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69、神父の笑顔

「神父さん、あなたはなぜ、これまで神を信仰してきたのですか」


 俺は、彼に問いかけた。答えはわかっている。だが、自分の口で語らせることで、頭の中の整理をさせるためだ。


「カール、何を言ってるの?」


「シルルは静かにしてて。クゥの方が静かだよ」


「クゥちゃんは寝てるから静かなんだよん」


 宿の主人の爺さんに、やわらかな表情で、話を聞きましょうと言われて、シルルは静かになった。



「カールさん、それは神が尊いからです。戦乱が続く世界を嘆き、そして民が心穏やかに暮らせる日が訪れるよう、ひたすら祈っておられました。神は力を使い、干渉されることもありました。ですが、それはすべて民のためです。そんな慈愛に満ちたお姿に深い感銘を受けました。それなのに……」


「神父さん、あなたには神という存在が必要ですか?」


「ええ、私のすべてでした」


「人物ではなく、その考え自体を信仰の対象にはできませんか」


 俺がそう言うと、神父は、ハッとした顔をした。


「それは、神の教え自体を信仰するということでしょうか」


 俺は頷いた。


「信仰の対象は、形ある者である必要はありませんよね。あがめるべきモノが必要なら、考えをまとめた教典でも作ればいい。形なき神を信仰するという種族もいるようですよ」


「おぉお……。いや、ですが、それでは、私が理想とする物となってしまいます」


「別にいいのではないですか。神父さんが、理想とする教えを広める教祖になれば。神は、神シードルひとりではない。水や草木に宿る精霊も神の一種ですよ」


「私が神になれと? そ、そんな恐れ多いことを」


 だが、彼の目には光が戻ってきた。ふっ、あと一歩か。


「では、神父さんが見ていた神を信仰の対象にするのはどうですか? 様々な神シードルの教典は、随分と昔に作られたものです。それは、その頃の神の考えをまとめた物でしょう。今の神シードルではなく、昔の神の教えを、神父さんは信仰してきたのです」


「昔の神の教え……」


「はい、昔は、神には悪しき心はなかった。自らの悪しき部分は切り捨てたのですから」


「カールさん、確かにそうですね。神は、混沌とした世界をおさめるために、自らの悪しき心から魔王を生み出された。魔王は、神の分身です」


「そして、そのときに神は、理想とする教義を教典に書き綴ったはずです。神父さんの頭の中にあるのは、昔の神が目指した正義でしょう」


 俺がそう言うと、神父はポロポロと涙を流し始めた。ふむ、なるほどな。その涙の理由は、神を失ったわけではないという安心感か。


「カールさんのおっしゃる通りです。私は神を理解できていなかったわけではないのですね。私は、神の目指す理想に心を奪われていた。それは、本来の神が望む世界に違いない!」


「今の神には、また悪しき心が生まれてしまったようですね。神自身がそれに気づけば、新たな魔王が生み出されるかもしれませんね」


(そうなれば、いいのだが……無理だろうな)



 俺は、神父に語りながら、気持ちを整理していた。アイツが、さらに自分の力を分けることはありえない。自分の力をさらに分けると、俺がこの世界で名実ともに覇者になるからな。


 いま、おそらく、アイツと俺の力は互角なはずだ。万が一のことを考えて、アイツは、俺と自分が互いに相手を消すことができるようにしていたのだ。


 俺を分離したあと、俺を地上に落とすときにそう考えたのだろう。あの頃のアイツは、まさに神だった。


 確か、俺は地上に落とされる直前になって、膨大な魔力を与えられた。あのとき、アイツは何か言っていたな。俺は荒れ狂っていて覚えていない。記憶の鏡なら、覚えているのだろうか。



 俺が考え込んでいると、神父もまた、何かをジッと考えていた。彼の目には、先程までの濁りはない。もう、大丈夫なようだな。


 神父が、上を向いて深呼吸をした。


「不思議です。カールさんが、私には神のように感じる」


「へ? 僕がですか?」


「ははっ、すみません。妙なことを言いましたね。上手く言葉になりませんが、あなたに救われた気持ちです。それに、何か……いえ、やはり言葉にはならない不思議な感覚があります。あなたが、まるで教典から生まれた子のようにも……」


(鋭いな。信仰心とは、どんな能力にも勝るのか)


