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9、人間の習慣に戸惑う魔王

「おはよう、カール。朝食の用意ができたよ。起き上がれそうなら、外の井戸に行って顔を洗っておいで」


「はい」


(顔を洗う? なぜだ)


 窓から外を見ると、井戸のまわりにはたくさんの人がいた。順番に、大きな木の器に水を入れ、顔をバシャバシャ洗っているようだ。

 俺は、水浴びではなく、なぜ顔だけを洗うのか理解できなかった。だが、それが人間の習慣なら仕方ない。


 俺は、ベッドから起き上がり、そばに置いてあった木靴を履いた。ぶかぶかだな……。


 そして、外に出て井戸に近寄った。


 俺のことは、知れ渡ってしまったのだろう。見たことのない人間も、俺の名を呼びニコニコとしている。媚びているような者もいるが、ほとんどは優しい笑顔だ。


 俺は、水の入った木の器を差し出されたので、さっき見た真似をして、バシャバシャと顔を洗った。顔を上げると、ゴワゴワした布を渡された。


「顔を拭くものないよね。これを使って」


「ありがとう」


 風魔法で一瞬で乾かせるのだが、人間の習慣に慣れる必要がある。俺は布を受け取り、顔を拭いた。


(人間は、面倒だな)




 俺は、昨夜はベッドで寝たフリをしながら、遠く離れた魔王城の様子をサーチしていた。

 この距離だと、音を聞くにはそれなりの魔力が必要だ。下手に魔力を使うと、誰かに勘づかれるかもしれない。だから映像のみだ。


 主要な配下達は、俺が命じた言葉の意図を正確に掴んでいるようだ。特に争うこともなく、しっかりと戦後処理を進めている。


 城の中をあちこちとサーチしたが、特に異常はないようだ。宝物庫の中は、ここからでは見えぬな。記憶の鏡が暴れていなければいいが。


(なんだ?)


 なぜか食堂にいる配下達は、酒を飲みながらメソメソしている。マルルがいじめたのだろうか。もしくは、戦乱が終結して戸惑っているのかもしれんな。


(ん?)


 突然、俺が見ている映像が、マルルの顔の、どアップを映した。ふっ、相変わらず緊張感のないマヌケな顔だな。俺は視点を変えた。だが、しばらくすると、またマルルの顔だ。そしてこちらを指差し、何やら騒ぎ始めた。


(チッ! あの小娘にはバレたか)


 俺は、サーチをやめた。マルルは俺よりもサーチ能力が高い。これ以上続けると、俺の居場所が探られてしまいかねない。


 今度は、城以外の場所をざっとサーチした。だが、これには光の柱は映らない。そして、サーチバリアのある場所も見えない。魔王城から見ていた景色と、なんら変わりはなかった。


(やはり、城を出て正解だったな)




 顔を洗って家の中に戻ってくると、俺が寝ていた部屋のテーブルには、朝食が並んでいた。


 パンの香ばしい香りが俺の胃を刺激した。

 キュルルル〜


「おや、カールはお腹が空いているんだね」


 レイシーは、やわらかく微笑み、椅子をひいた。


「ここがカールの席ね」


「はい」


 そういえば、昨夜と同じ場所に同じ人間が座っている。わざわざ座る場所を決めているのか? これもよくわからない習慣だな。



 だが、席に座ってなんとなくその理由がわかった。この方が、レイシーが給仕をしやすいのではないか。


 まだ人が座っていない席にも、食事が置かれていた。それぞれの好みや種族に合わせているのか、その量や種類が異なるようだ。


 俺の席に置かれたのは、焼きたてパン二個とリンゴジュース、そしてリンゴの入ったサラダだった。


 他の席には、リンゴジュースはなくミルクが置いてある。昨日、俺がリンゴジュースを気に入っていたからだな。


「どうぞ、召し上がれ」


「はい」


 俺は、まずリンゴジュースを飲んだ。やはり美味い。パンも悪くない。昨日食べたのはパサパサだったが、このパンはカリカリしている。リンゴの入ったサラダは、まぁこんなもんだろう。俺としては、葉っぱはいらない。リンゴだけでいいんだがな。


 しかし、肉はないのか。昨日もわずかな肉しか食べていない。人間も、肉は食うはずだが?



「ねー、肉は〜?」


「昨日ので無くなったらしいから、今日、街道の宿場町に行ってくるよ。昨日収穫したリンゴと交換してもらうから、今夜は肉をたくさん食べようか」


「おっちゃん、アホウ鳥の肉は嫌だよ〜」


「わかったわかった」


(おっちゃん?)


