61、紫の勇者に起こった悲劇
「ご主人は、勇者の子孫なのか」
「祖父は、黄色の勇者でしたが、私の母は魔族の血が混ざっていたので、私には勇者としての能力はありません」
「そうか、その、紫の勇者が魔王にかくまわれていたというのは、どういうことだ?」
爺さんは俺をチラッと見た。その視線の動きで、赤い髪の勇者はハッとしたらしい。コホンとわざとらしく咳をした。俺は面倒だったので、目を閉じ、気付かぬフリをした。
「カール様は、眠ってしまわれたか」
「そうかもしれんな。かなり消耗しただろう。様子もいつもとは違って、ピリピリしているようだったしな。で? どういうことだ」
しばしの沈黙があった。
俺は、意識的に会話を聞こうとした。そうしなければ、神シードルへの怒りで暴走してしまいそうだ。魔王軍が襲撃してきたという叫び声が、いたるところから聞こえる。
派手な破壊音も聞こえる。シードルは自分の街を壊して楽しいのか。もう十分に、襲撃は知れ渡ったはずだ。それなのに、なぜ偽魔王軍を排除しない?
神都には、専属の騎士も兵もいるはずだ。光の魔剣なら、アンデッドなんて一瞬で消し去ることくらいできるはずだ。シードルは、一体何を狙っている?
「外の様子が、おさまる気配がないな。助太刀すべきか」
「アーク様、それは不要です。神都には、勇者と同等以上の戦闘力を持つ神の騎士がいます。兵もいます。それに、襲撃者は、魔王軍ではない。簡単に鎮圧できます」
「なぜ、魔王軍ではないと言うのだ? 魔王軍かもしれないではないか」
「私は、魔王軍の強さを知っているのですよ。外にいる襲撃者は弱い。あんな弱い部隊を使って、しかも神都を攻めてくるわけがありません」
「そうか? ご主人は、その誤解を解こうとして、教会の奴らに斬られたのか」
爺さんが頷いたことがわかった。教会は、魔王軍じゃないと否定する者を殺すのか。真実を告げる者を殺すのか。
「アーク様は、カール様以外の紫の勇者に、出会ったことはありますかな?」
「いや、俺は宿場町からあまり外には出ないからな。ご主人は、あるのか?」
「私もありません。紫の勇者の家系は、途絶えたと考えていました。もし残っているなら、秘密裏にかくまわれていたはず……」
「うん? どういうことだ?」
「紫の勇者の家系は、神によって滅ぼされたのです。もう100年以上前のことです」
「なぜだ? 神が勇者の家系を滅ぼすなんてありえない」
「紫の勇者は、魔王様と関わりを持った。その際に洗脳されたのだとのご判断です。ですが、彼が魔王城に攻め込んだのは千年も前のことです。その後あちこちに隠れ住むようになった彼らを魔王様が洗脳し続けるなんて不可能でしょう。紫の勇者は神の人形でなくなったから、滅ぼされた、と祖父は言っていました」
「どういうことだ?」
「紫の勇者の家系は、神命を断ったそうです」
「神命は、今回、数百年ぶりに出されたのではないか? 100年前?」
「はい、紫の勇者の家系にだけ、魔王城への潜入を指示されたそうです。そして、内部から魔王軍を滅ぼせと」
「神は、魔王軍を認めているのではないのか?」
「わかりません。ですが、神は、もともとこの世界には、魔族は居なかったとおっしゃっています」
「数千年以上前の話だろう? 教典に載っていることだ。だが、今は魔族がいるからこそ、治安が保たれている面もあるぞ」
「はい、私も、人間だけではこの世界の秩序は守れないと考えています。人間は抱える闇が深い。どこまでも欲深い者もいます。教会は、それを教会の秩序ですべて統制しようとしています」
「神都は、秩序正しい街だとは周知の事実だ。それは神への信仰心のあらわれではないのか」
「多くの者が持つのは、純粋な信仰心ではなく、神への畏れです。ですが、街では、権威を振りかざす者や、虐げられて歪んだ心を持つ者が増えています。そして、彼らは、革命軍とも関わっています」
「魔王を討伐しようという奴らか」
「ご存知でしたか」
「あぁ、宿場町ではいつも小競り合いをしていた」
「教会は二つに割れています。魔王容認派と、魔王討伐派に」
革命軍というと、宿場町を出るときにしつこく追いかけてきた奴がいたな。だが、アイツは魔族だったぞ。あのとき、人間も勇者も革命軍のメンバーに居ると言っていたか。
もしそれが、この街の教会の魔王討伐派や、洗礼を受けて洗脳された勇者のことを指すのなら、あの男が言っていた総長というのは、教会関係者か。シードルの可能性もある。
いろいろなことが繋がったかのように思えてきた。いや、いま、俺は冷静さを失っている。そう結論づけるには情報が足りない。
しかし、もし繋がっているなら、魔王軍は、ますます……。このまま、アイツに潰されるのか。
(ふざけるな!!)
