた少年は

私はノブル・ターブルロンド。ターブルロンド辺境伯の第一子にしてターブルロンドを受け継ぐ者。それ以上でも、以下でもない。しかし私は、残念ながら見た目は威厳ある父ではなく優しく愛らしい母に似てしまった。ストロベリーブロンドの髪と紅い瞳、母に似た可愛らしい顔立ちのせいであまり男扱いして貰えず、さらにはちょっとアレな趣味の男性からそういう目で見られたりと色々と苦労してきた。…だが、私は父も母も大好きだ。愛している。優しくて、父を心から敬愛する母は淑女の鑑だと思っているし、そんな母に愛された父は領地、領民を大切にしている。日々忙しく働く父は素直に尊敬できる人だ。…これで、母のように私や母に興味を持ってくれれば最高なのだが。…しかし、父は忙しい人だ。無理を言うのは良くない。この気持ちは、僕の胸の中にしまっておく。


そんな日々の中で、突然ある報せが舞い込んできた。私をリンネアル・サント・エルドラド王女殿下のお話相手に任命するという。…嬉しい。まだ、幼いため父の仕事の手伝いも出来ない私が、やっと家のために役に立つ機会が与えられた。もちろん二つ返事でお受けする。母は誇らしそうだった。母の期待に応えられるように頑張ろう。


ー…


「は、はじめまして。リンネアル・サント・エルドラドです。よろしくね」


「お初にお目にかかります。ノブル・ターブルロンドです。リンネアル・サント・エルドラド王女殿下におかれましては、ご機嫌麗しく」


初めて見た姫君は、それは愛らしい方だった。ブロンドの髪と碧瞳。国王陛下によく似たお顔立ち。きっと、見た者全ての心を奪われるに違いない。さっきまで緊張していなかったのに、姫君を見た途端一気に緊張してきた。


「とりあえず、えっと…お茶にしましょう!」


会話に困ったのか、お茶を勧めてくる姫君。性格も、可愛らしい方のようだ。


「ふふ。はい、喜んで」


私が微笑むと、姫君は感心したような表情をされる。


「…?姫君?どうしました?」


「あ、いや、余裕があって大人だなぁって思って」


「そんなことありませんよ。私だって緊張しています。ほら」


私は姫君の手を自然に取って、自分の胸に当てる。


「本当だね。よかったぁ。私だけが緊張してるのかと思ってた」


「ふふ、姫君は可愛らしい方ですね」


「そういうノブル君はかっこいいね!」


…え、今、姫君はなんて?


「私が…かっこいい、ですか?」


「うん!とっても!」


「可愛い…ではなく?」


「うん!」


かっこいい…私が…父に似なかった私がかっこいい…!ダメだ、このままじゃ泣く。姫君の前で無様を晒すわけには…っ!


「ノブル君!?どうしたの!?」


「すみません、姫君…。私は、こんな容姿なので男なのに可愛いとしか言われたことがなくて…う、嬉しいです、姫君。初めて、かっこいいなんて言われました。ありがとうございます」


思わず本音を漏らす。


「そうなんだね。でもノブル君は本当にかっこいいよ」


その言葉で、一気に涙が溢れた。


「姫君…」


「リンネでいいよ」


「リンネ様…本当にありがとうございます。」


ー…


お茶ついでに弱音を全部ぶちまける。泣いたおかげもあって、私はかなりすっきりした気分だ。


「ノブル君…本当に苦労してきたんだね…ビスケット一枚あげるよ」


「ありがとうございます、リンネ様…不恰好な姿をお見せして申し訳ありません」


「いやいや、男の子だって泣きたい時はあるよ」


また男扱いしてくれるリンネ様に心が救われる。私は、これからこの方のために出来る限りを尽くそう。


「これからは、姫君の良きお話相手として尽くさせていただきます。改めてよろしくお願い致します」


「こちらこそお友達としてよろしくね」


「…お友達?ただのお話相手ではなく?」


「ん?それってお友達でしょう?」


リンネ様は、おそらくまだ幼いためご自分の身分がわかっていないだけかも知れない。でも…嬉しい。


「…ふふ。リンネ様は不思議な方ですね」


「えっ…そう?」


「はい、とても」


出会ってすぐに、こんなにも私の心を解してくれた。不思議な方です。


「そういえば、辺境伯ってやっぱり忙しいの?」


父の話になる。正直言って、私はあまり父のことを知らない。リンネ様に退屈をさせないだろうか?


