62、スラム街での激闘と、神シードルの誘い
スラム街の中に入り込んでいる偽魔王軍の数は、ざっと50体か。神都のあちこちにはこの10倍近くいるようだ。
神都をアンデッド五百体で攻め込むだなんて、どんなバカな指揮官でさえ選ばない愚策だ。あの爺さんじゃなくても、神都にいる魔族ならわかるはずだ。だが、ほとんどの住人は人間だ。人間には、わからないか。
この愚策は、神都にいる魔族への警告でもあるかもしれんな。革命軍が、何かを始めたと思わせるのが狙いか?
騒ぎの直後の不自然な照明光やサーチは、魔族の動向を見ていたのか。やはり、シードルはこの騒動に関わっている。
キン!
俺は、ヤツらが力任せに振り下ろしてきた剣を、受け流した。やはり、弱いな。勇者の方が強いくらいだ。
洗脳されて動かされているようだが、勝手に作り上げられたアンデッドだ。意思を持ってアンデッドに生まれ変わったヤツらよりもさらに弱い。
「生意気なガキだ!」
「一斉に攻撃すればいい。おそらく勇者の家系の子供だ」
「出口も、封鎖しろ。勇者は殺せ!」
応援を呼んだらしい。スラム街の近くにいた襲撃者が、こちらへ向かってきているようだ。
(派手なことはできぬが……ふっ、面白い)
俺は、剣に闇をまとわせた。そして、宿場町でやったように、闇に変身魔法をかけた。
薄暗い中では闇はとけ込んで見えないだろうが、白い光は見えるだろう。奴らの動きが止まった。光魔法か聖魔法に見えているはずだ。
俺は、一気に駆け抜けるように、奴らを斬っていった。アンデッドは、火に弱いが、光や聖魔法にも弱い。そして、自分より強い闇にも弱い。
「ぐぁぁ、おのれ」
「くそガキがぁぁ〜」
奴らは倒れると、ジュッと溶けるように消えていった。
個々はたいしたことない。だが、数が多い。そこを考えて、赤い髪の勇者も連れてきたが、まだスラム街の入り口付近でゴタゴタしている。
(いや、襲われているのか)
俺は、スラム街の中をザッと見たが、もう偽魔王軍はいない。人々は、なぜか俺を拝んでいる。
そんなことをされても、死んだ奴らはもうどうしようもないぞ。もう死神が、冥界に魂を持ち去った後だからな。
スラム街の入り口付近で、炎が上がった。まさか、赤い髪の勇者か? スラム街が焼けてしまうじゃないか。
俺は、急いで炎の方へと向かった。既に、スラム街を囲む壁の一部が焼け崩れている。俺は、水魔法を使って炎を消した。
「おい! チビ、何をするんだ」
声のした方を見ると、俺と同じくらいの背の低い子供がいた。おまえも、チビじゃないか。
「この壁のすぐ内側には、木造の小屋が並んでるんだ。スラム街が焼けてしまう」
「えっ? 木造? やばっ」
「アンデッドが入らないようにしようとしたのか」
「ふん、浅知恵で悪かったな!」
(いや、何もそんなことは言ってないが)
炎が消えると、偽魔王軍が壁によじ登り始めた。なるほど、この子供は、これを止めようとしたのか。
俺は、奴らに向けて剣を振った。剣先から、白く光る闇魔弾が壁沿いに飛んでいった。魔弾が通ったあとの壁は白く光っている。闇を壁に塗りつけたような感じになったか。
よじ登っていた奴らは、慌てて壁から下りた。逃げ遅れた数体は、ジュッと消えたが……チッ、また越えた奴もいるな。せっかく片付けたのに。
すると、炎を使った子供が話しかけてきた。
「おい、おまえは勇者か?」
「さぁね」
「俺は、勇者の家系なんだ。俺自身は勇者の能力はないんだけど」
「そうか、じゃあ手伝って。とにかく、奴らの数が多い」
「おう! 任せろ」
俺は、この子供に簡易バリアを張った。すると、驚いた顔をしている。なぜだ?
「簡易バリアだよ?」
「いや、なぜ、俺みたいなハーフに……」
(魔族の血が混ざっているのか)
「ん? バリアはある方がいいだろ? おまえは壁が崩れてるとこから入ろうとする奴らを止めて。僕は、スラム街に侵入した奴らを潰してくる」
「おう、わかった」
俺は再びスラム街に入った。5〜6体か。だが、奴らは俺を見て逃げた。俺は追いかけた。しかし、それは誘導だったらしい。
ドカン! ガラガラガラガラ
(チッ! 面倒だな)
誘導の奴らが立ち止まると、スラム街の別の壁を壊して、偽魔王軍が侵入してきた。キリがないな。ドカンとデカイのを使うか。
「カール、大丈夫か?」
赤い髪の勇者が、やっとスラム街の中に入ってきた。壁が崩されてなだれ込む奴らの動きが止まった。まさか、この赤い髪に反応したのか?
「お兄さん達、小屋の中に!」
少し離れたところから叫ぶ老人がいた。その瞬間、悪寒がした。俺は、この付近に可能な限りのバリアを張った。
そして小屋に向かって走った。
だが、小屋にたどり着く前に、それは起こった。
バリバリバリバリ!