「ご主人、なぜ会ったばかりの俺にこんな話をするのだ?」
「やはり見抜かれてしまいますね……。私は、教会に消されるのも時間の問題なのです。魔王容認派の主要な者が、次々と事故を装って殺されています。この魔王軍騒ぎは、私を殺すための教会の策かもしれません」
「は? こんな大がかりなことを?」
「私だけではなく、他の魔王容認派も襲撃しているのでしょう。教会の襲撃を怖れて、スラム街に身を隠す者もいます。この状況を、魔王様に知らせていただきたいのです。神は、自ら動かれることはありません。教会の暴走を止められるのは魔王様だけなのです」
「魔王は、いまどこにいるかわからないと噂になっている。さすがに、俺でも……あっ! 魔王軍の人になら伝えられるぞ。顔見知りが数人いるんだ」
(ふっ、魔王ならここに居るがな)
いま、爺さんはスラム街と言ったな。あの地図に記載されていなかった場所、あれがスラム街か。かなりの広さだ。やはり、シルルの母親の居場所は、あそこだな。
バタバタ、バタン!
外から、一人の男が、血だらけで駆け込んできた。
「大変だ! スラム街に魔王軍が侵入した! やはり、教会の仕業だ。魔王軍をスラム街にひきいれたんだ!」
「なんですと? まさか」
(ちょっと待て! シルルの母親がいるはずだぞ)
俺は、スッと立ち上がった。
「えっ、カール、大丈夫かい。あのな……」
「話は聞こえていました。アークさん、行きますよ」
「へ? どこに」
「その魔王軍を討伐しますよ、そのための勇者でしょ」
「お、おう! 行こう」
すると、シルルが駆け寄ってきた。
「私も手伝う!」
「なら、シルルはこの人を治してあげて。ここに逃げてきた怪我人は、みんな治してやって。団子は足りる?」
「うん! まだ大丈夫」
クゥ〜ッ!
『おまえは、シルルを守れ。よいな。魔王カルバドスの命令だ、ドラゴン族の意地を見せよ』
俺は、クゥの頭に触れた。そして成長を促す生命エネルギーを流し込んだ。赤ん坊のままでは、守れんからな。
最悪の場合、俺はシルルの元に戻れないかもしれない。マルルの未来予知を覆さねば、俺は明日……いやもうすぐ朝か。今日、死ぬことになるのだからな。
「えっ? カール、何をしたの? クゥちゃんが光ってるよん」
「弱い赤ん坊だからな、少しチカラを与えた。じゃあ、シルルは、怪我人を頼んだよ」
「うん! 任せて」
(良い笑顔だ)
「カール様! あの……勝手な話をしてしまい……」
「うん、わかってる。何も問題ないよ」
これで、本物の紫の勇者と遭遇する心配がなくなったな。爺さんの話には何の嘘もなかった。状況から考えても、真実だと判断して間違いはないだろう。
紫の勇者が、逆らったから滅したのか? いや、違うな。シードルは、怖れたのだろう。紫の勇者の家系が、魔王側につくことをな。
俺は、走った。赤い髪の勇者もそれについてきた。
ワープしてもよかったのだが、シードルはきっと見ている。紫の髪のガキが走る様子を見て、アイツは何を考えるか……ふっ、幽霊にでも見えるか。
ぎゃぁー!
やめて〜!!
「カール、おかしいぞ。なぜ、教会の制服を着た連中は、ニヤニヤしながら見ているのだ? やはり、爺さんが言っていたことは……」
「あの言葉に、嘘はありませんでした。アークさんは半信半疑だったようですけど」
しかも、教会の奴らは、俺達の通り道をふさごうとするかのように、ふらりと移動した。
「おまえら、何をしている? 魔王軍の襲撃なんだろ? なぜ、見殺しにしているんだ」
「私達には、怖ろしくて、足がすくんでしまって」
「ヘラヘラしていたじゃないか! それでも教会の兵か」
俺は、教会の奴らの相手は赤い髪の勇者に任せて、スラム街に入った。すると、襲撃者は、一斉にこちらを振り返った。やはり、誰かを捜しながら……殺しているようだ。
既に、たくさんの死体が転がっている。死体はすべて男だ。俺は少し落ち着いた。
「なんだ? ガキが邪魔をする気か」
「おまえら、魔王軍なのか」
「あぁ、そうだ。怖れろ、ひざまずけ! 気が向いたら見逃してやるぞ。ガハハハ」
「それは、こっちのセリフなんだけど。今すぐ、この街から出て行け。さもなくば、全員、始末する」
「はぁ? 聞いたかよ。ガキが勇敢なことだなぁ、おい。残念だったなぁ、気が変わったぞ」
魔王軍を名乗る奴らは、ゲラゲラと笑っている。道にはたくさんの住人がいた。着飾っている者はいない。逆に、ボロボロに汚れた格好の者が多い。貧富の差が半端ないな。
そして、その顔は怯えきっている。
戦乱は、終わったのだ。それなのに、住人にこんな顔をさせているなんて……。そもそも、なぜ、神都の中にこんなに巨大なスラム街があるんだ?
俺は、考えながらも、詠唱の必要な魔法を準備した。相手はアンデッドだ。火に弱い。だが、こんな粗末な小屋が並ぶ場所で火魔法は使えない。
「ガキ、死ねぇぇぇ!」
(ふん、愚かな)
俺は、絶対防御のバリアを張り、剣を抜いた。