「はい。父はいつも国境付近の警備や領内の様々な仕事で大忙しです。まあ、実際に動くのは兵士や領民ですが」


「でもみんなを管轄するのって大変でしょう?」


「はい、私はまだ幼いので手伝わせては貰えませんが…見ているだけでも、大変な仕事です」


「そっかー。私の兄様も大変そうなんだよね」


「国王陛下ともなれば父とは比べ物にならない程お忙しいでしょうね」


「でも私とのお茶の時間や晩餐は取ってくれるの。ノブル君のお父さんは?」


そうか。やはり国王陛下はリンネ様を溺愛しているらしい。無理もない。こんなに愛らしい方なのだから。


「父は…仕事人間なので」


「そうなんだ」


「私にも、母にもあまり興味はありませんよ」


「え?そんなことないよ!」


「…ふふ」


そう言って下さるのは、貴女様だけですよ。


「だったら、試してみる?」


「え?」


「よし、そうしよう!」


「?」


リンネ様は、何を試す気なのだろう?


「リンネ」


「ティラン兄様!ちょうどいい所に!」


国王陛下がリンネ様の元へ来る。私は隅に控える。


「あのね、ティラン兄様!」


「リンネ。落ち着いて聞け」


「…?」


なんだか切羽詰まった様子の国王陛下。まさか…なにかあったのか?


「ターブルロンドのご子息。お前も落ち着いてよく聞け」


「…はい」


私にもお話なさるということは、ターブルロンドでなにかが…?


「我がエルドラドの癒しの森に、闇の沼地が出来た」


…!まずい。まずいまずいまずいまずいまずい!まだ聖女は現れていないというのに!


「おそらく、ターブルロンド辺境伯は持てるだけの力すべてを持って領地を、領民を守るだろう。…その後は、ターブルロンドの頑張り次第だな。下手を打つと国内まで侵入される」


リンネ様は黙り込む。怖いのだろうか?


「…」


「リンネ?」


「ティラン兄様」


「ああ」


「私とノブル君に外出許可と転移魔法の使用許可をお願いします」


…リンネ様は、何を?


「リンネ。お前はこの国の唯一の王女だ」


「はい」


「戦場は遊び場じゃない」


「うん。わかってる」


「下手を打てば死ぬこともある」


「うん」


「それでも、行くのか」


「うん!」


「…シャパリュを連れていけよ」


「わかった!ほら、ノブル君!行こう!」


「えっと…でも…」


「いいから早く!」


結局、私はリンネ様をお止めすることが出来ずに、ターブルロンド辺境伯領に戻った。するとリンネ様が不思議な行動を取る。


「…?リンネ様?」


「なにやってるんだ、リンネ。お前は百合姫だ。もっと堂々としていていいんだぞ」


「そんなことどうでもいいから!しー!」


私と国王陛下に静かにするよう言い含めるリンネ様。そして父が兵を集めているホールの扉の前でちょっとだけ扉を開ける。リンネ様は意外と悪戯っ子なのだろうか?


「何してるんだ?リンネ」


「ふふ、リンネ様はお茶目ですね」


「だってなんかこうしなきゃいけない気がしたの!二人とも黙ってターブルロンド辺境伯の言葉を聞いて!」


リンネ様があまりにも必死なので、国王陛下と顔を見合わせ、真剣に父の話を聞く。


「いいか。皆の者。これは我が国、エルドラドの威信を賭けた戦いである!」


「はっ!」


「我らが命は王の為に!我らが人生は民の為に!


そして!


