7、リンゴ園で有名なアプル村
「あっ! そうだ、カールは戦乱の終結宣言の日は、ここで眠っていたんだったね。知らなくて当然さね」
元気な老婆の言動には、ヒヤヒヤさせられる。なるほど、俺が眠っている間に、配下の誰かが、終結宣言をしたのか。だが、それと勇者の家系に何の関係があるのだ?
「母さん、カールは裸足だよ。話なら家の中にしないか?」
俺を拾った男がそう言うと、老婆は、そうさね、と頷くと俺を軽々と抱きかかえた。彼女が魔物とのハーフだと聞かされたから、この腕力にも納得だ。
(だが、荷物のように扱われるのは気分が悪いな)
家の中に入ると、俺はまたベッドに運ばれた。
「僕は、もう眠らなくても大丈夫です」
「なに言ってるんだい。眠らなくてもいいから、横になっていなさいな。ちゃんと動けるようになるまで、おとなしくしているんだよ。そうさね、カールが寂しくないように、こっちの客間に居間のテーブルを持ってこようかね」
老婆は、土で汚れた俺の足を拭き、俺をベッドに寝かせた。子供は素直に言いつけを守るべきなのだろうか。
ガタン!
大きな音を立てて、老婆はテーブルを運び込んできた。テーブルの一方は、俺が目覚めたときにジッと見ていた白い髪の少女が持っていた。
彼女は、大人と同じくらいの背がある。だが、やはりその顔は幼い。背の高い少女、だな。老婆と同じく魔物の血が入っているのだろう。純血の人間ではない。
「坊や、カールっていうんだね。私は、シルルだよん」
「さっき、僕をジッと見ていたけど、何?」
「あー、うん、見たことない子だなと思って。あっ、怖がらないで大丈夫だよ。私は人間を食べたりしないから」
「ん? シルルは人間を食べる種族なのか?」
「私はねー、ほんとのママは白狐で、パパは巨人族なんだって。巨人族は人間を食べるけど、白狐は神様の使いだよん。ママに嫌われたくないから、私は人間は食べないよん」
「悪魔系魔族と神の魔物の子供なのか」
「うん、でも、パパは死んじゃったし、ママはどこにいるかわからないんだもん。だから、私はこの村で拾ってもらったんだ〜」
「そうか。この村は、人間じゃなくても、種族を気にせず受け入れているんだな」
「うん、あちこちで行き倒れてる人とかをよく拾ってくるみたいだよん。リンゴ園が広いから、仕事はたくさんあるんだって〜」
「リンゴ園? この村は、アプル村か?」
「そうだよん。カール、ちっこいのによく知ってるね〜。えらいよん」
(俺は、バカにされているのか?)
シルルは、居間の方から呼ばれて、バタバタと走り去った。背が高いのは巨人族の血か。巨人族で人間くらいの背なら、5〜6歳だな。だが、白狐は普通の人間と変わらないか。
幼い顔つきから考えても、シルルは子供だ。後で年齢を聞いてみようか。
(子供の言動にイライラしても仕方ないな)
俺は、気分を切り替え、この場所を調べることにした。近くに誰もいないことを確認し、俺は広域のサーチ魔法を唱えた。
なるほど、この位置は、確かにアプル村だ。俺が変身の呪具を使うために降りた場所から、わずかに西だ。
感覚的には、けっこうな距離を飛行したと思っていたが、全然違った。そういえば、下等な鳥系魔物に追いつかれる程度のスピードでしか飛べなかったな。
アプル村のことは、俺はよく知っている。直接来たことはなかったが、俺が好きなリンゴ酒は、アプル産のリンゴを使ったものだ。
他の産地のリンゴを使ったリンゴ酒は、不味くて飲めぬ。だから、配下には、リンゴ酒を買うときには、その原料のリンゴの産地を確認させていたほどだ。
(そうか、ここがアプル村か)
俺は、わずかに心が浮き立つような高揚感を感じた。人間のガキに化けていると、心の中までガキになるのか?
