72、スラム街にマルルの秘密基地
「わかりました。だが、そんなに上手くいくでしょうか」
「カシャンコは魔性なのよー。一度遊ぶとクセになるの」
さすが、ハマっている奴の言葉には説得力がある。
このスラム街の住人は、神都のゴミ捨て場という言葉通り、誰もがやりたがらない仕事をして生計を立てているようだ。
スラム街の住人に対する差別意識もひどいようだ。一度でも、規則を破った者を許さないとする教会の考え方は、シードルの考えそのものなのだろう。
「カールちゃん、建物はどうするー? 広場にどーんとカシャンコ屋を作るから、やっぱ、建物も必要だよね」
「マルルさん、なんとかしてください」
「ん〜、じゃあ、魔導ロボかなー」
そう言うと、マルルはモニョモニョと呟いた。召喚魔法か。上空に、パッとマルルのおもちゃが現れた。
ちょっとした騒ぎになった。だが、マルルは、それが狙いなのだろう。ここで何かをしていると見せるためだ。
マルルは、魔導ロボと呼んでいるが、これは、彫刻の呪具が作ったおもちゃだ。魔力を充填することで使える。マルルは、すぐにいろいろな物を壊す。それを直すための修理道具だ。だが、簡単な小屋くらいなら作れるだろう。
(また、見た目を変えたのか)
修理道具は、ロボという名の通り、金属製だ。もともとは、ただの箱状だったはずだが、頭や手足が付いている。この道具は、魔力を充填すれば、改良もできるようになっている。マルルは魔力で育つ人形のように扱っているがな。
そして、マルルは、その道具を使って、空きスペースになっている場所に建物を建てた。このスラム街には不釣り合いな鉄筋コンクリート構造か。
彫刻の呪具と違って、デザインはシンプルだ。アイツなら妙な彫刻を彫り始めるからな。
「す、すごい! マルルさんの魔導ロボ、かっこいい」
「シルルちゃん、わかってるじゃない。いろいろ改良してるのー。もうすぐビームが出せるようになるから」
(は? そんなもの何に使うんだ?)
「みんなポカンとしてるよん。建物もすごい、都会的〜」
「カシャンコ屋は、都会的な建物が似合うのーっ」
「機械だもんね。うん、すごくかっこいいよん。都会的な建物にあるとカシャンコがおしゃれになるよん」
(カシャンコはギャンブルだぞ?)
そう言われて、マルルは、えへんとふんぞり返っている。コイツら二人揃うと手に負えないな。放っておこうか。
「カールちゃん、何をボーっとしてるのーっ。早くカシャンコ台を作って」
「え、あ、はぁ。そのロボ、いつまでそこに浮かんでるんですか? 神に打ち落とされても知りませんよ」
「なっ!? そうね、シードル様ならやりかねないね。あたしのロボが欲しくなってもあげないんだからーっ」
(いや、欲しがらないだろうが)
マルルは、またモニョモニョと呟いた。魔導ロボは、その場からスッと消えた。城のおもちゃ箱へ戻したようだな。
俺は建物の中に入り、そして、ペンダント型のアイテムボックスから、兵器製造の呪具を取り出した。
『あら〜ん、お久しぶりねー』
『そうでもないだろう。ここにカシャンコセットを作れ』
『あーん、何よ何よ〜、いきなりそれー?』
『おまえ、ここがどこかわかってないのか?』
『ん〜〜わかんないわー。あっ、マルルしゃんがいる〜。お城に戻ってきたのぉ?』
『ここは、シードルの神都だ。カシャンコセットを作る意味がわかるな?』
『もしかして、きゃー。神に宣戦布告なのねー』
『そうだ。教会の信者達をギャンブル狂にすれば、内部からいろいろ崩れるからな』
『あーん、カルバドスさま、悪いオトコねぇ〜』
『さっさとしろ。おまえの邪気がシードルに気づかれたら作戦は失敗だ』
『まぁっ! そんなヘマはしないわぁ〜』
そう言うと、兵器製造の呪具は、ハイスピードでカシャンコセットを作っていった。作り慣れたのかもしれんが、あっという間に、マルルが用意した建物の1階が、完全なカシャンコ屋になっている。
こんなスピードで作れるなら、いつものあれは、やはりふざけていたということか。ったく。
あっ、団子のガチャガチャまで作りやがった。これはここではいらないが……まぁ、スラム街の住人に使わせればいいか。
カシャンコセットをあっという間に作り上げると、奴の姿が消えた。見回すと、マルルのそばで、壺状のケツを振っている。
マルルに何か言われて、何かを追加で出しやがった。ラッパか? 何の道具だ? マルルの近くに置いておくと、ろくなことにならない。
『おい、完成したのか?』
そう尋ねると、奴はぴょこぴょこと変な動きで移動してきた。ふん、魔力切れか。
俺は、呪具をつかみ、封印を施してアイテムボックスに収納した。だが、妙だな? 魔力切れになるほどの仕事をさせたか? アイテムボックスの中では、俺の魔力を吸収しているはずだが。