 この家の子供達は、俺を拾った男とレイシーの子かと思っていたが違うようだ。俺と同じく、拾われた子なのかもしれないな。



「そうだ! 動けるようなら、カールも一緒に行くかい? 服も何もないだろう? その服は古着だし、木靴では動きにくいだろうからね」


「えー、カールの服と交換したら、肉が減るじゃん。なんで、服がないんだよ」


「コラッ! ビーツの服も、交換しているだろう? カールは、着ていたものが焼けてボロボロになったんだよ。魔法袋以外は、全部、アホウ鳥の炎に焼かれたんだ」


(あー、アイツらをアホウ鳥と呼ぶのか)


 確かにアイツらは、頭が悪い。集団で群れるから罠にもかけやすい。なるほど、人間の食料になっているのか。


「それでよく生きていられるな。カールは本当に勇者ってことか。僕も神具があれば……」


(いや、神具じゃないが……)



 俺はもう、この家の者達の誤解を解こうとするのは辞めた。疲れた、という方が正確か。一度、そうだと思い込んだ人間の意思を変えることが、こんなに面倒だとは知らなかった。だから人間は洗脳されると、なかなか解けないのだな。


 この人間の性質を、シードルは利用しているのだろう。教会は、シードルを崇拝する者の集まりだ。裏切ることもない。

 俺から見れば、ちょっと気味が悪い。シードル教徒は、自分の頭で考えることを放棄しているように見える。



「ビーツは、魔族だろう? 神具は装備できないんじゃないかい?」


(ん? 魔族には見えぬが)


「えー、じゃあ、俺、魔族やめる」


 魔族に憧れているのか? 人間の子供の考えていることは、全く理解できない。人間は人間が一番優れていると考えているのではないのか?


 だが、レイシーも、その婿も、優しい顔で微笑んでいた。拾った子供を甘やかしすぎじゃないのか?



「あの、僕は服は自分で買います。できれば、剣も欲しいんですけど、その宿場町には武器屋はありますか」


「カール、遠慮しなくていいんだよ。子供だと言われたくないだろうが、俺達から見れば子供だ。お金を持っているなら、本当に必要なときまで持っていなさいよ」


(いま、必要なときじゃねぇのか?)


「勇者だから、銀貨を持っているのか? 魔法袋の中身を見せてみろよ」


 ビーツは、俺になぜか絡む。勇者だということにしてあるのに、なぜだ? 怖れないのか?


「ビーツ、そんな風に言うもんじゃないよ」


「だって、カールは勇者らしくないじゃん。普通、勇者の家系なら、もっと偉そうに威張ってるだろ」


「みんながそういうわけではないよ。会ったばかりの子に、そんな風に接するもんじゃないよ」


 レイシーから叱られて、ビーツはブスッと膨れっ面をしていた。俺の態度が間違っていたのだろうか。だが、大人に対する態度は、正解だったようだ。子供への態度は、また別なのか。


(人間は、複雑だな)



 だが、俺は人間に慣れなければならない。見たいというなら見せてやるか。


 俺は席を立ち、小さなテーブルの方へと移動した。


「オールアウト!」


 魔法袋に中身をすべて出すように指示をした。だが、重力魔法をかけた金貨は出てこなかった。


 小さなテーブルの上には、テーブルクロスが二枚と、布のカバン、そして小さな皮袋の財布が出てきた。


「まぁ、カール。全部出さなくても……」


 中身を出した俺の行動に、レイシーは慌てたようだった。うーむ、無作法だったのだろうか?


「ビーツが見たそうだったので。でも、重力魔法をかけて入れた金貨は出てこなかったですけど」


「えっ? 金貨? カール、嘘だろ? 見せてみろよ」


 金貨が見たいのか? そういえば、宝物庫の番人は、田舎だと金貨を持っている人間は少ないと言っていたか。


(しまった、失言だったか)


 だが仕方ない。俺は、魔法袋から金貨を1枚取り出して、テーブルに置いた。


「うわぁ! ほんとに金貨を持っていやがる」


「カール、この金貨は装備を揃えるために、家長から渡されたんだね。大事にしまっておきなさい」


「これ1枚だけじゃなくて、まだあります。だから、これで、服や剣を買いたいです」


「そ、そうかい。わかったよ。じゃあ、一緒に行こうか。この布も高価な物だね。野宿用に持たされたんだね。布のカバンも、皮袋の財布も、上質な物だ。でも剣がないね。なるほど、あの争いで失くしたんだね」


(これで上質なのか)


 剣は失くしたわけではないが、もともと持っていなかったのは不自然か。話を適当に合わせておくか。


 俺は、コクリと頷いた。


「なんだよ、カールは金持ちの坊やじゃねぇか。くそっ」


「勇者の家系だからだよ。先祖がそれだけの働きをしてきたんだから当然のことさ。でも、戦乱が終結したから、これからは大変だね」


 俺を拾った男は、俺を哀れむような目をした。威勢の良かったビーツも、ハッとした顔をして黙り込んだ。


(神命のことか……)


 今頃、勇者の街は大騒ぎになっているのだろうか。ちょっと覗きに行ってみるのも面白そうだな。



「さぁ、食事が終わったら、馬鳥車を出すよ。ビーツ、積み込みを手伝ってくれるね」


「チッ、わかったよ。リンゴの収穫は僕の仕事だし」


「あ、じゃあ、僕も……」


「カールは、このテーブルの上の荷物を片付けておくれ。布のカバンは肩にかけておく方が、買い物には便利かな」


「はい、わかりました」


 彼らが部屋から出て行くのを見送り、俺はテーブルクロスを魔法袋に収納した。そして、金貨を皮袋の財布に入れ、布のカバンに放り込んだ。



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