84、真夜中の襲撃者
俺達は食事を終え、すぐに、干し草のベッドのある丸太小屋へと移動した。
片付けの手伝いをシルルが申し出たが、魔法でできるから大丈夫だと、やんわり断られたのだ。
そして、夜中は危ないから、丸太小屋から外へは出ないようにと言われた。俺達が小屋に入るとすぐに、里長がバリアのようなものを張ったようだ。
この丸太小屋全体に、防御バリアか? 扉を開けて確認しようとしたが、扉はわずかに開いたところで、カツンと何かに当たった。それ以上は開かない。風を通す程度の隙間だけだ。
なるほど、俺達が夜中に出歩かないようにという簡易結界か。単なる安全のためか、それとも他に理由があるのか。
カタリ
外に何かの気配を感じた。おそらく、この里の住人だろう。森の中から現れた気配は、まだ片付けものをしているはずの広場の方へと移動した。
「ねぇ、カール、ふっかふかだよん」
「あぁ、干し草のいい匂いがするな」
「クゥちゃんは、このまま寝るんだって」
「うん、その方がいいね。いつ何が起こるかわからないから」
クゥは、自分の干し草のベッドをシルルの座っているベッドにくっつけている。あーあ、キチンと運べないから、床が干し草まみれになっているじゃないか。
「わっ、クゥちゃん、干し草が減ってるよん」
「いいもん、別に減っても気にしないもん」
「何か掃くものが必要だよん」
(ったく、コイツは……)
俺は、風魔法を使って、干し草を集めた。ベッドの横に集めてやったら、クゥは、それをベッドに押し込み始めた。
減っていても気にしないと言っていなかったか? まぁ、反論されるのも面倒なので、放っておくか。
それに、外からこの小屋の中をサーチしている者がいる。騒がしいのかもしれんな。
「じゃあ、寝るよん。ちゃんと早起きするんだよ」
「はーい、ママ」
「ママじゃないでしょ。お姉ちゃんでしょ」
「はーい、お姉ちゃん」
「カール、おやすみ」
「あぁ、おやすみ、シルル」
クゥは、いつものように、俺にはおやすみは言わない。俺が眠らないことを知っているからな。
あと、1回眠ると変身の呪具は外れ、変身が解けてしまう。気をつけねばならんな。
外からは、何人かがこの中の様子を探っている気配がする。ふむ、俺もベッドに寝転ぶとするか。干し草の香りが心地よい。うっかり眠ってしまわないように、自分に魔法をかけておいた。
静かになった。
シルルもクゥも、すっかり眠っている。すると、外からのサーチは消えた。俺達の素性がわからないから、怖れていたのかもしれない。
眠らない俺はヒマだ。今度はこっちからサーチしてやるとしようか。気づかれないように細心の注意を払って、外の様子を調べた。
「なんだ? あの小屋には、魔族の親子と人間が一緒にいるようだが」
(うん? 俺達のことを知らない奴か?)
「親子じゃなくて、姉弟らしい。背は高いが顔は幼いから、巨人族の血が混ざっているんじゃないか?」
「へぇ、なぜ、人間と一緒なんだ?」
「三人とも、戦乱の孤児みたいだね。そのあたりは聞けないからな」
「ここには、何をしに来た? まさか調査じゃないだろうな」
「何でも屋をしながら旅をしているようだな。昨日まではテントを持っている人と一緒だったらしい。何かを探しているのかもしれんな」
「へぇ。まぁ、教会の関係者じゃなきゃ、それでいい」
「明日は狩りを手伝ってくれるそうだよ。あの少年は、それなりに戦闘力は高そうだからね」
「だが、気をつけろよ。子供でも洗脳されているかもしれん。情報が漏れたら里は終わりだぞ。この場所もそろそろ危ない」
「あぁ、完全に危ないな。もう……囲まれている。おまえ、連れてきちまったみたいだな」
「えっ……しくじったか」
「仕方ない、今夜は里には戻れないぞ。ここで夜明かしだ。子供達の小屋には念のために防御結界を張っておいてよかったよ」
話していたのは、里長と、ここの住人のようだな。里には戻れないということは、やはりここは、仮の場所か。
この場所を集落だと演じることで、本当の集落が発見されないという仕組みのようだな。
囲まれていると言っていたが、まぁ、確かに近くには気配があるが、かなり上手く隠されている。これを感知できるなんて、里長は……シードルの人形は、かなり優秀なようだ。
しかし、これをどうするつもりだ? この里を取り囲んでいるのは、すべて魔族だ。俺の配下ではない。しかも、統制がとれている。革命軍だと考えるべきだろう。
コイツらは、調査ではない。殺気を感じる。
里を見つけたら潰せという命令のようだな。俺は一応、魔法袋から剣を取り出して、腰に装備した。
ガタン!