「カール、団子作る? 私、セロファン袋あるよん」
「あぁ、そうだな。あれ? アークさんは?」
「お爺さんにカシャンコの説明をしているよん。マルルさんが、2階に、子供だけが入れる秘密基地を作るって言ってるよん」
「さっき、ラッパみたいなものを魔道具に作らせてたみたいだけど」
「うん、いろいろ、不思議なおもちゃをたくさん作ったみたい。楽器というやつもあるよん」
マルルは、ここに引きこもる気か? まぁ、妙なおもちゃで作った建物だからな。変な仕掛けがあるだろうが……。
だが、それでいい。ここにマルルが居るとわかれば、シードルは必ず現れる。他の天使ではマルルを排除できないからな。
この場所で、マルルの遊び仲間が増えれば、シードルは焦るはずだ。建物を潰すことは不可能だろう。マルルは、妙なバリアも張っていた。シードルの光の雷撃対策だろう。
俺は、1階のカウンターで、作業をすることにした。シルルに急かされ、団子をこねた。
これまでに、かなりたくさん作ったな。『魔力だんご』は、弱体化魔法から生み出される。俺の魔力を団子にしているわけだ。
ただの弱体化じゃない。弱体化したことで、それを補おうと成長もしている。身体が活性化してきているのだ。
だが、ずっと変身の呪具を身につけて、12歳の人間のガキに姿を変えていると、その窮屈さにも慣れていた。いま、どの程度、弱体化してしまっているのか、正直よくわからない。
成長スピードよりも、団子を作りすぎて弱体化し過ぎているような気はする。
気絶して目覚めたとき、かなり身体が軽いと思った。眠る方が成長が早いのだろうか? だが、あと2回眠ると変身は解けてしまうがな。
俺は団子を作り終えると、シルルがセロファン袋へ、せっせと入れていた。なぜか、いつのまにか、マルルまでセロファン袋詰めを手伝っていた。だが、ちょっと待て……。
「マルルさん、手伝ってくれるのはいいんですが、なぜ、ちょくちょく、セロファン袋じゃなく、お口の中に入れてるんですか」
「なっ!? カールちゃん、ケチケチしないでくださいな。おだんごが美味しいのが悪いのよ」
シルルは、そんなマルルを見て、ケタケタと笑っていた。まぁ、シルルが楽しそうだからいいか。
「マルルさん、ここに住む気ですか?」
「えっ? ここは秘密基地を作ったけど、家じゃないよ?」
「なぜ、秘密基地なんですか」
「だって、このスラムの子供って、秘密基地を知らないでしょ。1階は大人の遊び場だから、2階は子供の遊び場を作っただけだよ」
マルルは、当たり前のことだと考えているようだが、この世界の民は遊ぶことを忘れているのだ。
だが、まぁ、確かに、俺よりもマルルの方が、人の心をつかむのが上手い。簡単に、失われた遊びを取り戻すかもしれんな。
だが、まぁ、すごい勢いで、カシャンコ屋の準備が整っている。説明やらなんやらは、赤い髪の勇者や、シルル、マルル、そしてなぜかレーフィンまでが手伝っている。
ふと、視線を落とすと、赤ん坊ドラゴンが人化して、暇そうにしていた。俺もやることはなくなった。シルルの母親捜しでもしようか。
「おい、クゥ、ついて来い。暇だろ?」
「えー、パパこわいからやだ」
「パパじゃないって言っただろ。スラム街を散歩するぞ」
そう言うと、チビは駆け寄ってきた。もう普通に走れるようになったか。
「シルル、ちょっと、クゥを連れてスラム街を散歩してくる」
「ドラゴンを散歩させるの? あ、人化してる」
マルルは、なぜか赤ん坊ドラゴンを威嚇している。マルルに睨まれると、奴は恐怖で体が震えるらしい。珍しく、俺にしがみついた。ふむ、俺よりもマルルが怖いか。
「カール、わかったよん。クゥちゃん、よいこにしてるんだよ」
「はーい」
「返事だけは良いけど、甘やかしすぎだよ。舐めた態度で育つと、どうにもならない子になるよ」
「マルルさん、コイツは、性格は悪いが、頭はいい。感情では動かないタイプなので大丈夫ですよ」
「ほら、カールちゃんまで甘やかしてるー。ドラゴンの森に放り込んだろかーっ」
「いや、逆効果ですよ。下手すりゃ、ヌシになる」
マルルは、チッと舌打ちをした。あー、そうか。マルルは、コイツがクールなのに計算高い甘えん坊なのが気に食わないのか。子供らしさがないからな。
俺は、スラム街をぶらぶらした。クゥがなぜか手を繋ごうとする。シルルが居ないから不安らしい。
仕方なく手を繋ぐと、奴は元気になった。あちこちキョロキョロしている。人々の視線がクゥに集まった。女性に見られると手を振っている。
呆れた奴だが、これは利用できる。家の中から、女性が外に出てきたのだ。サーチしやすい。おそらく、シルルの母親は、外には出ない。歩きながら、小屋の中にだけゆるいサーチ魔法を使った。
(やはり、白狐がいた!)