我らが愛は妻と子の為に!」


…え、待ってくれ。だって、今まで一度もそんな素振りを見せることはなかったじゃないか。なんで。なんで、こんな時に。


「我らが愛する者のため!意地でも、例え命を散らしたとしても絶対に魔獣を一匹たりとも通すな!」


「はっ!」


「では総員、配置に付け!」


「はっ!」


私達は、そこまで聞くとそっとその場を離れた。


ー…


「ノブル君、誤解は解けた?」


「ありがとうございます、リンネ様…はい、私と母は確かに父に愛されていたようです」


「この戦いが終わったら、よくお話した方が良いよ」


…おそらく、闇の沼地のせいでもう、そんな余裕はないだろうけれど。


「はい」


「…リンネ、どうする?用が済んだならもう帰るか?」


「ううん。なんだか、このまま帰っちゃいけない気がするの」


「…?リンネ様、まだなにか?」


リンネ様には、今や危険地帯となった我が領にいて欲しくはない。


「シャパリュの出番な気がするの」


「えっ…怪猫シャパリュですか?」


「うん、私と契約してるの」


妖精の王と?リンネ様が?…ああ、私は、心の何処かでリンネ様を色無しだと侮っていたらしい。そんな自分に嫌気がさす。


「さすがはリンネ様です」


「ありがとう。それでね、癒しの森が見える一番見晴らしのいい場所に案内して欲しいの」


「え?」


「シャパリュに魔獣を殲滅させるために」


「…!」


…出来るのか?いや、出来たとしても闇の沼地を浄化しない限りは魔獣はまた溢れ出す。…一時的な措置でしかない。


「リンネ、そこまでしなくても俺が出るから大丈夫だ」


「でも、どうしてもそうしたいの…そうしなきゃいけない気がするの」


「…本気なんだな」


「うん」


「わかった。なら、俺がシャパリュに魔力を回してやる。思う存分暴れさせてやれ」


「ティラン兄様、ありがとう!」


国王陛下は、とことんリンネ様に弱いらしい。ならば、せめて私もリンネ様と共にいよう。盾の代わりくらいにはなれる。


「…では、僭越ながら私がリンネ様をお守りします」


「わかった。よろしくね」


「はい!」


「なら、俺がターブルロンド辺境伯に話をつけてくる。お前達はここで待ってろ」


「はい!」


ー…


その後は、国王陛下が父に話をつけてくれて、私とリンネ様と国王陛下は癒しの森が見える一番見晴らしのいい場所に案内された。あの父が王族を巻き込むことを良しとするとは…国王陛下は、一体どうやって言い含めたのだろう。


「じゃあ、始めるよ!」


「はい!」


魔獣の出現を確認すると、リンネ様は国王陛下にシャパリュへ魔力を回してもらいつつ、シャパリュに命令をする。


「怪猫シャパリュ。妖精の王。…すべての妖精の力を束ね、魔獣どもを殺しなさい。…屠れ」


シャパリュはリンネ様の命令に、間髪いれずににゃおーんと返す。そして、今度は癒しの森に向けてにゃおーんと大声を出す。すると、癒しの森は闇の沼地から出た瘴気を癒すように、暖かな光で満たされる。…これが、妖精!


「…すごい」


私はただ、呆然とその神秘的な光景を見ることしか出来ない。シャパリュはそのまま、癒しの森に駆けていく。しばらくすると、癒しの森全体から魔獣たちの悲鳴、絶叫が聞こえ、魔獣が粗方片付いた頃には、妖精達の光は眩いほどのものになる。そして…。