 俺は子供らしく、首を傾げた。


「あはは、ごめんなさいね。カールさんを困らせてしまいましたね。いい歳をしたおじさんが、すみません」


「いえ。神父さんが笑えるようになってよかったです」




 この様子を、ジッと見守っていた宿の主人が口を開いた。


「神父さんは、しばらくはウチでお泊りください。部屋は空いております」


「私をかくまうと、ご主人にどんな罰が下るか……」


「ご心配はいりません。私はすでに、魔王討伐派から命を狙われています。神父さんをかくまったとしても、状況は何も変わりませんよ」


「感謝します……本当に、ありがとうございます」


「では、皆で夕食にしましょうか。今夜は、1階のレストランの予約がありませんから、貸し切りにいたしましょう」


 爺さんはそう言うと、自室の扉を開けた。扉が開くと外の音も普通に聞こえてきた。


「防音バリアでしたか」


 神父は、ただの人間か。あまりわかっていないらしい。


「まぁ、そんな感じです。騒がしいと眠れないタチでしてね」


 神父には、笑顔が戻っていた。以前と同じく穏やかな表情だ。うむ、これで良い。




 1階のレストランで、夕食を食べた。宿の一部だが、外の通りから中が見える。貸し切りにすると言ったように、他の客は居なかった。通りからも入ってくる者はいない。鍵を閉めているのだろう。だが……。


「なんか、外にたくさんの人がいるよん」


「シルルちゃん、カールが聖剣持ちだとわかって、みんな見に来てるんだよ」


「ちょっと、アークさん、僕だけですか? 珍しい人なら、アークさんもじゃないですか。勲章を受けた赤の勇者を見たいのかもしれませんよ」


「けっ、こんなことなら断ればよかったな」


 そう言って、彼は、短剣をテーブルに出した。光属性の短剣にシードルの印がついている。本来なら、名誉なものなはずなのに、赤い髪の勇者は複雑な表情をしていた。


「でも、きれいな剣だよん」


「これは、使い途のない剣だ。アンデッドには効くだろうが、魔族の血が混ざる者には毒になる。こんなものは手放してしまいたいが……売るわけにもいかないか」


「だったら、カシャンコの景品にしたら? アンデッドを斬れる剣なら、人間が欲しがるよん」


「宿場町に持って帰るか。いや、だが、俺が手放したものだとバレるよな。宿場町なんて、勲章を受けたなんて奴はいないだろう」


「叱られる? というか、殺されるかも……」


 そう言うと、シルルは教会での事件を思い出したのか、震えていた。


 あのとき、もしシルルが人質にでも取られたら、どうなっていたかわからない。マルルの未来予知のように、俺が死ぬことになっていたかもしれんな。



「宿場町じゃなく、砂漠のオアシスにもカシャンコがあったな。あそこなら、神都との行き来に使われるから、これを景品に提供しても大丈夫かもしれない」


 いや、それはダメだ。あの集落は、彫刻の呪具の作品だらけだ。光属性の短剣を得た者がそれを振り回すと、集落を守るゴーレムは簡単に壊されてしまう。


「えー、あの集落で短剣が景品って、変だよん。特産品が景品になってるでしょ。お酒を景品にするって言ってたよん」


「うーん、それもそうだな。あの酒はクセになる。それに強い酒だからな。酔っ払いが光の短剣を振り回すと危険だ」


 シルルと赤い髪の勇者は、同時に俺の方を向いた。


「カールが、この街に作ればいいんだよん。でも、この宿はあまり余ってる場所がないよね」


 おいおい、なぜ、シードルの街に、遊び場を提供してやらねばならないんだ? 


「そうだ、カール。スラム街がかなり壊れてしまったじゃないか。あの場所なら、教会も干渉しないだろう。まるでゴミ捨て場のような場所だぞ」


「確かに、偽魔王軍が、かなり破壊していましたけど」


 まぁ、スラム街か。シルルの母親が住んでいると考えられる区域だ。確かにあの場所なら、遊び道具を置いてやってもいいか。


 それに、あのとき、シードルの光の攻撃がくるからと、俺達に声をかけてくれた奴がいたな。その礼にもなるか。


「わかったよ。じゃあ、明日、行ってみるよ」


「私も行くー」


「そうだな、この街にいる間は、一緒に行動する方がいい。俺も、カールと一緒にスラム街に行くよ」



 俺達が話している様子を、爺さんと神父は不思議な顔をして聞いていた。ふと目が合うと、やはり、という質問をされた。


「カシャンコとは、何ですか?」


 すると、シルルが勢いよく説明を始めた。シルルが張り切って説明をするときは、たいがい内容がごちゃごちゃだ。伝わりそうで伝わっていない。


「カールがいろいろな神具を持っているんだ」


「ちょ、アークさん!」


 爺さんは、黄色の勇者の子孫だ。どこから嘘がバレるかわからない。まぁ、もうバレても構わないが。


「その慌てっぷりからすると、カールさん、家の人に内緒で家宝を持ち出したというところですかな。はっはっは」


「まぁ、家族には黙って持ち出しましたけど……」


「ですが、カールさんの家族の方々なら、お許しになっておられましょう」


 神父は、完全復活したようだな。その笑みにも余裕がある。ふむ、それでよい。


「いや、怒っている人が約一名……」


 俺はマルルの顔を思い浮かべていた。そうだな、アイツは、いや、城にいる奴らは、俺の家族だ。


 そんな俺を、みんなは笑っていた。気楽な顔だ。


 この笑顔を、俺は守ってやらねばな。



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