空からイナズマの雨が降り注いだ。違う、ただのイナズマじゃない。光魔法を転用した光属性の雷撃だ。
「うわっ!」
俺があたりに張ったバリアは一瞬で砕かれた。
(マズイ)
その瞬間、赤い髪の勇者は何かを発動した。魔道具のバリアか。そんなものは……いや、防いだのか。
魔道具にはシードルの印がある。なるほど、神具か。たいしたバリアではないが、シードルの光属性が付与されたものだから、この雷撃を止めることができるのか。
「アークさん、助かりました」
「いや、驚いたな。これが作動したということは……まさか」
「神具ですね」
「違うよ、カール。これはお守りだ。神が世界に制裁を加えたときに、勇者が生き残れるようにするためのものだ。高名な錬金術士が作ったそうだ」
「うん? 神具じゃないんですか。でも神の印が……」
「この印は、神の印じゃない」
(しまった、墓穴か)
「これは、一見すると神の印に見えるが、神に仕える天使の印だよ。初めて見ただろう? おそらく、カールの家系には届いていない」
「天使?」
(マルルの片割れか)
「あぁ、神の怒りの、とばっちりをくらわないようにと、天使が神都にいる錬金術士に作らせたそうだ。天使と仲が良かった紫の家系の勇者の提案らしい。神は気性が荒いらしいからな」
「そう、ですか」
俺はあたりを見回した。小屋の中の住人は大丈夫そうだ。落雷は建物の中にいれば、まぁ安全だからな。
「お兄さん達、大丈夫かい?」
「ご老人、大丈夫ですよ。助かりました。こんなイナズマの雨が降り注ぐことは、よくあるんですか」
「洗礼を受ければ、神の声が聞こえるからの。しかし、ここまですごいのは初めて見たが、ほれ、あれと同じじゃよ、神の石碑とな。これは神の裁きじゃよ」
(洗礼を受けた者だけに、予告をしたのか)
「火が! 魔王軍が燃えているよぉ」
雷撃で感電し、そして発火したのか。
「なぜ、人が燃えるのだ?」
赤い髪の勇者は、イマイチわかっていない。だが、他の住人も同じらしい。だが、小屋に延焼しないようにしておかねばな。
「皆さん、家に水を撒く方がいいです。あ、いや、雷の後か……危険かな」
「そうだな、カール。小屋に火が燃え移ると大変だ。小屋のまわりに撒けば大丈夫だろう」
人々は、井戸の水を汲み、家の前の道に撒き始めた。うむ、これでよい。
だが、しかし、マルルの未来予知は、このことだったのだろうか。強烈な光魔法を転用した雷撃だったが、俺が死ぬほどではない。
まぁ、このガキの身体では、絶対防御も貫かれ、失神したかもしれんがな。だが、その程度のことで、わざわざ知らせてくるのか?
「カール、宿に戻ろう。シルルちゃんが心配だ」
「はい、そうですね。お爺さん、ありがとうございました。また、改めて立ち寄らせてください」
「あぁあぁ、こんなスラムで良ければ、来ておくれ」
俺はペコリと頭を下げ、スラム街から出た。
入り口付近にいた子供の姿は消えていた。まさかとは思ったが、見回しても死体はない。まぁ、アンデッドじゃないから、燃えて消えることはないだろう。どこかに避難したか。
宿に戻ると、宿の主人の爺さんが、ロビーで誰かと話していた。シルルの姿が見当たらない。
「あの、シルルは……獣人の女の子を知りませんか」
俺は、そばにいた従業員に尋ねた。
「大丈夫ですよ。先程の光の雨の前に、お部屋に戻られました。お食事を用意しましたので……」
「そうですか、よかった」
その声が聞こえたのか、来客がこちらに歩いてきた。すると、赤い髪の勇者が緊張したのがわかった。
「おはようございます。魔王軍を討伐していただいたそうですね」
「いや、そんなたいしたことはしていない。もうすべて排除されたのでしょうか」
「ええ、神が都を守るために、チカラを使われましたからね」
「それなら、もっと早くしてくれたらよかったのに」
俺は思わず嫌味を言った。赤い髪の勇者は、俺の言葉に顔を引きつらせていた。
「カール、言葉に気をつけて。天空の神殿教会の神父様だから」
「神父様が、なぜこんなところに? 街の様子の確認はしないんですか」
「あはは、元気な子だね。私は、キミ達を迎えにきたんですよ。神シードル様がお会いになりたいとね。そうそう、お連れの方はもう一人いらっしゃるんでしたね」
シードルが会いたいだと? 俺の素性がバレたのか?
「僕は、そういうのは苦手なので……」
「ふふ、大丈夫ですよ。子供に厳しい作法は求めません。とは言っても、お疲れでしょう。少しお休みになって、今日の夕方ということでいかがでしょうか」
「あ、あの、天空へ、ですか。俺もそういうのはちょっと」
「いえ、神都の教会まで、降りて来られますから。では、夕方に、誰かに迎えに来させます」
そう言うと、神殿教会の神父は、とても善人そうな笑顔を見せた。おそらく、最も位が高いのだろう。
(マルルの予知は、これか……?)