この丸太小屋に外から何かがぶつかった。だが、結界が弾いたようだ。外を透視してみると、里の中にたくさんの侵入者がいた。
奴らは誰かを、何かを探しているようだ。
まさか、俺を捜しているんじゃないだろうな。もし、そうなら、俺はこの里を危険にさらすことになってしまったかもしれない。
「魔族が、この里に何の用事があって参られた?」
里長と、さっき話していた男、それに一緒に食事をした数人の住人が、奴らの前に立ちはだかった。
「この辺りに、勇者が隠れ住む集落があるはずだが、知らんか?」
「さぁ? 勇者なら勇者の街にいるのではないのですか」
「勇者の街は、もう無いぞ。あそこは俺達のアジトだからな。総長の下僕なら知っているのではないか?」
「総長? はて?」
「とぼけやがって。おまえの頭の中には、総長の印があるではないか。製造番号というやつか。あー、おまえ、旧式だな。もう用済みか」
魔族は、何かの魔道具を使って、里長の頭の中を覗いたらしい。シードルの人形には製造番号がつけられているのか。ことごとく、悪趣味だな。
小競り合いが始まった。退屈しのぎにはなるが、どう見ても、この住人は不利だ。
しかし、なぜ革命軍が、勇者が隠れ住む集落を探しているのだ? もう革命軍は魔王を討伐したことで、解散しても良さそうなものだが。
「まさか、勇者を隠しているのは、おまえの仕業か?」
「何を言っているのかわかりませんな」
「勇者の街から、黒の勇者と白の勇者が消えていたんだってよ。それまでも、この付近で、勇者の家系の奴らが行方不明になっていたらしいな」
「この付近は、森が深いですからな」
「どうやって隠している? 総長から与えられた能力を悪用しているんだろう?」
「何の能力ですかな? もうただの老いぼれですが」
「結界だ。この森が深いのも、結界士の仕業にみえるが?」
「へぇ、そうですか」
「ということは、術者、すなわちおまえの命がすべての鍵だな? おまえを殺せば、おまえが隠している集落は現れるだろうからな」
その瞬間、里長の様子が変わった。なるほど、まさか、命を狙われるとは考えていなかったのか。
彼は、総長はシードルのことだとわかっているようだ。だから、自分を殺そうとするとは予想もしていなかったのか。
シードルを信用していたのか。
「それは、誰の命令ですか。なぜ、勇者を捜しているのですか」
「魔王側につかれると困るだろう? 滅したはずの紫の家系は、密かに生き延びて魔王側についているようだからな」
シードルが生かして、俺の城に潜入させていたんじゃないか。勝手に話をねじ曲げやがって。
「魔王側に? 貴方達は、魔王を討伐したのではないですか。そんな声が聞こえてきましたが」
「まだ、もう一人いるのだ。戦後復興を進めてきた魔王がな。得体の知れない魔王だ。前面に出ていたカルバドスを陰で操っていたらしい」
俺はマルルに操られているのか? ふふ、どこをどう間違えば、そんな話になるのだ?
マルルが得体の知れない存在なのはわかる。名前もつけていなかったのだからな。種族さえもわからないだろう。
意外にも、魔王マルルが知られ始めたのが早い。これは、マルルの作戦なのか? だとしたら、本当に、アイツの方が、俺よりも魔王の素質が高いのではないだろうか。
「魔王軍は、復興を進めている。なぜ貴方達はそんな彼らを滅ぼそうとするのだ? 貴方も同じ魔族でしょう」
「総長は、使える従順な魔族しかいらないとおっしゃっている。魔王軍なんかと一緒にしないでいただきたい」
そこへ、また援軍が加わった。この長話は、時間稼ぎだったのか。
「さぁ、そろそろ隠された集落への道をひらくとしましょうか」
革命軍の魔族達は、一気に襲いかかった。
そして、瞬く間に、バタバタとこの里の住人は倒されていった。それなりに強い住人だが、圧倒的な人数差はどうにもならないようだ。
(仕方ないな)
俺は、いくつかの魔法の詠唱を始めた。そして発動準備を整えた。ふむ、やはりかなり俺の戦闘力は上がっている。
そして絶対防御バリアを、俺と、眠っている二人にかけた。よし、これでコイツらは大丈夫だな。
俺は透過魔法を使って、丸太小屋の壁をすり抜けた。
そして、剣を抜くと、奴らの数人が俺に気づいた。
「なんだ? あのガキ、さっきとは全然違うじゃないか。まさか、黒の勇者か」
(今度は黒か……)
俺は勇者ごっこは、もうウンザリしていた。
「残念だったな。僕は魔王カルバドスだ」
すると、あざ笑うような嫌らしい笑みの男が口を開いた。
「それはこっちのセリフだ。引きこもっているから知らないのだろう。魔王カルバドスは、俺達の総長が討たれたのだ」
(ふむ、完全に死人か)
別の奴が、里長を狙った。この数は、さすがに無理だろう。
ガキン!!
「なんだと?」
「殺させるわけにはいかない。里長は、依頼人だからね。諦めて、さっさと帰りな」
俺は、里長を背にかばった。