「…闇の沼地が、消えた?」


国王陛下は呆然としていらっしゃる。私は、感動と興奮を抑えきれない。


「…すごい!すごいですリンネ様!まさか我らがターブルロンドの兵を使うことすらなく魔獣を駆逐してしまうなんて!しかも闇の沼地を浄化してしまわれるなんて!」


「シャパリュの力だよー。シャパリュと契約してよかった。妖精達も協力してくれたし」


いや、いくら妖精達が力を束ねても闇の沼地の浄化は難しい。リンネ様は、多分聖女なのだろう。リンネ様が居たからこそ、浄化出来たのだ。


「…リンネ」


「はい、ティラン兄様!」


「…今回の、闇の沼地の浄化。秘密に出来るか?」


「え?」


…国王陛下は、何を言っているのだろう。


「お言葉ですが、国王陛下。リンネ様の功績は非常に素晴らしいものです」


「だからだ。俺はリンネに余計な責務を負わせたくない」


「…!…失礼致しました」


そうだ。それでなくてもリンネ様は百合姫。その上聖女の称号も得てしまうと、忙しさで大変になる。数年後の、聖女認定式までは隠しておいてもいいだろう。…闇の沼地に苦しむ者には悪いが、リンネ様のためを思うとやはり秘密にしておくべきだ。幸い、我らがエルドラドには闇の沼地はない。


「いい。気にするな」


「…えっと?」


「…リンネ、ターブルロンドのご子息。このことは内密に。頼む」


「はい、ティラン兄様がそういうなら」


「今回の闇の沼地の件自体、なかったことにしましょう」


「そうだな、それがいい。ターブルロンド辺境伯と兵には俺から箝口令を敷く」


「お手数お掛けします…」


ぽんぽんとリンネ様の頭を撫でる国王陛下。何もわかっていない様子のリンネ様が愛おしい。


ー…


今日は、父と母と久しぶりに三人で晩餐をとることになった。


「貴方、ノブルは王女殿下のお話相手になったのよ」


「聞いている。…ノブル、肩の力を抜いていい。ここには家族だけだ」


「はい、父上」


私は正直リンネ様と会ったときよりも緊張している。


「父上」


「どうした?」


「私も、父上のような立派な領主になれますか?」


父は、私の言葉を聞き驚いた様子だ。


「ああ、なれるとも」


そう一言言うと、頭を撫でてくれる。


「母上」


「ええ」


「私も母上のように、家族を大切に出来るようになれますか?」


「もうなってるわよ」


くすくすと笑う母。その笑い声に、私は癒される。


「父上、母上。…愛しています」


そういうと父は目頭を押さえる。母はにこにこ笑顔だ。


「私は、仕事にかまけてお前達との時間もあまり取れないというのに…」


「この子はそういう子なんです」


ああ、と思う。私は、こんなにも愛されているのだと。私は何を捻くれていたのだろう。素直に受け取れば、いくらでも愛されているのだとわかっただろうに。


「あの、ところでご相談が…」


「?どうした?」


「初恋をしました。しかし相手には婚約者がいます。どうしたらいいでしょうか」


父と母は目を丸くします。


「…私とマリアは、政略結婚だった。しかし、私の初恋はマリアだ。私のアドバイスは参考にならん」


困った様子の父。そうか、父は母が初恋か。何故だかなんとなく嬉しい。


「そうねぇ。私も漠然とこの人と結婚するものだと思って、いつの間にか好きになっていたから、わからないわ」


…参考にはならないけれど、二人が両想いで結婚したなら嬉しい。


「…我がエルドラドでは、王族はハーレムを作れます。逆ハーレムは、出来ないのでしょうか?」


我ながら烏滸がましいとは思う。思うけれど、諦めきれない。初めて家族以外で私を男扱いしてくれた人。初めて私をかっこいいと言ってくれた人。私の父への誤解を解いてくれた人。我が領を救ってくれた人。…例えハイリヒトゥームにいつか嫁がれるとしても。…せめて、今だけは恋していたい。


「…あー、ノブル。その話は私達以外の前ではしてはいけない。いいか?」


「はい、父上」


「私達貴族は貴族社会というしがらみがあるわ。でも、心だけは自由よ」


「はい、母上」


「成人するまでの間は、婚約者は作らないでおこう」


「え?」


「それまでに綺麗さっぱり振られて、新しい婚約者ちゃんを大切にしなさい」


「っ!はい!」


父は、母は。ここまで私を大切に思ってくれる。…うん、私も、こんな家庭を築きたい。だから、いつか、ちゃんとリンネ様に振られよう。そして前を向こう。…だから、それまでは、どうか。


私の敬愛する姫君でいて下さい、リンネ様。

しかし家族に愛される

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