85、魔王の波動
「このガキが!」
「カールちゃん、危ないから小屋に戻っていなさい」
「危なくないですから、戻りません」
俺は、魔王の波動を使った。俺が広げた手からの振動は、直接頭の中に強いストレスとして伝わるのだ。魔族はすべて動けなくなる。そして、魔族の血が混ざっている者も恐怖を感じるはずだ。
バタバタ
バタン
あちこちで魔族が倒れた。俺は倒れた奴らに、さらに強いストレスを与えた。なるほどな、左耳か。倒れた魔族は気絶し、皆、左耳から出血していた。
「カールちゃんは、いったい……」
「里長、さっき、名乗りました」
呆然としている里長は放置して、倒れている住人達を軽くさっと回復した。俺の波動を受けた奴は、ガタガタと震えていた。魔族の血が混ざっている者が多かったのだな。
「魔王……か」
「今は人間の姿ですけどね」
「チカラを失って人間の子供に?」
俺はあいまいな笑顔を浮かべた。
「襲撃者は、今ので、ここ数日の記憶を失ったと思います。だから、里ごと逃げなくでも大丈夫ですよ。それに、おそらく、コイツらに対する神の洗脳は解けたでしょうから」
「そうか、左耳から……これは、ここに仕掛けがあったのか。しかし、神が……シードル様が呪いを使うだなんて……」
里長は、ガクリと肩を落としていた。シードルの使者として作り出されたあとは、長い間、神のために様々な仕事をしてきたのだろう。
彼自身が裏切ったわけではないのに、完全に切り捨てられたということだからな。
この里の住人は、里長を気遣うように彼の元へと近寄ってきた。俺のことはまだ怖れているようだが。
「里長、これでもう、キッパリと切り替えましょう。彼らを保護することを後ろめたく感じる必要はありません」
「お、おい、おまえ、カールちゃん……いや、魔王の前だぞ」
住人は、俺には知られてはいけないと感じているのか。だが、事情はもうわかっている。
里長は、俺をチラッと見て、フッと笑った。
「カールちゃんと話していて、神に似ていると感じたのは気のせいではなかったのだな。魔王は、神の分身ですからな。それに、すべてわかっているようですな」
「この里の人達のサーチをしたわけではありません。話は聞こえていました。介入する気はなかったのですが、あのままでは里長が始末される。そんなことになると、俺達は、タダ飯を食ったことになりますからね」
そう返事をすると、里長は満足げに頷いた。
「やはり、そうか。魔王は、恐怖の対象のように言われていたが、実際には神と変わらない慈悲の心を持っていたとは……。そうか、今の神は、切り捨てた分身よりも、邪に染まってしまった……」
「神は自分の悪しき心から魔王を創り出したけど、そもそもの悪しき心が再び戻ってきただけのようです。アイツが最も神としての心を持っていたのは、魔王を切り捨てた直後でしょう」
「そうだな。それなら、魔王、貴方が神になればいい。あ、いや……チカラを失っているのでしたな。革命軍が貴方を神の罠に引き寄せ、そして貴方は殺されたと聞いています。ただの人間の子供になってしまわれたか」
俺は、少し迷ったが、あえて否定する必要もないと判断した。どこに、シードルの耳があるかもしれないのだからな。
ガン! ガタガタ、ガタン!
丸太小屋から、大きな音がした。見ると、赤ん坊ドラゴンが、扉を破壊していた。
「えっ!? なんだ? トカゲか?」
(バカだな……)
クゥは、皆に見られて固まっている。
「クゥちゃん、バレちゃったじゃないの」
クゥ〜
赤ん坊ドラゴンは、うなだれている。派手な音をたてたのに、コッソリと扉を開けたつもりか。
だが、あの結界を破るだけの力があるようだな。里長が張った結界は、消え去っていた。
「シルル、寝てたんじゃないの?」
「だって、外がうるさかったし、なんか頭が痛くなって、クゥちゃんもピリピリしてたんだもん」
(あー、さっきの魔王の波動か……)
「ごめん、ちょっと変な術を使ったんだ。そこは結界もあるし、防御バリアも張ったから大丈夫だと思ってたよ」
「なんか、カールが機嫌が悪そうな何かが伝わってきたよん。何をしたの?」
「うーん、魔族を従わせる術だよ。魔族の血が混ざってると効いちゃうみたいだね」
「そっかー。あっ! 血のニオイがする」
シルルは、こちらへ走ってきた。クゥも、人化して、シルルの後ろからついていった。
「トカゲが人化? いや、まさか……」
クゥは、俺の方は絶対見ないようにしているようだ。何かをやらかしたら留守番だと言ってあったからな。
おそらく、シルルが扉が開かないと言ったのだろう。人化したままではどうにもならず、ドラゴンの姿に戻ったということらしいな。
「クゥは、ドラゴンなんですよ。変異種です。僕が成長エネルギーを与えたので、子供ですが人化できるようになったのです」
「そうか、だがシルルちゃんの弟がドラゴンだということは、シルルちゃんも?」