自分が作った呪具だが、チマチマと細かな呪いの設定をしたのかもしれない。もう千年も前に作った物だ。覚えているわけがない。
ふわっと、いい匂いが漂ってきた。その匂いに反応して、俺の腹は、キュルキュルと悲鳴をあげた。
「おや、カール、もう普通に食べられそうかい?」
俺にスープをくれたレイシーが、今度は食事を運んできた。かなりの量だ。そして次々と、子供達が皿を運んできた。さっき外でケンカしていた奴らだな。
この部屋にテーブルを運び込んだことで、ここが食堂になってしまったということか。
「はい、すごい量ですね」
「この家には、育ち盛りの子が多いからね。カールの分は、ベッドに持っていくから、起きてこなくていいからね」
「はい、ありがとうございます」
(うむ、話し方は、こんな感じで良さそうだな)
俺の分を取り分けた皿をトレイに乗せて、レイシーがベッドまで持ってきた。人間の食事か。
量が少ないと思ったが、今の俺は12歳の人間のガキだ。これくらいしか食べないものなのだろうか。
「おかわりもあるから、たくさんお食べよ」
俺は、コクリと頷いて、皿の上の料理を食べ始めた。食べたことのない不思議な料理だ。肉だと思って食べると違った。
細かな肉と野菜が、のっぺりモチモチしたもので挟まれ、何層かに重ねられている。赤いソースや白いソースをのっぺりしたものに塗ってあるのか。それを釜か何かで焼いたような料理だった。少し味は薄いが、悪くない。
パンは、どこにでもあるようなパンだな。だが、安いパンだ。パサパサしている。
「カール、パンにラザーニャを挟んで食べるといいよん」
シルルが、自分の席から俺に実演していた。なるほど、バーガーのようにして食べるのか。この不思議な料理は、ラザーニャというのだな。
俺は、シルルがしたように、パンに挟んで食べた。なるほど、こうすればパンのパサパサは気にならない。
そして、コップの中の黄色味がかった飲み物を飲んだ。
(こ、これは?)
てっきり、ミルクかと思っていたら違った。おそらくリンゴジュースだ。かなり甘い。砂糖をふんだんに使ったのか?
「このジュースは、この村のリンゴで作ったんですか」
「カール、よくわかったね。すり下ろして絞っただけのジュースだよ」
「えっ? こんなに甘いのに砂糖は入ってないのですか」
「砂糖は高価だからねぇ。こんな田舎では手に入らないよ」
「すごく甘いです」
俺は一気に飲み干した。
(美味いな)
すると、シルルが俺の手からコップを奪い、テーブル上の容器からリンゴジュースを入れて俺の元に持ってきた。
「私が絞ったんだよん。たくさん飲んで大きくなるんだよ〜」
「ありがとう。でも、僕はそんな子供じゃないけど」
「でも、私より、ちっこいじゃない〜」
「僕はこれでも、12歳なんだけど」
「ええ〜っ? そんなに年寄りなの〜?」
(12歳が年寄りなのか? まぁ実年齢は老人だが)
「シルル、そこは、年寄りじゃなくて、年上って言うんだよ」
さっきケンカしていた子供の一人がそう注意した。シルルは、あまり言葉を知らないのか。
「シルルは、僕より年下なんだな」
「うーん、私、たぶん10歳くらい。いつ生まれたか知らないもん」
「そうさね、シルルは、この村に来てそろそろ5年になるさね。あの頃は、全く話せなかったが、最近では言葉を随分と覚えたね。背も倍くらいに伸びたようさね」
元気な老婆が、懐かしそうな目をしていた。
「私、いっぱい教えてもらったから〜。そういえば、カールって、どこから来たの? 勇者の街?」
「いや、僕は……」
(どう答えればいいのだ?)
「シルル、カールはドール家の子だから、言えないんだよ」
「どうして?」
「戦乱の終結宣言の後に、教会から神命があったでしょ」
(教会だと? 城に来なかったシードルが勝手に何を?)
俺の怒りが、表情に出てしまったらしい。それに気づいたレイシーが、説明を始めた。
「カールは知らなかったのよね。そんな怖い顔をしないで……いや、カールが考えている通りかもしれないね。神都の教会から、勇者の家系を整理するという神命が伝えられたんだよ」
「えっ? 整理ってどういうことですか」
「魔王軍が、この戦乱を終わらせたでしょう? だから、再び戦乱の火種になりそうなことは無くさなければならないって。勇者の家系は多すぎるから、教会の洗礼を受けていない家は、聖剣を持つことを禁じるそうだよ」
「それが、神命なんですか」
「神様は、平穏な世界を望まれているんだよ。魔王軍が戦後処理を始めたから、もう争いは無くなるんだって。勇者の家系の人達は、魔王を討つことしか考えていないから、教会の洗礼を受けて考え方を改める必要があるそうだよ」
「なぜ、そんなことを皆に公表したんですか。勇者の街で言えばいいことなのに」
「うーん、洗礼を受けない勇者をかくまうと、罪にされてしまうようなことを言ってたかねぇ。まぁ、こんな田舎には、関係のないことだよ」
「そうそう、こんなとこまで来やしないよ」
レイシーも老婆も、俺を安心させようとして、大丈夫だと言っている。何かあってもかくまうという決意の表れだろう。
(ふっ、なんだか、あたたかいな)
しかし……神シードルは、勇者を排除する気なのか? いや、違う。洗礼という名の洗脳をする気だ。各地に勇者の子孫が散らばっているから、それを集めたいのだ。
(何が狙いだ?)
アイツには、やはり悪しき心が生まれたのだ。俺だけでなく、魔王軍を滅ぼす気か? もしや、逆らう者をすべて消すつもりじゃないだろうな?
(やはり、嫌な予感がする)