「いえ、血の繋がりはありません。クゥは、シルルを母親だと思っているようで……シルルは弟として扱っています。卵から生まれたときから、シルルが育てているので」
「なるほど、それでこんなに懐いているのか」
ふと見ると、シルルは、気絶した奴らを確認し、クゥに何か指示をしている。すると、クゥは回復魔法を使った。たいした効果はないが、目覚める程度には回復するようだ。
(回復魔法も覚えたのか)
そして、シルルは、目覚めた奴らに、白い『魔力だんご』を食わせている。まだ団子を持っていたのか。
団子を食べて回復していく襲撃者に、里の住人達は驚き、そして再び剣を構えた。だが、住人達は軽くしか回復していない。戦えるほどの力はないと思うが……。
「シルルちゃんは、いったい何者なんだ? あんな状態から、完全に回復させているが、それほど魔力があるとは思えない」
「里長さん、シルルはポーション効果のあるアイテムを使っただけです。彼女は、敵味方に関係なく、治療してしまうんですよ。幼児期に血にトラウマがあるようでしてね」
「そう、か。まるで聖女様のようだな。神に仕える白狐にも、シルルちゃんのような性質があるんだよ。彼女達は、私達にとって憧れの聖女様でな」
「へぇ、そうですか」
なるほどな。シルルのあの行動は、母親の血か。
「女だと? なぜ我々を治療した? ここはいったい?」
治療された襲撃者達が、警戒を強めていた。里の住人が剣を構えているからだろうが。
「うん? なんか耳から血が出て倒れてたよん。だから、クゥちゃんが回復魔法を使って、あとは団子で治したんだよん」
「なぜ、倒れていた?」
「知らなーい。私は寝てたもん。でも、里の人が警戒して剣を抜いてるから、おじさん達が、勝手にここに入ってきたんじゃない?」
「そ、そうなのか……直近の記憶がない」
「耳から血が出ていたのは本当か? あ、そうだな、左側のえりが血で汚れている。誰かに洗脳されていたのが、何かによって解除されたか」
シルルは、首を傾げていた。
「わかんないけど、ちょっとゆっくりしておく方がいいと思うよん」
シルルは、剣を抜いている里の住人の方を向いた。
「おじさん達も、怪我してる? クゥちゃんが、そう言ってるんだけど」
「あぁ、そいつらのせいでな」
「そっか、じゃあ、おじさん達も食べて。ポーション効果があるよん」
シルルは、住人達にも、白い『魔力だんご』を配り始めた。見慣れないアイテムに戸惑っているようだが、襲撃者達が回復したことを見ていたため、ひとりふたりと食べ始めた。
里長にも渡そうとしたが、彼は断っていた。
「シルルちゃん、大丈夫だ。彼が助けてくれたからね」
「そっかー。カールは強いからね」
「珍しいアイテムだな。どこで手に入れたのかな」
「うん? ん〜と……」
シルルは、俺の顔をジッと見た。ふむ、一応、なんでもペラペラしゃべってしまうわけではないのだな。
俺は、手のひらで団子をこねた。
そして、5色の団子を里長に見せた。
「食べてみますか? それぞれ味が違うようですよ」
「貴方が作り出したアイテムか」
「ええ、手遊びからの偶然の産物ですけどね。いろいろな効果もある。だから、いくつかの娯楽施設では、景品になっています」
「へぇ、興味深いな。いただこう」
里長は、俺から団子を受け取り、ひとつひとつ食べていった。そして緑の団子を食べた時にやっと気づいたらしい。彼は、緑魔法のエキスパートなのか。
「こ、これは……上がるはずのない能力が上がりましたが、いったい?」
「自分の能力を団子にして分け与えているという感じですね」
「えっ? それでは、貴方が弱体化してしまうじゃないですか」
「もともと、ありあまるほどの能力がありますからね。たいしたことじゃないですよ」
「でも、今の貴方は……いや、それは神の仕業か……。これから、何を信じればいいかわからなくなりました」
襲撃者達も、なぜかそれに同調している。
「俺達は、ここを襲撃したのだな? 何かに操られるかのように……魔王を討った今、魔王軍はもちろんのこと、従わない魔族はすべて消し去らねばならない……とは、どういう意味だ?」
「逆らったから、洗脳が解除されたのか? いや、裏切りは死だぞ。もしかして、俺達は捨て駒か?」
洗脳が解けて、自分で考えるチカラが戻ってきたようだな。ふむ、シードルは、魔王軍もすべて革命軍に潰させる気か。
「みんな、暗いよん。天空の神殿教会から追放された神父さんが、シードル様の教典を信仰する新しい宗教を作ったんだよん」
「なんだ? それは」
「神シードルが、最も神らしかった時代に作り上げた教典を信仰対象にしたものですよ。新たな神は、人の形ではなく、神の理想とする教典だそうですよ」
俺がそう補足すると、彼らの目は輝いた。
昨日は更新できず、すみません。その分、今週は土曜日も更新します。よろしくお願いします。




